しょくざい 【2】

しょくざい 【2】


(自分の姿が見たい時、その手に鏡を持ちなさい。自分の心に棲まう悪魔の姿が見たい時、その手にナイフを持ちなさい)


自然と、足取りが軽くなる

高鳴る胸が体の中でリズムを刻む

ラン♪ラン♪ラン♪ルン♪ルン♪ルン♪ラーラララーラー♪ルールンルン♪

あぁ待ちきれない!

早く!早く!早く!早く!hurry!hurry!hurry!hurry!

あの感覚をもう一度

あの感覚を何度でも

この手に持った鉄切れで、皮を肉を細切れに


───さっきからハルナ尾行していたのだけれど、何やら急にスピードを上げてきた

もうどこまで来たのやら、ゲヘナ学園自治区ではあるけれど、それも端っこだろう。建物もボロボロでおよそ人がいる気配はない

あの言葉は嘘だという確信が強まる一方、

もうちょっとしたら青々とした草原が広がる農場があったり?

こんな場所で細々と生計を立てる生粋の精肉店があったり?

という彼女に対しての期待もしてしまう

本当にどこに行くのだろう……


「───あっ!」


まずい

少し考え事をしていたら彼女を見失ってしまった

急いで見つけないと

走る、走る、走る───


あらこんばんわ

遅れてしまって申し訳ありませんわ

これでも急いだのですけれど…

何をそんなに急いでいらっしゃるのですか?

クスリ…?

あぁ、今晩の餌はそれでしたね

いいえ、ふざけている訳ではないですわ

くれないのか…ですか?

当たり前でしょう

貴女は魚を釣るのに一番コストパフォーマンスの良い餌をご存知ないのですか?

本物の餌は消耗品ですから継続的な購入が求められますわ。ですが、疑似餌ならば一度の購入で何度も使えるんですよ

ですから、ふざけてなどいませんわ

貴女が本物だと思ったいた物が、悪意ある偽物だった

ただそれだけです

それでは、さようなら───


「はっ──はぁ──はっ──はぁ──」


駄目だ

見失ってしまった

ただでさえ夜の闇に紛れていたのだから、一瞬でも目を離せば見失うことは分かっていたじゃないか


「はぁ──はっ──はぁあーーー。ふぅーーーーー」


とりあえず息を整えよう

そしたら考えよう


何を…?

もう見失ってしまったのだから考えるも何もない

尾行は失敗

彼女の発言の真偽も分からずじまい

頑張ったけれど無理だった

あーあ、結局寝るの遅くなっちゃうな

今、私はどこに居るんだろう

早く帰って寝たいな


───ドゴーン!!


!!爆発音?!

まさか……ハルナ?!

急いで音の方へ向かう

走れ、走れ、走れ、

今度は見失わないように───


竿が震えたから来てみれば、良い食材が釣れていた

もう動かなくなったようだから処理を始めよう

早く処理しないと長持ちしないから

黒い外套の中から鉄切れを取り出す

見た目は普通だが特注品だ

それも、人肌専用というこの銃社会において見向きもされない代物だ

柄を握り直して振り上げる

スッ─────

(刃を振り下ろすたびに鮮血を撒くそれは、まるで人形のスプリンクラー)

ザクッ───ザクッ───ザクッ───ザクッ───

右腕──右腕──右腕──右腕──右腕──

左腕──左腕──左腕──左腕──

右脚──右脚──右脚──右脚──右脚──右脚──右脚──

左脚──左脚──左脚──左脚──左脚──左脚──左脚──左脚──左脚──

首──首──首──首──首──首──首──首──首──

1つの体を6つのパーツに切り分ける

ふぅ、やっと終わった

服が汚れるのはしょうがないとしても、匂いがつくのは度し難い

ニンゲンの体というものはもう少し柔らかくてもいいと思う

その方が美味しく食べられるし、何よりわざわざ柔らかくするための下準備もいらなくなる

あ、そういえば内蔵を抜くのを忘れていた

内蔵を抜いておかないと肉が臭くなってしまう

腹を裂く

邪魔なあばら骨を外して手を突っ込む

毎回思うのだが、内臓は熱すぎるし血がベタつきすぎる

とりあえず全部掻き出そう

そしたら、今日もおめかしをしよう


焦げ臭い匂いが鼻にこびりつく

嫌な感覚だけれど、あの方向にハルナが居る証明でもある

瓦礫だ。居るとしたらあそこしかない

急いで駆け寄る

そこは、暗い暗い廃工場だった


─────居た

そこには、悪魔が居た

黒い外套は鮮血で染まり、白かったであろうシャツは赤黒くなっている

蝙蝠のような翼、

トカゲのような尻尾、

悪魔でなくては何なのだろうか


叫ぶ───

がしかし声が出ない


「はっ──はっ──はひっ──」


声にならない叫びが静まり返る夜に響く

目の前の光景に目を取られた私は何も考えられない

だって、その翼、その尻尾には、見覚えがあるのだから

赤く濡れた白銀の髪が舞う。その髪から覗いたものは、

悪魔だった

その口は歪に歪んで、唇は赤く染まっていた

赤い瞳が血のメタファーであるかのようだ

(鏡に映るは其の外側、影に映るは其の内側)

「あら、フウカさん…」


認めたくないけれど、どうやら本当にあの悪魔はハルナのようだ


「こんなところをお見せしてしまって申し訳ありませんわ。いえ、ちょうどよかったですわ」


何がちょうどいいのだろうか

というかあの血は何なの?

爆発に巻き込まれたハルナの血?

いや、ハルナに外傷は見られないし元気そうだ

じゃあなんで?


「実はフウカさんにお渡ししたいものがありまして…」


そう言って彼女は黒いビニール袋を取り出してきた

ツカツカと歩み寄ってくる

さっきまでは黒い外套のせいで夜の闇では捕捉しずらかったけど、今は月明かりを反射して赤く光っている

むさ苦しい匂いにえずく


「げほっ──ごほっ──うっ──」

「あら、大丈夫ですかフウカさん?ですがすぐに慣れますからご安心ください。はい、私からのおすそ分けですわ♪」


黒い袋が広げられる。中を見てしまった

赤黒く変色しているがはっきりと分かる。分かってしまった

あれは脚だ。きっと右脚

あれは腕だ。多分左腕

あれは頭だ。けれど頭蓋骨がないのか変装マスクのように見える

その瞬間、えずきは吐き気に変わった


「うっ───ゔぁああ───がぁぁ───ゔぁっ───」


ボトボトと胃の中身が口から落ちる

ポタポタと胃液が口から垂れる

何だこれは

人の死体?

なんでハルナがこんなものを?


「ふふ、大丈夫ですからねフウカさん♪ すぐに慣れると言いましたでしょう。予想以上に匂いがきつかったようですが、私のように克服できればあんなに美味しい料理も出来るのですから、少しの辛抱です」


???

人の死体を料理?

人を食べる?

ハルナが殺したってこと?

あんなに美味しい料理ってまさか───


「がはっ───ごほっ───がぁっ───」


もっと吐きたいのにもう吐けない

胃袋は本当に空っぽか?

もう何も残っていないか?

どうやらもう胃袋にはなにもないらしい

その事実に安堵する


「はい、どうぞ♪ フウカさんに全部差し上げますわ♪ まさかフウカさんが、私を尾行するほどニンゲンの肉がお好きだったなんて気が付きませんでしたわ」


違う

私はそうじゃない

私は貴女とは違う

それ以上それを近づけないで

それ以上私を汚さないで

口に広がる酸味をこらえ、やっとの思いで声を出す


「違う……わ…私は…人の肉なんて好きじゃない!!」


───刹那の静寂

彼女の顔は、まさに豆鉄砲を喰らった鳩だ


「ハルナの肉料理は美味しかった、それは認める。でも、それが人間の肉だったことは認めない!何よりも───意図的に人を殺すなんてこと、私は絶対に認めない!!」


これ以上は喋らせない

これ以上は殺させない

これ以上は許さない

アイツはもはや人の道を外れた悪魔だ

いやバケモノだ

美食のためなら何でもするやつだとは思っていたが、まさかこれほどまでに狂っているとは

アイツがしたのは料理に対する侮辱

料理は人々の生活を豊かにしてくれる、1日3回貰えるプレゼント

全ての人に幸せを届けるプレゼントなのに、それをアイツは人生ごと奪っていった

そんなの、もう終わりにしよう

銃は私が構えよう

照準も私が定めよう

弾を弾装に入れ遊底を引き、安全装置も私が外そう

でも、殺すのは断じて私の殺意では無い

人間を食材と認識し、食べるという行為に走ってしまったアイツの贖罪を、私がするのだ

アイツはまだ、豆鉄砲を喰らったような顔をしている

そんなやつには、実弾がお似合いだと思った───

(私の心に殺意はない。ただただ憐れみで溢れていた)

何故フウカさんが私に銃を?

何故そんなにも恐い目を?

私は何を間違えた?

私はどこで間違えた?

あぁ、それはきっとニンゲンを食べた時

自分の美食のためなら何でもする私、

皆さんの食事のために何でもするフウカさん

似ているようで全く違う私達

私はただ、フウカさんにあの味を知ってほしくて

ただ、ニンゲンが美味しかったから

少しでも、恩返しがしたかったから……

でも、もういいです

フウカさんなら、いいですわ

最後に心残りがあるとするならば、

フウカさんが、私の口紅に気付いてくれなかったことでしょうか───


ダン!─────


一発、たった一発の銃声が鳴り響く

たった一発の銃弾で、ハルナは倒れた


「結局、これは準備しておいて正解だったみたい」


それは、いつからか持っていた麻酔弾

傷つけるより眠らせたほうが良いというアイデアは間違っていなかったようだ

それにしても強力過ぎる

一瞬で意識が飛ぶなんて、帰ったらこの麻酔弾を作った会社に電話しないと…

はぁ、とりあえずハルナを矯正局か風紀委員にでも押し付けよう。どこから説明したものか…

スマホを開くと、もうすぐ日が昇りそうな時間だった

給食の準備もまだあるのに…

ジュリには万が一のために連絡しておかないと

もしそうなったらゲヘナ学園が大混乱だけど…

とりあえず重要度が高いものからこなしていこう

ハルナを背中に背負う

体格差がありすぎて背負いづらい


「ハルナ……私は貴女を一生許さない。でもね、私のために料理作ってっくれてありがとう。そういうところは好きよ」


あぁ、ついに朝日が登ってきた

朝のひばりだ

乾いた血の匂いが背中から漂うことを除けば、何とも心地の良い時間だった

ハルナの顔も心地よさそうだ


「ハルナのその口紅、似合ってるよ」


人の血であることを除けばだけど

(朝日が道を照らしている。これでもう、迷いはしない)






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