プロローグ:誘い
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とある町、人通りの少ない夜の路地。
そこに店を構えるバーで一人酒を味わっていた人影に、後ろから声を掛ける二人組の人影があった。
『……ドラゴン使いの、マドカだな』
「うん? そうだね、ワタシがマドカさ……
ええと、すまない、何かキミたちから注文を受けていたっけか」
『いえ、そうではないの……むしろ、注文をしたいの。今から』
「今からかい? それは何とも性急……では、無いか。話してごらんよ」
カウンターから後ろを振り向き会話する人物は、異端のドラゴン使いにして流浪の芸術家、マドカ。
そして、マドカへと声を掛けた男女二人組もまた、ドラゴン使いの流れを汲む者たちである。
『……ドラゴン使いの里に、開発計画が持ち上がっている』
「ああ、聞いているよ。ワタシにも声がかかったから。
お偉いさんが、古い里を新しくしようって」
『ええ、まさにその件について……あなたに、お話があるの』
「……キミたちの側に、協力してほしいって?」
『話が早くて助かるわ。その通り』
「…………」
ドラゴン使いたちは独自のコミュニティを構成し、自分たちの里や町を作って暮らすことも多い。
マドカの耳に入っていた噂とは、そんなドラゴン使いの里の一つの開発計画のことだ。
曰く、とある政治家が"ポケモントレーナーの質を高めるため"に都市を整備しようとしており、
そのための土地としてドラゴン使いの里が選ばれ、住民たちとのいざこざが……とのこと。
マドカに声を掛けてきた二人組は……否、彼らが所属する陣営は。
そんないざこざを解決するための要員の一人として、マドカに目を付けたらしかった。
「利が無いね」
『何?』
「利が無いと言ったんだよ。キミたちに協力しても、ワタシに得が無い」
『なんだ、そんなこと。もちろん用意するわよ。あなたの望むものを』
『流浪の芸術家でも、金は欲しいか……当然と言えば当然か』
「……そうだね。残念ながら、この世界でワタシが生きていくには必要だ」
男の無遠慮な発言に、溜息を吐きながらマドカは答える。
隣に立つ女がジロリと睨むと、男はばつが悪そうに再び口を開いた。
『すまんな、失言だった……しかし、金でなくても用意できるものはあるぞ』
「へえ、例えば?」
『そうだな……質問を返すようで悪いが、あんた、家やアトリエはあるのか』
「帰る場所ってこと? そんなの、どこにも無いけど」
マドカの言葉を聞いて、男はニヤリと口元を歪める。
『なら、それを提供しよう。
俺たちの側に付いてくれれば、この騒動の後に土地と建物を用意する』
「……へえ?」
『粗末な代物を渡そうってんじゃない、
あんたの望む条件を可能な範囲で叶えた物件だ』
『あなたはそれを家にしても、アトリエにしても、倉庫にしても良い。
悪くない条件でしょ?』
「…………そうだね、確かに」
『なら!』
前のめりになった男を、マドカが手で制止する。
「声が大きいよ、他の客の迷惑になる……
返事は店の外に出てからでもいいかい? 風に当たりたいんだ」
『ええ、構わないわ。私たちは先に店の外に出ているから……行きましょ』
そう言って店を出ていく男と女の背を、マドカはじっと見つめていた。
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