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ルイというイマジナリー弟がいた世界の話

注意:前々作(兄と)と前作(金で愛を継ごうとするな)の続編です




「ねえ…お願いよ。お母さんを助けてほしいの」


 俺はまっすぐ、母の目を見た。そしてその瞬間に、自らがすべきことを悟ったのだった。



───────




「…それで、相談したいことって何?」


 俺は今、兄とファミレスにいる。兄に二人で話したいことがあると言われたからだ。兄は相談したい事があるときは父が仕事でいない時に俺に話を持ちかけてくる。それはバイトをしてみたいとか、流石に家計の何かしらを負担したほうがいいんじゃないかとか、一時的でいいから一人暮らししてみたいとか様々だった。まあ何というか、まず俺に相談してくれるというのは非常にありがたい。残念ながら大体は却下させてもらっているが。


「この前、お母さんと…俺のお母さんと再会したんだ」

「え。」

「昨日、たまたま再会できて…あれ?探したとかも言ってたような、でもあのときは……まあいいか。とにかく、会って少し話をしたんだ」

 ……なるほど。偶然を装って押しかけたあと、兄に警戒心がないのをいい事に有る事無い事言って付け込もうとしたと。

「どんなこと話したんだ?」

「ええと…いま何してるかとか、今までどうしてたかとかそういう話をしたよ」

「……へえ。」

「まあそれでね、その…お母さん病気らしくて、病院に入院して治療がしたくてもお金がないらしいから、だから…」

 

「お金を貸してくれないかって」

 想像通りだった。あんな奴がわざわざ過去の人間に関わりを持とうとするなら金以外の目的があるはずもない。

「………病気、ねえ。」

 十中八九嘘だ。兄は信じているのだろうけれど。さて、どう説得するか。

「兄貴はもうその人に渡したの?お金」

「いや、もう断ったんだ」

「……え?」

 断った?兄が?

「でもやっぱり良くなかったかな…実の母親なのにあんなことしたら…」

「いや、今のはそういう反応じゃなくて…兄ちゃんが金絡みの事で断るなんて…」

「それは、お母さんの言ってることが絶対に嘘だったから。それが分かったから断った」

「兄ちゃんってそういうの見破れるんだ…というか、分かっててもあげちゃうんじゃないかって思ってた…」 

「……今までの俺ならきっとそうだっただろうけど…もうそういうの良くないなって思って。なんでも相手の要求を聞く事だけが良い事じゃないってルイも言ってたし」


───信じられない。兄が変わった…それも紛れもなく良い方向に。今の兄は、たとえ肉親から懇願されたとしてもちゃんと断れるんだ。


「…でも、もしかしたら本当の事だったかもしれない…俺の勘違いなのかも…。でも、そもそもお母さんは金のためなら平気で人を騙す人で、金が無いからって夫も息子も捨てるような人だったから…」

「そんな奴が本当に病気になったのならそりゃ自業自得でしょ。そもそも金が無いからって捨てておいていざ困ったら頼りに来るって虫が良すぎだろ、放っとけ」

「……それでも俺のこと産んで育ててくれた母親だし、困ってるなら助けてあげたいって思ってる…でも、多分一度あげたら何度でも理由作って無心しに来るし、そのうちルイにも迷惑が掛かるかもしれないから」


 そうか、俺のためか。きっと、兄は俺と父の家族となった今の生活がなければ母の要求に際限なく応えていたのだろう。でも今は、俺達がいるからそれが兄の暴走を食い止めるブレーキとなっている。兄が自分の事を考えられない事自体は変わっていなくとも、自らが苦しめば家族も悲しむことを理解して、そして家族のために自分を顧みることができるようになったのか。


「……それと、お父さんの耳にこの話が入ったらと考えるだけで恐ろしい…とにかく、お母さんは強く言って追い返した。だからもう来ないと思いたいけれど、もしルイが不安だったり、懲りずに何かしら害を与えるようなことがあったのならば、」

「お父さんを呼べ。あの人には気の毒な事をするが、そもそもルイとお父さんには関係のない話なんだから迷惑がかかるのはおかしいんだ」


 強く言って追い返す、か。温厚な兄がそこまでするなんて。それに、兄が父を頼ると明言するのは珍しい。きっと苦渋の末の決断なのだろう。思いつめた顔で話す兄とは反対に、俺は気分が上昇していくのを感じていた。正直、兄の母親など怖くはない。迷惑を掛けてきたら多少面倒だとは思うだろうが、それでもやっていることは王であった頃の父と比べれば生温いし、前よりは多少手段を選ぶようになったとは言えあの父が俺の後ろにいるのだから恐れることは何もない。



───それにしても。


"どうした、ルイ?…母親はいいのか、だって?…いや、むしろ一番シャルロを傷つけた奴だからな、許すわけにはいかないんだが…どうにも、消息が掴めない。逃げ足が速い奴だったみたいだな"


 父の話では、奴はあの件で味を占めたらしく離婚後は結婚詐欺を繰り返し、事が大きくなる前に国外逃亡したらしい。流石にそこまで逃げてしまった相手を探し出すのは困難だったのだけれど。

 まさか、向こうから寄って来るなんて。兄は知らない事だが、兄の戸籍上の父と母の名前はすり替えてある。だから兄の行方を探り当てるのは簡単ではなかったはずなのに、本当に…よく来てくれたものだ。

 

 兄に断ってトイレに行った俺は迷わず父に電話を掛けた。奴が踏みにじった人間が父の地雷であった事自体には同情するが、俺だって家族を傷つけるような人間を野放しにすることなどできない。電話を切ったあと俺は心の中で手を合わせておいた。




———————




「ルイ、最近どうだ?お母さんは来てない?」

「全然!兄ちゃんの方は?」

「いや、あれから連絡は来ないな…。諦めてくれたみたいだ」

 そりゃそうだ。できる訳ないんだから。そんな言葉を飲み込んで、俺は笑った。

 

「そうだね、いや〜良かった良かった!だよな、兄ちゃん?」

「うん、お母さん、今は真面目にやってくれてれば良いんだけど…」

「だいしょーぶ!もうあの人は誰かに迷惑掛けるようなことはしないって!」

「そうかな…なら良かった。ルイ、今日の晩ご飯は何がいい?」


 本当の事なんて、知らなくていい。優しい兄が知ればきっと傷ついてしまうから。これでもう兄を傷つけた人はすべていなくなった。父はあの時のように理不尽に人を害する事はなくなったから、俺たちはもう何も心配することはない。


「う〜ん…じゃあ肉じゃがとかどう?一緒に食材買いに行こう!」


 財布と買い物袋を持って兄と二人で家を出る。兄は料理が上手い。初めは野菜切りが手慣れている位で「さしすせそ」も知らなかったのだが、せめて家事くらいはとレシピ本を買い込み勉強した兄はめきめきと腕を上げていったのだ。

 兄は前までは買い物は一人で行きたがっていたし、家賃を払わないのならせめて食費だけでもと自分の財布を持っていくと言って聞かなかった。兄ちゃんこのままじゃニートになる…なんて嘆いているのを聞くと流石にどうにかしてあげたいなとは思うのだが、兄は兄でワーカーホリックぶりがちっとも治らないので仕事をまた辞めさせられるのが目に見えているし、しばらくは家にいた方が兄の精神衛生上は良いのだろう。

 兄は目に見えて明るくなった。仕事をしていたときの血色が悪く隈も酷かったあの頃が信じられない程だ。もう二度とあの頃のようにはなって欲しくないし、させるつもりもない。


「明日は休みだしどっか行こう。ショッピングセンターとかゲーセンとか行こうよ」

「ゲーセン?…ああ、ゲームセンター、だっけ。行ったことないからやり方分からないかも…」

「マジ?じゃあ絶対に行こう。ゾンビとか撃ち倒そうぜ」

「ゾ、ゾンビ!?そんなゲームもあるの!?」

 うーん、どうも兄は娯楽に疎い。今度ホラーゲームとかのコントローラーを握らせてみよう。きっと凄く面白いことになりそうだ。


 後日、テレビの前にはコントローラーの操作方法が分からずゾンビに出会うまでに悪戦苦闘したり、大パニックを起こしながらゾンビから逃げようと視点をぐるぐると回転させてゲームオーバーになる兄がいたとか、あるいはクリア後に謎解きゲームやパズルゲームを軒並みダウンロードしだす兄がいたとかいなかったとか。






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