Written In The Lineage “Ritter Von Schatten”

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空座第一高等学校


 授業が始まる前の教室は、喧騒に満ちている。誰のものかもわからない声で賑わう教室で、何をするでもなく席についている少女に、一人の少年が近づいた。

 もうすぐ教師が来て授業が始まるという時に、己の机の前で足を止めた少年を席に座った少女、カワキが瞳だけで見上げる。


「なあ、志島。ちょっといいか?」


 少し固く聞こえる声は、緊張によるものか。少なくとも、雑談や世間話に興じたいわけではない、ということは確かだった。

 少年、一護の真剣な眼差しを受け、無言で席を立ったカワキは、視線で教室の扉を示す。


『…………。いいよ、場所を移そう』


◇◇◇

屋上


 階段を上って、ドアノブに手をかける。重い鉄扉を開けた先は、快晴の屋上だ。

 高いフェンスに囲まれた屋上は、昼食時には生徒の姿がある場所だが、今は向かい合う二人の他に誰もいない。

 授業開始のチャイムが校舎に鳴り響く。残響が消えて——

 おもむろに、一護が口を開いた。


「あの時、お前のおかげで俺がやらなきゃいけねえことがなんなのか、思い出せた。ありがとな」


 礼の言葉から昨夜の話を切り出した一護に、カワキは眉一つ動かさなかった。

 昨夜と同じ冷淡な物言いで返す。


『私は自分の仕事をしただけだ。君にお礼を言われることじゃない』


 ——仕事。

 思い返せば、カワキが戦いに割り込んできた時も、同じことを言っていた。一護は昨夜の戦いを振り返って思い出す。

 どんな言葉で尋ねるべきか、少し悩んで——結局、一護は遠回しな表現や小難しい言い回しは取り払って、直接的な問いかけの言葉を選んだ。


「…………。昨日も言ってた『仕事』ってのは何なんだ? 『滅却師』ってのは——一体何者なんだ?」

『そうか。君は何も知らないんだったね』


 ルキアから聞いた話では、カワキは碌に説明もせずに去って行ったそうだ。

 自分が問いかけても同じ結果になるかもしれない。

 一護はそう覚悟をしていたが、カワキは予想に反して、拍子抜けするほどあっさりと、一護の問いに応じてくれた。


『どこから説明しようか』


 あごに指を当てて目を伏せたカワキが、『そうだな……まずは「滅却師」について話そう』と視線を上げて口を開いた。


『私達は、一般には「虚の滅却」を生業とする種族として認知されている。と言っても、最近は死神にもあまり知られていないようだけれどね』

「虚の滅却……虚退治がお前の仕事、ってことか。『私達』って言ったよな? 志島以外にも滅却師がいるのか?」

『もちろん。私は父に滅却師の力の使い方を教わった。私達は「滅却の力」を有した一族だ——と言うと、わかりやすいかな』


 虚から人間を護る存在が、死神の他にもいたのかと、一護は興味深そうにカワキの話に聞き入っていた。

 滅却師という馴染みのない言葉も「虚と戦うことができる霊能力者の一族」と認識すれば、昨夜の疑問の大半に納得がいく。

 虚退治と人命救助という目的のために、カワキは自分に加勢してくれたのだろう。

 カワキから聞いた話と昨夜の出来事を、一護が頭の中で整理していると、カワキが補足の言葉を付け足した。


『まあ、祖先を同じくするというだけで、全員が顔見知りというわけじゃない。色々あって住む場所もバラバラだから「一族」より「同業者」の方が正しいかもね』


 あらかた話を聞き終えて疑問が解決すると、一護はこれまで見えてこなかったものが見えるようになった。

 ルキアから死神の力を譲渡されてからの記憶を辿り、ふと新しい疑問が浮かぶ。

 はじめての虚退治で、自分を助けた謎の存在——あれも、“そう”なのではないか?


「……もう一つ、聞いていいか?」


 一護の問いかけに、小首を傾げたカワキが答える。


『なに?』

「前に俺が公園で虚退治してた時、どっかから俺を援護してくれた奴がいたんだよ。もしかして……あの時俺を助けてくれたのも、志島か?」


 よく出来た人形のような顔で、数度瞬きを繰り返し、カワキは記憶を掘り起こして声を上げた。


『ああ、あれか。それが仕事だからね。私はやるべきことをやっただけ』


 一護の推測は正しかったようだ。

 自分は知らないところで助けられていたのだと確信し、一護がふっと固かった表情を解いた。

 霊を視て、虚と戦える人間——生まれて初めて自分と同じ存在に出会えた感動に、小さな喜びと親近感が湧き上がる。


「そうか……。お前はずっと、影から俺達を助けてくれてたんだな……」


 あたたかな気持ちで表情をゆるめた一護に、カワキはさらりと目を剥くような言葉を告げた。


『君が今後も虚退治を続けるつもりなら、私がそばで君を護るよ。それが私の仕事』


 とんでもないことを言われた気がして、一護は先刻までのしんみりとした気持ちが吹き飛んだ。

 まるで騎士か何かのようなセリフを真顔で言ってのけたカワキに、言われた一護の方が気恥ずかしくなる。


「俺を『護る』って……俺は別に……」


 居心地が悪そうに目を泳がせた一護は、何とも言えない表情で言葉を詰まらせた。

 嬉しいような、恥ずかしいような、この複雑な気持ちを、何と言い表せば良いのかわからない。

 恥ずべきことなど何もない、というような涼しい顔をしたカワキは、一護の気など知らず、言いたいことだけを言い放つ。


『今度から戦いに出る時は、私を呼んで。話はこれでおしまい。私は教室に戻る』

「あっ! おい、志島!」


 「話はまだ終わってねえぞ」と、去って行く背中を呼び止めようとした一護よりも一拍早く、カワキがふと何かを思い出したように『ああ』と声を漏らした。

 扉のふちに手をかけた姿勢で一護を振り返ると、カワキは告げる。


『「カワキ」でいいよ。そっちの方が慣れてるから。……これからよろしく、一護』


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