分水嶺②
「……どこでその情報を得た」
「あっれぇ、普通に喋ってくれんの〜? さっきまでみたいにクルッポーって、」
ぐっと指先に力を込める。
「わァ待って待って! ゴメンって、そう怒んないでよ〜!」
途端にワタワタと空いた片手を振り回して狼狽える素振りを見せる。されどカクの喉元に向けられたそれには微塵のブレも無い。
その、どこか奇妙な歪さがますます癇に障る。
「……その前に、わしを解放してくれんかの」
「あっは、そうだった〜〜!」
ちらりと寄越された視線──そこに含まれた意味を正確に読み取ってしまえる自分自身にすら嫌気が差す──に指銃の構えを解くと、あっさりとカクを解放して立ち上がった。
スツールを起こしてアイスピックをカウンターに置き、ブルーノに人好きのしそうな顔で笑いかける。
「マスターもゴメンねェ? 咄嗟だったから、ビックリして中身零しちゃったんだわ〜」
「ああ、いや……」
「そォだ、せっかくだから二人にオススメのお酒出したげてよ! ぼくは飲めないけど……お代は払うからさァ。ホラ、迷惑料ってヤツ? あ、心配しなくてもぼく割とがんばって働いてるし、」
ペラペラと矢継ぎ早に宣う奴の声が耳障りで、口と同じくよく動く手を捕まえて言葉を遮る。
「おわっ! ──どしたん?」
小首を傾げてこちらを見る表情に綻びは見当たらない。
ともすればキョトンだなんて効果音が聞こえてきそうなほど精巧につくられた"ソレ"に、白々しさを覚えて仕方がないのはおそらく自分だけなのだろう。
「……いい加減、そのふざけたツラをどうにかしろ」
沈黙。
警戒からか距離を空けたカクと未だ戸惑いを滲ませたままのブルーノ──無理もない、二人とも常日頃からドジで間抜けな『服部ヒョウ太』しか知らなかったのだから──の二人が揃ってこちらを注視している。
構わず気に喰わない面に何度目かの苛立ちを隠さず眉根を寄せれば、不意に見返してくる顔からすとんと表情が抜け落ちた。
喧しく言葉を発する口元が引き結ばれ、見開かれ気味な双眸がスっと細められる。仏頂面と呼ぶに相応しいその顔に、改めて"コレ"が己と同一の存在であることを実感する。
(目付きの悪ィ野郎だ)
なんて、そんな他人事のような感想を抱いたおれの肩でハットリがくるると小さく喉を鳴らした。
頭ひとつ分ほど低い位置から見上げてくる奴がふとそちらに目を向ける。奴の瞳に映り込んだハットリが不思議そうに首を傾ける。見知った仏頂面の中でひくりと瞬いた、己と同じ色をしているはずの瞳の奥底に、ほんの一瞬ひどく重たい孤独の陰が垣間見えた気がして。
何とはなしに、口を開きかけた。
瞬間、顔を逸らした奴の眼が照明を反射するレンズに遮られて見えなくなる。
おれがそれに気を取られた僅かな隙に手首を捻って拘束から抜け出し──奴は、何事も無かったかのようにへらりと緊張感の無い笑みを浮かべた。
「そっちが腹話術やめるってんなら、考えなくもないけどォ〜?」
『……ルッチのこれは任務のためだ。お前のふざけた態度と一緒にするんじゃねェ。ポッポー』
「それホントに公務員のやることかなァ!?」
巧妙に覆い隠されたその素顔の裏に、奴がいったい何を抱えているかなど知りようも無い。
(別に知りたいとも思わねェ)
野暮ったく眉を隠す髪型や顎に引っかけているだけのマスク、度の入っていない眼鏡にやたらと大仰なリアクションといった、それらすべてのパーツが"服部ヒョウ太"という名の仮面を構成する要素であることも。
僅かに覗いた本音がそのパーツの中に本来不必要であるはずの白い相棒を求めていると理解してしまったことなども。
(……心底、どうでもいいことだ)
胸中に落とした舌打ちは、変わり者の船大工の仮面の口端を微かに歪めるだけに留まった。