RABBIT Answer (後編)
中編の続き
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映像が終わって、場には沈黙が広がっていた。
「……ユキノ先輩」
「……どうした」
「……本当にミヤコは『薬』を摂取してないんだよな」
私は再度、ユキノ先輩に確認した。
「……事実だ」
その答えで、私は改めて思い知った。
……私たちだ。
ミヤコの尊厳を、矜持を、正義を、何もかもを壊して…狂気に落としたのは、紛れもなく私たちだった。
ぴょんこに関する頭痛の原因も今ならわかる。
あれは良心の呵責だ。
何も覚えていない私たちが持ったぴょんこに対しての罪悪感が頭痛という形で現れたのだ。
「改めて問いたい」
私たちに対して、ユキノ先輩があの問いをぶつけてきた。
「……本当に月雪小隊長を連れ戻す気なんだな」
いつの間にか拘束も解かれていた私は立ち上がって周囲を見渡した。
いつもの子ウサギ公園、いつものRABBIT小隊、そのはずなのに…
さっきの映像が一瞬頭をよぎってしまう。
私たちでもそうなのだ。被害者本人であるミヤコから見ればこの公園は…
「……少し3人だけで話をさせてほしい。二人もいいよな?」
「「」」コクリッ
「…明日、同じ時間にまた来る。FOX2、FOX3、FOX4、帰るぞ」
「「「了解!」」」
先輩達は、わざわざ公園の外まで移動してくれた。そしてこの場には…
「「「…」」」
私達しかいなくなった。
そして私は…
ドゴッ!
「ぐっ!?」
「モエちゃん!?」
モエを思いっきり殴った。
「ふざけんなよ…なんでぴょんこを撃つなんて提案をしたんだ!?」
「ふざけてるのはそっちじゃんか!」
ドガッ!
「ぐぁっ!?」
モエが私に殴り返してきた。
「ミヤコにあんな拷問紛いな事をして、ミヤコが死んだらどうするのさ!」
「そっちだって、全身に爆弾を括り付けるとか馬鹿じゃないのか!」
バキッ!ボゴッ!
「ふ、二人とも……」
「「ミユもだ(よ)!!」」
ドガッ!バキッ!
私とモエはミユを殴り飛ばした。
「うぐっ!?」
「ぴょんこを撃っておいて、よくそんな態度が取れるな!」
「そもそも、口の中に突っ込んでライフルを撃つなんて最低なことよく思いつくよねぇ?」
「ひ、酷い…なんでそんな…」
「文句があるなら殴ればいいじゃん!映像の『ミユ』みたいに!」
「それとも、殴られても何もしない根性なしなのか!?それでもSRTか!」
「……二人とも、いい加減にして!」
ブン!ドゴッ!
「「!!」」
ミユが自分の銃を鈍器のように振り回して、私たちを殴りつけた。
「わ、私だって……怒る時は…怒るんだよ……私がSRT失格なら…二人もSRT失格だよね…ミヤコちゃんをあんなに笑って…」
「それはそっちもだろう!」
私も銃を用いて殴った。
ドゴッ!
「!?……モエちゃんだって……ガソリンはやりすぎだよ!」
ダァン!
「イダッ!?撃ったねミユ!」
そこからは私たちはただがむしゃらに銃撃戦と殴り合いを繰り返した。
殴るたびに、撃つたびに、殴られるたびに、撃たれるたびに、
痛みが体と心を傷つけていった…
その度に…
先ほどのミヤコの様子が頭をよぎった…
ザーッ!
気付いた時には雨が降っていた。
「「「ハァ…ハァ…」」」
私たち3人はボロボロの姿で倒れていた。
「ハァ…しんどい…少しスッキリはするけど…全然楽しくない…狂った私たち、よくこんなのを楽しいって思うよね…」
モエが話し出した。
「ハァ…そうだな…」
「……うん」
その言葉に私とミユは同意した。
その後、少しの沈黙の後…
「…なんで」
私も思ったことを吐き出した。
「…なんでいないんだよ」
一番…私たちを殴りたかっただろう相手がここにはいない。
「小隊員が喧嘩してるんだぞ…無駄に弾薬を消費して…殴り合ってるんだぞ…」
一番…私たちに怒りたかっただろう隊長がここにはいない。
「…なんで何も言わずに、出て行ったんだよ…」
一番…私たちが謝りたいミヤコが…ここにはいない。
それが、とても嫌だった。
「グスッ…ミヤコちゃんに……また……会いたい……」
ミユが泣き出した。
「みんな…考えは一緒みたいだね…くひひっ…」
「なんでモエが仕切るんだよ…」
私たちの中で、答えが出た。
翌朝…雨も上がり、地面も乾き始めた頃、昨日と同じ時間にFOX小隊が来た。
「…答えは出たか?」
「「「」」」コクリッ
私たちの中で出た答えを、先輩達に伝えた。
「「「連れ戻します」」」
「……ミヤコちゃんを傷つけることになっても?」
ニコ先輩が、私たちの答えに問いをぶつけた。
「確かに、これは私たちのエゴかもしれない」
「でも、聞いてないことがあるからねぇ…」
「聞いてないこと?」
私たちの言葉にオトギ先輩が疑問を持った。
「ミヤコの真意だ」
私がそう答えた。
「……なるほど」
ユキノ先輩は納得したようだ。
「まだ、ミヤコの口から何も聞いてない。当事者だったミヤコの考えを聞くまで、私たちは納得できない」
「……ミヤコが拒否したらどうするわけ?」
クルミ先輩が問いかけた。
「だったらせめて……謝りたいです…」
ミユがそう言った。
「まだ…何にも思い出せてないけど……このまま……会うことも出来ずに…謝ることも出来ないままなのは……嫌です」
「ともかく私たちは、隊長であるミヤコに会いたい」
「そのためなら、どんなことでもします」
「「「協力をお願いします」」」
私たちは、FOX小隊の先輩達に改めて頭を下げた。
「「「「………」」」」
「…あのねぇ、協力しないなんて一言も言ってないでしょ?」
「「「!!」」」
「そうそう、私たちは3人の覚悟を聞いただけで、覚悟がないなら手伝う気はないとは一言も言ってないからね」
「オトギ先輩…」
「だよね?ユキノ?」
「…そもそも、隊員に何も言わず隊長職を放棄するなんて言語道断だ。探し出すのは当然だろう」
ということは…
「うん、手伝うよ。ミヤコちゃん探し」
「「「ありがとうございます!」」」
先輩の手助けがあるならきっとミヤコも見つかるはずだ。
「と言っても、実は手はあるんだよね」
「えっ、もう!?」
モエがニコ先輩の発言に驚いていた。
「…これを使う」
ユキノ先輩がスマホから広告を映した。
「『ミレニアム、連邦生徒会公認、ゲーム開発一大プロジェクト』?なにこれ?」
モエが読み上げたが、先ほどまでの話との繋がりがわからない。
「続きを見てみろ」
「何々…『カルテル時代のアビドス内部の情報提供者求む(第三者からの推薦も可能)。情報提供者には制作予定のゲーム内の要望を一つ叶える特典付き。』…これ本物なのか?」
どうにも胡散臭い気がするが…そもそもカルテル時代のアビドス内部の情報を欲しがるなんてどんなゲームを作る予定なんだ?
「ミレニアムが消してない時点で本物の可能性は高いよ~。なにしろミレニアムと連邦生徒会公認が嘘だった場合、こんな広告消されるでしょ?」
オトギ先輩が説明してくれた。言われてみればそうだ。
だがやはり、先ほどまでの話との繋がりがわからない。これがミヤコと何の関係が?
「……これに私は月雪小隊長を推薦しようと思う」
「「「!?」」」
ユキノ先輩の言葉に驚いた。どういうことだ?
「ミレニアムにミヤコをおびき寄せるということよ」
「…いくらなんでも今のSRTにキヴォトス各地を監視する力はない。だが、ミレニアムならば可能だ。ミレニアムにミヤコを探してもらう」
「…なるほど」
クルミ先輩とユキノ先輩の説明で理解した。
ミレニアムのゲーム開発に参加したところを接触するというわけか。だが…
「み、ミヤコちゃん…ゲーム開発に参加するかな?」
ミユが当然の疑問を持った。
「『カルテル時代』の情報提供って話だったら、ミヤコちゃん断らないと思うよ」
ニコ先輩が答えた。
「どうして?」
「どんな理由で出て行ったにしても、ミヤコちゃんが『カルテル時代』…つまり『薬』に関するものを無視するとは思えないから。まぁ半分勘だけど」
モエとニコ先輩の会話でなんとなくわかった。
「…幸いなことに、私とゲーム開発部のアリスとは面識がある。もし参加しなかったとしても、その情報をアリスがこちらに伝えてくれる可能性は高い」
ユキノ先輩もアリスと知り合いだったのか。
「とりあえず、捜索についてはこっちに任せて。わかったら伝えるから…それと!」
グイッ
「いっ!?」
ニコ先輩が私の腕を強く握った。
「喧嘩もほどほどにね…さっ、三人とも手当てするから並んで!」
どうやら喧嘩したことは最初からバレていたらしい。
手当を受けている途中、
「そ、そういえば…今更ですけど…どうして映像記録を盗んだんですか?」
ミユが質問をした。そういえば、盗んだ理由は、映像記録を見た後で答えると…
「…ミヤコちゃんのためだよ」
そうニコ先輩が答えた。ミヤコの…ため?
「ミヤコちゃんが『薬』を摂取していないことを、一般の生徒に知られたらどうなると思う?」
「…そういうことか」
…例えばアビドスカルテルのトップだった小鳥遊ホシノ、空崎ヒナ、浦和ハナコ、その三人は本来、一生幽閉になってもおかしくなかったそうだ。
だが『薬』、アポピスの影響でそうなったことを踏まえて、『無期の奉仕活動』という罰になったらしい。
しかし、そこにもし『薬』の影響もなく、悪事に加担した生徒がいたら、『薬』という免罪符もないその生徒に全ての悪意が向かうかもしれない。
最悪の場合…幽閉以上の…
「そうならないために、色々工作をしたわけ。日誌や映像記録を盗んだのもそのうちの一つよ」
「幸か不幸か、アビドスの映像記録はほとんどが水でダメになっちゃったから、ミヤコを記録上だけの中毒者にするのは簡単だったよ」
クルミ先輩とオトギ先輩がフォローを入れた。
そして、手当てが終わった後に、
「…さて、今日のところはこれで解散になるが…」
「な、何ですか…」
ユキノ先輩の言葉に、ミユが少し緊張した。
「…これは返そう」
ユキノ先輩から、何かを手渡された。これは…
「月雪小隊長が書いた例の映像の期間の日誌だ…」
私たちは、その言葉を聞いて日誌の中身を見た。しかし…
「『私』たちがした行為が書かれてない…」
日誌には狂った『私』たちの様子と、ぴょんこが撃たれたことは書かれていた。
しかし、ミヤコにしたあの悪辣な行為は一切書かれておらず、ただ銃撃戦とだけ書かれていた。
「…希望的観測にはなるけど」
ニコ先輩が話し出した。
「多分ミヤコちゃん。みんなを庇ったんだと思う。全部が終わった後に見られてもいいように…」
ミヤコが…庇った?
「もちろん…単純に書く気力がなかっただけかもしれないし、書かれたことを見られて報復を受ける可能性があったから書かなかったかもしれないけど…
でも、ミヤコちゃんは狂ったみんなを見捨てなかったことだけはわかるよ」
「「「……」」」
「…そうね。普通だったら逃げ出してるわ…あの環境…」
「…みんなはまだ思い出してないかもしれないけどさ、見せた映像程じゃないとはいえ、毎日キツイ目に合ってたんだよ」
「…本当よ。精査するこっちも、辟易するほどだったんだから…」
オトギ先輩とクルミ先輩の言葉が重くのしかかった。
「見せたほどじゃないって何?」
モエが疑問を持った。
「あの映像は、4人それぞれが一番酷いと思ったものをチョイスして見せたんだよ…いやどれも酷いんだけど…」
「おまけに、アビドスでも似たような目に合っているって考えると…」
「そこまで。これ以上後輩たちにプレッシャーをかけちゃダメだよ」
ニコ先輩がオトギ先輩とクルミ先輩の話を止めてくれた。
「そうね。まぁ何が言いたいかというと…いい隊長よ、ミヤコは」
「…あぁ」
「くひひっ、そうだね」
「う、うん…」
私たち3人はクルミ先輩の言葉に同意した。
「話は済んだか?」
ユキノ先輩が声をかけてきた。
「私から言いたいことは一つだ」
「「「!」」」
「どんなことをしてでもミヤコを連れ戻すというお前たちの覚悟、しかと受け取った。こちらも全力で、それに答えるとしよう。…全員撤収するぞ!」
「「「了解!」」」
そう言って、先輩達は帰っていったが
最後にニコ先輩が
「覚悟しておいてね」
と呟いた。
ニコ先輩の言葉が気がかりだが、
多分、捜索の方はもう大丈夫だろう。
あとは…
「ミヤコ…生きてるかな?」
「モエ!」
モエが不吉なことを言ったが…
実際その通りだった。
ミヤコはぴょんこと銃以外、何も持たないまま失踪した。
最悪の場合…
「今は…信じよう…」
ミユの言うとおりだ。
今は信じよう。先輩達を、そして…
ミヤコ(私たちの隊長)を…
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(SSまとめ)