Oriole In The Shadow Ⅱ

Oriole In The Shadow Ⅱ


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霊王宮・鳳凰殿


 荒れ狂う風は、歓楽街を模した町並みを抜け、海の方角へと飛んだ。

 断崖絶壁にひっそりと建てられた、真の鳳凰殿。そのすぐ上空で、三枚羽の天使がうっとりと眼前の景色に見惚れていた。


「わぁ……これが、海? ……綺麗……。みんなに見せてあげたいなぁ」

「……っ、待ちな!」


 感嘆の溜息を漏らす天使に向かって地上から叫ぶ声。

 燃えるような赤髪を高くまとめた勝ち気な少女が、肩で息をしながら崖から上空を仰ぎ見る。


「はっ、はっ……はぁっ! なんっ、なんだ……、あんたは……」


 息を切らしながら崖に駆けてきたのは、二枚屋親衛隊が一人、燧ヶ島メラ。

 店内で暴風に巻き込まれた斬魄刀と同様に、メラもまた、あちこちに小さな切り傷を作っていた。顎を伝う汗を、擦り切れた手の甲で乱暴に拭う。


「お前、刀? ひどい顔色……大丈夫?」


 問いかけに答えず、宙を舞う天使はメラを振り返ると心配そうに声をかけた。


 白い羽毛のワンピース。繊細な白銀の鎖があしらわれた白い鎧。薔薇と翼の装飾で彩られた少女は、まるで、戦乙女のような出立ちをしていた。

 緑と灰、色味の異なる瞳とメラの視線が交錯する。その瞬間——


「……は……」


 メラは実力差を理解してしまった。

 今、メラがかすり傷だけで済んでいるのは相手に傷つける意思がなかったからだ。先刻の暴風は戦乙女にとって、ただ近くを通っただけに過ぎないのだろう。

 緊張に息を呑んだメラは、戦乙女の姿を凝視する。


「あんた……破面、か?」


 よく見ると、ワンピースの羽毛は装甲のように硬質な煌めきを放っていた。露わになった華奢な腕や白銀の長髪を彩る美しい飾りも全て、同じ光に輝いている。

 あれは、虚の仮面と同質の輝きだ。

 襲撃者の正体に見当がついて、恐る恐る問いかけたメラに、戦乙女は柔く微笑む。


「うん、そうだよぉ。お前は……この近くの子かなぁ。具合が悪いんでしょう? 風に当たると冷えちゃうよ、早くおかえり」


 破面はごく自然にメラを気遣った。

 霊王宮に侵入して。メラが斬魄刀であると一目で見抜いて。その上で、破面はメラに、敵意も害意も向けなかった。

 異質な存在を前に、メラの背筋に悪寒が走る。


 ——アレはこちらの理屈や条理を解さぬ生き物だ。

 慈愛に満ちた微笑みが、今は、かえって恐ろしい。いっそ殺気をぶつけられた方がマシだ。

 頬を伝う汗が、嫌なものに変わる。

 不思議そうに首を傾げ、黙り込んだメラから視線を逸らした破面は、キョロキョロと周囲を見渡した。


「うぅん……。なんとなく、ここら辺だと思ったんだけどなぁ…………海の底?」


 残念がる声は何とも心細げで頼りない。

 迷子の子どものような顔つきは幼気で、弱々しくて……。放たれる禍々しい霊圧に似つかわしくないそれが、アンバランスで気味が悪かった。


「…………あんたの目的は……、何だ?」

「えっとね……ここには拾い物をしに来たんだぁ。こっちから霊圧を感じるんだけど見当たらなくて……あっ! お前、ここの子でしょう? 何か知らない?」


 ふわりと舞い降りた破面は青い顔のメラの視線より少し上で滞空して問いかけた。

 肝心の「拾い物」とやらに関する情報がほとんど含まれていない問いかけに、メラが答えられるはずもなく。仮の知っていたとしても、口を割ることはなかったが……メラはただ困惑して口を噤んだ。


「……? お話できないくらい具合が悪いの?」

「……ッ……!?」


 華奢な手が、メラの頬をそっと撫でた。氷とも鋼とも異なる、死体のような冷たさに、メラの全身に鳥肌が立つ。

 払い除けようにも、気圧されて固まった体は思うように動かない。ただ喉の奥から声にならない悲鳴が漏れた。

 メラが声も上げられないでいると、破面は虚ろな微笑みで、メラに帰宅を促した。

 降りてきた時と同様に、ふわりと浮かぶようにして、破面は高度を上げていく。


「さ、お前はもうお家におかえり。今から海をどかすから、そこにいると危ないよ。なるべく離れていてね」

「海を、どかす……!?」

「早く拾い物をして帰らないと。みんなが待ってる」


 上空に浮かんで翼を広げた破面が、手にした双剣のかたわれを掲げた。

 天を指す切っ先に風が小さく渦を巻く。はじめはつむじ風のようだった渦は、徐々に強く、激しさを増していき——

 見る間に、美しい銀の剣を中心に竜巻が形成された。


 何もかも吸い込む激しい風に、その身を持っていかれないよう踏ん張って、メラは土や石から顔を庇って、腕の隙間から様子を伺う。

 そして——メラは眼前の光景に青ざめて息を呑んだ。


「海が……持ち上げられていく……!」


 竜巻の数は見る見るうちに増えていく。巻き上げられた海水が、上空で巨大な水鞠を作った。

 比例して、水鞠はより大きく、海の水位はより低く……ついには、周囲一帯の海は干上がり、海底の岩肌がその姿を現した。

 水鞠の真下で、二色の瞳が不気味に弧を描いた。


「——みぃーつけたっ」


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