Happy End.

Happy End.

もうだれも傷つかない世界


※一年後のオモテ祭り(前編/後編)のエピローグ。





あの日、弱かった自分は感情のままに大好きな女の子を傷つけた。

その時の悲しそうな顔を今でも覚えている。

もう誰かを傷つけるなんて嫌だ。

この一年間、何度でも傷つける想像をしても、何度拳に力が入っても、それでも誰かに感情の牙を向けないよう耐えた。

力に訴えることが強さだというのなら弱いままでよかった。

弱くて逃げているだけだと世界中から謗られようと、

それでもきみに幸せになってほしかったから。

だから耐えて耐えて、耐えきったことが今は一番誇らしい。


絶対に、誰も傷つけたくない。それがおれのたったひとつの願い。


だからようやくその願いが叶うんだ。


心は飴のようにドロドロに溶け落ちた。

繋ぎ止める楔も虚しく、独りでに崩れて消え去った。

かくして自分の心が誰かを傷つけることは永遠に無くなって、

誰よりも傷ついていた自分の心もこれ以上傷つくことは無くなった。



夜が明けた。

光が窓から差し込み、まぶたが自然と開く。

鮮明な視界。けれどどこか夢を見ているかのようで、

具体的な違和感が何なのか、よくわからない。

布団から身体を起こし、日の光に手をかざす。


太陽の熱を感じる。


凝り固まった身体を伸ばし、布団をたたむ。

寝巻きを脱いで制服に着替えて、洗面台で顔を洗う。

いつもの朝のルーティーン。

身体を動かすと目が覚めるから良くやっていた。


筋肉が伸びる感覚がある。

布団の質感を感じる。

水の冷たさを感じる。


それは質感を伴った映画を見ているような感覚。

たしかにこの感覚は本物のはずだ。

何もおかしいことはない。

あるとすれば…なんだろうな。よくわからない。

よくわからない事があるというだけ。


朝食の香りが漂ってくる。

濃い味の味噌汁に良く焼かれたベーコン。

空腹なのだから、早く行こう。血糖値が低いので、ゆっくり歩いて。


「おはよ~! スグリ君体調もう大丈夫?」


それは大好きだった女の子。声を聞くだけで身体が熱くなった、そんな女の子の声。

まずは昨日のことを謝らないといけないな。


「もう大丈夫。昨日はごめん」

「今日は一緒にお祭りに行こうね。もちろんオーガポンも一緒だよ?」

「ぽーに!」


ボールから飛び出したのは大好きだった鬼さま。おそらく自分の名前を呼んでいるのかもしれない。


「ふわぁぁ……ばあちゃんご飯まだ?」


ぼさぼさの髪のままやってきたのは大好きだった姉。あまり眠れなかったのだろう。

だって昨日は就寝までに時間がかかったのだから仕方がない。

聞いていたので知っている。



昨日の事を思い出す。



だから?あまりいい時間の使い方じゃなかったな。


「ねえちゃん昨日さ…なんかうるさかった」

「は!?アオイと話してただけですけど!?話してちゃ悪いっていうのー!?」


顔を真っ赤にして怒り出す姉。頭を二回ほど軽く叩かれて、このような時はしおらしくうなだれる。


「別にいいけど…除け者にされるのは嫌だ」


きっと昨日までの自分ならこう言うだろう。

なぜ除け者にされると嫌なのかは、よくわからないが。


「スグにはまだ早いっ!」

「あはは…女の子同士の秘密の会話だったから!ごめんね!」


二人の目線はすこし泳いで、しばらくした後にアオイは顔を真っ赤にして俯いた。昨日のことを思い出しているのだろう。曖昧な空気が流れ、言葉は飛び交わなくなった。

それは祖母が朝食を運んでくるまで続いた。


ふるさとの素朴な味に舌鼓をうつ。

アオイには慣れない食事かもしれないが、様子を見る限りご満悦のようだ。

自然と味の感想を言い合うように言葉が交わされあい、言葉と笑顔の絶えない世界が訪れた。


大好きだったアオイ。大好きだったねえちゃん。大好きだった鬼さま。その輪に混ざり、笑顔を作る自分。

本当に欲しかったものがここにある。

ここには確かに、■せがある。


「あれ…?」


自分の表情は正しい笑顔のはずなのに、アオイが心配そうに自分の顔を覗き込む。


「スグリ君、どうして泣いてるの?やっぱりまだお腹痛い?」


涙によって視界はぼやけていく。なぜ涙が流れているのかわからない。


「わかんない。いましあわせのはずなのに……」


もう二度と傷つくことはない。

傷つきたくなかったから傷つけたくなかった。

だから傷つくような心を捨てたんだ。

傷つけるような心を捨てたんだ。


願った通りのすがたになれたんだよ?


願いの対価として、昨日までの自分が死んでしまっただけ。


ここに居るのは、その子であるかのように動くだけの生きた屍。

誰かを傷つけないように生きる死体。

心を持たない哲学的ゾンビ。


だからこの涙は、きっとその子が流すであろう涙だ。

この涙の理由が良いものなのか。悪いものなのか。

その子ではなくなった自分には、一生わからない。


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