3. Headshootin'
「───隠せた!」
とある断界にて。藍染の指導により童女こと梨子は、自身の異質な霊圧を平常時においてのみ完全に隠匿する事に成功していた。
「おめでとう。免許皆伝だよ」
「これで外でられる!?」
「ああ、今すぐにでもね。このあと瀞霊廷の書林に行くつもりだったのだけど、梨子もついて来るかい?」
「瀞霊廷………………うん、行く!」
安全で賑やかな場所を期待していたらしい梨子は少し残念そうにしながらも、うきうきで外出の準備を始めた。
そうして暫くの後、藍染が民家に偽装した拠点の扉を開いた。太陽の光が差し込み、梨子が眩しさに目を閉じる。
再び開いた鈴のように丸い瞳には、世界に対する怯えと期待が入り交じっていた。藍染が幼い背を押せば、そろりと木枠を乗り越える。
風にのる木々の匂いと踏みしめた土の感触。視界に映る空の色を、梨子は呆然と見上げた。
「——さあ、行こうか」
Ⅲ
瀞霊廷某所
書林『兄万』——流魂街にほど近く、人の往来が多い地域にあるその店を女がひとり暖簾をくぐった。新しくできた甘味処へ行くついでに同僚が執筆した小説を入手する為である。
「あら、すみません。もしかして『双魚のお断り!』は完売しましたか?」
一つだけ空になったコーナーを確認した女が嫋やかな声で売り子に尋ねた。
売り子は緊張と興奮で身を強ばらせる。
美しい容貌に胸元で結った独特な髪型、何より腰に差した『斬魄刀』が女の身分を証明していたからだ。
「それでしたら丁度在庫の方がありますので取って参りますねっ!」
実はこのようなお得意様の為に、人気のある作品や希少価値のある本等が倉庫に保管されていたりするのだ。
女はパタパタと走り去った売り子が戻って来るまでの間、良い本がないか店内を散策する事にした。
洋書の棚に並ぶ洒落た背表紙をなぞりながら移動していると、不意に、ブツブツと呟く不審な童女の姿が目に映る。
「やはり……か……治ですらないのに当然ではあるが………し、仮にあったとて最初に見るなら劇の方が…」
一頻り溜息を吐いた童女が横を向き、帯刀した斬魄刀を視界に入れると硬直する。
そう言えばつい気配を殺して近付いてしまったなと女は心の中で反省した。
硬直の解けたらしい童女がおもむろに女の顔を見上げた。
「………こんにちは!」
「こんにちは。…御免なさい、驚かせて仕舞いましたね」
「ううん! ぜんっぜん!!」
「何か探していたようですが、良ければ一緒に探し「まったくだいじょうぶいらないよーーー!!!!」え」
童女は全力疾走で女の横をすり抜け、書林の外へ逃げ去る。女はそれを呆然としながら見送った。
その後、女は小説を受け取り会計をして店を出るも頭の中では何故?という疑問符が消えず悶々としていた。
そこへ、十二歳程の少年が焦った様子で店先から飛び出してくる。
「梨子ー? おーーい!」
ここにも居ない、と零す少年にまさかと思い声を掛ける。
「もしや、人をお探しですか?」
「あ…はい。一緒に来店していた子が、いつの間にか店を出てしまった様で……」
「それは、五歳くらいの女の子でしょうか?」
「ッそうです! 見ましたか!?」
女はやはりそうかと瞼を閉じ、少年へ指示を出す。
「霊圧を追いましょう。付いて来て下さい」
「——! すみません、助かります…!」
少年は、女が自身同様に斬魄刀を所持していることに気付くと素早く誘導に従った。
「————どうやら朱洼門から一区へ出たようですね」
瀞霊廷から流魂街を繋ぐ、四つの門のうち一つへ急ぎながら女が告げた。
もし彼女が良家の子女ならば勝手に流魂街へ出てしまったのは問題だろう。
「良かった…。貴族街へ行ってしまったらどうしようかと。彼女、最近『魂葬』されたばかりで土地勘がないんです……」
「……成程そうでしたか。ではやはり、私が驚かせてしまったせいかもしれません」
見知らぬ土地で死神という力を持った存在に突然話しかけられたのだ。恐怖から逃げ出すのも当然だろうと女は推測を口にする。
少年は「嗚呼、あり得ますね」と遠い目をし、漸く落ち着いたのか女の顔を注視すると首を傾げた。
「あの…?もしや貴女は…」
───刹那。
悪寒を感じた女が流魂街の空を見上げた。
澄んだ暑天に、まるで世界を切り裂くようにして黒い穴が開く。
「——————『黒腔』……!」
穴から白い物体が幾つも零れ落ち、警鐘が瀞霊廷中に鳴り響く。
少年の視界から女の姿が掻き消えた。
数秒後、朱洼門の方から破壊音と人々の悲鳴が届く。
少年は雑踏の中、遠く離れて行ってしまった『二つの魂魄』を霊圧知覚で追いながら、悠然とその相貌に弧を描いた。
Ⅲ
南方郛外区 通称・南流魂街第一区
上空に開いた黒腔から溢れ落ちる虚の群れが、雨の如く町を襲っていた。
「———こっちだよッ!!」
膨大な霊圧を迸らせる童女・梨子がその小さな右腕から練り出された歪な形の霊力を、虚の群れへと連続で撃ち放っていく。
焦燥に額を濡らしながら、もたつく足で地を駆け、虚の攻撃を切り抜ける。
左右前後から振り下ろされる鉤爪は、宙に浮かべた瓦礫で遮った隙に前方の【アジューカス】を霊力で力任せに吹き飛ばして突破した。
時折、上空の穴に向けて大量の霊力を放出してはこれ以上虚達が降りてこないように牽制する。
「おい見ろよアレ! どこの隊士だ!?」
大立ち回りで虚を引きつける童女と避難する町民達の殿を務める朱洼門の門番と非番の死神達。そこに駆けつけた死神十数名が加勢する。
「凄い、が…! 鬼道も使わない上、動きも滅茶苦茶だ…。院生か…?」
「それが事実ならたいしたもんだ…なッ!」
死神達によって次々と虚が切り捨てられていく。
それでも捌ける量を優に超える虚の大群を前に、平隊士の彼らは徐々に朱洼門まで押され始めていた。
しかし瀞霊廷にまで侵入されるかと云うタイミングで、死神達の間隙を縫うように、強烈な斬撃が虚の群れを駆逐した。
塵と消えゆく骸の中、女がひとり——斬魄刀を構え直す。
——横一閃。
刃を向けられた虚が水飛沫のように弾け飛んだ。
女はそのまま流麗な動作で虚の群れに踊り出る。剣閃が幾つも光り、巨大な虚が一太刀のもとに寸断されていった。
「この霊圧は…!!」
「間違いない! あの人は————卯ノ花隊長!!」
護廷十三隊 四番隊隊長・卯ノ花烈
護廷の救護と補給を担い、常に穏やかな笑みを浮かべる彼女が、影の落ちた無形の相貌で尸魂界に仇なす敵に刃を振るっていた。
隊士達から歓声が上がる。
幾体かの虚は次々と斃れる同胞を前にいつの間にか、そこかしこに開いていた黒腔の奥へと逃げ帰っていた。
勝利は目前かに思われた──その時。
女が虚を両断し、黒腔へと連れ去られそうになっていた町民を小脇に抱える。そこへ、中級大虚が突貫してきたのだ。
なんて事は無い。いつもの様に翻す刀で切り捨てれば良い。しかし、戦場とは理不尽なものだ。
喩え、【ヴァストローデ】を容易く屠るほどの強靭な死神であっても、相性が悪ければ一瞬のうちに死に至るのだから。
———離れろ!!
幼くも明瞭な口調で出された指示に女は咄嗟に従った。
それでも、逃げるには一足遅く。突如揺らいだ地面に両脚が呑み込まれた。
——これがあの虚の能力か。
女は粘体化し絡み付く土からの脱出を即座に諦め、アジューカスの繰り出す触手を迎え撃つべく斬魄刀を構えた。
「違うッ…!」
緑光が明滅し、次の瞬間には黒髪を翻した童女が追い越した中級大虚と女の間に割り入る。
——敵に背を向けたまま。
「ッ!!?」
剣閃が爆ぜる。
千々に飛び散る触手と、『融解しかけた』斬魄刀でアジューカスの脳天を貫く女。
ぐちゃりと、斬り零した触手が地面にしゃがみ込む小さな胴体を抉っていた。
「………っぅ…!」
地に両手をついた童女は何の能力か、土を粘体化から戻して硬めた土で、歯と顎だけが地中から露出した虚の身動きを食い止めていた。
戦の高揚の中、女は冷静に斬魄刀を引き抜く。
そして刀身が溶け斬れ味を損ねたそれを地面ごと、女を喰らわんとして口を開いたまま固まる虚へと力任せに突き立てた。
くぐもった悲鳴を上げ、浄化される虚。
左腕で気絶した町民を抱える女は右手に斬魄刀を持ったまま器用に童女を拾い上げ、陥没し崩れる地面から飛び退いた。
平地に童女と町民を降ろし、女は再び戦場へ舞い戻る。
吹き出る血を押さえながら童女もまた、霊力を撃ち放ち後方から女の戦闘を支援する。
その攻撃は、薄れいく視界の中を慌てた様子で何事かを叫びながら近づく隊士により半ば強制的に意識を落とされるまで続いたのだった。
Ⅲ
戦場を直線状に切り開いた卯ノ花烈は、更なる増援に来た席官と隊士数十名に対して、戦場に取り残された者達の救助を命じる。
黒腔の出現から時間にして僅か十数分。
隊長及び席官五名と隊士三十七名の奮戦により事態は完全に鎮圧された。
死傷者は流魂街の住民にのみ確認され、現在は倒壊した建造物の撤去作業が行われている。
「——容態は?」
「はい。軽傷でしたが放って置くと危険でしたので、今は眠らせております」
「そうですか。念の為、救護詰所に送って下さい。斬魄刀を溶かす程の粘液が付着している筈です」
無惨に溶解した己の斬魄刀を見せる卯ノ花。部下である隊士は目を見張りつつも「承知しました」と迅速に、童女と負傷した隊士達の搬送を行った。
卯ノ花が運ばれてくる患者の治療を行っていると、丁度現着したらしい童女の保護者であろう少年を遠目に視認する。
搬送される童女を確認した少年が見回りと救護を行う隊士等に合流したのを見届け、卯ノ花は先ほどの童女の戦いぶりについて思いを馳せた。
——副官にも劣らぬ膨大で異質な霊圧と、物を浮かし土を硬めたあの力。斬魄刀を持たずしてどの様に行ったのか?鬼道の詠唱は聞こえなかった。
——その上、あれが未だ魂葬されたばかりの幼子だと云うのならば、
嗚呼、いつの日か。
あの子と思う存分————戦いたい。

Ⅲ
四番隊隊舎・救護詰所
「『瀞霊廷通信・速報号外』だよ〜!!」
太陽も沈みかけ赤く染まった救護詰所に、束の摺物を持った九番隊の隊士が訪れていた。
そこへ四番隊の隊士と患者達がわらわら集まり、無料配布の号外は九番隊隊士の手からあっという間に消え去る。
「お、載ってる載ってる! さっすがウチの隊長、すげぇな〜!」
「おや、これって……本当かい?」
昼前に起こった虚による大規模侵攻。
即座に駆け付けた隊長卯ノ花烈の援護により行方不明者3名という最小限の被害で終息したが、そこにはもう一人の立役者が居たという。
「件の大立ち回りをしたって云う女の子『未だ院生ですらない』とあるが…」
「…や、流石に誤報だろ? 現場に居た隊士の話じゃ席官でも上位の腕前だったらしいぞ」
「貴族の子弟ならそれもあり得るんじゃないか?」
隊士はそう言って直ぐに、いやそれは無いなと否定する。
実は詰所で件の少女が治療を受けているのだが、付き添い人は少年が一人のみで親族らしき迎えはいまだ無いと言うのだ。
「じゃあ本当に…?」
「さてなァ、それよりお前らさっさと仕事に戻るぞ。隊長の説教は嫌だろ」
顔を青くした隊士達はすぐさま踵を返し各々の持ち場へ戻って行く。
その様子を、少年こと藍染惣右介は霊圧知覚で観察していた。
夕日の差し込まない暗い待合室で、本から視線を上げることなく『来客』を待ち続けていた藍染がようやく顔を上げ、立ち上がる。
暫くすると普段から開け放たれている正門に、四番隊隊士が男を二人伴って現れた。
胡散臭い微笑みが印象的な四番隊隊士は少年に二人を引き会わせると「仕事がありますので、僕はこれで」と言い残し、待合室を立ち去った。
少年は二人の来客に一礼し、告げる。
「ご案内します。————総隊長」
Ⅲ
「うーん……おいしいよ?」
「なんだい。微妙な反応だねぇ〜」
「ムム…」
藍染が客人を迎えた頃、梨子は救護詰所の食堂で夕食を取っていた。
「ねぇねぇ、お嬢ちゃんどこ出身なの〜?」
「え〜と……『南流魂街14地区』だよ!」
「おお! 実は俺もそこ出身なんだよね〜!」
「嘘つけ。お前13地区だろーが」
「似た様なモンだろ〜!!」
大勢の死神達に囲まれながらも楽しそうに受け答える梨子。それを勝手に取材に来た九番隊隊士が記録していた。
「話を戻すけど、席官になればかなりの優遇措置を受けられる。今でこんなに戦えるなら副隊長だって夢じゃない筈さ! 護廷に興味はないのかい?」
興奮を隠しきれない九番隊隊士の問に梨子は考え込む。今のところ、自身の霊圧の異質さに疑問を投げかける者はいなかった。
——惣右介くんは心配していたけど、もしかしてそこまで危険ではないのかな…?
三界全ての魂魄を守るために尸魂界を変えるという二人の目的は、【映像庁】による監視システムのせいで容易に果たせないのだと言う藍染の言葉を思い出す。
この一年と十ヶ月の間。梨子は引き篭るばかりで何ひとつ計画の助けになることが出来ず、また、その見通しすら立ってはいなかった。
だがもしも、【死神】になるのならば——
「——や、梨子。待たせたね」
「あ、惣右介くん……と、だれ……?」
そこには藍染と卯ノ花隊長の他に二人、長身の老爺と紳士風の男が立っていた。先程まで騒がしかった聴衆が静まり返り、記者の震える筆記音だけが僅かに響く。
「以前に話しただろう? この方が、尸魂界を守護する護廷十三隊の総隊長——山本元柳斎重國殿だよ」
長躯の老爺を、梨子はポカンと見上げる。
「うむ。おぬしが今朝方、南門にて活躍したという童じゃな」
老爺が何かを見極めるように細めた目を見開き、固まったままの少女を見下ろした。
——この少女から感じる霊圧の『由縁』を、老爺は知っている。
だが如何なる理由……それこそ尸魂界の危機であったとしても、それ等について語ることは固く禁じられていた。
一瞬の沈黙の後、老爺は口を開く。
「……朱洼門の比鉅入道から事の経緯を聞いておる。今回、おぬしが黒腔の真下にて虚共を引き付けてくれたお蔭で流魂街の住人に多くの犠牲を出さずに済んだ。礼を言おう」
「はぁ……まさかそんなことで来たの……ですか?」
総隊長を前にして慇懃無礼に振舞う少女に周囲の空気がひりついた。擁護しようと口を開く藍染少年に老爺が「よい」と制止を入れ、少女の問に答える。
「無論じゃ。謝意も大事じゃがな……本題は他にある」
「はぇー」
「——おぬし、【真央霊術院】に入らぬか?」
【しんおうれいじゅつ院】と少女は老爺の言葉を口の中で転がしたあと、心当たりが無かったのか不思議そうに首を傾げた。
「真央霊術院とは、戦う術を身につける為の学び舎じゃ」
「戦うすべを…?」
「うむ、じゃが其れだけでは無い。六年間の学びの過程に於いて様々な道理を学ぶ事もあろう。——正義なき力を、人は忌み嫌う。死神にならずとも霊術院にてそれらを学ぶ事はおぬしの道標となろうて」
逡巡の後、梨子は藍染の視線を解すことなく宣言した。してしまった。
「——行く! わたし、しんおーれいじゅつ院、行きたいっ!」
Ⅲ
「僕の確認ぐらい、取るべきだったんじゃないかな?」
帰り道、無数の提灯に照らされた繁華街に目を輝かせる梨子を藍染が咎めた。
「し、死神になるとは言ってないもん! れーじゅついんに行きたいって言っただけだもん!」
言われて流石に不味かったと反省する態度も束の間、言い訳が口からついて出る梨子に藍染は「そうか。なら仕方ない」とだけ返す。
その反応があまりに呆気なく、梨子は首を傾げた。
「どうしたの?」
「過ぎてしまった事は悩まない様にしているんだよ」
「そう…?」
「——…この世にある星は少ないからね」
藍染が繁華街の灯りを見上げ、呟いた。
「それ知ってるよ!脈絡がないって言うんだよね!」
「ははは、」
乾いた笑いを零す藍染。梨子は構わず大手を振って帰路を歩く。
「ねぇ、れーじゅついん行っても惣右介くんには会えるよね?」
「勿論だよ。僕の居る五番隊隊舎も同じ瀞霊廷にあるからね。寧ろこれからの方が会う機会も多いんじゃないかな」
「ほんと!? やったー! 毎日会いに行くね!」
「それはやめてほしいなぁ」
——しかして、このときの言葉が履行されることはなかった。
「済まない。暫く…いや、今後数年の間は、君と会うことはできなくなる」
一月も姿を見せなかった藍染が帰ってくるなりそう宣言したからだ。
「せいれい廷で……何があったの?」
「いいかい梨子。よく聞くんだ。——もし、何か命に関わるようなことが起こった場合、『生き残る』ことだけを優先しなさい。そうやって粘ってくれたなら、必ず君を助けに行こう」
「あ、わかった! 綱彌代とかだ!」
梨子はしたり顔で掌を叩いた。藍染はそれにも返答せず淡々と要件だけを伝えていく。
「仮に僕が危機に陥ったとしても、心配する必要はない。抜け出す手段は幾つも有る」
「ねぇってば」
「問題は、君が余計な行動を取って僕の計画を破綻させないかどうかだ」
「合たってる?」
「この際だからはっきり言わせてもらおう。君には——『利用価値』がない」
告げられた言葉に沈黙する梨子。細まった瞳に映る蝋燭の灯りが、微かに揺らめいていた。
「——…これで、お別れ?」
「ああ。そうだね。少なくとも君と計画を共にすることはできない」
「…そう」
藍染が立ち上がり、合わせていた視線も外れる。部屋を出て引き戸を閉じようとする背に、梨子が小さく声を残した。
「——おたっしゃで」
覚えたての言葉なのか、中途半端に知っていた知識のひとつなのか。
拙い発声で届いた言葉に…少年が僅かに口角を上げたのを最後、カタリと戸が閉まる。
たった一人の偽装のために用意された小屋に、静寂が満ちた。
煤けた壁に背を預ける。
窓を見上げた黒い瞳を、月明かりが強く照らし込んだ。
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