1. Death&Girl

1. Death&Girl




——兄貴ってのが…どうして一番最初に生まれてくるか知ってるか…?

——後から生まれてくる…

——弟や妹を守るためだ!!


オレンジ髪の少年が身の丈近くある刀を異形の存在へと振り下ろし、そう言った。

赤子は温かな微睡みの中、その光景に強く胸を打たれる。


——俺は山ほどの人を守りてぇんだ。


有り得ぬほどの速度で、成熟した精神を得たその赤子は、暇潰しに見やった遥かな未来にて一つの輝く星を見た。


——俺以外の誰かにできたとしても、

——俺がやらずに逃げていい理由にはならねえんだよ!


赤子ははっきりとしない思考で想う。

この少年のように在りたいと。不屈の闘志で大事なものを護りたい、と。

そう願う度に赤子の思考は鮮明となり最後には、


此方を見つめる、

四肢が欠損した男の『異様な瞳』に貫かれ、

——目を覚ました。




​Ⅲ



すぐ横で赤子が泣き始めた。少女は体を捻り、隣で泣きわめく赤子を見つめる。

「………?」

ほんの少し前まで『赤子だった少女』は両手を床につけて上体を起こすと、呆然としながら己の体を眺めた。齢にして五つを数える程度の幼い肉体を小さくなってしまった上衣が覆っている。

少女は小首を傾げて思考を巡らせる。覚えているのは優しげな女性と暖かな体温、微睡みの中で見た光景、そして、「少し出かけるから良い子にね」という言葉。

徐々に理解が追いついた少女は微睡み中で得た知識から、女性が戻るのを大人しく待っているのが『良い子』なのだと判断する。

「……わたし……いいこ……おるすばん」

未だ幼い少女は己に起きた異常な現象にも、戻ってきた女性がひっくり返るであろう事にも気づけない。そんな事よりも隣でわんわんと泣き続ける赤子の方が気になった。

少女はその赤子が己の半身だと知識にあらずとも理解する。そして、引き寄せられるように赤子の顔をのぞき込み、息を呑んだ。

——一つの目玉に『四つの瞳孔』。

先ほどの悪夢と重なり少女は身をこわばらせる。

しかし好奇心には勝てず、頬をつついてみたり引っ張ってみたり、今度は女性の見様見真似で抱き上げてみる。

だが少女にとっては不思議なことに、女性が抱き上げた時にはすぐさま泣き止んでいた筈の赤子は泣き止む気配がない。

「…………わかった、ゆらせばいい」

閃いた少女は抱えた赤子を揺すり始める。その矢先のことだった。

ドカァンと。

爆音が立て続けに響き、地震のような衝撃が家屋を揺らした。

次いで悲鳴が聞こえる。少女は囲炉裏から離れ、簾の隙間からそっと外を覗き込んだ。


——そこに在ったのは地獄だった。


村落に舞い上がる砂塵と炎。僅かに混じる血と遠目に見える飛び散った肉片。熱風が肌を焼くのを感じながら少女は赤子を抱え直し、静かに一歩、部屋の奥へと後退した。

血煙の向こう側にいる、肉体と精神を蝕むような感覚を少女へと齎した『化け物』から逃げるべく。

「あぅ…?」

先程の様子が嘘のように涙を引っ込め、赤子は呑気にこちらを見上げる。

「…………どうしよう、目あっちゃった……」

背後で破砕音がした。振り返るまでもない。簾から見える範囲だけでも化け物は数体居たのだから。背後がどうなっているかなど、火を見るよりも明らかだった。

唯一の活路はこの家を出て、化け物達の隙間を掻い潜った上で逃げ切ること。躊躇っている猶予はなかった。少女は迷わず簾を潜り、外へ飛び出す。


しかし、出てすぐに少女は膝から崩れ落ちた。


呼吸がまともに出来ず、手足に力が入らない。地を映す視界の端に化け物達の足が見えた。囲まれたのだ。辛うじて持ち上げた額に化け物の爪が当たる。

微睡みの中で見聞きした【虚】と呼称される化け物は、仮面の奥の瞳を不気味に光らせ、その大きな顎を開いた。


「ソレヲ…渡セ。小娘」


少女は内心で小首を傾げる。それとは、どれのことだろう。まさか『弟』のことだろうか。

「ダメだよ、メッ!」

「用ガアルノハ赤子ノ方ダ。今ナラ見逃シテヤッテモイイゾ?ククククク……」

どうしてか親切に忠告してくれる虚に疑問符を浮かべる少女。村落をこうまで徹底的に破壊した存在が獲物に忠告などするのか?と。

「ククククク……」

「……真似ヲスルナ小娘」

「似てる?」

「アマリ舐メルナヨ、殺サレタイノカ」

虚が頭に血を昇らせている間、少女の脳は異様な成長を続けていた。気がつけば精神を蝕んでいた感覚も消え失せ、代わりにとても温かな感覚が体中を巡っていた。

「ドノ道、逃ゲ場ナドナイノダ。大人シク渡スガイイ」

「やだ」

「ソレハ死ニタイトイウ事カ?」

「……どうして?

————力づくで奪えばいいのに」

おもむろに立ち上がった少女に、虚がたじろいだ。

推測が確信を得、少女は一歩、二歩と地を踏みしめる。それだけで虚の集団が津波のように引いていった。

「できないよね、近づくことすら。だから私にこの子を手放させようとした。赤子に触れることのできる小娘の魂を取り込めば、自分も赤子に触れることができるようになるから」

謎の感覚の源は少女に大人しく抱かれる弟。その弟から放たれる『力の奔流』とでも呼ぶべきそれが、周囲にまで波及し虚達の足を止めていた。

「でもそれ勘違いだよ? 私を食べてもこの子、より力を解放して君達を寄せ付けなくなるだけだもん。

——当てが外れたね?」

少女が小首を傾げる。穴が空いたような黒目が虚の頭目を見つめた。

「……オ、オノレ…! 覚エテイロ小娘!!——必ズダ! ヨリ多クノ魂ヲ取リ込ミ、必ズ貴様等ヲ食イ殺シテヤル!!

帰ルゾ! オマエタチ!」

頭目の命令で遠巻きに見ていた虚達が立ち去ろうとする。

少女は赤子を抱え直す。そして虚達へと右手を翳し、朧げな記憶を掘り起こして顔を歪めた。

——虚はハラを空かせて魂を喰らうのではない。

——苦痛から逃れるために魂を喰らうのだ。

「………亡くした心を埋めるため……」

今から己が行うことの意味を理解し、それでも尚、少女は彼等を見逃すことを選択しなかった。

右の掌に、青白い粒子が集まっていく。


「……ごめんね」




虚の頭目は突如魂魄の消失した配下の一体を追い、背後を振り返った。

「……ナ、ナンダ…!?キエタ!?」

…この世のありとあらゆる魂魄達は、例えその肉体を粉微塵に破壊されたとしても他の魂魄に取り込まれない限りは時間をかけ再生する。

そしてまた、取り込まれた魂も自身を取り込んだ魂と共に在り続け、決して消える事がないのだ。


にも関わらず、消える筈のない魂魄が『消失』した。


「バカナ!? 一体ナニガ……!」

少女の手の中に、複数の青白い光球が収束していた。そのまま光は手を離れ、真っ直ぐに次の犠牲者へと飛翔する。

爆発はしない。青白い光に触れた箇所から塵となり、虚達は悲鳴をあげることなく消滅する。

「ナン…ダト…!?」

瞬時に事態を把握した虚の頭目は、生き残った配下を置き去りに逃走を選ぶ。再び少女の右手に光が収束した。

「追え『滅光』」

放たれた光が今度は意思を持って弧を描き、逃げ惑う虚の群れへと襲いかかる。慈悲の欠片もない攻撃が残る全ての虚達を霊子の塵へと還した。


最後に虚の頭目が何かを言い残して消滅したのを確認した少女は、一息付く間もなく周囲を見渡す。

生存者を探すのだ。手当てしなくてはならない。それに、

——はじめして、愛しい子。

——私が貴方達の母様ですよ。

「………かあ…さま…」

覚束ない足取りで家屋の残骸を覗き、優しげに微笑んでくれた名も知らぬ女性の姿を探す。

しかし何処の家にも有るのは千切れた四肢のみ。生命の気配は一つもない。少女はあまりの惨状にそれらが探している女性ではないと無意識下で断じ、倒壊した家屋を次々と立ち去る。

少女は彷徨いながら、「かあさま」と唯一知る女性の呼称を縋るように呼び続けた。

道中の平静であれば嘔吐くような光景も、少女の意識が朧げになり掛けていた為か、それとも生き残るための意地なのか、少女の足を止めさせる事はなかった。


それから暫く、村の入口付近まで歩くも肉体を大きく欠損した肉塊だらけで生者はひとりも見つからなかった。

あの女性はきっと村の外に出ているのだろうと、門らしき残骸を目指す。

そうして、そのまま門の外に出ようと一歩を踏み出して————ずるり、と抱えた弟の身体が地面に落ちかけた。

「——…?」

見れば"左腕の肘から先"が無くなったせいで落ちかけたらしい。

次いで膝が崩れ、僅かな意識で上半身を捻った少女の肉塊が地面を滑った。

赤子は姉の身体に押し潰される事はなかったが、固い土に投げ出される。しかし不思議と泣くことはなく、ただ霞む空を仰いでいた。

暫くそうしていると太陽が西へ落ち、夜が訪れる。やがて朝日が昇ると、また何事もなく西へ沈んだ。

それでも赤子は静かに空を眺め続ける。

雨が降り、雷鳴が轟き、嵐が過ぎ去り、日が差し込んでも。まるで恐怖など無いと言わんばかりに。

濡れる衣服の冷たさも気にせず赤子は時折起きては夜空を眺め続けた。








——幾日経ったか赤子のもとに、さくさくと地を踏み締め近付く数人の足音が訪れる。

「ふむ……これ以上、おんしらが近付くのは危険じゃな。そこで待っておれ」

「はい。しかし我々がここまで近づいても動く気配一つないとは……罠の可能性は?」

「ああ、それなら心配ないぞ」

なんせ、と男は門の残骸を覗き込み、それを視界に収めた。


「……赤子じゃからな」


おそらく四、五歳と思われる少女の肉塊に包まれながらも一切恐怖の浮かばない赤子の重瞳を、男はしげしげと見つめ

た。

「あぅ」

「そうじゃなあ。取り敢えずお前さんらは離れんといかんのう」

男はそう言って肉塊の中から赤子を取り上げる。そして赤子に手を翳しながら何事か長い言葉を呟いた。

すると肉塊がようやく圧力から解放されたと言わんばかりに蠢き人の形へと集っていく。

「おお、大丈夫そうじゃな」

傷どころか血痕すらない状態に戻った少女が、ふるりと瞼を持ち上げた。男のぱっちりとした黒目と少女の眠た気な黒目が交差する。

「……おはよう、ございます?」

「うむ、お早う! 儂は兵主部一兵衛、【死神】じゃ。おんしは?」

「……名前……知らない。しがない村娘…」

「そうかあ。衝撃で記憶が飛んだかのう?」

少女が緩慢な動きで赤子を抱き寄せようとするのを男は「重いじゃろうから儂が持とう」と、やんわり遮る。

「……ありがとう。……ねぇキミ、かあさま知らない?」

立ち上がった少女が男を見上げて尋ねる。

「う〜む。少なくともこの辺に生きている者は居らんなぁ」

「……なら遠くにいるのかも」

「そうかもしれんな。……どうじゃ、儂らと一緒に来るか?」

男の誘いに少女は視線をさ迷わせるが、やがて小さく頷いた。

「ようし。それじゃあ行くかの!」

そうして、少女と赤子を抱えた男は待機していた仲間らと合流し、破壊された村落を後にした。



これは、今は昔の話。

世界が三界に分かたれず、生と死の境がなかった時代。【虚】という存在によって緩やかに滅びを迎える世界で『救世の英雄』は——未だ、生まれたばかりであった。




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