優しい幻をみていた

優しい幻をみていた

逆だったかもしれねェ話

「トレセンの制服に勝負服…やはり二周年ともなれば出回る衣装も安っぽさが抜けてくるな」

 なんとなく眺め始めた通販サイトのラインナップを見ながら、ちょっと着てみたいと興味を抱く。だがその考えを首を振って打ち消す。

「あと十年若ければ、勝負服のコスプレを買い漁って自撮りをしていただろうな…お腹が出る娘はともかく、可愛い系の衣装が多いし」

 ウマ娘の勝負服は一部を除いて露出過多な衣装が少ない。あってもお腹が出る程度(※ただし水着勝負服とタイキシャトルを除く)なので着やすい部類だ。まあそのお腹が一番困るのだが。

 なにしろ3○歳ともなれば体型維持は無理というもの。日々のストレス解消に甘味を喰らい酒を飲んでは、メジロマックイーンの悲哀を分からされるようなことになるのは自明の理である。

「…おお、そうだ。あのスレはまだ残っているかな。いいネタを思いついたぞ」

 ふと思い付き、あにまんでSSを書くことにする。思い出したスレ名を検索するべくキーボードに向かうと

「なん…だと…?」

そこには先程までなかったはずの『へぇボタンのようなもの』が鎮座しており、それには『ウマ娘になれる代わりにあにまん民と強制的にエッチさせられるボタン』と書いてあった。テプラで。

──────────

「と、言う事がありまして」

「どういうことなの…」

 東京の下町、個人向け安アパートの一室。そこに暮らす僕の目の前に突然現れた美女は、そんな突拍子も無いことを言い出した。

「なので洗面台に案内してもらえますか、私も私の顔を見てみたいので…不覚ですね。手持ちアイテムに鏡を入れ忘れるとは」

「なんかえらく用意周到っすけど、その制服とかバッグは自前なんです?」

「いいえ?ボタン押したときは寝巻きにその辺のトートバッグでしたよ。どこの神様の仕業か知りませんが、無駄に仕事が丁寧ですね」

「ええ…」

 非現実・非日常にも程がある話だけど、目の前で揺らめくウマ耳とウマ尻尾が夢や幻の類でないことを主張している。それに詐欺だと言うなら少し手が込みすぎている。

 とりあえず言われた通りに洗面所の鏡のところに連れて行くと、彼女は顔をペタペタ触ったり、色んな表情をしたり、ポーズを取ってみたりと忙しなく動く。つられて耳と尻尾も…なんか可愛いな。

 僕は彼女に見惚れて、ぼんやりと鏡越しに眺めていたが「そんなに見つめないで下さい」と恥ずかしそうに抗議されてしまい、慌てて退出した。


(でもあにまん民なんだよなー、信じられねぇ…)

 そう、話の内容からして彼女は元男性であにまん民なのだ。見た目を裏切らない、おっとり系の礼儀正しい美人さんなのに。

「でもキレイな人…ウマ娘だよなー…」

 確かにあんな風になれるのなら、なってみたい。デメリットはたしかに気になるが、現時点で童貞の僕がそのまま魔法使いになるよりは良い未来があるだろう。

 そんな事を考えているとジャーッと水の流れる音がした。…あー、気が利いてなかったな、本当に。

 自分の対応力の低さにちょっと凹んでいると『すみません』と声がかかる。

「えっ、どうしました」

『あの、紙…トイレットペーパーの予備はありますか?』

「あっ、ちょ、ちょっと待ってください」

 切れてたのか…なんて間の悪い。確か安売りのときに買ったのが押し入れに…あった。

「持ってきました!」

 ガチャッとドアノブを回して引っ張る…開かない?いや、引っ張られてる??

『ひゃぁぁ!開けないで!!ダメでしょそれは!』

「ああっ!ご、ごめんなさい!!」

 どうやら僕のデリカシーは相当足りないらしい。慌ててドアから手を放し、謝罪する。

『えっと、その…元は男の一人暮らしなものでしたから、鍵を忘れて…すみません』

「本当にごめんなさい…扉の外に置いておきますね」

『ま、待って!今立ったら垂れ…じゃなくて!その…目を瞑って手渡しして下さらない?』

「つくづくごめんなさい…デリカシー不足で…」

 本当に嫌になるな、自分が。


「「…」」

 部屋に戻り、彼女が転移の時に持ち込んだ手荷物を検分する。無言で。

 それもそうである、なんと声をかけるべきか。あのまま戸を開けていればスカートをたくし上げた彼女とご対面していたのだ。顔を見るとほんのり紅潮しているし、やっぱり恥ずかしかっただろう。

 そんな顔を見て僕はハロン棒がうまだっちしてしまい、これまた居た堪れない気持ちだ。

「…あの」

「は、はい!」

「さっきのは事故ですし、お互い水に流しましょう」

「トイレだけに、ですか?」

「カイチョー」

「アッハイ」

「ふふ…」「あっはは…」

 どちらからともなく、笑い合う。たしかに目の前のこの人は、あにまん民らしかった。

 そのまま笑い合って緊張が解れた(僕の下半身の緊張はそのままだ)ところで、彼女は真面目な顔をして姿勢を正して言う。

「では、さしあたってやるべきことがいくつがありますので箇条書きしましょう。ノートとボールペンありますか」

「メモ帳でもいい?」

「ええ、では書き取りをお願いします」

 筆記具を渡そうとすると、出し抜けにそんなことを言われので一瞬手が止まってしまう。

「なんですかその顔は。…字を書くの、苦手なんです。なのでお願いします」

 以外とこの人は、ポンコツなのかもしれなかった。


・身分証明書がどうなっているか

・クレカ等は使えるかどうか

・近隣のラブホテルの位置とお値段の確認

・外出可能な衣服の用意


「とりあえず手荷物検査の結果ですが…お金貸してください」

「えらいぶっちゃけますね…」

 彼女いわく、手元にあった要りそうな物を詰め込んだバッグを手にしてボタンを押したそうなのだが、財布の中身はクレカと学生証のみになっておりスマホはデータが初期化、Switchは電源が入らないようになっていた。

「それにしてもまぁ、気ぶりじじいのような真似をする神ですね…本当に芸が細かい」

 そんなことを言いながらジト目で弄んでいるのは0.03mmのゴムだ。彼女は入れた覚えがないというから、そういうことなのだろう。

「それにトレセン学園の学生証…生年月日がこの通りなら20年以上若返ってるわね、時期的に高等部編入生になるのかしら」

「え、高等部編入で20年って」

「マナー違反。」

 キッと睨まれて平伏する。つい口が滑ってしまった…。

「とにかく着替えとかも揃えなきゃいけないし、ちょっとだけ現金を工面してほしいのよ。クレカは…名前が変わってるわね。多分大丈夫だけど、試してみるまで判らないから…ね」

「別にそのくらいは…バイト代もあるし。けど、その…ホントに良いんですか」

 話しぶりからすごく乗り気なのはわかるのだけど、やはり気後れするというか…本当に美人なのだ。おっとり系のお姉さんで、ズブズブに甘えたくなるような雰囲気が出ていて完全に僕のタイプだ。

「んー…まあ、気持ちはわかるのよ?私も元は男ですもの。でもね、共通の話題があって気を張らずに話せる相手って簡単に見つからないと思うわ。それに…」

「それに?」

「『待て』の出来るいい子じゃない。それだけで花マルよん♪」

 そういって彼女はマルゼンスキーの勝利ポーズを披露してきたのであった。


「…本当に気ぶりじじいのような神様ねぇ」

「…ッスね」

 それから。支度を済ませて出掛けよう、というところでドアが開かないことに気付いた。なお窓も数センチ開けると謎パワーで引っ掛かる模様。

 要するに『○ックスしないと出れない部屋』にされているのだ、この部屋全体が。

「正直私も妙にムラムラしてて身体は出来上がってるんだけど、初めてなんだし…しっかりお風呂に浸かってからシたいのよね」

「…ユニットバスは一応」

「温泉旅館に行って大浴場が工事中の気分」

「ですよねー」

「その…私ね、魔法使いなのよ。ついでに女装レイヤーよ」

「唐突にぶっちゃけますね!?」

「だから色々したいのよ。クールっぽく振る舞ってきたけど、頭の中はエッチなことでいっぱいなの。でもね?」

「で、でも?」

「ウマ娘の身体になってすっごい鼻が効くようになったのよね…若いって良いわね」

 そう言うと彼女はチラッとゴミ箱の方を見て目を泳がせる。ちょっと死にたくなった。

「…えずいたりしたら台無しじゃない?だからしっかり洗ってあげたいし、一緒にお風呂ってシチュエーションならあんな事とかこんな事とか…ユニットバスじゃ、ねぇ?」

「何ていうか…意外ですね。印象がまるっと変わっちゃいました」

「エッチな子は嫌い?」

「大好きです」

「正直でよろしい。ま、仕方ないわ…一晩休んで、出られ無さそうならメイクデビューしましょ♡」

 バブリーな話し方が性に合ったのか、それともこっちが素のノリなのか。どっちにしても可愛いので文句はまったくない。

「それじゃ僕は床でいいんでベッドを」

「減点1」

「ナンデ!?」

「んもう!こっちは身一つで飛ばされてきた女の子よ、寂しくないように一緒のお布団で暖めてくれなくっちゃ」

「え、でも年上なんじゃ」

「減点5」

「申し訳ございません」

「おふざけは置いといて…実は元々ぬいぐるみを抱いて寝てたのよ、だからお願い、ね?」

 そう言うなり、彼女は我が物顔でベッドに寝そべって隣をポンポンと叩く。なるほど、これも『やってみたいこと』なんだろうな。

「それじゃご一緒します」

「あら、向い合せじゃないのね」

「…今晩までは、僕は紳士なので」

 そう言って背中を向け布団をかぶった僕に、彼女が抱きついてくる。スレンダーながらも確かな膨らみを感じ腰に力が入る。

 最終的に悪戯を繰り返す彼女に耐えきれず僕は獣になったが、満足そうに微笑まれて『この人には勝てそうもない』と理解らせられたような気がした。


──────────

夢の中で、あったような

──────────

「…ッ!…………夢…?」

 ガバッ!と布団から身を起こし、あたりを見渡す。そこは東京の安アパートではなく、田舎の戸建て住宅の一室だ。

 転生して6ヶ月、旦那様と入籍して3ヶ月。久しぶりに見た昔の身体の夢。…確かに自分がウマ娘に転生したのだから、同じようにボタンを押して転生したウマ娘が私のところに来る可能性だってあったわけだ。

「それにしてもえらくリアルな…何と言うか、あれだけ迫られても暴発するまで襲わなかったのは私らしいヘタレぶりというか…暴発?」

 夢の内容を反芻しているうちに『あること』に気付き、下腹部に触れる。

「うっわ…なんで私こんな多いかなぁ…」

 かろうじてシーツには染みていないが、このまま寝直すわけにも行かず下着と寝巻きを取り替える。

「未練…なのかなぁ。処女は貰われちゃったけど、童貞だったことに変わりはないんだし」

 布団に入り直し、独りごちる。これもある意味浮気なのだろうか。だけどもこれはただの夢だ、でもなぁ。

「眠れないわ…」

──────────

「…夢、か」

パチリと目を開き、一人呟く。ここは俺の家で、東京の賃貸ではない。

「それにしても夢の俺は随分な小悪魔だったな…いや、R○現役の頃のネカマ姫ソウルと思えばあんなものか」

 我ながら業の深いことだ。それでも可愛いウマ娘の嫁さんと幸せ新婚生活を送れているのだから世の中はわからない。ん?

「夢…夢とは『どこまで』だ?」

 恐ろしいことに気付き、青褪める。たしかにここは俺の家で、俺の部屋だ。だがTSボタンを押してやって来た俺の妻は本当に現実だったのか?

 妻は隣の部屋で寝ているはずだ、しかし確かめるのが怖い。元々は両親の寝室で、空き部屋になってからは物置きにしていたのだ。

 もし、隣の部屋を開けてそこに誰も居なければ…あるはずがない、そんなことは…。

コンコン

『…アナタ?起きてる?』

 動悸がして、冷や汗が溢れそうなその時、聞き馴染んだ声が扉の外から掛かる。

「…起きてるぞ」

 一気に安心して、返事をする。流石に幻聴ではあるまい。

「電気つけるわね…すごい汗、どうしたの?」

「いや、ちょっと夢見が悪くてね」

 LEDの眩い明かりに目を細めながらも、そこに確かに愛しい妻がいることを確認する。

「…アナタも?私もちょっと変な夢見ちゃって」

「…もしかして、男だった自分のところにウマ娘が来たか?」

「…!どうして、いや、アナタも?」

 自然な動作で隣に収まる妻に、夢の話を振る。話をすり合わせると、全く同じ夢を見ていたようだ。

「そう言えばメイド服を着て以来、コスプレはしてないけど…仕舞い込んでるの?」

「その…この年と体で女装癖をCOするのは恥ずかしくて」

「お化粧したらまだまだイケるんじゃない?ダイエットがんばりましょ?」

「はは…手厳しいな。…なあ、こっちに来て後悔…してないか?」

 痛いところを突かれてつい、余計なことを聞いてしまう。

「なぁにそれ、後悔するくらいなら指輪はしてないわよ」

「…夢の中の俺はトレセンの学生証を持ってた。やっぱりウマ娘になったんだから、レースに出たかったんじゃないかって思ってな」

「…そうねー、やっぱり走るのは気持ちいいわ。でも私は市民レース場の運動で十分」

「けど…」

「でももだってもない。今こうしてアナタの隣りにいるのが私の幸せよ。それに、これからはもう一人」

「なに?」

「はいこれ。さっき起きたついでに…ね」

 手渡されたのは体温計のような形の検査キット。

「お…おぉ……」

「明日…もう今日か。今日は産婦人科に行かなくちゃね、ついでにもち米と小豆も買ってくるわ」

 そう言ってウインクをする妻に、俺は確かな母性を感じたような気がした。

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