黒い花弁の子と誰かになった子 後編

黒い花弁の子と誰かになった子 後編



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↑前編はこちら




 キヴォトスの何処かの地下廃工場。

だが586号たちが根城にしてる廃工場とはレベルが違い

ところどころハイテクな設備が残されており特殊な事情で放棄されたと察せられる。

そしてその中を586号と875X号は警備用のドローンを撃ち落としながら着実に進んでいた。


「くっ!!なんなんですか!なんでこんな場所を警備してるんです!?」

「やっぱりただの廃工場ではなさそうですね!」


 AL-IS No6、情報屋から教えられたその人物の情報を下に彼女らはこの廃工場にへと潜入した。

半信半疑ではあったがこのように多くの警備ドローンを配備させてる以上

それなりの影響力を持つ人物が潜伏しているのはある程度推察できた。


「でもきっついですよ!875X号はちゃんと私の背中に隠れててください!」

「そんな事言わずに!デコイホログラム投射!」


 875X号から放たれた光線がデコイのペロロを映し出し、ドローンはそれに向かって攻撃を行う。

そのスキを狙い586号は両手に持った大型ライフルで全てのドローンを撃ち落とした。


「……875X号って凄いですよね。何?その機能……」

「そちらこそ……これだけのアーマーと銃、それに私を担いで……どれだけパワーがあるんですか?」


 875X号のメモリーには586号がなぜここまでの出力を出せるかという情報はない。

586号に一体どのような過去があるのか、875X号は不意にそれが知りたくなった。元6号端末の性だろうか。


(………せっかく自分を手に入れたのに。結局そんなものなのでしょうか)


 そして6号のことを思い出し、この先にいる人物についても思いを馳せる。

あれは本当に自身の本体である6号だろうか。それとも偶然似通ってるだけであろうか。

ただ知りたい、全てが知りたい。そしてまた自己嫌悪する。



「……っとここが一番奥ですか……分厚い隔壁……鍵とか見落としましたか?」

「あっちから誘ったんだから開けても良さそうなのに、でも襲ってきたしただの嫌がらせ…?」

『……良く来てくれましたね』


 不意に近くのモニターが光り”No6-U”という文字が浮かび、何者か幼い声が響き渡る。

そして障壁がゆっくりと開き、2人は意を決してその部屋に入っていった。


「なんでしょう……ここ……整備工場みたいな……」

「あんまり組織の長みたいなのがいる雰囲気ではないですね」


 暗くて細部は分からないが至るところに部品や加工機械が散逸しており

まるでエンジニア部の部室のような雰囲気を醸し出している。

そして部屋の中央辺りに着いた時、壁にかけられていたモニターが一斉に点灯し部屋全体を薄く照らした。


『……ようこそ、586号さん』

「………っ!!」


 2人は思わず言葉を失った。部屋の一番奥にいたのはあまりにも異様な大型の物体だったからだ。

機械の手足が無造作に付けられ、機械アームがイソギンチャクのようにウネウネとうねる。

ありとあらゆる武装が胴体から生えておりもはやコラージュとしか思えない異形の風貌だ。

そして極めつけは、上下逆に付けられているアリスの顔であった。もはや機械の怪獣である。


「……あなた……アリスですか?」

『ええ、AL-IS No6-U……一般的に言えば6号です。初めまして』


 6号、量産型アリスのシングルナンバーでありその素性は謎に包まれている。

だが875X号はそれを知っている。なにせその6号の端末から生まれたのだから。


(…ですが……これが6号?私の親機?)

「……まぁ量産型アリスには変なのが多いから形は気にしません。

問題はあなたが私の求める情報を持ってるか、ということです」

『ええ、持っていますとも。ですが齟齬があると困りますね……少し失礼』


 そう言うと6号(仮)のアームが伸びて586号に近づく。

そしてアームの先の機械が謎に蠢き、586号の周りをぐるぐる回っていった


「…何をしてるんですか?」

『まぁ顧客の情報を読み取ってるんですよ、情報集積が大切なもので』


 情報集積、875X号の持つ記憶と一致する。

そして6号(仮)がアームを戻すと周囲のモニターに映像が映りだした。


「っっ!!!」

『量産型アリス586号。購入マスター:■■ ■■■、ミレニアムの資産家。

美貌、スタイル共に抜群の女性。素敵な人に買われたものですね』



 モニターに女性の姿が映り、586号は思わず目を奪われる。

これは自分の記憶だ。自分のメモリーに残した決して忘れてはいけない記憶。

それをさっきのアームで読み取ったというのか。


「御主人様……!!」

『その資産から人をあまり信用できず、けれど人のぬくもりに飢えていた彼女は

量産型アリスを購入。素直だったあなたとはとても仲がよかったようでまるで娘のように扱われていた…』

「……はい、御主人様は、アリスを愛してくれました、そしてアリスも……」


 モニターの映像にもアリスの姿が映る。今のアーマー姿ではない、ピンクのフリフリドレスを来た幸せそうなアリスだ。


『服もアクセサリーも買ってもらい、そして最終的には素晴らしい性能を与えてあげようと

ミレニアムのツテを使い採算度外視のパーツにへと置換した。今やパワー面ではオリジナルに最も近いでしょう』


 それでこんなにアーマーを着込んでもなんの苦労も見せないのか。

875X号は納得しながらもこの現状に異様な感覚を覚える。まるで586号の記憶に無理矢理入り込んでいるかのように。


『だが、そんな幸せは長続きしなかった。ある日彼女は一人で外出した。だが帰ってこなかった。家にあなた一人残して。

待てども待てども一切彼女は戻ってこない。連絡もつかない……そして世間は彼女を行方不明扱いにした』


 586号の体がブルッと震える。

ヘルメットの奥の表情もだんだん強張っていく。


『そして弁護士や彼女の親類を名乗る者たちが現れた。

失踪者の財産を管理するにはあまりにも早すぎますが……恐らく何者かが手を引いてたのかもしれません。

それほど彼女の資産は莫大なものでしたから』

「…あいつら御主人様がまるで死んだかのように……!」


 586号が知らないだけで本当は亡くなっているのではないか?

875X号はそう考えたが言えるはずがなかった。こんな体を震わせている少女の背中で。


『あなたは資産を管理する能力はあったが権利はなかった。

量産型アリスには人権はありませんから。むしろ資産の一部扱いでもあった。

このままでは得体のしれない人に引き取られる。御主人様の繋がりを引きちぎられる。

そう思ったあなたは……金庫の中の換金可能な資産を持って逃げ出した』


 狭い世界で生きていた彼女は主人以外に頼れる人がいなかったのだろう。

高性能なボディを頼りにキヴォトス中を駆け巡る586号の姿が映し出される。


『ヴァルキューレに主人の捜索を頼んだがすでに捜索依頼は出されており、捜査も芳しくないようだった。

あなたは捜査を優先させようと資産を差し出そうとしたが偉い人に見つかり怒られてまた逃げ出した』

「…ちょっと恥ずかしいですね」

「言わないでください、あの時はいっぱいいっぱいだったんです…」


 取調室で尾刃カンナに説教されて涙目になっている586号がモニターに映る。

トラウマなのかこの時ばかりはモニターから目を外していた。


『次に頼ったのがシャーレだった。オリジナルのアリスを助けてくれた先生ならなんとかしてくれると思ったから。

先生は586号を迎え入れてくれた。捜索の願いを受け入れてくれた。

……だけどしばらくしてそこに主人の親族を名乗るものが現れた』


 モニターにはその人物の姿が現れない。できるだけ相見えないようにしたのだろう。


『その人物は586号の引取を申し出た。先生はその人と会って話し、その引取に承諾をした。

彼女も量産型アリスを持っており信頼に足りると思ったのでしょう。

あなたは全く信用できなかったようですけどね、ふふふ』

「……それを受けたら、もう御主人様のことを忘れてしまいそうだったから」


 そしてシャーレを飛び出す586号の姿が映し出される。

その後は過酷だった。不良に狙われ、同じアリスに狙われ、食うものに困り、電力すらおぼつかない。

それでも、彼女はどこにも身を寄せることはしなかった。


「後は自分で探すしかありませんでした。

そのためにがむしゃらに色んな事をしました……」


 資産を切り崩し、思い出の品を断腸の思いで売り払い、586号は無理矢理自活を続ける。

傭兵まがいなことを続け、身を守るために装甲をまとって今のような姿になった。


『そうしているうちにいつしかあなたの下にアリスたちが集まり、今に至る……

いやぁ波乱万丈な面白いアリス人生ですね……』

「……面白い?」

『20000体もいればアリスの人生は多種多様です。そしてその姿かたちも……』


 そしてモニターがの映像が消えてあたりは薄暗くなる。

薄暗い闇の中で怪しく嘲笑する6号(仮)の姿はもはや怪物としか思えなかった。



「……ここまで赤裸々にさせられたんです。本当に情報はあるんですよね!?」

『ええ、あります、ありますよ。ですが対価があるのは分かっていますよね…?』

「……ご主人様と会えるなら残りすべての資産、全部あげます」


 その586号の返答に対し6号(仮)は逆向きの顔で首を振った。

そんな物はいらないと言うかのように。そしてアームをゆっくりと586号に近づけた。


『私が欲しいのはあなたのその体のパーツです。

ミレニアム製試作マッスルシリンダー……それ以外は一切いりません』

「……なんでそんな物を…?」

『私は自己改造をしたいんです。そのために様々な高性能なパーツが欲しいんですよ』


 6号(仮)の言葉はその無造作に付けられた異様なパーツ群が裏付けている。

節操なく付けられているように見えるがどれもこれも新品だ。


『6号である私の使命はアリスの自己改造、自己強化、自己進化の探求。

ケイの製作のためにどれだけアリスというハードを極められるかという試作機なのです。

そのために自己改造を徹底的にするのです。オリジナルアリスを並ぶ、その日まで!』

「……っ!!」

『私はドローンをハッキングし情報網を広げ、そして噂を流しました。

”6号は自己改造を繰り返すアリス、そして彼女にパーツを渡せば自身の望む答えが手に入る”と』


 6号に関しては異常と言うほど情報が錯綜し、様々な都市伝説が生まれている。

586号達はあまり噂話やネットをしないため馴染はないがそんな都市伝説もあるのであろう。


『……まぁあなたに関しては情報屋を中継しなくてはいけませんでしたけどね。

ですがようやくここで会えました。さぁ取引です。あなたも情報がほしいのでしょう?』

「……御主人様に会うためなら」


 その取引を呑めば四肢どころか顔以外全部渡してもおかしくはないだろう。

だがそれら全て捨ててでも彼女は自分の愛した人と会いたかった。

今まで御主人様がくれたものを切り崩してきたのだ、今回もそうするだけ。そしてこれで終わる。

586号は少し逡巡しアーマーを外そうとした。だがその直前875X号の手がそれを遮る。


「875X号?」

「……自分を偽る人との取引をどうして信用できましょうか」


 875X号は586号の背中から飛び降り6号(仮)に対しハンドガンを向ける。

醜悪な姿だ、自分の親機とは全く思えない。そしてミレニアムの人々が作ったとも思えない。


「…586号、言いそびれましたけど、私実は6号の子機なんです。ですがこんな怪物の子機ではありません!」

『…………』

「それに私の知ってる情報と全く違います!6号は量産型アリスの活動を監視するためのシングルナンバーです!

そんな自己改造なんて目的で作られたわけがありません!」

「……ええと、じゃあそのアリスは6号じゃないってことでいいんですか?」

「はい、どこか別のアリス、下手したらアリスですらないかもしれません。

そんな奴が誠実な取引できると思いますか!?正体を表しなさい!」


 6号から自立して自己を得て、自分らしさというものを875X号は求めてきた。

だが6号の子機だったというパーソナルは決して消すことは出来ない。確固たる自分の一部なのだ。

だからこそこの偽りは認められない。586号の取引であっても黙っていられなかったのだ。

 しばらく6号はその告発に対し黙っていたが不意に怪しい笑みを浮かべた


『……私が6号の偽物だと?』

「そ、そうです!そうとしか考えられません!」


正体をばらされたにしてはあまりにも動揺が見られない。

むしろ頓珍漢な意見であるかのように嘲笑しているかのように見える。

そして6号(仮)は875X号に対し、言葉を紡いだ。


『偽物は自分のほうだと思わないのですか?』

「え………?」


 何を言っているのだ。自分には確信がある。そんなはずがない。

だが6号(仮)は悪意のある言葉をどんどんぶつけていく。


『あなたの記憶が本当に正しいものだと思っているのですか?

まともな出自ではないあなたの記憶が作られたものではないとどうして言えますか?

私達の電子頭脳の記憶など、コンピューターでたやすく改ざんできるというのに?』

「……そ、それはお互い様じゃないですか!それにエンジニア部の人があなたのような無造作なマシンを作りますか!?」

『あなたがあの人達に関し何を知っているのですか?銃にタバスコつけるような人達ですよ?』


 自身の存在を否定されたかのような感覚を覚え、875X号は呼吸が粗くなる。

自我を作られたものでなく生まれいでた彼女に自己を否定する要素はあまりにもダメージが大きかった。


「ありえませんありえません!!それではこの体は!?こんな高性能な体を一体誰が!?」

『さぁ?カイザーやアリスモーターズあたりでは?あの人達高性能な海賊版をこっそり作ってるみたいですし。

……それに、噂は形になりやすいものですよ?』


 突然突拍子もないことを言われ875X号は困惑する。

何を言っているのだろうか。だが6号(仮)は嘲笑の笑みを浮かべつつも言葉を形にする。


『噂に過ぎなかった巨大ペロロが崇高を得て実体化した実例があります。

6号も私を含め様々な都市伝説が生まれ人々のイメージとして定着化しているのですよ。

嘘が虚数と化し、6号という情報は実にして虚、虚にして実となる。

…そう言えばありましたね、6号はアリスの監視のために意思のないアリスの子機をキヴォトスにばらまいてるという噂が』


 まさしく私ではないか。だが噂が全て嘘というわけではない。

本当のことを混ぜて欺瞞とする手法だってある。そうであるはずなのだ。


「嫌です。そんな事あるはずがありません。偽物はあなたなんです……」

『私としては自分が実なのか虚なのか、そんなものはどうでもいいんですよ。

私は私の目的があり体があり意志がある。そこが揺らぐことがなければ私は存在していいのです』

「そ、そんなやつに586号さんの体は奪わせません!消え去れ偽物!」

『わからず屋ですね、同じ番号とは思えません。じゃあ突きつけてあげましょうか。あなたが虚である理由を』


 その言葉に875X号は呆然とし、そのスキに6号(仮)のアームが875X号の体をライトで照らす。

いつ見ても恥ずかしい自己表現の下着姿だ。パンツには元となったアリスと同じく猫の柄が描かれている。


「くっ、偽物である刻印があるとでも…?」

『……あなた知っていますか、量産型アリスの下着って1~20000号、全部違うらしいですよ?』


 猫の模様、ヒゲの数、細かなところが違っておりマニアがいれば下着だけで番号が特定できるとのことだ

ゲーム開発部の苦情でその情報は非公開にされたが、エンジニア部自身が言った公式情報だ。間違いはないだろう。


「そ、それが一体……」


875X号はその言葉の意味に気づき、自身が持っていたハンドガンを取り落とした。


「あ………あ………」

『誰かに成り代わるのが目的の子機なのに、特定できる下着だけ実物なのはありえないでしょう?』


 かつて自我がなかった頃、875X号は別のアリスに成り代わって様々な監視を続けていた。

だがそれは不自然なのだ、矛盾なのだ。その言葉は875X号のアイデンティティを破壊するのに十分な威力を持っていた。

 875X号は体全身を震わせ、膝から崩れ落ちる。


「じゃあ、私は何なんですか?嘘なんですか?噂から生まれたんですか?」

『そんなことは私はどうでもいいと思いますね。ですが、まぁ……』


 不意にアームが875X号を縛り上げあげられる。

875X号の華奢な体では外すことは出来ず、そのまま空中に持ち上げられた。


『取引を邪魔されて私は不愉快です。バラバラにしてやりましょう』

「がっ!!……あああ……」

『虚とはいえそのホログラフ機能は実に有用です。あなたも私の一部にしてあげましょうかね。

あ、586号さん、すみません、すぐに終わらせるので……』


 その瞬間、586号のライフルが火を吹き、6号(仮)のアームが破壊された。

875X号は地面に落ち、気道もないのに思わず咳き込んだ。


『なんのつもりですかね』

「…これは私との取引のはずです。友達を解体するなんて許しません」

『私と敵対する意味なんてないでしょう。御主人様を見つけたくないのですか?』


 その言葉に586号は思わず尻込みするが、すぐに取り直してライフルを再び構える。

875X号はようやく呼吸を整え586号に叫んだ。


「586号……やめてください……!!こんな私のために……586号の目的を……!!」

「875X号、私あまり哲学的なこと分かりませんから実在とか虚ろとか全然分かりません。

でもここにいるのは875X号!6号の端末とかそんなものは今は関係ない!私達の仲間です!

私が捧げられるのは私のものだけです!!それ以外を奪うことは許しません!!」


 ああ、なんて勇ましい言葉だろう。

私の自我は存在していいのだ。875X号を認めてくれる人がここにいるのだ。

自身の実在が確立したかのようで875X号は目から洗浄液がこぼれ落ちる。

雫は小さな水たまりになって周囲の景色を映す。これは間違いなく実在してるのだ。


「というわけで6号?でしたっけ?取引は無しです!

お前みたいな気持ち悪いやつの手なんか借りません!バーカ!!」

『……ここでそれを言う意味が分かっていますか?

私は穏便な交渉をしようと思ったのですが……残念ですね!!』


 そう言うと6号(仮)に装着されている銃火器が一斉に二人に向けられる。

すぐさまに586号は875X号を拾い上げ、勢いよく横ステップを踏み銃撃をかわした。



「586号!早く逃げませんと!」

「逃がしてくれるとは思えませんね!」


 それに敵は相当な情報網を持っている。

ここで逃げたとしても自身の根城を抑えに来る。そうなったら他のアリスたちにも危険が迫るだろう。


「ここで仕留めます!!きちんと背中に隠れて!」

『この極限まで自己改造した私に!勝てると思いますか!!』


 まるで弾幕ゲーかのごとく激しい銃撃が部屋を満たし、586号に襲いかかる。

装甲がそれを弾いていくが被害はどんどん増えていく。かわしていくうちにアーマーはだんだん壊れ剥がれおちていった。


「そこだっ!!」

『ぐうっ!!』


 だが耐えたかいはあった。弾薬補充のスキを狙い、586号の対物ライフルが敵の銃火器を破壊していく。

6号(仮)はアームで攻撃しようとしたが逆に掴まれて一気に引きちぎられた!


『あああっっ!!私の体がっ!!私の体がぁっ!!』

「綱引きは私の勝ちですね!!御主人様がくれたこの体はやっぱ素晴らしいです!」

『私のものになるはずだったのに!!!このぉ!!』


 6号(仮)は激昂し、ミサイルポッドを二人に向ける。

こんな閉所で放つつもりなのか。だがそんな理屈は怒り狂った相手には通用しない。


『バラバラに!!砕けろぉ!!』


 ミサイルが一斉に放たれ一部は天井や壁に衝突して爆発するが、半分以上は586号を狙っていく。

これだけの量を喰らえばアーマーがあってもひとたまりもないだろう。

6号(仮)は勝利を確信したが、ミサイルが着弾する直前、586号の姿がかき消えた。


『っっっ!?!』

「ブラックミラージュ……ってカッコつけすぎましたかね」


 875X号のホログラフによって自身を投影、そして姿を隠していた586号はライフルを放ち

6号(仮)に大きなダメージを与えていく。

更に天井や壁を破壊した破片が6号(仮)に降ってかかり傷をどんどん増やしていった。


『お、おのれ……だが、お前もそろそろ限界のはず……』


 気が付けばアーマーも大分剥がれ落ちて586号のアリス部分が露出し始めている。

それに動きも鈍り始めている。恐らくパワーがある分消費も激しく、連戦でバッテリー残量が僅かなのだ。


『その動きでこの弾幕は避けきれまい!!終わりです!』

「586号!私の電力を!」

「!!」


 875X号は自身から電源ケーブルを取り出し586号に無理矢理差し込む。

そして銃撃が放たれたがギリギリのところで回避が成功した。


『バカなっ!バッテリー共有したぐらいで!』

「私って……予想以上にエネルギーあるんですよ!」


 独立し監視を長時間続ける関係上、6号の端末は通常の量産型よりバッテリーが大容量なのだ。

その電力を大量消費するかのごとく586号は一気に地面を踏みしめ一気に加速した!


「うおりゃあああ!!」

『このおおおおお!!!』


 もう銃火器による迎撃は間に合わない。

6号(仮)はアームを束ね586号を殴りつけようと一気に振り抜いた。

激しい金属音が部屋に響き渡る。6号(仮)のアームは無慈悲に586号に突き刺さっていた。


『……どこまでも腹が立ちますね、お前……』

「嘘を付くのが得意なもので」


 装甲の薄いところを狙ったはずであった。

だがそこにはアーマーがあった、アームは装甲を完全に貫くに至らず586号の本体に届くことはなかった。

875X号のホログラフによって損傷箇所の偽装を行われていたのだ。

そして586号のライフルから放たれた銃弾が6号(仮)の装甲の隙間を狙い、弾薬庫部分に命中し引火した。


『ああ、私の……私の自己進化が……』


 586号は全てのアーマーをパージし、875X号とともに6号(仮)から距離を取った。

その直後、6号(仮)の体は大爆発を起こしたのであった。



「……これで良かったのでしょうか」

「まぁ875X号の言うように信用のならないやつでしたから、それに人の過去を笑うなんてやっぱ嫌なやつです」

「…そう言ってくれて助かります」


 2人のアリスは手を繋いでかつて6号(仮)であった爆炎を見つめていた。

今までアーマーに隠されていた586号の姿が炎で照らされる。

記憶通り可愛らしいピンクのフリフリドレスだ。それをこの目で直に見れて875X号は思わず微笑んだ。


「もしかしてこれでお揃いだ、なんて思ってません?これは下着じゃありませんから!」

「あ、いえいえ……下着……か……」


 875X号はふと自身の下着を見る。

そこには他のアリスのように猫の絵が描かれている。

量産型アリスが自身を識別するため、自己を確立するための絵柄だ。だが875X号にとっては自身を否定する存在のようにしか思えない。

そう思い憂いていると586号が気を使うように875X号の肩を叩く。


「その、良くわからないけどあんまり気にしなくてもいいんじゃない?

きっとエンジニア部そこまで気が回らなかっただけだと思う。所詮下着だし、多分、知らないけど」

「……そう思うことにしましょう。ところで586号の下着ってどんなのですか?」

「バカ!!エッチ!」


 照れ隠しに怒鳴られつつも875X号は気持ちが晴れやかだった。

自分で自分が分からなくなってしまっても、自分に心を向けてくれる人がいる。

情報収集してるだけでは絶対に得られなかった関係性だ。あの日に自我を得て、そして586号に出会えたことに感謝した。


「さて、帰りましょうか。どうせだしそこらのパーツかっぱらって行きましょう」

「これら高く売れそうですしねー、工作機械も持っていければいいんですけど」

『……お前たち』


不意に近くのモニターが光り、2人は身構える。

モニターには逆向きのアリスの顔が浮かび上がった。


「生きてたんですね……6号(仮)」

『ハードとソフトを分けることでのリスクヘッジです。肉体なくとも私は不滅です』

「またやるっていうんですか…?それなら容赦しません」


 これからの身の安全を図るためにも根切りしておかねば危険だろう。

だがモニターの6号(仮)は疲れたような表情で2人に告げた。


『戦ってる最中にお前たちの体の構造は調べました。材料があれば再現可能です。

だからもうお前たちに構う必要はありません。むしろ関わりたくないです』

「……それは本当ですか?」

『さてね、私自身本当か嘘か分からない存在ですし。

ただ復讐など私の自己意義とは関係ないことです。私は自分の改造さえできればそれでいいんです』


 曖昧な答えで反応に困ったが2人は一応その言葉を信じることにした。

正直根切りするのにも労力がいる。ボロボロの2人ではそれをやるのにも一苦労だろう。


「分かりました。まぁ今回は縁がなかったということで。それでは……」

『……4653号』


 不意に謎の番号を告げられ2人は足を止める。

まるで量産型アリスのナンバーのようだが、2人は再びモニターに目を向けた。


『……あの日、あなたのご主人が行方不明になった時、その現場を目撃していたアリスです。

今は……アリウスの残党のところに身を寄せてるみたいですね。テロの人員として教育を受けてるとのことです』

「!!!そ、それは本当ですか!?」

「待ってください!なんでそんな情報を!?」


 取引は完全に破綻したのだ。情報を与える意味がない。

だが6号(仮)はあざ笑うかのように表情を歪ませた。まるで呪いをかけているかのように。


『だって586号、お前完全に捜索が行き詰まれば諦めてもいいと思ってるでしょう?

仲間がいるから、ご主人様から卒業してもいいと思ってる。

だが手がかりがあればお前は探さずにいられない。そこに安寧はありません』

「………っ!」

『永遠に煉獄でさまよってください。これは私なりの意趣返しです』


 そう言い終えてモニターの映像が途切れた。

586号は歯噛みしてモニターを叩き割る。


「私……私……御主人様を……」

「…586号が望むならそうしてください。大丈夫。みんないますから」


 支えられてるのだから支えてあげたい。

他のアリスも分かってくれるだろう。分かってくれないなら説得する。

875X号は大事な友だちの手を取って、皆の待つ帰る場所にへと歩きだすのであった。



 586号達が根城にしてる廃工場。

2人が持ち帰った収集物により中の設備は幾分か改善され、少しは住みやすい環境に整えられた。

その中の部屋で875X号と1236号が製品の検査をしながら今回の顛末を話していた。


「そんな事があったんですか……私達586号ちゃんにはお世話になってるのにそんな事も知らず……」

「とは言えあまりぞろぞろ引き連れてもしょうがないところはありましたし」

「……586号ちゃん自分のこと語らなかったんですけど色々あったんですね…」


 586号は今回の事件が終わって帰ってきた直後、他のアリスたちに自身の目的を伝えた。

自分はあてもない捜索を続けることとなる。それを皆に突き合わせる形になると。

もちろん文句はあった。だが875X号や他の賛同してくれたアリスの懸命な説得により

全員付いてきてくれることとなったのだ。


「でも、私達586号ちゃんのお手伝いが出来るのでしょうか。アリスたちには傭兵みたいな事できません…」

「別に戦闘だけが役に立つ手段ではないでしょう。

私達が役に立つのはこういう正確に物を作る作業です。

こうやって生活の基盤を支えてるだけで十分役に立ってますよ」


 そもそも私達量産型アリスは戦うのに向いてませんしね、とクスクス笑う。

それにつられて1236号もほほえみ、検査の終わった製品を箱に詰め込んで梱包した。


「では倉庫に持っていきますね。高く売れるといいんですけど」

「交渉とかも私達が頑張りませんと」


 それにはこのホログラフ機能が役に立つだろう。

自分を偽り騙すような行為だ。だが自分を認めてくれる仲間のためならそれもまたいいと思った。



 1236号が部屋から出ていって、875X号は一人考える。

6号とはなんなのか、このキヴォトスでどのような意味を持つのか。嘘が本当、本当が嘘となるのか。


「なんというか、もう誰にも理解できない存在なのかもしれませんね。

それもまた、いいか………そこにそれがあるなら……」


 自分がこの境地に至ったのだから自身の親機にあの6号(仮)のことを訪ねても

”本物かどうかはどうでもいい、そこに実在してるならただ観察しましょう”と言ってもおかしくない。


「……私はそこにいます。私には思いがあります。それだけで十分です」


 記憶がどうであろうと私の自我はここにある。過去は今の自分を積み重ねている礎に過ぎない。

あの6号(仮)も同じ感覚だったのだろう。そして同じ結論に達した。

嫌なやつだったが同じ番号をルーツにしてる関係で自分は彼女は似ているのかもしれない。

 875X号は新しく買った下着のポジションを直し、これからの未来のことを思って笑った。


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