黒い花弁の子と誰かになった子 前編
ブラックマーケット近くのとある工場。
倒産したのか夜逃げしたのかすでに会社としては動いておらず
差し押さえられなかった壊れた機械だけが寂しそうに並んでいる。
だがもう稼働していない工場にいくつかの人影が動いていた。
彼女らは量産型アリス、ミレニアムで製造され、そして紆余曲折あって野良となった少女たちであった。
「586号達はどうしてミレニアムに行かないんですか?」
その工場の倉庫でとあるアリスが問いかける。
彼女は875X号。かつては6号が使役していた意思のない端末であったが、いつしか自我が芽生え独立した個体である。
「…なんで急にそんなことを?」
運んでいた荷物を置いて586号と呼ばれたアリスは怪訝な顔をしてそう問い返す。
幾重にも黒いアーマーを着込み、身の丈2mにも達している586号は幼い顔ながらも威圧感を醸し出す。
だが875X号はそんな威圧にも気にせず質問を続けた。
「だってわざわざこんなところで暮らすよりそちらの方が安全で楽じゃないですか。
586号なら変なデマに惑わされることもないでしょうし不思議です」
「……まぁ言いたいことは分かります」
今、彼女らは7,8人の非正規含めた野良アリスと共同生活を続けている。
古い機械を直し部品を作って売り出したり、壊れた車から使えるエンジンとバッテリーを持ってきて発電したりとなんとか自給自足出来て入るが
安定はせず、いつ破綻するかもわからない状態だ。
875X号は最近このコミュニティに入ったからこそ現状を俯瞰できる。
586号は憂いに満ちた遠い目をし、見せつけるように人差し指を立てた。
「まず1つ目の理由、下手に皆で移動すると悪人に捕まる可能性があります」
「…まぁこのあたり物騒ですからね、アリスたちは高値で売れるらしいですし」
「それに周りとは商売の付き合いがあります。それを切って逃げるとなると
密告されて一網打尽に……ということにもなりかねませんからね…」
まるで経験があるかのように暗い顔をして腰を落とす586号。
やはり身寄りのないまま暮らすというのはアリスにとって、いや誰にとって大変なことなのだろう。
そして586号は人差し指に続き中指を立てた。
「そして2つ目、探している人がいるんです」
「探し人?」
「はい、とてもとても大事な人……情報を集めるにはこの近くがやはりうってつけなのです」
それはヴァルキューレやシャーレに頼むべき問題では。
だがそうしないということはしないだけの理由があるのだ。わざわざ危険を犯す必要はない。
1つ目の理由を述べたときよりも神妙な表情を875X号は感じ取る。おそらくこちらの方が重要なのだろう。
「まぁそんな感じです、自分の事情に他の子を付き合わせたくはないのでどうにかしたいんですけど…」
「みんな慕ってますよね586号のこと」
「そうなんですよね……」
身丈が高く、戦闘力も高そうな586号を頼り、というよりかは依存しているアリスもいる。
また、野良にしては様々な知識を持っており、いつしか586号はコミュニティに欠かせない存在となっているのだ。
「875X号も賢いから支えになって欲しいんですけど……その露出癖どうにかなりません?」
「これは私の自己表現ですので」
「個性履き違えてない?お願いだから作業中はちゃんと作業着とか着てください」
未だ下着姿がデフォな875X号に対し心労が積み重なっているような表情を浮かべて586号は荷物を並べる作業に戻る。
気持ちはわかる、だがこれが初めて見つけた自分というものだ。
ほんの少しの反抗心を持って875X号も荷物運びの作業に戻るが、別のアリスが入ってきてつい荷物を素足に落としてしまった。
「ひぎーん!」
「586号!部品検査終わりました!出荷可能です!」
「1236号、ありがとうございます!では納品クエスト開始です!」
痛みで悶えてる875X号を呆れた表情で見つめ、586号は1236号から荷物を受け取る。
1236号が全身で抱えていた荷物を軽々と片手で持ち、586号そのまま出口の方に向かった。
「では行ってきますね。なにかあったら下手に抵抗せず脱出口から逃げてくださいね」
「りょーかいです!」
もう片方の手で特性のヘルメットを被り、586号は工場の外にへと出かけていく。
それを見送り仕事に戻ろうとした1236号であったが、ここにいたもう一人のアリスの姿が見えないことに気がついた。
「旦那、これが今月の分です」
「……おう、数は揃ってるな」
ブラックマーケットのとある店舗にて586号は運んできた品物を納品する。
それを軽く検品した店主は現金を取り出し586号の前に差し出した。
(……今日も少ないですね)
作成した品物の数、そして精度から見れば明らかにぼったくられてるような金額だ。
だが例え安くても買い手がいなければどうしようもない。その上自身らは会社ではないただの野良集団。信用などあるはずもない。
586号は不満を内に抱えつつその現金をアーマーの中にしまいこんで店舗を後にした。
(やっぱり、875X号の言う通りかもしれません。
こんなその日暮らしではどうしようもない、でもやらなくてはいけないことがある…)
納品を終わらせた586号は工場の方に戻らず、ブラックマーケットの奥にへと入っていく。
その道中、不意に見かけたとある店のショーウィンドウの前で思わず足を止めた。
(……この世界は残酷だ)
ガラスケースの中には一人の量産型アリスが売り出されている。
電源は入ってないのかただケースの中で立ち尽くしているだけだ。
だが、その表情は憂いしかない。まるで全てに絶望しているかのような印象を与えた。
(仲間たちがいつこうなるかわからない、下手したら自分だって……)
ガラスに映る自分の姿はヘルメットもあって大型オートマタにしか見えない。
だが自分が量産型アリスだと気付かれたら眼の前のアリスのようになってしまうだろう。
その前に全てを終わらせないと、そう決意した586号はそのままショーウィンドウから離れていく。
助けを求めているような視線を振り切りながら。
「……お前が”黒百合”か」
「ええ、あなたが”地下茎”ですね」
ブラックマーケットの奥で586号はハンチング帽を被ったオートマタと接触する。
こいつがキヴォトスの情報を収集する情報屋か、それにしても黒百合とはなかなか素敵なあだ名だと586号は微笑む。
もちろん裏社会の仕事だから無料というわけにもいくまい。今日手に入れた安売上ですら足りないだろう。
(……これを使うしかないか)
586号はアーマーの下をまさぐり小さい指輪を取り出した。
それはまるで月輪の如く煌めき、装飾されている宝石も光を帯びて星座のように瞬いている。
一目みただけで高価と分かるそれを586号はじっと見つめていたが、
突如後ろから飛び出した影によってその輝きは消え失せた。
「え……?」
「ヒャッハー!!こっそり付いてきたかいがあったってもんだ!じゃあな!」
やられた、突然現れた不良少女は586号が持っていた指輪を掠め取りそのまま逃げ去っていく。
あまりにも突然のことで586号は情報屋に顔を向けたが、
情報屋は取引は終わってないぞと言わんばかりの表情しか浮かべず、
586号は歯噛みしてその不良の後を追っていった。
「こらぁ!!!ふざけんな!!返せ!!返せええええ!!」
あの指輪は586号にとって大切なもの。自分の手で消費するならまだ耐えられるが
ただ奪われるのは決して許してはならない。
だがアーマーの重量もあってどうしてもその不良に追いつけない。
アーマーを脱ぎ捨てることは可能だ。だがこんな場所でアリスとバレたらどうなるか分かったものではない。
(でも!!ああ!!私の……私の思い出が…!)
「へへっ!ノロマなデカブツが!表に出さえすれば……」
「ヴァルキューレ公安局だ!!今すぐ静止しろ!」
「はえぇっ!?」
振り切れると確信した不良であったが、その矢先に道を塞ぐように女性が現れ思わず歩を緩める。
ただのヴァルキューレ学生だったら無理矢理押し通した、だがこいつは狂犬と呼ばれる公安局の局長ではないか。
なぜここにいるのか理解が及ばず不良は結局その女性の前で完全に足を止めてしまった。
「いまだぁっ!!」
586号は一気に踏み込んで不良との距離を詰める。
そして不良が反応する前に回し蹴りと食らわせそのまま不良を壁に叩きつけた。
「ふぎゃあっ!!!」
全体重を載せた回し蹴りはキヴォトスの住民といえど意識を失わせるのに十分だった。
586号は不良の手からこぼれ落ちた指輪をすぐさま回収する。
傷はないと安心したが、すぐに隠すように握りしめ、ヴァルキューレの女性に視線を向ける。
「……あなたのお陰で助かりました……でもこれ以上は関わらないでください」
目立った犯罪こそ起こしてないもののブラックマーケットで行動してるということは
どこか薄暗いものを感じ取られてもおかしくはない。
586号はヘルメットの奥に光る目で威圧するもそのヴァルキューレの女性は意にも介さず不敵に笑い始めた。
「あはは!様になってますね!586号!」
「え……いや、その声……」
その女性は厳つさに似合わない幼い声、いや、586号の聞き覚えのある声を発する。
586号が怪訝に思っているとその女性の姿が揺らぎ始め、一人の見覚えのある下着姿のアリスが現れた。
「875X号!?」
「どうでしょう?ホログラフ機能ってここまで出来るみたいなんです!」
かつて6号の端末だった875X号は偽装のため全身にホログラフを発生させる機能が付いている。
それに誰かに成り代わるのは得意だ、875X号は少し自嘲した。
「586号がいつもどうしてるのかって気になってしまって……やっぱり危ないですよ?ここ」
「……分かってはいます、でも私としてはあなたのほうが心配ですよ」
「あなたが心配するように私達も心配してますよ、分かってください」
新参の875X号ですら不安になるのだ、1236号を始め他のアリスも同様に思ってることだろう。
586号はそれを理解しつつも、突き放すかのように875X号に背を向けて元の場所に戻ろうとした。
「そのホログラフ?とやらがあれば安全に帰れるでしょう。早く帰って皆の手伝いを」
「せいっ!」
「ふにゃっ!!」
突然背中に重量がかかって586号は思わず姿勢を崩しかける。
なんとか踏みとどまり背中を見たがそこには巨大なバズーカがマウントされてあった。875X号が姿を変えたものだろう。
「心配だけじゃなく手伝いもさせてください。せっかく仲間になったんですから」
「……しょうがないですね」
自分が散々エッチなのは駄目と言っても下着姿を続ける875X号のことだ。言っても聞かないだろう。
幸い重量的には問題はない。586号はそのまま875X号を背負い路地裏の奥にへと戻っていった。
「ははっ、災難だったな。まぁこっちも商売が続けられて何よりだ。
しかしまぁスリ相手に場違いな武装を調達したもんだなぁ」
明らかに他人事みたいな振る舞いを続ける情報屋に苛立ちつつ586号は指輪を情報屋に渡す。
情報屋は指輪をじっくりと観察すると器用に宝石を外し、指輪を586号の方に弾いて渡した。
「え、えっと……こっちもプラチナ製だけど…」
「俺が本腰を入れるなら全部頂くが今回は仲介になりそうなんでな、これだけ頂く」
「仲介……?」
「お前の望みを叶えられそうなやつがお前に会いたいそうだ……くく、面白いやつに出会えるぜ」
そう言って情報屋は586号のアーマーの隙間に紙片を挟み込みその場を後にした。
適当なこと言って宝石をガメるつもりではなかろうかと心配してその紙片を覗き込む。
そこには何処かの施設の住所と入り方、そしてそこで待っている人の名前が書かれていた。
「……AL-IS……No6?」
「……6号?」
6号、それは875X号にとっても馴染みの深い番号。
ここに求める何かがあるのだろうか。2人のアリスは空を見上げた。
↓後編に続く