鳴いた鴉を寝かしつけ
娘ちゃんの名前は撫子ちゃん
目を閉じるとよく分かる長い睫毛がやはりあの男との娘なのだなと感じさせる。
まぁあの男は寝ている時ですらこんな締まりのない顔はしていなかったが。つくづく顔面といい外面といい面だけはいい男だった。
スヤスヤと寝息を立てる娘は最近かなり安定してきてよく動くようになった。そのせいで夜は電池が切れたように眠るのだ。
人の布団だというのに手足を伸ばして布団を占領し、あまつさえはみ出す様子は熱で臥せっていた様子とはやはり異なる。
元気な子供に付き合ってくたびれたり布団を追い出されるのも、今までを思い出せば嬉しいものだ。
「……よう寝とるなァ」
ふくふくとした頬に触ると、むにゃむにゃとなにか口の中で話ながら身じろぎする。安心しきった寝顔に頬が緩んだ。
このままずっと怖いことなんてなにも知らないで、安心しきって眠れたならどれ程いいだろうか。
それができないであろう原因の一つが血の繋がった実の父親だというのだから、なんとも笑えない話だ。
端から見れば母親に瓜二つの娘ではあるが、どうしても当事者だからか父親から受け継いだ部が目についてしまう。
それは一番あの男と顔を付き合わせる機会が多かったからかもしれないし、曲がりなりにも子供を作ったからかもしれない。
例えば目を閉じた時の睫毛の長さだとか、髪を上げた時の額だとか、耳の形だとか。後は暗いところで見る瞳の色もよく似ている。
鏡花水月の名を出して誰の子かわからないなどと言ってはみても、あの能力があるからこそ藍染と瓜二つの男を替え玉にする必要などないわけで。
どうしようもなくあの男との子供であるということが、他の誰でもない俺には誰よりもよくわかってしまう。
微かに残ったあの男の残滓すらもう思い出すことも出来ないが、娘の中にたしかにその血を感じている。
あの男の芯の部分をついぞ理解できなかったことを考えると、どこか皮肉めいているのかもしれない。理解したいとも思わないが。
どんな理由があったとしても、他人を傷つけ利用し踏みつけることを良しとした藍染を今後も理解することはないだろう。
「んぅ……おかん?あさぁ?」
「朝やけどまだ早いわ、ねんねしとき」
「でもかぁかぁいっとるよ」
「カラスは撫子よりずうっと早起きなんや」
ほとんど目も開いていないような娘を撫でて寝かしつける。そういえば、このふわふわとした癖毛も父親譲りのものの一つだ。
後はこの体温もそうだろう。よく熱を出す子供ではあるが、元々体温は高いのだ。もちろん、子供だからかもしれないが。
ぴったりとくっついてくる体温は似ていても、あれは心穏やかに抱きしめられるものではなかった。
朝を共に迎えることすら片手で数えても余るくらいしかなかったはずだ。想い合うわけでもない、そういう関係だったのだ。
そういう関係だというのに子供を授かってしまった結果、娘には大分苦労させてしまっていると反省の気持ちもある。
それでも娘という守らなければならない存在がいたからこそ、ここまで腐らずにやってこれたような気がしている。
あの男が俺に残した爪痕の中で唯一感謝してもいいと思えるのは娘のことだけだ。他の酷さで相殺されるのは当然ではあるが。
そして一生あの男は娘を腕に抱く喜びを知ることはないのだろうと思うと、少しだけ藍染のことが憐れになる。
「からすもねんねせんと……」
「せやな、お寝坊してくれたら朝寝もしやすいわ」
鴉の声はだんだんと遠ざかっていく、エサでも探しに行ったのだろう。外の音が聞こえ出すと、世界も起きるような心地がしてくる。
音の無い夜は未だにあの男の声が聞こえてくるような感覚がすることが稀にある。もうほとんど声も覚えていないはずだというのに難儀なことだ。
もぞもぞと動く娘に布団を掛け直す。まだ朝方は肌寒く、健康体と言うには少し難の残る娘には暖かくしておいてほしい。
それだというのに少し寒さが和らいだからといって、手足を伸ばして布団からはみ出すので困ってしまう。
成長した娘には母親と眠るにはこの布団はもう窮屈なのかもしれない。
「ほれ、あんよ仕舞い。寒いやろ」
「ん……」
「ええ子やな、あったかくしたるからおやすみ」
とんとんと背中を叩いてやると、もぞもぞと動いていたのが大人しくなりうつらうつらとし始める。
娘が寝たなら一緒に寝てしまってもいいだろう。まだ朝は早いし、母娘揃って寝坊するというのもたまになら悪くはないだろう。
娘の暖かな体温を感じながら、おそらく真に愛することなど出来ない男のことをぼんやりと考えた。
きっと藍染が聞けば鼻で笑うだろうが、あの男はここから先ずっと愛する誰かと寝坊をする幸せを知ることなどなく生きていくのだろう。
娘には、そんな孤高とは名ばかりの一人ぼっちの人生など送っては欲しくない。父親には似てくれるなと切に思う。
「ええ夢みるんやぞ」
瞼に口付けてやればふにゃふにゃと笑ってまた眠りにつく。やっぱりその表情は少しも父親には似ていなかった。