魍魎が持つ匣

魍魎が持つ匣


タイトル通り某小説のパロです


IFローさん全然出てこない

モブがめちゃくちゃ喋る

色々と捏造あり

若干グロ要素あり

以上の点が大丈夫な方だけどうぞ



追記

元ネタは言わずもがな「魍魎の匣」ですが、その小説の展開や要点を簡略化して真似ているこのSSより何千倍も面白いので、もし読まれた事がなければ是非読んでください。













 仕事が終わり、家へ戻る事になった。


 どっぷりと深けている今、自分以外に人は見当たらなかった。この時間帯に出歩いてのは、もう一人いるかいないかだろう。


 空はどこまでも暗く、喧騒はいつも通り聞こえていた。いつもと変わらないの音が耳に心地好く耳を打っていた。


 連日の激務のせいか、その喧騒のせいか。いつの間にか眠りこけていた。


 どれほどの時間がたっただろうか。気づけば目の前に色眼鏡をかけた大男がいた。

 巨人というには随分と小さいが、人としてなら随分と大きい。そんな男だった。


 なぜ目の前にいるのだろうか。

 そもそもいつここに来たのだろうか。それに気付かぬ程深く眠っていたというのだろうか。

 そんな事をつらつらと考えていた。


 その大男は匣を持っていた。


 大層大事そうに抱えている。

 時折匣に話しかけたりする。

 眠い目をこすり、何が入っているか見極めようとするがどうにも眠かった。

 どうにも中が気になって仕方がなかった。

 大男は酷く充たされた顔をしていた。


「 」

 偶然か、聞き間違いか。

 匣の中から空気が漏れる音がした。


「聞こえたか」

 色眼鏡をかけた大男は気味の悪い笑みを浮かべながらそう問いかけてきた。

 うんともすんとも言えなかった。あれが夢か現か判断ができなかった。


「機嫌が好いから見せてやろう」

 そう言うと匣の蓋を持ち上げ、こちらに向けて中を見せた。


 匣の中には青年がぴったりと入っていた。


 身体と匣の合間には朱殷の布が挟み込まれ、顔から肩口にかけての隙間には薄い紅色の造花で飾り付けられていた。その薄い紅色の造花は、大男の身に纏う上着とそっくりな色合いだった。

 匣の中は文字通り隙間なぞ無かった。


 匣の中心にいる青年は精巧に造られた人形なのだろう。人形の胸から上が入っているのだ。

 虚ろな顔をしているので、目に光が入る角度はないかと身体を捩る。


 匣の青年と目が合うと、

 目を瞬かせ

「 」

 静かに涙を流した。

 ああ、生きている。


 何だかその男が酷く羨ましくなってしまった。



1


 一目見たときから同類だと確信していた。

 周りの大人に物怖じしない態度も、命を省みない覚悟も気に入った。

 何より一番好かったのは瞳だった。

 何も信じない、何もかもに絶望した瞳を持っていた。その瞳を持ったまま自身の隣に立つ事を考えると高揚感をもたらした。

 だから、教育を施した。自身の隣に立つのにふさわしいように何もかもを与えた。

 それなのに。それ、なのに――


「感謝してるよ」

「この力でお前らを討ち取れる!!!」

 十四年ぶりに会えたと思っていたら、すっかり根性丸出しの熱い男になっていた。

 随分とつまらない男になった。

 もう彼の瞳はどこにも見当たらなかった。

 それならもう、仕方ない。おれと同じでないのなら意味がない。実の父や弟を許したようにするだけだ。

 銃を何度も構えた。忌々しい外套へ向けて弾丸も打った。だが、麦わら帽子を被った少年に邪魔をされた。

 ――麦わら屋。確か、そう呼ばれていたはずだ。

 わざわざ違う名前で呼ばれるような奴だ。どうせならそいつを先に殺した方が面白そうだ。

 だから、あと一撃入れようとして逃げ出したそいつを探し出した。探し出して、目の前で八つ裂きにしてやった。彼の男は少年の隣に居たから、それは至極簡単だった。


 麦わら帽子の少年の最期は笑っていた。

 忌々しい外套と刺青を纏う男は、彼の瞳を持たない男は、ただ目を見開いていた。


「麦わら屋が負けたならおれも殺されるべきだ。――だが、お前の望み通りにはさせねェ」

 少しの間の後、男は刀を喉元へ向けていた。その時、偶然、目があった。

 隣にいたはずの男の瞳を見た。

「――く、そ、が」

 気付いた時には寄生糸で動きを止めていた。邪魔な帽子を取り払い、もう一度瞳を見た。

 十六年前、初めて会ったときと同じ瞳をしていた。

「気が変わった」



 匣の中にぴったりと収まった青年を見る。青年は何も言わず静かに涙を流していた。

 そもそも、何かを言う事なぞできないのだろう。青年の顔周りにある造花は彼から話す自由を奪っていた。


 色眼鏡をかけた大男は笑みを浮かべ続けていた。その笑みに気色悪さを覚えていた。


 何故、目の前の大男はこうも笑えているのだろうか。匣の中の青年はこんなにも悲しそうなのに。

 私だったら匣の中の青年を悲しませるような事なぞ絶対しないのに。


 まず造花がいけない。あんなものがあっては会話が一切できない。色だって不釣り合いだ。彼に似合うのはもっと別の色だ。

 次にこんな場所がいけない。こんな喧騒の聞こえる場所では駄目だ。彼を連れていくならもっと静かな場所でなければいけない。彼が居るべきはもっと暗くて静かな場所だ。


 ――そうだ。深海が好い。

 彼の髪のように暗くて、今の彼のように静かな海の中ならぴったりだ。そこなら声だって聞こえるし、海の色は瞳を映えさせるに違いない。


 そうと決まれば潜む船を造らねばならない。潜む船を造るのは初めてだが、彼のためなら立派なものが造れるに違いない。

 次にこの国から出る方法だ。例えそれが法を犯す行為だとしても、知った事ではない。

 ああ、だが、何よりも。匣の中の青年を何もわかっていないこの大男から手に入れなければ。解放しなければ。自由にしてやらねば。

 この色眼鏡をかけた大男こそが匣の中の青年の不幸の元だ。


 そう気付くと、私は堪らずに匣へ手を伸ばした。



2


 今まで作り上げてきた国を壊し、彼を隠れ家まで連れていく。そのときにはもう、彼の時とは違う瞳をしていた。

 これならば国が壊れる時に見えた瞳の方が随分とましというものだ。十六年前のそれとは違うが、絶望に染まっていく様は中々見ものだった。

 だが、今のは駄目だ。これではまるで、再会した時のような瞳だ。

 十六年前とは何が違うのだろうか。家族も、友も、故郷も失っていた彼のとき何が違うのだろうか。

 ――ああ、そうか。

 彼にはまだ、仲間がいるじゃないか。

 彼は仲間を連れてきてはいなかった。彼の国に来ていたのは、彼の麦わら帽子の少年の仲間だけだった。

 なら、仲間を殺してしまおう。ついでに彼の時逃げた少年の仲間も始末してしまおう。


 仲間の居所は、探れば簡単に見付かった。そこから先はもっと単純だった。

 麦わら帽子の少年の最期を見たときが一番好かったから、同じようにしようと何人かは殺さずに連れて帰った。

 そこから先は面白かったが、酷くつまらなかった。


「――――ーー!!!」

 目の前で切り裂いてみれば、彼の時ですら聞けなかった絶叫が響いた。これだけ苦しめば、十六年前と同じ瞳になると思った。

 目の前にあるもの全てを使う、彼の瞳に。

「おれの事が憎いか?」

 さあ、早く見せろ。彼の時と同じ瞳を見せろ。

 髪を掴み顔を上げる。瞳と焦点が合う。

「憎まない」

 その瞳は無駄なものばかりが入っていた。

「もうおれは他の誰かを憎まねェ!もう彼のときとは――お前が右腕にしようしたときとは違う!」

 無駄なものがある瞳のまま何か言っている。

 違う?そんな事はない。

 彼のときのお前は同じだった。同類だと確信したときと同じ瞳をしていた。

 それでも否定するのならおれがその時に戻してやる。

 もう右腕だとかそんなものはどうでもいい。


 右手がおれの胸元を掴む。その様子を見ていると虫酸が走る。

 彼の時のお前はそんな事しなかった。

 ならそれは、無駄なものだ。

「――ッ!」

 だから、右腕をもう一度切り落とした。



 気付けば彼の大男はどこかへ行っていた。

 いつの間にいなくなっていたのだろう。どれだけ一緒にいたのだろう。彼の匣が欲しい。


 何年も過ごしている家の中へと入る。いつも通り過ごそうとしたが、出来る訳がなかった。

 頭の中は彼の匣の事でいっぱいだった。


 彼の匣の中にいた青年を思い出す。

 彼の匣は完全に充たされていた。見事なまでに充実していた。

 匣は胴体のために造られていたに違いない。そうでなければ彼の密着度はありえない。身体の構造上どうしても肩口から顔や頭にかけては空間が出来るが、花が敷き詰められているお陰で少しの隙間もなかった。

 その花のお陰で会話は出来ないが、必要ない。彼の瞳が何もかもを雄弁に物語っていた。

 それに彼の悲しげな瞳が華やかな刺青や鮮やか花を引き立てていた。

 刺青と花も彼の青年のためにあった。それなのに、決して相容れない。

 そこにぞっとするような美しさがあった。


 ああ、彼の大男羨ましい。彼の匣が、彼の青年が欲しい。

 いつの間にかそれは燃え上がるような執着心へと変わっていった。


 いつの間にか家を飛び出していた。まだ仕事までには時間がある。

 先ず来た道を戻ろう。そして、彼の青年を捜すとしよう。



3


 最初のバラバラ殺人事件が起きたのは三ヶ月程前だったと覚えている。その次が起きたのは一ヶ月程前だったはずだ。

 何故おれがそんな事を思い出しているのかというと、今まさに新しい事件が瓦版に掲載されていたからだ。

 おれが潜入しているこの国では話題になっている事件がある。それがこの連続バラバラ殺人事件だ。何故そう呼ばれているのかというと、被害者の遺体が一部しか見付かっていないからだ。

 一番目の事件では手足のみ。

 二番目の事件では手足と脊椎の一部。

 三番目の事件では手と臀部付きの足。

 四番目の事件では手足と消化器などの臓器がいくつか。

 どれも発見されたのは手足や腰、臓器といったもので肝心の胴体や顔は出ていない。

 手足などの隠し方は杜撰なくせに、胴体や顔は一つも発見されていない。何故見付からないのか、犯人は誰なのかという話題で花の都は持ちきりだ。

 その瓦版には四つ目の左腕が出た事が報道されていた。四人目の被害者の続報だ。読んだ後にはついその瓦版を握りつぶしてしまった。

「この事件は叛逆の意図ありとみなされないのだろうか」

「仕事以外の事件を気にするとは勤勉な事だな」

 隣にいた今の同僚――いや、一応部下に該当している男――とでも言うべきだろうか。その男に話しかけると鼻で笑われた。

「まあ、お前の言っていた叛逆の意図がこの事件にあると見るのは無理だろう。被害者は将軍や海賊の関係者ではないし、見せしめといった要素もない。そういう被害が出ればまた別だが、わざわざおれ達に仕事が来るような事件ではない。実際、おれ達抜きで捜査はもう始まってだろう?」

 この男の言う事は正しい。この被害者達に仕事や身分といったところに統一性がない。同じなのは年齢や性別、あと精々外見といったところだ。彼らは全員黒髪で二十代、そして刺青を入れていた。被害者の身元がわかったのもこの刺青のお陰らしい。

「お前の占いで何かわかる事はないのか?」

「そんな事をわざわざおれがする義理はない。それでも頼むのなら金を取るぞ」

「え」

 金を欲しがるような男だとは想像していなかったため、思わず驚嘆が漏れてしまった。それが聞こえてきたらしく、苛立たしげに睨んできた。

「そもそも占いをする目的は営業、つまり金を儲けるためだ。単におれが自分のために占いをしているからそういう事態が起きてないだけだ」

「そうか。それは知らなかった」

 今度は大きく溜め息をつかれたしまった。随分と呆れられてしまったらしい。

「お前が勝手に何かをする分には自由だが、支障は出すなよ」

 それだけ言うとどこかへ行ってしまった。今は占いをしていないにも関わらず、自分を見透かすような事を言う男だ。

 今おれが考えている事は、やろうとしている事は勝手な事だ。わざわざおれがこの事件を調べる必要はない。ただ、自分の手の届く範囲で無闇矢鱈と人死にが出るのは気分が悪いというだけだ。

 今話した男の力が借りられれば随分と楽になっただろうが――まあ、元よりそんな事が出来るとは思っていない。話しかけたのもたまたま側にいたからだ。

 とにかく、犯人について何もわからない以上被害者の身元から調べるべきだろう。


 自身の立場が立場である以上、捜査している情報はすんなりと見せて貰える事になった。あくまでも個人的な興味だと何度も伝えたが、果たして理解して貰えているのかどうかわからない。

 資料を持ってきた黒髪の男は自身よりも幾分か背が低く、また若かった。

「ハート?」

 資料を受け取ると、黒髪の男の右腕に刺青があるのが見えた。この国だと中々見かけない図柄だ。

「ああいやこれは最近入れまして、そのときの彫師がこの模様を熱心に進めてきたんです。自分にはどうしても入れたい図柄があったんじゃないんで、それにしました。腕の良いと評判の彫師だから、同じように進められてこれを入れた奴は他にもいるんじゃないでしょうか。それにしても刺青を気にするなんて、これから入れようとしているんです?」

「ただ珍しいと思っただけだ」

 おれの部下がこの国の刺青技術は高いと言っていた事は覚えている。だが生憎とこの国で刺青を入れようと思った事はなかった。

 そういえばこの被害者達にも全員刺青が入っている。なら、それらは一体誰が入れたのだろうか。渡された資料に目を通しながら、ふと思い至った。

 そうだ。そもそも何故犯人は刺青のある人間ばかりを狙っているのだろうか。流石にこれは偶然ではないだろう。

 殺すための下地と本人の気概という条件はあるが、殺すだけなら誰だって出来る。ただ、この事件はそれだけではないような気がする。遺体が一部しか見付からないせいか、そのような気味の悪さを感じていた。

 もしそうなら、この事件が起きた理由が殺すためではないのなら、どこかに共通点があるはずだ。例えば、刺青の入っている男を狙っているとかな。

 刺青を見れるのはどこだろうか。人の前で裸になる湯屋と――あとは刺青を入れるときも見れるかもしれない。

「見せて貰えて助かった。ありがとう」

「いえいえ。もし何かに気付かれたら是非とも教えていただけないでしょうか。この事件は捜査が行き詰まっておりまして、どんな情報も欲しいのです」

「勿論だ」

 一通り読んだ後、資料を返した。資料を渡してくれた男はおれが頼みを了承したのが大層嬉しかったみたいだ。立ち去るときに何度もお辞儀をしていた。

 まずは彼の刺青を入れたのが誰なのか調べて見るか。湯屋は、まあ、今すぐでなくても良いだろう。



 既に暗い道を歩いていく。家の中から僅かな光が漏れているのが見えた。

 偶々家から出てきた女がいたから、匣を持った大男がいなかったか尋ねた。「そんなの見た事がありません」とだけ言って足早に去ってしまった。

 その女は服も髪も全てを目立たせてようとしていて、醜かった。


 何もかもが煩わしく感じてくる。それらを忘れるためにも彼の大男を探すが見つからない。

 無我夢中で来た道を歩いていた。気付いたら仕事場まで戻ってしまった。

 周りを見回してみる。

 その街にある光と音は全部滅茶苦茶で醜かった。


 何故あんなにも自分を目立たせる事ばかり考えられるのだろうか。彼の匣のように一つを引き立たせるように出来ないのか。そうすればすっきりと纏まって美しいのに。


 気味の悪さを振り切るためにも必死に捜し回った。それでも彼の匣は見付からない。


 本当に美しいものを見てから何もかもが醜悪に見える。美しいのは彼の匣だけだ。

 ああ、また見たい。彼の瞳が、見たい。


 何としても捜さなければ。

 彼の青年が必要だ。



4


 右腕を切り落としてから数ヶ月経った。彼の瞳は未だに彼の時と同じにはならなかった。何度痛め付けようが、大切なものを創らせて壊そうが求めているようにはならなかった。

 だが、少しずつ光が失われているのはわかっていた。このまま続けていれば彼の時と同じ瞳になるだろう。

 そしてそれは唐突に訪れた。


「だあれ?」

 いつも通り彼のいる部屋へ来たときには既にこうなっていた。呆けているのかと思う態度にあどけない口調だ。十六年前でもおれの前ではしなかったような様子だ。

 だが――光のない瞳は彼の時と同じだった。

「ここはどこ?あなたは、だあれ?」

 首を傾げながら何も知らない幼子のように問うてきた。そういえば、今の関係に名前を付けた事はなかった。

 同類ではあるが、右腕ではない。それはもう切り落としたものだ。なら、こう言うのが一番近い呼び方だろう。

「ここはおれの城だ。そしておれは――お前の兄だ」

 同類ならば、あるいは互いが互いの生まれ変わりならば、それは兄と弟と言っても差し支えない。いや、それよりもっと深い繋がりだ。

 だっておれの代わりはお前しかいないのだから。

「にいさま?」

 口の中で転がすように何度も呟く男を抱き上げた。

「お前は悪い奴らに誑かされておれの手元から遠く離れていたんだ。だか、良かった」

 彼のときと同じ瞳の下を指の下でなぞれば、自然と笑みが浮かんだ。

「取り戻せて、本当に良かった」


 それからの日々は充たされていた。

 逃げる意志がなくなったから城の中を自由に出歩けるようにしたが、同じ瞳を持つ男はおれの側にいる事を望んでいた。どうしても外へ出なければならない時におれの荷物へと紛れようとしていたときは声を上げて笑ってしまった。

 だが、そこまで望むのならいつか連れていくのも良いだろう。何より、同じ存在なら同じ場所に居るのが道理だ。

「なに、見てるの?」

 いつも通り過ごしていれば拙い口調で聞きながらおれの膝によじ登ろうとする。それを抱き上げ膝に乗せ、頭を撫でた。

「新聞だ」

「?」

「外の世界について書いてある紙だ」

 興味を持ったのか、持っていたそれを覗きこんだ。だが、すぐに首を傾げて見るのを止めてしまった。当たり前だ。『新聞』すらもわからなくなった人間が中身なぞ読める訳がない。

「おもしろいの?」

「いや?誰かが死んだとかそういう話ばかりだ」

「それはとてもかなしいね」

 静かに顔を俯かせた。

「だってその人の事が大好きなだれかがいたはずだから。にいさまは?」

「そうだな。おれもたった一人だけのお前を失うのは恐ろしいよ。お前もたった一人だけの家族であるおれを喪うのは恐ろしいだろう?」

「うん。にいさまはたった一人だけの――一人、だけの」

 瞳が揺れるのが見えた。

「何を考えている」

「ちがう、ちがうちがう――それだけは、違う」

 おれの問いも無視して頭を抱えた。髪と手が影になり、瞳が見えなくなった。

「おれの家族はもういない。お前はおれの家族じゃねェ!」

 そうして顔を上げたときにはもう、違う瞳をしていた。


 顔色を変えて逃げ出そうとするのを縛り、妨害する。その結果、体勢を崩し受け身も取れず強かに背中を打っていた。

「この、野郎」

 しばらく何もしなかった弊害か、同じになる直前のようなしおらしさすら無くなっていた。また始めからやり直すしかないだろう。

 だが、まあ良い。次はもっと上手くやれる。

 どうすれば同じ瞳になるかはもうわかった。何を恐れ、悲しむのかももう知っている。

「そういえば外に出たがっていたな」

 起き上がろうとしていたから胸を踏みつけて床に倒した。そのまま脚に力を入れれば、苦しそうな声が上がった。

「特別に連れて出てやろう」

 外で逃げられないようにするのは簡単だ。おれにはそれだけの能力がある。

 それに――少しは我が儘も聞いてやらねェとな?



 捜すのを止めたのは日が少し見え始めたときだった。


 家へ戻り蒲団の中に入る。当然、眠る事は出来なかった。

 彼の匣が目に焼き付いて離れない。

 歪な世界の中で彼の匣だけが調和の取れた完璧な存在だった。

 きつく目を瞑る。それでも足らず、蒲団を頭から被った。

 これ以上醜いものを見たくなかった。

 そうしている内に、少しだけ微睡んでいた。そして夢を見た。


 青年が仰向けに倒れている。知らない青年だった。

 虚ろな目だ。何処を見ているのかわからない。

 そうなっている原因は明白だった。

 今の彼には手足が、無駄なものが付いていた。


 大急ぎで匣と道具を用意する。

 そして無駄なものを削ぎ始めた。

 先ずは足に手を掛ける。醜い声が響いていた。

 煩わしい。こんなものがあるから醜いのだ。

 早く削いであげなければ。美しくしてあげなければ。

 大急ぎで腕を削ぎ始める。まだ声が聞こえる。

 でも、あともう少しだ。

 最後に何もない胸を彼の青年と同じ様にする。もうその時には夢中になっていた。

 そうして、出来上がった身体を優しく持ち上げ、匣の中へ入れた。

 空いた部分には溢れた臓器を入れた。

 花でも入れるべきだろうが、こちらの方が正しい気がしたのだ。

 匣にみっしりと青年が充満した。

 青年はもう何も言わなくなっていた。

 ただ、潤んだ瞳でこちらを見ていた。

「ほう」

 思わず息が漏れた。それほど美しい姿をしていた。

 匣の蓋を閉じる前に夜が明けた。


 そうだ。簡単な事だ。匣の青年も彼のように創られたに違いない。


 いつもと同じだ。削ぐべき部分を削ぎ、埋めるべき部分を埋める。それだけの事だ。

 その事を夢で教えてくださったのだ。


 このまま宛もなく探し続けても、彼の青年が見つかるという確証はない。

 なら、おれの手で彼の青年を。

 先ずは匣を用意しなければならない。



5


 刺青を彫った者について聞くのは容易ではなかった。

 なにせ彫った本人がいないのだ。

 だから家族や仕事仲間に聞くしかないが、喪ったばかりにもかかわらずそんな事を聞いてあっさりと教えてくれる訳がない。激昂されなかっただけまだ良かったというものだ。だが、それでも何とかその人達が知る限りの情報は得る事ができた。

 彫った人間や図柄を記した帳面を捲る。あまりこういう事は記録するべきではないが、何か関連を見つける時にはこうした方が便利だ。事実、こうやって見直してみると気付いた事が二つあった。

 一つは刺青の場所だ。犠牲になった人達の腕や脚、背中には刺青があったが、正面の胸元には一つもなかった。

 もう一つは刺青を彫った人間だ。複数あるため名前はいくつもあったのだが、同じ名前が存在していた。

 胸元に刺青がないのは流行りかもしれないし、彫師もただの偶然かもしれない。ただ、それを判断するだけの知識はおれの中になかった。

 やはり、資料を渡してくれた彼の男へ会うしかないだろう。


 数日ぶりに再開した彼は随分と嬉しそうだった。

「もしかして、何かわかりましたか?」

「大した事ではないが、出来れば意見を聞きたい」

「ええ、勿論です!」

 情報があると知って破顔した男へ刺青の事を大まかに話した。話すにつれて、向こうは目を見開いていった。

「これは――大助かりです。実は、刺青を見た事がある奴が怪しいと、こちらでもその線で捜査が進んでいたんです。ただ、調べていたのが湯屋の方で彫師の方には手が回っていない状態でして――だから、これは正に欲しいものでした」

 おれが考えるような事は向こうも考えていたようだ。こういう類の捜査は向こうの方が慣れているからこうなるのは当たり前だ。

「ところで、共通していたと思った事についてなんだが知恵を貸してくれないか?」

「刺青の場所は面白いですが、名前は何とも言えません」

 そう言いながら頭を悩ませていた。おれは何と言われても気にしないが、向こうはそうもいかないらしかった。それはおれがどういう立場に居るのかを知っているからであり、それだけこの国の支配は重いという事だった。

 予言が告げていた年に起きた革命は悉く失敗した。その結果国民は絶望し、ただ隷属している。

 おれはそれを否定するつもりはない。逆らえないと学んだものに反抗するには特別な何かと大きな勇気がいる事は身をもって知っている。

 外側からが難しいなら内側から崩したいところだが、今のおれには力がない。もどかしいが戦乱が多発しているせいで力も借りれそうになかった。今出来るのはこういう娯楽が残っているからまだ大丈夫だと自身に言い聞かせる事だった。

「この人は若いながらもかなり腕の良い彫師なので、ここ数年の内に彫って貰った事があるかと聞かれたらかなりの人が肯定すると思います。私がこの前見せた刺青もその彫師によるものです。それに、この人は最初の事件の遺体の第一発見者なんです」

「それは、おかしいな」

 こういうとき真っ先に疑われるのは最初に見つけた人だ。犯人がわざわざそんな行動をするとは思えない。

「いえ、わざと通報した可能性もありますし、本人ではなく知り合いが犯人かもしれません。だから、その人の事を調べてみます」

「いいのか?」

「折角貰えたものを無駄にする気はありません。それにどうせ上手く行っていないので、私一人が勝手に何をやっても誰も気にしませんよ」

 彼は軽く笑った。笑うしかないのだろうが自分は笑う気にはなれなかった。

 これから自分はどうしたら良いかという考えが頭を占めていた。

 調査をして、それは一応役に立った。ただ、これは明らかに他人の領分を侵している。何も言われないのは目の前にいる彼がこっそりと協力しているから、そしておれがいる立場が恐れられているからだ。軍で同じような事をしたら厳重な罰があるに違いない。

 やはり、切りの良いかここら辺で止めておくべきだ。そもそもこの行為は根本の解決を――この国を変える事が出来ない苛立ちを解消するための代償行為だ。

「何度も言うが、これはおれが勝手に首を突っ込んでいるだけで海賊団とは何一つ関わりがない。だからおれの言った事を捜査してもしなくてもおれは何も言わない」

「ええ、わかっております」

「くれぐれも無茶だけはしないでくれ」

 それだけ残して、その場から立ち去った。



「こそこそと動き回るのはもう止めたのか」

「任務に支障をきたした覚えはないが?」

「そうだな。もし問題があればおれがお前に話しかける余裕はなかっただろう」

 彼の情報を渡してから数日後、少し間が空いたがまた彼の男に出会した。まるで何もかも見透かしたかのように聞いてくるが、お馴染みの占いの力なのだろうか。

 気になるところだが、それを聞けばまたこの間のように説教じみた話になりそうだから黙っていた。

「これ以上、自己満足で動く訳にはいかないからな」

「お前の事情は知らないが、変に目をつけられる前に止めて正解だな」

「否定はしない」

 この男の言う通りだ。ワノ国へ来た目的を考えれば止めるべきだという事は明白だ。

 だから、これが正しいのだ。


「バラバラ殺人事件の続報だよ~。今回は右腕が見つかった!」

 遠くから聞こえていた瓦版の声が直ぐ側を通る。その紙が見えた瞬間、つい買ってしまった。目の前の男はおれが買い取ったそれを覗き、鼻で笑った。

「お前のやった事は無意味だったようだな。あんな事を話した後にこそこそと動けば何をしていたのかどんな奴でもわかる」

 皮肉じみた物言いは無視して、瓦版に目を通す。いや、買って目を通さざるを得なかった。

 なぜなら、最初にちらりと見えた挿し絵に、描かれてある模様は――。

「今回入っていた刺青はハート柄!犯人は未だに見つかっていない!」


続き

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