君とまた会う時には 2

君とまた会う時には 2

canola flower

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「ただいま」

「おーおかえり」

「あれ、兄さん帰ってたんだ」

「おうよ」


 家に帰ると、社会人の方の兄がキッチンでエプロンをして立っていた。


「ねえ兄さん」

「なんだ?」

「今日、後輩の女の子に花火に誘われたんだけど」

「おう惚気なら聞かねえぞ」

「違うって……」


 と言いながらリビングテーブルの椅子に座る。そう長話をするつもりもないから、着替えないままでいいだろう。


「良かったじゃねえか、デートのお誘いってことで」

「デートってわけじゃ……いやデートなのかな。でもなんか変な感じがしてさ」

「変な感じぃ?」

「うん……上手くは言えないんだけど。それを抜きにしても、その後輩の女の子、僕みたいなのを誘うような子じゃないし……真面目そうっていうか」

「そりゃ変だな」

「即答だね?」


 まあ確かに、兄が即答するのも分かるぐらい、ノレアが僕のことを誘ってきたのは驚きだった。


「で、断ったの?」

「いや、行くって返事しちゃった」

「お前が!? アチッ」


 油が跳ねたのか、兄は小さく跳ねる。気にせず僕は続けようとしたが、僕が口を開く前に兄の方が先に言葉を発した。


「ってか完全に惚気じゃねえか。聞かねえぞ、俺」

「だから惚気じゃないって」

「その子に会うために毎週美術室行ってんだろ? 知ってるぞ」

「ちょっと待ってなんで知ってるの」

「お前じゃねえ方の兄弟に聞いたんだよ」


 完全にホの字じゃねえか、と言って兄は目線を僕から手元に戻した。さもなんでもないことのように溢された一言に目を見開く。

 固まっていた僕を不審に思ってか、兄は視線を僕に移すと無性にイラつくにやけ顔を浮かべた。


「なんだ、その顔。もしかして無自覚か?」

「……別にノレアのことはそういう風に思ったことないよ」

「へーぇ、ノレアって言うんだな、その子。お前がちゃんと人の名前覚えてるとか珍しいな」

「嵌めたなクソ兄貴」

「あーあーちょっと待て料理中はマズい! やめろ!!」


 取っ組み合いを挑もうとしたが、まあ兄の言う通り料理中は流石に危ないのでやめておく。立ち上がってしまったので「……もう部屋行くから」と言って下ろしていたリュックを手に取った。


「あ、ああ。……夕飯になったら降りてこいよ」

「分かった」


 返事をしてリビングを出る。心なしか早い足取りでトントンと階段を上がって、自分の部屋に入った。

 ドサリとリュックを置く。もう夏がすぐそこなので、汗が染み付いた制服を脱いで部屋着に着替えた。

 仮にも受験生なので、カバンから美術室で解くつもりだった問題集を取り出して進めようとする。が、先程の兄の一言のせいもあってかいつものように捗らない。

 シャーペンを置いて天を仰ぐ。


「ノレア・デュノク、ね……」


 ぽつりとひとりごちる。その名前に、妙な懐かしさを覚えるのはなぜだろうか。

 彼女と出会ったのは、つい数ヶ月前だというのに。


 ──花火大会、……い、一緒に行きませんか?


 いつもなら、適当に予定をでっち上げて断る。というか、今年もそれで何人か断った。


「……なんでだろうなぁ」


 ……別に、彼女に特別な感情を向けているわけではない。と思う。

 ただなんとなく、放っておけないというか、そんな感じがするだけで。

 初対面で泣かれたからだろうか。正直、あの時どうして泣かれたのかは未だによく分かってないし、次の週は謝りに行ったと言っても過言ではなかったけど「あなたのせいじゃありません」の一点張りだったしその割には理由を教えてくれなかった。

 ……でも、初めて会ったあの時。僕が見た彼女の顔は、とても初対面の人に向けるような顔ではなかったように思う。だからってどこかで会ったことがあるのかと聞かれるとそれはノーなんだけど。


「考えたって分かんないもんは分かんないよなぁ」


 視線を天井から机の上に戻す。

 我ながららしくないな、と思う。

 ひとりの女の子のことが気になるとか、今までそんなこと無かったんだけどな。

 

  ◇◇◇


「「花火大会に一緒に行く!?」」


 勢いで彼を花火大会に誘ってしまったその日の夕飯でニカとソフィにそのことを話すと、案の定とてもびっくりされた。


「じゃあ今年はノレアと一緒には回れないのか〜、あたしが提案したことといえばそうだけどちょっと残念だね」

「それはごめん……」

「いいっていいって! その代わりにニカ、一緒に回ろ?」

「あ〜ごめん、私もチュチュたちともう約束しちゃってて……」

「えー!? じゃああたし今年はぼっち!?」

「高校生になったんだからシーシアとか連れて行ってあげたら?」

「あー、それも良いかもね」


 もぐもぐと夕飯を食べながら会話が繰り広げられる。

 今日の夕飯はカレーだった。甘すぎず辛すぎず、ちょうどいい辛さが口の中に広がる。トロッとしたルーとごろごろ入ったお肉や野菜たちが程よく絡み合う。


「でもまさかホントに誘うなんてねぇ」

「ね! 茶化してたつもりだったのに、ノレアったらやるな〜」

「主に2人のせいなんだけど?」


 じとっとした視線を向けると、2人揃って肩をすくめてなんのことやら、みたいなポーズをした。憎たらしいやつらめ。


「でも、私たちのせいっていうか、おかげって言って欲しいな」

「あ〜確かに! ノレア、絶対あたしたちが言わなかったらお祭りになんか誘わなかったでしょ」

「……それは、まあ」

「「でしょ〜?」」


 またも声を揃えていう。埒が明かないと思ったので適当な感謝の言葉でも述べておくことにした。


「はいはい、ありがとう。これでいい?」

「ノレア、それ絶対思ってないでしょ」

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