赤い男と鶏-2
27氏より「なんで」
「うん?」
「世話した回数なんてたかが知れてる。見分けもつかねぇ。名前もろくに、呼んだこと……」
命も形も奪われた鶏たちの変わり果てた姿を目路の隅に、途切れ途切れに、喉を微動させる。
尻尾を振る犬のように嬉しげに笑って、男は口内のモノを飲み干した。嚥下しきれなかった分がぶちゅっと湿った音を立てて口端から吹き溢れる。粘つく唾液が、ナメクジの這った跡にも似て顎にこびりついていた。
「だってボクの物を奪ったんだ、コイツら」
主人に狩ってきた獲物を見せびらかし、それを報告して頭を撫でて貰えるのを今か今かと待っている動物じみて機嫌の良さそうな口振りで、男は続けた。
「ボクは他の何もいらないくらい冴ちゃんを愛しているから、冴ちゃんも他の何もいらないくらいボクのことを愛しているだろ? ああ、冴ちゃんが素直じゃないのはわかっているから答えなくて良いよ。大丈夫。言葉や態度にそういうのを出すのが苦手な子なんだって、ちゃんと知ってるんだ」
男は冴の手をとって、狭苦しい鶏小屋の中でくるくると踊り始めた。ワルツに近いステップ。凄惨な光景に足が竦んでいいように振り回されているだけの冴の動きを、共にダンスをしていると好意的に解釈して強引にリードする。
ターンの際、引き寄せられ間近で嗅がされた男の体臭は酷いものだった。血液や屍肉の香りだけではない。覚醒剤の乱用者に共通する、甘酸っぱさと苦さを足して割らなかった類の悪臭。俗に鰹節だの腐った粘土だのと散々な例え方をされるソレが目にさえ染みた。
「そんな冴ちゃんから僅かにでもボクの愛情を奪った。ボクの冴ちゃんにお世話された。万死に値する罪さ、殺されて当然だ。でもただ殺したってボクから奪われた冴ちゃんの愛は帰って来ない。それが悲しくてたまらないから。だからせめてアイツらの目玉でも頬張って、冴ちゃんを近くで見た幸せをアイツらから取り返してやりたかったんだ」
……明らかにまともな精神状態ではない男の言い分を聞いて。恐れはしたし、怒りもしたが、真っ先に思い浮かべてしまったのは「鶏でよかった」の6文字だった。
だって冴の愛を向けられている存在なら、真っ先に狙われるのは家族だ。父と母と弟。かけがえ無き大切な肉親。男は薬で頭がイかれているから鶏を選んだが、そうでなければどうなっていた?