親友
スレ主目次
ルキアの居る懺悔宮には向かわず、璃鷹はそのまま安全な位置から両者を見据えた。
隊舎の瓦の上、随分と目立つ場所に居るが璃鷹に声をかけてくる者や、それに怪しむ者もいない。
そもそもこの辺りには死神の気配は無く何処かに出張っているらしい。
しかし肝心の彼女は周りの目も気にせずに、ただ──その青い翼が見せるその光に魅入っていた。
「あれが…霊子の絶対隷属…」
デメリットを考慮したとしても格上相手に優位に立てるその道具は璃鷹にはとても魅力的に見えた。
確かに、強力な力が手に入ったと言っても、その後、能力自体が無くなるのは、例えるならば滅却師にとって自身の腕を自らの手で切る行為に等しい。
今までの積み上げてきた力を全てを代償にしての文字通り〝切り札〟だった。
それはまさしく最後が名につくに相応しい力だろう。
文字通り命を捨てる程の覚悟が必要だ。
しかし自身の研鑽してきた力に露ほども興味が無い彼女にとって、散霊手套は精々便利な道具程度の認識だった。
璃鷹の視線の先で、つい数十分前まで2人で相手をしても手も足も出せなかったマユリを圧倒する石田に、璃鷹は顔をほころばせた。
「あれ……欲しいなぁ…」
そう物欲しげに鑑賞していた璃鷹だったが、どうやら戦闘は終わったらしい。
ネムに解毒剤を貰っている石田を目撃した後、足を引きずりながら進んでいく石田が目に入る。璃鷹は立ち上がると「……仕方ないなぁ…」と声を出しながら建物から建物へと飛び移り、世話の焼ける幼馴染の元へ向かった。
***
早く璃鷹と合流するために壁に沿って腕と足を引き摺る。
段々と重くなっていく足取りに石田は乱装天傀の効果が消え掛かっている事に気づき、内心焦慮を感じる。
(くそ…ッ 足が重い…腕も上がらなくなってきてる…)
自身の滅却師でいられる時間が終わりに近いことを悟り足を早めようと
何者かが、石田の腕を担いで肩を貸した。
横目に見えた水色の癖毛に、石田は安心感を覚えたと同時にここにいるはずのない人物の登場に目を見開いた。
「タカちゃんっ!?なんでここに…先に行ってたんじゃ…」
「ずっと遠くで見てたからだよ」
驚きながらなぜここにいるのか急ぎばやに問いかけた石田に、璃鷹は当然のようにそう呟く。
石田は呆れながら「まったく君は……」と苦言を漏らしたが、しかしその顔は喜の感情が伺えるのが見てとれた。
璃鷹は石田の刺された部位や血の滲んで痛々しい腕に手をかける。
「応急処置、時間はかからないから安心して」
これだけの傷を負っているならば、石田を後ろに下がらせるべきだろう。或いは織姫を探し傷の治療に専念した方がいい。
治療術式を扱えるようになったといえど、璃鷹のそれは所詮治療であり、織姫の欠損した傷さえ治す奇跡のような能力には到底及ばない。
璃鷹は織姫を探そうとも、後ろに下がって欲しいとも言わず、先を急ぐような言葉を取る。
「…早く行こう」
だだ、一言そう言うと石田に肩を貸したまま歩き始める。
側から見れば冷たい人間に見えるだろうが、しかし石田は知っていた。
その言動はもうあまり滅却師としての時間が残されていない石田を気遣い、先を急いだ結果だと言うことを、それを聞き石田は心配させないように、修行時に璃鷹に言ったことを言い聞かせた。
「修行の時にも一度言ったけど…これは僕の意思だから君は気にしないでくれ……と言っても無駄かな」
自虐気味に笑う石田を見た璃鷹は「…絶対に、力取り戻してね」と呟く様に言う。
その言葉に石田は慌てながら答える。
「……いやけどこれを使うと滅却師の力は…」
「出来るから、絶対」
事前に散霊手套の概要は伝えておいたので、それを璃鷹が知らないはずがない──石田は散霊手套のデメリットをわかった上で、そう本気で言っているのだと確信した。
「……努力はするよ。けどあまり期待はしないで欲しいな…」
自身を信じてくれている璃鷹に〝出来るわけがない〟と言えるわけもなく、石田はできない約束を交わした。
石田は次に間をためると、璃鷹に対して言いにくそうにしながらも、あることについて尋ねた。
「…君は、あの写真を見た…?」
石田が言っているのは涅マユリが持っていた石田宗弦のが映った写真の事だろう。
璃鷹の方向からは見えなかったので、正直に首を横に振る。
それを見た石田はホッと胸を撫で下ろした。
石田は神妙な面持ちで、何かを吐き出すように璃鷹に言葉をかける。
「……惨かったよ。本当に、怒りで我を忘れるほどにね……僕はあの男を殺そうと思っていた…けど殺せなかった」
「……」
「無意識に殺人を避けて殺せなかったのか…それとも」
璃鷹は石田の肩を持つ為に使っている腕とは反対のフリーの手を石田の頭に伸ばして、ストレートで癖毛の無い黒髪を労るように撫でた。
「…子供扱いかい?……僕と君は同い年だぞ」
石田はその璃鷹の小さい子供にするかのような行動に少し機嫌を損ねたようだった。
しかし璃鷹は首を振りそれを否定する。
「ううん親友扱い」
「ふ、なんだいそれ」
次の言葉を聞き、吹き出す様に笑った。璃鷹は「語呂が悪かったかな?」と着眼点が違う事を言い出し、石田は再び呆れる。
足を進めながら笑い合う戦場には似つかわしくない光景。
親友と共に滅却師として戦闘が出来るであろう最後の機会に、不謹慎ながら石田は胸を躍らせた。