行方知れずの報せ

行方知れずの報せ

原作26巻228話と229話の間あたり

前にあたるお話:糸の約束



 始まりは携帯の着信だった。

「ん?」

 音楽に魅了され、自身も楽器を弾く鳳橋楼十郎——ローズは、黒崎一護の虚化持続訓練の雑音の中でも耳聡く着信音を拾った。

 音の出所を探ってみると、近くの岩の上に置かれた携帯が目に入る。平子真子の携帯だった。

 平子がアジトに居る時は彼女の携帯を固定電話のように扱っているため、誰でも電話に出ることができる。かけてくる相手の心当たりは中々に少ないため、仮面の軍勢関係者だろう。ローズは携帯電話を手に取り開いて、ディスプレイに表示される名前を見た。

 表示は猿柿ひよ里からの着信であると示している。

 しかしひよ里は今現在、黒崎一護の修行にかかりっきりだ。電話をかけてくる暇もないし、何か用があれば直接伝えればいい。

 他のメンバーも、平子撫子を除いて全員揃っている。軽く見回しても、とくに通話をしているような者はいない。

「ヒヨリが撫子に貸したのかな……?」

 通話ボタンを押して電話に出ると、やはり予想通りの声が聴こえてきた。

『もっしもぉーし! カワエエ撫子チャンですけどォー! 電話口どなたァ?』

「ボクだよ撫子」

『お、ローズやん。今日は当番やないもんね』

「今日の当番はヒヨリだからね。で、どうしたんだい? 誰かに用事?」

『ローズゥ、ごめん遅くなりそうやってみんなに言っといて』

「え? どうしたの撫子、何かあったのかい? それとも家出宣言? 補習?」

『え? ちゃうちゃう。ちゃんと帰るから心配いらへんよ。一護の修行頼んだで。ほな!』

「ああ待って、なでし」


 プツリと切れる通話。通話終了をディスプレイも告げている。

 これは皆にも伝えておかないと。そう思って携帯電話を折り畳んで——違和感がある。

「……」

 遅くなると連絡を入れるのは良い。家族に余計な心配させまいとする撫子は本当に良い子に育った。

 けれど、なぜ遅くなるのかを告げていない。

 いつもなら理由も言うはずだ。それを告げず、帰るから心配するなと言ったのだ。ローズの脳裏に最悪の事態が過った。

「……まさか」

 携帯電話を元に戻して、自身の斬魄刀を引っ掴み、地下とアジトを繋ぐ階段へ急ぐローズに、他の面々が何事かと尋ねる。

「どうしたよローズ」

「ごめん! 少し出てくるよ!」

 そう言ってローズは上への階段を駆け上がる。

「何なんだ? いったい……」

「……」

 平子は先程ローズが元の場所に戻した携帯電話を手に取り開いて、着信履歴を見る。一番上には猿柿ひよ里と表示されている。

「ひよ里が朝貸しとったな……」

 かなりの速さで外へ向かったローズのことを考えれば、何かあったのだと想像がつく。

「撫子……」




**




 時刻は夕方。

 普段通りなら、自分達の娘で妹でもある撫子が帰ってくる時間だった。


 ローズは周辺の霊圧を探る。いくら特殊な義骸で霊圧を人間相当に抑えているとはいえ、撫子の霊圧を間違えることはない。


 ——居た!

 撫子の霊圧を捉えたローズはそちらへ向かおうとして、足を一瞬止める。霊圧があまりにも微弱で、死にかけている。

 撫子はおそらく襲撃された。そして、その相手に殺されかけている!

 ——無事でいてよ……!

 駆けるローズを嘲笑うかのように、撫子の霊圧が、捉えられなくなった。



 撫子が居たであろう場所に到着した時すでに撫子の姿はなく、その代わりとでも言うように大量の血痕が残っている。

 そして、そこに自分より早く現場に到着していた男がいる。

「喜助……」

「……鳳橋サン」

 声を掛けると振り向く男——浦原喜助。仮面の軍勢は浦原に幾度となく世話になっている。


「喜助……もしかしてキミも撫子から連絡があったのかい」

「……はい」



 ——「……もしもし浦原さん? せやせや。アタシアタシ」

 ——「ごめーん、しばらくバイト無理っぽいわー」

 ——「ホンマごめーん! それじゃ!」


 ほぼ一方通行な通話が完了したとき、浦原は襲撃の可能性を弾き出し、すぐさま商店を飛び出した。しかし現場に到着した時には既に撫子は消えていたのだ。


「喜助、キミが到着したのは」

「ついさっきっス。既に撫子サンは居ませんでした」

「……そう……」

 ローズは俯く。視界には、娘であり妹である少女の血痕が飛び込んでくる。


「一度戻りましょう。きっと尸魂界の先遣隊がそろそろ来ます」

「……そうだね」

 二人の胸中では後悔が渦巻いている。戦うことを止めていれば、と。

 後悔を抱えたまま、それぞれの拠点へと急いだ。




**




 ローズがアジト地下に戻ってくると、出迎えたのはひよ里だった。一護の修行は中断されており、当の一護も他の仮面の軍勢に混じってこちらを見ている。

「どうしたんやローズ。なんかあったんやろ」

「……撫子がおそらく襲撃を受けて——消えたんだ」

 それを聞いたひよ里の表情は険しくなる。

「……なんやと? 冗談も休み休み——」

「本当のことだよ。ボクは現場まで行って来たけど……血痕しか残ってなかった」

 堪らず、一護がローズの元へ駆け寄る。

「待てよ! どういう事だよ……!」

「言ったとおりだよ。撫子が消えたんだ。多分——破面に拉致されたんだと思う」

「——ッ‼︎」

 一護が地下から飛び出そうとしたが、ラブと拳西、リサに阻まれる。

「離せよ‼︎」

 ひよ里が一護に落ち着くように制止する。

「待てや一護」

「なんで止めるんだよ! 今すぐ助けに、」

「これは罠や」

 リサが端的に告げた言葉に、一護は詰まる。

「俺ら仮面の軍勢を炙り出すための罠だよ」

「それを撫子も解っていたから、あんな風に言ったんだ。『ちゃんと帰るから心配いらない』ってね」

「だけど……!」

「一護、オマエが今助けに行ったところでできる事なんてないねん! 解っとんのか!」

 ひよ里がいつもの調子で——違う。ひよ里の眼には焦燥が浮かんでいる。

「心配じゃないのかよ……! 家族なんだろ……!」

 そこで今迄一言も発さずにいた平子が一護の胸倉を掴んだ。

「自分の子ォ心配せえへん母親がどこにおんねん……‼︎」

「……!」

 そう告げて平子は一護を離す。

「真子だけじゃないよ。ボクたちにとってあの子は大事な娘で、妹なんだ」

「やけど撫子が心配すんな言うなら、それを信じたるのも家族や。それにな一護。撫子はきっと無事や」

 無事だと言い切るリサ。しかし一護は納得行かないようだった。

「……なんで言い切れんだよ……」

 拳西、ラブが続ける。

「俺らの中で一番虚と共生してるのは撫子だ。生まれた時から撫子の魂魄には虚が居た。……内在闘争も殆どしてねえ」

「嫌な仮定だけどよ、そんな貴重な体質を藍染がほっとくとは思えねえのさ」

「それに……撫子の出生を考えれば尚更——」

「ともかく! 今以上に厳しく行くで一護! 虚化の持続時間伸ばすんが先や! 助けに行くのはそれからでも遅ない!」

 遮るように言うひよ里に、一護は顔を歪め、唇をかむ。

「ボクらの家族を心配してくれてありがとう、一護。でも今は呑み込んで欲しいんだ。メッセージを残して、必ず帰るって言った撫子を信じて欲しい」

「——…………わかっ、た」

「ごめんね」

 ローズは一護の頭をポンポンと撫でる。

「本当は皆飛び出して行きたいのを我慢してるんだ。ボクも勿論そう。大事な家族だからね。——きっと撫子を助け出すチャンスは来るよ。だから今は、キミはキミの修行に専念してくれ。いつそのチャンスが訪れても良いように」

「……ああ」

 一護は、呑み込むことを選んだ。今はまだ、力が及ばないのだと。

 どこかで、雨が降り始めたような気がした。

 

 







「……いや待て母親……母親? 真子って姉じゃなかったのか……⁉︎」




**




 目が覚めたら見知らぬ場所だった。


 見知らぬ場所の寝所に横たわっている。やけにふかふかするマットレスに手をついて上体を起こす。マットレスの上に鞘に納められた浅打が置いてあるのが視界に入った。


 撫子は記憶を手繰り寄せる。数日振りの登校、石田との約束、破面の襲撃、それから。

「やあ。おはよう平子撫子」

 声が聞こえた方へ振り返ると、そこには敵の親玉が居た。

「よく眠れたかな」

「藍染、惣右介……!」

 感情の読めない笑みで佇む藍染は、撫子が睨もうと意に介さない。

「手荒ですまなかったね。だが、怪我はすべて治っているだろう?」

 ペタリと自分の腹に手をやった。確かに、傷は綺麗に治っている。痛みも特に無い。

 浅打に手を延ばし掴んで、撫子は少々大袈裟に溜め息を吐く。

「これで釣れると思っとるん? 悪いけど誰も来ぉへんぞ」

「平子真子達は君を助けに来るだろう。それに、あの旅禍の少年も」

「アタシの家族には見え見えの罠に飛び込むような阿呆はおらん。一護なら家族が止めるはずや」

「随分と信頼しているようだ。……血に汚れたままの衣服は嫌だろう。君の服は用意しておいた。着替えるといい」

 そう言って藍染は踵を返す。

「……どこ行くんや」

「私が娘の着替えを見るような父親に思えるかい?」

 そう残して藍染は部屋から出て行った。

 父親。

 ——やっぱりコイツもあの時気付いたんやな……。

 撫子はのそりとベッドから降り、ベッドサイドに置いてあった白い塊——用意された服を手に取り着替える。

「……なんでサイズぴったりなんや、キッショ」

 ポツリと呟いた一言は、撫子以外に届くことなく響いて消えた。

 



補足

各陣営の認識

尸魂界

・日番谷先遣隊からの情報を受け取り、死亡しているものと見做す。

・石田(偽名)撫子は旅禍の中で唯一身元が怪しく(のらりくらりと仮面の軍勢関係者であることを伏せていた)、冬に決戦が控えている今、その一人の為に戦力を割くことはできない


日番谷先遣隊

・現場の検分をし、尸魂界へ連絡した。

・尸魂界と同じ認識。


尸魂界のルキア・織姫

・死亡と見做すと報告を受けている。

・撫子の生存を信じてさらに修行に励む。


浦原一派とチャド恋次

・義骸の反応は消えていないため、生きていると確信。チャドと恋次は今すぐにでも救出すべきだと言ったが、浦原に却下される。

・藍染側からの撫子を攫う目的については「出生と体質を考えれば無事」「体質については貴重なので殺されることはない」と伝えた。

・もちろん、軍勢を炙り出す餌という役割も担っているだろうことまでしっかり考えている。


仮面の軍勢と一護

・撫子は生きていると確信

・仮面の軍勢を釣るための餌として拉致された認識。それを撫子本人もわかっているため、軍勢は動かない。

・一護が飛び出そうとしたが全員で押し留め、今は修行に集中するようにうながす。原作より少々スパルタ。

・原作よりも一護の虚化保持時間伸びてるかも。


石田

・なにも知らない。


藍染

・娘を手に入れた!


娘ちゃん

・目を覚ましたら目の前に藍染がいました

・ふざけんな



次にあたるお話:ヴァイザード便覧!!!

Report Page