続 青い日記帳
青い日記帳 の続き
藍染の日記を見つけた当時の雛森は恋に恋する処女(おとめ)だったので、『私』が『あなた』を裏切り実験台にしたと、『あなた』が後に自分の上官として復帰するとは夢にも思っていなかった。
日記を読んでいたからか、藍染があらゆる類の女を抱く男という事も知っているが、藍染が心から愛しているのは日記の『あなた』だけで、2人しかいない世界を作ろうとしていたのだと理解した。
日記に綴られていた文章は、憎しみもあるが、やはり愛情や執着、依存を強く感じる。
副官になってから時折話される過去に縛られた藍染はとても悲しく魅力的で、雛森は藍染惣右介を男としてでなく、1人の死神としてより好きになった。
半世紀近く常に一緒にいて、藍染のことを観察し、喜ぶことを予想し、できるまでを繰り返した。好きだったからアバタもエクボに思えたし、理解しようとするし、尊敬できるところは真似たくなったのだ。
藍染の方も雛森に対して歳の離れた妹のような、娘のような心がけで接していたので恋人というより親子に近い感覚であったし、部下である自分たちを大切にしてくれる上官への敬愛と執着はあの日まで募っていくばかりだった。
「撫子さん、これ読まない?」
「なんやの?」
雛森の焼いてくれたクッキーでお茶を啜っていると、これ、読まない?と雛森は藍染の日記を差し出す。
撫子と雛森は歳が近く立場も似ているということもあって、すぐに仲良くなった。猪突猛進系な性分も似ており、お互い好感しか抱いていない。
「現代(いま)を生きるアタシに過去の出来事なんて不要やし、アイツのプライベートなんて興味無いわ」
「そう言わずに。とっても面白いから」
雛森は有無を言わせぬ笑顔で撫子に日記を渡した。
「……まあええけど…何でしょっぱなからシェイクスピア?」
「その詩って誰かの詩の引用なんだ…」
「うん、現世ではとっても有名な人やでウィリアム・シェイクスピア。桃さん読んだ事なかったんや。今度詩集持ってくるな?」
吸い込まれそうなチャコールグレーの瞳に見つめられて、雛森は思わず目を逸らしてしまう。
「ありがとう!読んでみたいな。撫子さんって恋愛小説とかも読む?」
「アタシは100年引きこもってたから何でも読むで?」
「よかった。その日記、『私』が見つめてきた『あなた』への生々しい愛の告白だから」
「……ハ?」
「前半は『私』視点で『あなた』との日々について書かれてるんだ。後半は『私』から『あなた』に対するドロドロとした感情とか恨み辛みも書かれてあって。それみて私、藍染隊長こんな所もあるんだ、ちゃんと人間なんだなって安心したの」
「……アタシには荷が重いんやけど」
「文章は綺麗だよ。それに、読み終わった時にきっと共感出来る部分があると思うからっ!」
雛森の期待に満ちた眼差しに負けて、撫子は渋々日記を読み始める。
「はぁー…藍染が振り回されてる…お城…?連れ込み宿の事かいっえっち!」
「面白いよね〜」
雛森は日記を読んでいる撫子の横顔を眺めながら、微笑ましく思う。
「…あなたの意識が私をすり抜けて…あかん……藍染、お前……」
「撫子さんも思った?…でもこの日記が真実かは分からないよ?」
「いや、ここは本当。アイツの言葉のままや。なんか腹立つわぁ〜!」
そう云って古い本に目を落とした撫子は、これはオカンに内緒にした方がいいかな、と呟く。
「うん、私も同意見。平子隊長はいいように書いとるわ、あの自己中メガネで一蹴するだろうけど」
「桃さんアイツの事そう思ってるん?てか気持ちが全く分からんわ。だって『あなた』、普通の女やん。勝手に惚れて、好かれてると勘違いして、空回りして、『私』アホすぎひん?」
やっとまともに視線が合わせられる。藍染の日記を読んだ後の撫子はどこかイキイキした顔つきになっていた。
「そうかな、私はねー」
2人は日記を見ながら話しあっていた。撫子は興味津々と行った眼差しで、雛森は慈愛の瞳で。