青い日記帳

青い日記帳


「『ああ、私の心がこの悲しみから逃れたときに、征服しおえた嘆きの後備えよろしく現れるのはやめてくれ』」

撫子は藍染の元へ面会に来ていた。

藍染は誘拐していた時と同じように、隙なく見定めているように視線を向けていたが、撫子が古い本を朗読し始めると段々と眉を寄せ、刺さりそうな鋭さで撫子を睨む。が、睨まれた撫子はどこ吹く風である。

シェイクスピアの詩の引用から始まる本は、かつて藍染が書いたものだ。

「…君がその日記を見つけるとはな」

「何を書いて誰が読むか、なんてわからん事だらけやな。全部読んだんやから作者に感想言わせてや」

「私を馬鹿にしているのか?」

「まさかァ、バカにしてるわけでもないわ………最初は体調やその日の行動とか真っ当な日記やったのに途中からある人のことしか書いてないやん。最後の頁は最初の夜からあなたの瞳の奥には誰一人映っていなかった、か。詩人やねェ」

「…前の頁は恐らく君が宿った日と考えられるが」

「キャッー!セクハラに走るなやっ!」

日記はある人間と過ごした日々について綴られていた。まるで恋する乙女のようにその正体を悟らせないような言い回しをしているが、流石に身内にはバレるというものだ。

平子撫子という100年存在を知らなかった藍染の実娘は、実の父へ遠慮するということを知らない。笑みを浮かべながら日記を読む娘の眼差しは母親に似ており、藍染は手を出すことが出来ない。

「悪口書いとるのにアプローチ受けて初めて連れ込み宿に連れて行った時の事とか、それが日常生活に組み込まれる心情とか、ホンマ腹立つわ…でも美しい文やから、するする読めるねんよ」

「止すんだ平子撫子」

「後生大事に持ってた癖に」

「君は一体誰に似たのだろうね」

「オカンの子やで。血だけはお前」

「……そうだな。その通りだ」

撫子の挑発的な言葉に対して、藍染は諦めたように自嘲した。

「なあ、この日記に登場する人間(オカン)とどんな関係だったん?」

「駆け引きを楽しんでいる男と女の関係であり、それ以上でも以下でもない、と書いてあるだろう」

「そっか」

「気が済んだかな?日記は君の手で捨てるか焼いてくれ」

「そういう事言うなや。一生懸命書いたんやろ?オカンにマジで身体から落とされたん?」

「それだけではないし、君に話すことでも無い。その日記を出版したいというなら止めはしないよ」

「……言っとくけどオカンはお前に向けられた好意にだけ斬魄刀の認識阻害受け取るんかってレベルでお前の好意に気づいてないで」

「本当に哀れな男だな私は。美しい感情を込めていたと云うのに、振り向かない女を思い続けるなど」

「その女罠に嵌めて友達諸共殺そうとしたのは何処の誰や」

「私だ。…その日記は全て創作かもしれない。私をやりこめて君も楽しめただろう。帰りなさい」

撫子は溜息をつきそのまま去ろうと藍染を見上げると、どこか寂しそうな表情をしていた。

「お前ほど説得力に欠けるやつ、どこを探しても見つからんわ」

「褒めているつもりかい?」

「構ってもらえて嬉しいやろ?良かったナァ、可愛いアタシとこうして過ごした記憶は日記帳に書かンでも思い出せるなっ!」

「……何?」

撫子は藍染を無視して手を振りながら去っていき、辺りは静寂に包まれる。

「『きみの贈り物、あの手帳は、私の頭のなかにしまってある、消えやらぬ思い出の数々をぎっしり書きこんで。このほうが、あんなむなしい紙束よりも長持ちするし、かぎりある時をこえて、永遠に生きてもくれよう』」

藍染はある一節を思い出し、独りごちた。


『 』部分

ソネット集より シェイクスピア/高松雄一訳

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