第五話「砂蛇様」その3「転校手続き -ようこそアビドス高校へ-」

第五話「砂蛇様」その3「転校手続き -ようこそアビドス高校へ-」

概念不法投棄の人



※アドビス砂漠の砂糖本スレまとめのリンクから来られた方へ

 2023/12/29 に物語の構成を変更したためにサブタイトルが一部改変されています。

 この物語の旧タイトルは『第四話「砂蛇様」その3「転校手続き -ようこそアビドス高校へ-」』で合っています。




ハ…ナ…エ…ち…ゃ…ん………。





「………?」


 誰かに呼ばれた気がして私は振り向きました。しかし、耳に聞こえるのは着陸したヘリのローター音とヘリが巻き上げる風の音だけです。


「ハナエちゃん?どうかしましたか?」


「……いえ。何でもないですハナコ様」


 ハナコ様にエスコートされ私はヘリのタラップを降ります。ヘリの隣で整列しているヘリパイロットのモエさん以外のRABIIT小隊の皆さんに会釈をして私達は敷地を歩きます。

 ここはアビドス高校の裏庭でその狭いスペースに着陸したヘリから私達は足早に移動していきます。

 校舎の表では歓迎式典が開かれているようで風に乗って何かの放送音声と大勢の生徒らしきざわめきと拍手が微かに聞こえてました。

 本当は私達も歓迎式典に出席する予定だったのですが、血と土埃に塗れ、制服が前半分無くなって素肌が露になっている私を衆人環視に晒すわけにはいかないという事で参加はせずに裏口からこっそりと出て行きます。

 行き先は校舎の隣にあるアビドス高校の学生寮だそうです。


「申し訳ありませんハナコ様。私のせいで式典に出られなってしまって……」


「いいえ別に構いませんよ。それよりもボロボロのハナエちゃんを放って置く方が一大事ですから」


 こんな時でも気遣ってくださるハナコ様に私は胸の奥が熱くなりました。この人について本当に良かったなと。






「ここが学生寮ですか……」


 学校の敷地を出てすぐ目の前にコンクリート製の質素な建物がありました。建物の中に入ってみて内部の内装や私の部屋だと案内された部屋の家具などの調度品も最低限しか無くて、トリニティの豪華で歴史ある装飾に溢れた学生寮に慣れていると、ここはまるで――。


「まるで刑務所みたいだな――って思っちゃいましたか?」


「はい……ってえええっ!?あの!!その!!あわわっ!?ち、違うんですっ!!」


 ハナコ様に言われて一瞬心に思った言葉をうっかり出してしまい私は慌ててしまいます。そんな私をハナコ様は面白おかしく揶揄います。


「うふふ…ハナエちゃん可愛い♡」


「ハナコ様ぁ……もう揶揄わないでくださいよ」


「ごめんなさい。でもこういう質素なお部屋も良いと思うでしょう?」


「はい……そうですね」


 ハナコ様に言われて私は部屋の内装――、コンクリートの壁に薄く張られた壁紙をなぞります。ガタガタガザガザしてて、こんな壁紙は初めて見た気分です。

 でも不思議と不満はありませんでした。シンプルに質素に――、素朴で裏表が無い感じ。


「トリニティのように権力と陰謀が渦巻くどす黒い物を無理矢理豪華な装飾で厚化粧して覆い隠す。それはここにはありませんからね」


 ハナコ様が言う言葉が私の耳に入り身に沁み込んでいきます。そう思えばこの質素な庶民的な住居も悪くないなと思えるようになってきました。


「うふふ、ではお部屋を内覧したところでお風呂にしましょうか♡」


 一階にシンプルな大浴場があるんですよ。とハナコ様に誘われて私もご一緒しようとして、着替えやアメニティグッズを持ってない事に気が付きました。昨日の記憶は相変わらずあやふやですが、旅行などでもっていく着替えなどのセットを準備した記憶はまったくありません。


「あの…ハナコ様。私、着替えとか持ってないのですが……」


「それなら心配いりませんよ♡ はい、これはハナエちゃんの分です♡」


 そう言うとハナコ様がいつの間にか持ち込んでいた5個の旅行鞄。その中から中くらいのサイズの旅行鞄を1つ私に差し出してきました。


「………?」


 ハナコ様から鞄を受け取り、中を開けてみると……私の制服の着替えと予備、下着類やタオル類、さらには頭や身体を洗うシャンプー石鹸セットに歯磨きセットまで最低限の生活用品がぎっしり詰め込まれていました。


「ハナコ様…これは一体……」


「これはハナエちゃんが私の部屋に置いていた着替えなどの私物を詰め込んだ鞄なんです。これで当面の生活は出来ますね♡」


 私がトニリティに居た頃、ハナコ様と出会い毎晩のようにお部屋に訪れハナコ様に抱かれて一晩を過ごし、翌朝ハナコ様と熱い抱擁を交わして学校へ登校するようになってから着替えなど私の私物をハナコ様のお部屋に置くようになっていました。

 最初は遠慮していたのですがハナコ様に勧められて置くようになり、気が付けば私専用の棚と小さなタンスまでご用意させて頂けました。その中の荷物をハナコ様は忘れる事無くアビドスまで持って来てくださったなんて――。


「本当はハナエちゃんのお部屋の荷物もちゃんと持ってきたかったのですが時間が無くて……ごめんなさい」


「いえ、構いません。これだけで……これだけで十分です。ありがとうございますハナコ様」


 トリニティの学生寮の私の部屋に行けば必要な衣服類や家財道具などまだ残っているはずですが、不思議と未練はありませんでした。取りに戻るつもりもなく、今の私にはこの鞄にある衣類と石鹸類、砂漠の砂糖に大好きなハナコ様。これだけで十分だと思いました。


「ありがとうハナエちゃん。じゃあ、さっそくお風呂へ行きましょうか♡」


「はい!」






カポーン



 寮の大浴場は殆ど飾り気尚ないタイルに覆われ、大きな浴槽が一つと壁際に鏡とシャワー水栓がついた洗い場が並んでるとてもシンプルな浴室でした。


アビドス高校学生寮の質素な大浴場(※実際の施設とは関係ありません)



「この時間帯は本当は開いてないのですが今日は特別なんです。私とハナエちゃんの二人っきりの貸し切り風呂なんですよ♡」



 そう言ってハナコ様に手を引かれ洗い場の椅子に座ります。髪を解くとハナコ様がそっと後ろからシャワーを掛けてくださりました。

 シャワーのお湯が頭に沁み込み、ハナコ様の優しい手が私の髪の毛を優しく手櫛していきます。


 髪からは真っ黒い水が小さな砂利やガラス片やコンクリート片などと混ざって出てきたのには驚きました。

 ハナコ様は「その汚れはハナエちゃんが私の為に一生懸命に頑張って戦ってくれた証なんですよ」とおっしゃり、昨晩の記憶は無いもののハナコ様のお役に立てれた事がとても嬉しかったです。

 髪の毛の汚れとゴミを取り除くとハナコ様と同じシャンプーとトリートメントを使って洗ってもらいました。


 頭を洗い終わると一旦場所を入れ替わり、今度は私がハナコ様の髪の毛を洗う事になりました。

 ハナコ様の美しい桜色の髪も近くで見ると少しくすんだ色になっていて、シャワーを当てれば私と同じように汚れた水に混じり泥やガラス片やコンクリート片が沢山出てきたのでハナコ様の頭の方へ行かないように気を付けながら洗い流していきます。

 髪から滴り落ちる水が透明になり、髪の毛を手櫛する指にゴミが掛からなくなるころにはハナコ様の甘い香りが漂ってくるようになりました。その香りにくらくらしながらもシャンプーとトリートメントでしっかり泡立てて洗っていきます。

 丁寧にお湯で泡を流しきるときらきらと輝く桜色の髪の毛が甘い香りと共に現れて私は暫く見惚れてしまいました。



「うふふ♡ 次はお楽しみの身体の洗いっこですね♡」


 いつの間にか持ち込んだのか、ハナコ様の愛用のお風呂用エアマットが目の前で広げられていきます。


「さぁ、どうぞ♡ ハナエちゃん♡」


「はい……よろしくお願いします♡」


 ハナコ様に手を引かれマットの上に上がり膝立ち状態になります。目の前には同じ姿勢のハナコ様が居ます。


「じゃあ始めましょうか♡」


「はい♡」


 マットの上でボディーソープをたっぷりとかけたお互いの身体を擦り合わせて泡を立てて洗いっこをしました。ちょっとえっちですけどとても楽しくて気持ち良かったです♡



カポーン



 ちゃぷ、ちゃぷと湯船の水面が浴槽の淵を叩く音と換気扇の音が聞こえる中、私はハナコ様の膝の上に乗り大浴槽に浸かっています。

 ハナコ様と一緒にお風呂に入るときはいつもこうやってハナコ様の膝の上に乗り、大きな胸を背もたれにしてまるで椅子に座るように入ります。

 重くないのかなと思いましたがハナコ様は「ハナエちゃんを膝に乗せて後ろから抱いてお風呂入ると暖かくて抱き心地が気持ち良いんです」とおっしゃられます。

 私を後ろから抱きしめるようにお腹の横から腕が回されお臍の上で重なる両手がくすぐったくて、そっと私の腕を上から重ねるとハナコ様と私の鼓動が重なってとてもドキドキします。

 後頭部に掛かるハナコ様の吐息と背中から伝わる鼓動と濃厚な甘い香りに包まれて、ここ暫く忙しかったせいか私は久しぶりにゆっくりと湯船に浸かった気がしました。




 お風呂から上がり、アビドスシュガーとソルトが絶妙な塩梅でブレンドされたハナコ様特製のスポーツドリンクをたっぷり飲んで汗が引いたら、下着を履き持って来てもらった制服に袖を通します。

 私は今日からアビドス高校の生徒になるのですが制服が足りないらしく、暫くはトリニティの制服で過ごしてほしいとの事なので着慣れた制服を着ると部屋がノックされます。


「ハナエちゃん?着替え終わりましたか?」


「はい!お待たせしましたハナコ様!」


「じゃあ行きましょうか♡」




 ハナコ様に連れられてアビドス高校の校舎の中を歩きます。廊下や教室には色んな学校の制服の子達が居て色とりどりに溢れた状態です。


「わぁ~色んな制服の子が居ますね~」


「ええ、キヴォトス中から砂漠の砂糖を愛して大切にする子達が集まって来てますからね」


 ハナコ様に色んな制服の元の学校を教えてもらいながら廊下を進んでると、少し開けた部分に丸テーブルがいくつか置かれ簡単なカフェが出来ていました。


「わぁ…あ……」


 そのテーブルにはトリニティのティーパーティーとゲヘナの万魔殿の子達が仲良くお茶を楽しんでる光景が広がってました。普段あんなにいがみ合い仲が悪かった二つの勢力の子達が同じテーブルに座り同じポッドのお茶を飲み、裏の無い純粋な笑顔を浮かべて楽しそうに会話をしてる姿に思わす見つめてしまいます。


「あのエデン条約すら出来なかった、トリニティとゲヘナの融和をたったスプーン一杯の砂糖がいとも簡単に成し遂げてしまうのはまさに夢のようでしょう」


「はい、砂漠の砂糖の素晴らしさと秘めた力を改めて感じる事が出来ました」


「この楽園を、砂漠の砂糖の世界を一緒に支えて守っていきましょうハナエちゃん」


「はい、ハナコ様!」




 暫く進むと真新しいアビドスの制服に身を包み銃を構えた子が門番のようにたっている場所があり、そこを通り抜けると急に人が殆ど居ないエリアに入りました。

 私が気になってキョロキョロしてるとハナコ様が「ここからは選ばれた一部の生徒しか立ち入れないエリアなんですよ」と教えてくださいました。


「そんな場所に私なんかが入っても良いのでしょうか?」


「ええ、だってハナエちゃんはその選ばれた一部の生徒なんですから」


 私が質問するとハナコ様はそうおっしゃりました。そう言えばさっき門番さんの所を通り抜ける時、私だけ捕まりそうになりましたがハナコ様が同じような事を言うと姿勢を正して「申し訳ありませんでした。どうぞお通りください!」と解放されたんです。

 これから私はどうなるんだろうか何をするんだろうかときになってると一枚の大きな扉の前に来ました。ここだけ他の教室とドアの造りが違います。

 薄っすらと「校長室」と文字の跡が見える重厚そう木目のドアをハナコ様はノックして「浦和ハナコです。朝顔ハナエちゃんを連れて来ました」とドアの向こう側へと話しかけます。「どうぞ~」とくぐもったのんびりとした声が聞こえてドアが開きハナコ様の後ろについて私も部屋の中へ足を踏む入れました。



「やっほ~。いらっしゃい~待ってたよぉ~」



 トリニティに近いくらいの豪華な内装と調度品に飾られた部屋。一番奥には偉い人が座りそうな大きな執務机があり、そこにハナコ様に似た桜色の髪の毛でオッドアイの女の子が座り、その女の子の隣には白く長い髪の女の子が立っていました。


「お二人とも紹介しますね。この子が私が言っていた救護騎士団所属の朝顔ハナエちゃんです」


「初めましてっ!朝顔ハナエと言いますっ!よろしくお願いしますっ!!」


 私が頭を下げて挨拶をします。顔を上げると執務机に居たオッドアイの子が立ち上がり私の前まで来てくれました。


(あれ……この人、意外と背が小さいな……?)

アビドスカルテルトリオ+1の身長差イメージ資料



 目の前に立つオッドアイの女の子に目を合わせようとしたら視線が下がる事に気が付きました。さっき見た時はとてつもないオーラを放っているように見えて大きな人に見えたのですが…。


「初めまして~。おじさんは小鳥遊(たかなし)ホシノって言うんだ~。このアビドス高校に昔から居る生粋のアビドス生なんだよ~~よろしくね~ハナエちゃん~~」


「よ、よろしくお願いします」


 ホシノさんと握手を交わします。


「ホシノさんはこの砂漠の砂糖を最初に発見した人で私達を導くリーダーなんですよ。ここでは一番偉い人なんです♡」


 ハナコ様が横からアドバイスをしてくださります。この人が……砂漠の砂糖を最初に見つけた人……広めた人…なんだ……。なんだかホシノさん…いえホシノ様を見つめてると心の奥底から不思議な感情が浮かんできます。


「そうだよ…このおじさんが、砂漠の砂糖を最初に見つけて…皆に広めて……みんなの人生と学校めちゃくちゃにしたんだよ……」


「っ…ホシノさんっ!!」


 ハナコ様がホシノ様を咎めようと声を上げます。しかしホシノ様は私を見つめたまま言葉を続けます。


「ハナエちゃんは、おじさんの事どう思ってる?憎いかな?恨んでるかな?おじさんの事、殺――」


「ホシノ様ありがとうございますっ!!」


「えっ!?」


「ホシノ様の見つけられた砂漠の砂糖のおかげで私は生まれ変わることが出来ました!私だけではありません!!ここに来る途中で見て来た生徒さん達みんな幸せそうでした。学園の壁も何もかも取り去ってトリニティとゲヘナの子達が手を取り合い仲良くしていたんです。これも全部砂漠の砂糖のおかげです!ありがとうございますホシノ様っ!!」


 私はホシノ様の手を掴んで感謝の言葉を告げます。ホシノ様は私のテンションに圧倒されたのかしどろもどろになってしまってます。


「ふふっ、ね?そうでしょ。あなたは何も間違えてないの。だからそんなに卑屈になる事は無いのよホシノ」


 そう言ってもう一人の白い髪の女の子が私へと近づいてきます。この女の子もとても強そうで背が大きく見えたのにいざ目の前に立つとホシノ様よりも少し背の低い女の子でした。


「初めまして、私は空崎(そらさき)ヒナ。ここアビドスで風紀委員をやらせてもらってるの。ハナエ、あなたがアビドスへ来てくれるのをずっと待っていたの!来てくれてありがとう」


 そう言うとヒナさん…いえヒナ様は私の手を取って挨拶と共に感謝の言葉を口にされます。


「ヒナさんはゲヘナで風紀委員長を務めていたんです。正義実現委員会のツルギさんと同じかそれ以上と言われるくらいとっても強い人なんですよ」


 ハナコ様が再び横からアドバイスをしてくださいます。こんな小さな子がツルギさんと並ぶか超えてしまうくらい強い人とか信じれなくて――、でもあの最初に感じたオーラは確かにそれくらいの強さがあってもおかしくは無いなと私は思いました。他人を見た目で判断するのはやっぱり良くないですね。


「そして、私が浦和ハナコ。ふふっ、今更ハナエちゃんに改まって自己紹介も変だけど折角の流れでね。私達3人がホシノさんをリーダーとして中心にしてこの学校と自治区を支え運営していくの。よろしくねハナエちゃん」


「ハナコ、それは少し違うわ。今日からは3人じゃなくて4人よ。ハナエも今日から私達の同士(なかま)になるんだから」


 ヒナ様が私を見てそうおっしゃります。ですがどういう事なのでしょうか?


「もうヒナちゃんったら逸りすぎだよ、ハナエちゃん困ってじゃん。えっとね、ハナエちゃん。この部屋は本来、おじさんとヒナちゃんとハナコちゃんの3人しか立ち入れない部屋なんだ。そこへハナエちゃんを呼んだのは大事なお話とお願いがあるからなんだ」


「大事な…お話とお願い、ですか?」


 ホシノ様が私の前に来てとても真剣な目つきで私を見つめて来ます。


「ハナエちゃん、アビドス高校へ正式に転入してアビドスの子になって欲しい。そして新設する"アビドス高校 救護部"の"部長"をやってもらいたいんだ」


「アビドス高校 救護部……? ……部長?」


 アビドス高校へ転校してアビドスの生徒になるのはハナコ様から聞かされていて心に決めていました。でも救護部って……部長って……。


「ハナエちゃんに分かりやすく例えて説明すると救護騎士団のアビドス高校版をホシノさんは作ろうとしているんですよ。ハナエちゃんにはその新しくできる救護部の部長さん、救護騎士団で言うとミネ団長のポジションをやってもらいたんです」


「わ、私が……ミネ団長の……ポジションを……?」


 いきなりそんな事を言われても困ります。私が戸惑っているとヒナ様がやってきました。


「ハナエ…こんな無茶振りする結果になってごめんなさい。すべて…私が悪いの……私が…セナとチナツを砂糖漬けにする事も捕まえる事も出来ず取り逃したばっかりに…あなた一人に負担を強いる羽目になってしまって…本当にごめんなさい」


 ヒナ様が私に深々と頭を下げて来られます。


「ヒナさんだけのせいじゃないですよ。私もミネさんとセリナちゃんを連れて来れなかったんです。ハナエちゃん、私からも謝らせてください。ハナエちゃんに寂しい思いをさせてさらに無茶振りまでをする事になってしまって…でもこれはハナエちゃんにしか頼めないんです」


 ハナコ様まで私に頭を下げて来られて私はオロオロしてしまいます。


「あ、あの…お二人とも顔を上げてください!お二人は悪くないですよ!……でも本当に私が部長じゃないといけないんですか?2年生や3年生の先輩じゃ駄目なんですか?」


 ここへ来る途中、大勢の生徒で溢れかえっていたアビドス高校の校舎内。その中で救護騎士団の人や救急医学部の人を大勢見かけました。1年生はもちろん2年生と3年生の先輩方も、もしやとミネ団長やセリナ先輩、セナさんやチナツさんを探してみましたが見つける事は出来ませんでしたが。


「確かにあの子達は技術と経験はあるから彼女達でやっていけない事もないけど、救護部として――、キヴォトスの学校の部活動として纏まって動くには彼女達じゃダメなんだ。それはきっとハナエちゃんにしか出来ない」


 ホシノ様が強い瞳で私に訴えかけて来ます。


「おじさんはね、仕方なく…でとか、消去法で…とかじゃなくて、ちゃんと調べた上でハナエちゃんにやって欲しいってお願いしてるんだ。例えハナコちゃんとヒナちゃんがミネちゃん達やセナちゃん達を連れて来れたとしても部長はハナエちゃんになって貰うよう働きかけてたと思う。

 もちろんぶっつけ本番なんてせずに、本当はミネちゃんとセナちゃんに臨時でリーダーやってもらってハナエちゃんの補佐をしてもらって、ハナエちゃんはミネちゃん達に支えて貰いながらその横で色々教えて貰って勉強して十二分に慣れて経験積んでから正式に部長になって貰う予定だったんだけど…ね」


 ホシノ様がそう言うと執務机から分厚い書類の束を取り出して私の前へ持ってきました。


「ごめんね、ハナコちゃんに頼んでハナエちゃんの事、色々と調べさせてもらったよ。トリニティでの事、救護騎士団での事、……そして砂漠の砂糖に手を出してしまった後の事も、ね」


「これは……」


 渡された分厚い紙の資料を覗いてみると私の学業の成績や救護騎士団での評価が事細かに記されていて、さらに砂糖摂取前の時期と砂糖摂取後の時期との比較研究された内容の資料までありました。



"救護騎士団長総評『"朝顔ハナエの救護活動の技術力向上は目覚ましく、もはやこれ以上の補助監督の付き添いの必要は無い。彼女は優秀で立派な一人のベテラン救護騎士団員であると認める』"



 ミネ団長の手書きの美しい文字が私を評価してくださっているのがとても胸に響きます。


「ハナエちゃん、お願い。アビドス高校救護部の部長になって欲しい。おじさん達を支えてこの高校の生徒達を救護(助けて)欲しいんだっ!!」


 もう一度ホシノ様が深々と頭を下げてそれに続くようにヒナ様もハナコ様も頭を下げてくださいました。


「…………」


 その時、私の頭の中でミネ団長の言葉が突然過ぎりました。……あれは初めて救護騎士団員として救護現場に出た日だったでしょうか?



"ハナエ、良いですか?一度現場に出れば、あなたも立派な救護騎士団員です。

 そこに新人も先輩もありません。救護対象者から見れば同じ救護騎士団員です。初めてだから…新人だから…慣れてないから…そんな言い訳は通用しません。

 現場に出た以上は求められる救護を求めらる場所と人へ、必ず届ける事。これが使命なのですよ"



(ミネ団長……)


 きっと今がその時と思いました。救護を求めている人が要る。救護を求めている場所がある。私にしか出来ないと求められている。――ならそれに答えられないでどうする!!しっかりしなさいハナエ、忘れてはいけません、ミネ団長に、セリナ先輩に、教えて貰った――、受け継いだ救護魂をっ!!!


「わかりました――。ホシノ様、私、救護部の部長をやります。いえ、やらせてください!!」


 私は頭を下げてお願いしました。「ハナエちゃん――」ホシノ様の声が聞こえたので顔を上げると……。


「ありがとうっ!引き受けてくれてありがとうハナエちゃん!!」


 感極まったホシノ様に思いっ切り抱き着かれました。


「うううっ……おじさん嬉しいよぉ~~」


 私の胸に思いっ切り顔を埋めて震えるホシノ様。


「ハナエちゃん、ありがとうございますっ!!私達の願いを引き受けてくれて…ありがとうっ」


 ハナコ様に後ろから抱きしめられます。


「ハナエありがとう…引き受けてくれてありがとう。私も手伝えることあるなら手伝うから何でも言ってっ!救護の事はあまり詳しくないけど雑用とか手伝える事なら何でもするわ」


 ヒナ様が私の手を両手で包み込んで感謝の言葉を述べます。


「うへぇ~ヒナちゃんは背負い込み過ぎだよ~~。そうでなくてもヒナちゃんいっぱい役割と仕事あるんだから…あんまり無理して倒れてしまってハナエちゃんのお世話になったら駄目だよぉ~~」


 そんなヒナ様に私の胸に埋めていた顔を半分ほどずらしてホシノ様がツッコミを入れられます。



うふふ……あはは…くすくす…うへぇへぇ…



 しんみりしていた空気はどこへやら……執務室の中に温かい笑い声が響きます。



「ふう、じゃあ、ハナエちゃん。心決めたらこの書類にサインしてね」


 ホシノ様から渡された2枚の書類――、『転校手続き申請書』『新規部活申請書』と書かれた書類に私は直筆署名をします。


「これで今日からハナエちゃんは正式にアビドス高校の生徒で――、救護部の部長さんで――おじさん達のかけがえのない大切な仲間、だよ」


「はい、こちらこそこれからよろしくお願いします。ホシノ様」


 署名を終えた書類を返すとホシノ様が手を差し伸べて来られたので私は固く熱い握手を交わしヒナ様とハナコ様が拍手を送って下りました。



「ふぅーっ、じゃあ契約手続きも無事終えた事だし。ちょっとした儀式でもしようか」



 ホシノ様がそう言うと懐から小さな小瓶を取り出しました。


「わぁあ……」


 それは今まで見た事無い美しい輝きを放つ、限りなく透明に近い白い結晶――、一瞬何か分かりませんでしたがそれが砂漠の砂糖だと私の中の何かが告げて来ます。


「これは、私達が今生み出すことが出来る最高純度のアビドスサンドシュガーなんだ。これをハナエちゃんに上げる。だから今これからおじさん達の前でこの砂糖を受け入れて欲しい。おじさん達と肩を並べようとするハナエちゃんの本気が見たいんだ」


 ホシノ様の瞳が強くそしてどこか妖しく輝きます。


「あ、あの……ホシノさん……それは……」


「ちょ、ちょっと、ホシノ。あなた正気なの?それはあなたしか摂取出来ない代物なのよ。せめて…ハナコや私の純度の砂糖じゃないと……」


 戸惑うハナコ様、止めようとするヒナ様の声が聞こえます。でも私にはホシノ様の瞳と、この最高純度の砂漠の砂糖の輝きに目を奪われてしまい、身体がゆっくりと動こうとします。


「ハナエちゃん、キミならできるよ。キミなら来れるよ……おじさんの所まで……」


 ゆっくりと伸びた私の手がホシノ様から砂糖の小瓶と小さなストローを受け取ります。

 私の手のひらに乗った小さな小さな小瓶、その中に僅かに入ってる最高純度の砂糖。小さじ1杯くらいなごく少量なのに瓶のガラス越しに熱く強烈な力を感じ取れます。


「さぁ、ハナエちゃん。ストローを瓶に差して、鼻で一気に吸って……」


「はい……ホシノ様……」


 小さなコルク栓を空けストローを差すと、私は鼻の穴へ差し込んだストローから一気に砂糖を吸い上げたのでした。




パチパチ


パチパチパチ




「ふぁっ……ふあああああああああああ」




 目の前が、世界が、虹色に輝き始めました。


 私の身体が一気に軽くなり、透き通って…透明になって……浮き上がって……


 足元が森になり、山になり、川になり、海になり、街になり、田舎になり、広大な美しい砂漠が広がって――。


「ふわぁあああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁあぁああぁぁあああ」


 トリニティが、ゲヘナが、ミレニアムが、D.Uが、レッドウィンターが、百鬼夜行が、山海経が、アリウスが、ワイルドハントが、ハイドランダーが、クロノスが――。

 知ってる学校、知らない学校、無数の学校の校舎や生徒、部活動の名前や様子が滝のように頭の中に落ちて流れ込んで来て、最後にアビドス高校が降ってきました。


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあああぁああああああああああああ」


 ホシノ様と同じ制服に身をつつんだ4人の生徒が並んでる光景が飛び込み、次の瞬間、砂嵐に流されて消えるとそこにはアビドス高校の制服を着た髪が短くて目つきの鋭いホシノ様によく似た人と薄緑色の髪の優しそうな生徒さんが並んでそれもその瞬間砂嵐に巻き込まれかき消されて――。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”」


 虹色に輝いていた世界が突然、真っ黄色に染まり、紫色に染まり…真っ赤に染まった瞬間、



ゴフッ!ガフッ!!!ブフッ!ブシャァ!!!



 私の口と鼻と目から何かが吹き出しました。それは酷く生暖かくてとても粘り気がある錆びた鉄の匂いのする――。



 私は何が起きたのかわかりませんでした。目の前が真っ暗になったから。



「ハナエッ!?」


「ハナエちゃん!?」


「は、ハナエちゃんっっ!?」




 ホシノ様とヒナ様とハナコ様の声が聞こえた気がしました。





た、しか、に、よ、、ばれ、、、た、そんな、きが、し、ま、、し、、、、た





(つづく)


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