第六話『戦争前夜』その1『逃亡者』
砂糖堕ちハナエちゃんの人※アリスせんせー氏のRABBITシリーズの概念を一部お借りしております。時系列的には「RABBIT Oasis」後半舞台裏のイメージになります。
※アリスせんせー氏の世界とよく似て異なっている全く無関係な別次元並行世界になります。
その1「逃亡者」
「こんばんわ、ミヤコさん」
「こ、こんばんわ、ハナエちゃん…」
アビドス高校の給食室棟の奥の一角に隔離されるように作られた専用の厨房へお邪魔すると、そこにはRABBIT小隊の月雪ミヤコさんが夕食の準備をされていました。
「あの……何か御用ですか?」
「はいっ!ホシノ様よりミヤコさんに渡すように頼まれた物を持ってきました。ミレニアム略奪品(お土産)だそうです!」
「あ、あはは……」
困り笑いを浮かべてるミヤコさんにホシノ様から預かった物を渡していきます。飲料水に調味料に小麦粉やお米、さらには生肉や生魚の冷凍品に貴重な生野菜など生鮮食品が詰まった『100% ALL ABYDOS FREE』と書かれたラベルが貼られ厳重に封がされている段ボール箱を運び込んでいきます。
「ハナエちゃんごめんなさい。料理がもうすぐ出来上がるから今手が離せなくて、良かったら貯蔵庫に入れておいて貰えますか?」
「了解ですっ!!」
ミヤコさんはなんだか忙しそうにされていたので、私が代わりに食料品などを運び込んでいきます。「細かい整理は後で私がしますので」とのことなので、とりあえず貯蔵庫の中に段ボールごと入れておきました。
「ふぅ~、終わりました~」
「ありがとうございます。こちらも丁度作業終わりましたので」
貯蔵庫の中と冷蔵庫と冷凍庫に段ボールを仕舞い込み終わり調理場に戻ると調理を終えたミヤコさんが調理台の上で料理をお皿に盛り付け作業をしていました。
ステンレス製の広い調理台の上には"5人分"の食器が並べられていてお皿には料理が盛り付けられていました。ミヤコさんと、この高校の地下牢に居る対策委員会の皆さんの分の特別食でアビドスの砂糖と塩が一切使われていない大変貴重な食事なのです。
調理の際もアビドスサンドシュガー・ソルトの成分が混入しないように徹底的に煮沸消毒して除菌された専用の調理器具と食器を使い、調理も砂糖を一切摂取してないミヤコさんだけが作る事を許されています。
私もつい先日くらいまではこの調理場に立ち入ることすらが出来なかったのですが砂蛇様のお力で私の身体から漏れていたフェロモンを一時的に完全に遮断する術を身に着けてからはお許しを頂き時々お邪魔させてもらっています。
「うわ~今日も彩が良い献立ですね~」
「今日の夕飯の献立は濃厚クリームシチューとほうれん草と小エビのサラダ、パプリカピラフです」
![](/file/d0fb409fc4b84608e3764.jpg)
「なんだかとっても美味しそうですね~。……………味見しても良いですか?」
「えっ……?」
ミヤコさんが戸惑った声を上げます。私が「ダメですか…?」と聞くと暫く考え込むような素振りを見せた後「お鍋に残っているので良ければ…」と言ってくださりました。
「ど、どうぞ……」
お玉でお鍋をこさげたシチューの残り分を乗せた小皿をミヤコさんから受け取ると、それを指で掬いペロッと舐めてみました。
「…………」
「あ……あの……?」
ふと意識を向けばミヤコさんが不安そうに私を覗き込んでいました。どうやら私はかなりのしかめっ面をしていたようで慌てて笑顔を作りミヤコさんへ向けます。
「ええ、美味しいです。ミヤコさんが丹精込めて作った料理ですから、きっと美味しいはずです」
ミヤコさんが丹精込めて作った美味しそうなシチューも"今の私"が食すと口の中にとろみのある"無味無臭"の液体が広がる感覚――。ただそれだけでした。
--------------------------------------------
対策委員会の皆さんの所へ配膳に向かうミヤコさんと別れた後、私はハナコ様達と夕食を食べました。
こちらも偶然にも夕食のメニューはクリームシチューで、ミヤコさんのとは違い砂糖たっぷりの濃厚な甘さとルウの中の溶け切ってない砂糖のツブツブ感たっぷりの食べ応えのあるシチューで口の中でジャリジャリ言いながら、これまた砂糖が大量にまぶしてあるパンを一緒に頂きました。
(こっちが美味しいと感じるなんて私も行くとこまで行っちゃったんですね)
ミヤコさんの作る料理が本当は正しいはずなのに私にとっては異世界の食べ物にしか見えなくなってしまっている状況に苦笑いを浮かべつつ、完食して、ハナコ様達と暫し談笑して私は執務室へと戻りました。
ハナコ様達と夕食を食べ終わった後、救護部の業務が少し残っていたため私は執務室に戻り書類仕事を始めてしばらく経った頃でしょうか、執務室に備え付けられている電話が鳴りました。
「はい、もしもし。救護部、朝顔ハナエです」
『浦和ハナコですっ!ハナエちゃんっ、今すぐホシノさんの執務室へ来てもらえますかっ!大変なんですっ!!』
とても切羽詰まった余裕のハナコ様の声に何か胸騒ぎを覚えました。
「何かあったんですか?」
「対策委員会の皆さんが………地下牢を破って脱走したんです!!」
夜の校舎を私は全力で駆け抜けていきます。肩に掛けた鞄には救急キットと注射器と高純度アビドスサンドソルトの鎮静剤入ったアンプルが私の足の動きにあわせてカタカタと音を鳴らしています。
"それで…それを聞いたホシノさんが錯乱状態になって……お願いハナエちゃん、すぐ来てください!!"
電話口で焦るハナコ様の声、その後ろで聞こえる物がひっくり返ったりする音、誰かの唸り声――。尋常じゃない状況に走るペースがあがります。
救護部の入る別館から校舎本館のホシノ様の執務室までの道のりがとても長く苦しく感じながら私は向かいました。
「お、おませしましたっ!朝顔ハナエですっ!!」
ノックや挨拶などすべて手順をすっ飛ばして、ドアを開けると――、
ひっくり返されたソファーとテーブル。
部屋中に散らばる書類。
パソコンや電話機やデスクスタンドが倒れてグチャグチャになった執務机
そして…
「うわぁああぁぁあああ!!!なんでっ!なんでっ!!なんでみんな居なくなるんだよぉぉっ!!私が何をしたって言うんだっ!!私はっ!!みんなを大切に守りたかっただけなのにっ!!傍に一緒に居て欲しかっただけなのにっ!!何で逃げるんだよぉぉっ!!」
床に蹲り、泣きじゃくるホシノ様とそのホシノ様を必死に宥めてるハナコ様。
「ハレッ!!まだなのっ!!まだ、あの子達を捉えられないのっ!?」
通信モニターに向かって必死の形相で指示を飛ばすヒナ様。
『今、アビドス高校の敷地とその周辺、それからアビドス本町区域の全監視カメラと全監視センサーをフル起動させてドローンも全機発進させてるけど…………だめ…全然捕まらないよ……』
その通信モニターには、キーボードをすごいスピードで叩き無数のモニタを睨めっこしている警備室の小鈎ハレさんが見えます。
「無理だよっ!!あの子達は、私達たった5人でカイザーとカイザーが送り込んできたスケバンやヘルメット団と戦ってきたんだ。アビドスの土地なんて地面にあるアリの巣の穴の数まで把握しているくらい知り尽くしてるんだっ!!いくらハレちゃんのミレニアム謹製の監視網がすぐれていても、あの子達なら簡単に突破してしまうよ!!」
ホシノ様の悲痛な叫び声が響き、固まっていた私は我に返るとすぐさまホシノ様の傍らに駆け寄ります。
「ハナエちゃんっ!!ホシノさんに早く鎮静剤をお願いします!!」
「はいっ!」
「う"わ"ぁ"ぁ"あ"あ"あ"あ"!!みんな私を置いて行かないでよぉっ!!私を見捨てないでよぉっ!!嫌だっ!!もう嫌だっ!!もう嫌だぁああ!!」
蹲っていた姿から今度は幼子のように癇癪を起し暴れるホシノ様をハナコ様と共に押さえます。
それでも暴れ続けるホシノ様の拳や脚による殴打が私の身体に当たり、痛みと衝撃で一瞬意識が飛びそうになる中、力の限りで押さえつけたホシノ様の腕に鎮静剤を打ち込みます。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"う"う"う"う"う"う"ぅ"ぅ"ぅ"~~~~」
「あ"っ…っぐっ…」
少し乱暴に注射してしまったため、その痛みでホシノ様が私の肩に齧り付き獣のような呻き声を上げます。私は痛みで顔が歪みそうになるのを堪え、ホシノ様へ優しく話しかけます。
「ホシノ様…大丈夫です、大丈夫です。だからどうか、どうか、お怒りをお鎮めください……」
二本目の鎮静剤の注射を打つと漸くホシノ様が落ち着きを取り戻し始めました。
「フーッ、フーッ、フーッ、フーッ……」
何とか深呼吸をしようとするホシノ様の背中を摩り「大丈夫です。大丈夫ですから……ゆっくり…大きく…深呼吸をしましょう。私に合わせてください」と言いながら一緒に深呼吸を繰り返します。大きく、ゆっくりとテンポを少しずつ落としながら……。
『こちらRABBIT小隊、配置につきました。指示を請います』
「遅いっ!!今まで何していたのっ!!早くあの4人を探し出しなさいっ!!」
『申し訳ありません。しかし…何か手がかりが無いと……』
苛立つヒナ様と無線機から困惑するミヤコさんの声が聞こえてきます。どうすれば良いのでしょうか?私に何か出来る事があれば良いのですが……そう思った瞬間でした。
"-------,-------------------."
私の脳内に響く声のような物。言葉も声もハッキリと聞き取れませんがその御意思は確かに私に伝わり理解できました。
「砂蛇様……?」
私の中に宿る砂蛇様が語り掛けて来ます。
"---------------------------."
砂蛇様は仰りました。"この状況を打破するための知恵と力を貸してやろう"と。ある能力(ちから)を私に授けて下ると仰りました。
「……わかりました。やってみます」
私はホシノ様を抱きしめたままゆっくりと立ち上がります。
「ハナエちゃん……?」
呼吸が落ち着きつつあるホシノ様が泣き腫らした瞳で私を見つめていて……私はその瞳を真っ直ぐ見ながら言葉を発します。
「ホシノ様……対策委員会の皆さんの捜索、私に任せて頂けませんか?ご安心ください、必ず皆さん全員を連れ戻して見せます」
訳も分からずコクンと頷いたホシノ様に微笑むと振り返り後ろでキョトンとしてるハナコ様に視線を向けます。
「ハナコ様」
「はっはいっ!?何でしょうかハナエちゃんっ!!」
どこか"いつもと違う"私の"圧と視線"に思わずピシッと手足を伸ばして直立不動の姿勢をするハナコ様に思わず頬が緩みそうになるのを堪えて"お願い"をします
「手伝っていただけますか?ハナコ様のお力が必要なんです」
(つづく)