RABBIT Oasis
アビドスに来て、私には役割が3つ与えられた。
一つは、アビドスの巡回任務。
本来はヴァルキューレが行うようなものだが、治安維持のために必要なことはわかる。
文字通り『砂糖』や『塩』が湯水のごとく湧いて出てくるため、皮肉にも一般生徒の争いごとが起きることはあまりない。
むしろ、他の隊員が難癖をつけて争いになることの方がほとんどだ。
…反吐が出る。
一つは、違法な売買の鎮圧。
こちらは本来のSRTの任務に近く、上層部が許可を出していない商品の売買を取り締まる役割である。
商品に目を瞑れば仕事自体には問題はない。
また、私たちにケーキをプレゼントした店は違法側だったらしく
ちょうどホシノさんが潰そうとした所に、先客として私たちがいた形だった。
…虫唾が走る。
ここまではRABBIT小隊に与えられた任務。
最後の一つは、私個人に与えられたものである。
「よし」
アビドスにある校舎の一つ。そこに囚われている数人の生徒に食事を作り、届けることが私の任務だった。
アビドスに来てから数日経った頃、ここアビドスでは、『砂糖』や『塩』が含まれていない料理は全くと言っていいほどなく、
食事のほとんどを持参したレーションや缶詰で食いつないでいた時、
ホシノさんから食事を作るように指示を受けた。
「ミヤコちゃんに変なことを頼んでごめんね~。おじさんが作ったものをみんな食べてくれなくてさ~。大事な後輩のみんなが餓死したらおじさんも目覚めが悪いからね。食材はこっちで用意するから。ミヤコちゃんも食べていいからね~。その代わりと言ってもなんだけど、みんな退屈してるだろうから、ミヤコちゃんの話をみんなにしてあげて欲しいな~」
変な指示だったが、食料も尽きる寸前だったので、渡りに船な命令だった。
正直なところ、調理済みの食品より何の加工もされていない食材の方が自分で確認ができる分、わずかながらに安心できる。
それでも多少の不安は残る。現在に至るまで、用意された食材の中に『砂糖』と『塩』は確認されていないが小麦粉の中に入ってる可能性もあるため粉はなるべく用いないようにしていた。
そして、囚われている生徒に関してだが、こちらはホシノさんの後輩である十六夜ノノミさん、奥空アヤネさん、黒見セリカさん、砂狼シロコさんの4人である。
最初に食事を届けに行った際の惨状は今でも覚えており、餓死寸前だったので無理矢理にでも食べさせた。
無理もないが、新しく食事を運ぶことになったと説明しても、ほとんど全員が敵意をむき出しにしていた。
しかし私からしてみれば、久しぶりの人との会話で安心感を覚えていた。
その後も定期的に料理を作って届けることを繰り返し行い、今では互いに最低限の会話をするようになっていた。
私の境遇を話したときの反応は様々だった。
『敵意を増す人』『警戒心を強める人』『正気を疑う人』『同情する人』
ストックホルム症候群と呼ばれるものかもしれないがそれでもかまわなかった。
この狂った地獄でまともな会話ができるのは彼女達しかいないのだから。
シロコさん達が校内から脱走した。
その知らせが届いたのは朝の料理を運んでいる最中だった。
現在、アビドス全体が厳戒態勢を敷いており、RABBIT小隊も捜索に加わってほしいと命令が下った。
武器は別の場所で管理されていたため、4人とも非武装とのことだった。
私は必死になって彼女達を探した。探している最中、胸に沸いてくるものがあった。
しかし、仮にもホームグラウンドである彼女達を見つけるのは至難の業に近く、4人それぞれが分かれて逃げたこともあって、見つけた頃には夜になっていた。
珍しく、隊員のみんなが言うことを聞いており、それぞれ一人を捕縛することになった。
「…投降してください」
目の前にはシロコさんがいた。
囚われていたメンバーの中で唯一私に同情してくれた人。
口数が少ない人でしたが、黙々と私の話に耳を傾けてくれた人。
「…それは無理」
少しやつれていましたが、それでも餓死寸前の頃よりははるかにマシになっていた。
「なんでですか…」
「…ミヤコの料理を食べたから」
何を言ってるんだろう。
「ミヤコの料理を食べて、ミヤコは間違ってないって思った。ミヤコの話を聞いて、こんなのは間違ってるって思った」
言ってる意味が解らなかった。トんでるときの小隊のみんなよりも支離滅裂だ。
「ぴょんこが撃たれて、必死に応急処置をして、動物病院に連れて行って、それでも胸に沸いてくる怒りの感情が、話してる時の声から伝わってきた」
うるさい…
「ぴょんこを撃った隊員に対する怒り、小隊のみんなをこんなことにした砂糖に対する怒り、そして…」
うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!
「小隊のみんなを守れなかった、自分に対する怒り…」
私は感情のまま銃をシロコさんに乱射した。
「あなたに私の…大事なものを守れなかった私の何がわかるんですか!?」
その隙をシロコさんは見逃さなかった。
「わかるよ。自分自身に対する怒りは、多分私が一番わかる」
接近を許し、気づいた時には組み伏せられ、銃を奪われていた。
「そして、自分の赦し方もよくわかってる…」
そう言ったシロコさんのその目は限りなく澄んでいた。
…完敗だった。身体的にも、精神的にも。
今でもあの日々のことは夢に見る。
隊員のみんながおかしくなった日…ぴょんこが撃たれた日…
そして何より…感情のままスイーツショップを襲撃した日…
あの日の私は怒りに支配されていた。
ぴょんこが撃たれた事、隊員がおかしくなった事、一番のことは隊員を守れなかった自分の事、早い話が八つ当たりとしてあのスイーツショップを襲ったのだ。
そんなものは正義(SRT)でも何でもない。
他の隊員がイカれたように、私は怒(いか)れたのだ。
そう考えるとしっくりきた。私はこのアビドスで常に怒りが沸いて仕方がなかった。
「ゴメン。先生に知らせないといけないから先に行くね」
「…待ってください」
呼び止めた。武器も全部奪われた私にできることは何もない。でも…
「2つ、お願いを聞いてくれますか?」
「ん、いいよ。料理とこの武器のお礼」
一つは、SRTの最新装備を先輩たちに届けてもらうこと。この状況なら先輩たちも特例で出られるだろう。
装備がある場所の書かれたメモをシロコさんに渡す。
もう一つは…
「ぴょんこを頼みますね」
怒りのまま動物病院を去ったのでどうなったかはわかっていない。
無事だった場合の世話をシロコさんに託した。
「うん、行ってくる。武器は機会があったら返すね」
何もない砂漠に横たわる…他の隊員に連絡した。
「すみません、RABBIT1。武装を奪われ対象をロストしました」
「ハァ!?何やってんだRABBIT1!?こっちはもうとっくに確保してるってのに!?」
「あう……抵抗が強かったですが何とか確保しました……」
「くひひ……こっちも確保済み。隊長だけ失敗するなんて珍しい」
そして私は、通信機から流れる他の隊員の声を聞き流しながら思案にふける。
確かにアビドスに来てからの日々は怒りに満ちていた。
けど…
「料理は楽しかったですね」
そう呟いた言葉は砂漠の中に消えていった。
その後の顛末として、私は罰として武装を奪われた状態のまましばらく活動するように言われた。
武装が無い状態では巡回任務も鎮圧も出来ないので実質的な謹慎処分であった。
ちなみに私の武装は、アビドス砂漠の出入り口付近に捨て置かれていたという。
また、追加の罰としてホシノさん直々の訓練を受けることになった。
正直に言えばこっちが罰のメインであり、軽く見積もっても、SRTの10倍以上も厳しい訓練だった。
シロコさん以外の他の3人の監禁場所も変更された。
今回のようなことが無いように、3人とも別の校舎で監禁するのだという。
意外なことに、料理の仕事は無くならなかった。それだけシラフの生徒というのはアビドスだと希少なのだろう。
今日はパスタにしようと思う。開けられた形跡のない乾燥したパスタもミートソースの缶詰も、作られたのは今より1年以上前なので薬は大丈夫なはずだ。
パスタを安全なお湯で茹でている最中、1つの疑問が頭をよぎった。
『ゴメン。先生に知らせないといけないから先に行くね』
「…先生にこの問題は解決できるのでしょうか」
このアビドス砂漠から端を発する問題、それは複雑に絡みあっていた。目の前のパスタのように…
「いえ、先生や先輩たちを信じましょう」
それでも私は信じることにした。きっと先生ならこの問題を解決できるだろうと。
「よし」
それまで私は、この怒りに満ちた砂漠の中でオアシス(料理)を頼りに生きていこうと思う。
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(SSまとめ)