端切れ話(狸寝入りと冬の空)

端切れ話(狸寝入りと冬の空)


監禁?編&いびつでやさしい箱庭編

※リクエストSSです。収録している章よりも未来の描写が大部分を占めている為、先の展開のネタバレを含みます




 ───チカチカ、陽光が降り注ぐ。

 ───ヒゥヒゥ、風が吹いてくる。

 ───フワフワ、あの子の髪を梳く。

 ………グウグウ、眠ったふりをする。


 外に出る。

 最初に感じるのは肌を刺すほどの冷たい空気。鼻の頭がツンとして、プルプルと体が震えてしまう。

 震えながらもスレッタは、庭のベンチで日向ぼっこをするつもりでいる。

 ぴゅう。風が吹く。冷たい…!

 それでも我慢して座っていると、お日様が力を取り戻して、じんわりと体を温めてくれる。

 ぽかぽか。陽が当たる。でもまだ足りない。

 ───スレッタ・マーキュリー、寒くない?

 隣にいる誰かが心配して声を掛けてくる。とっても静かで、とっても優しい。スレッタの大好きな声がする。

 嬉しくなったスレッタは、唇をツンと尖らせる。

 ………今日は特別寒いです。このままじゃ、風邪を引いてしまいます。

 本当は嘘だ。お日様に照らされて、少し寒さは収まってきている。

 でもこうすれば相手が構ってくれるから、スレッタは仕方なく嘘をつくのだ。

 思った通り。さっそく隣にいる誰かは、温かいブランケットを巻いてくれた。ぐるぐる、ぐるり。ついでに水筒から温かいお茶を取り出して、スレッタのモコモコした手袋に握らせてくれる。

 ───熱いから、気をつけて。

 注意を聞きながらゆっくり飲むと、生姜の辛みとハチミツの甘さが口の中に広がった。スレッタ好みの甘味が沁みて、一口飲んではフーっと息を吹き、一口飲んではハーっと息を吐く。吐いた先から息が凍って白くなり、何だか自分がケトルになったようで面白い。

 スレッタは足をブラブラさせながら、ゆっくりとお茶を飲んでいく。

 ───温まった?

 また優しい声がする。

 お茶をお腹に入れたせいか、お日様の光が体に沁みたのか。最初に外に出た時の寒気はどこかに逃げて、スレッタはポカポカとした温かさに包まれた。

 けれどまだ不満はある。それは今よりもっともっと、幸せになれる方法を知っているからだ。

 飲み終わったコップをはいと渡して、スレッタは足をブラブラさせながら、目をこしこしと擦ってみせた。

 ───眠いの?

 また声を掛けてくれる。そんな優しい声にこくんと頷き、スレッタは何かを言われる前に体を倒して横になった。

 手作りのベンチがギシリと鳴るが、これくらいで壊れないことは分かっている。

 スレッタはポスンと隣にいる人の膝に頭を乗せ、温かい日差しの中でお昼寝をすることにした。

 ───家の中で眠ればいいのに。

 声がするが、知ったことではない。それに家の中にはきちんとした寝具があって、頭を預けるクッションがそこいら中に存在している。それではダメだ。スレッタはプンと無視をする。

 ───もう、仕方がないね。

 彼はとっても自分に甘い。大抵の事は許してくれる。だって彼はスレッタの事が大好きだから、それは当然のことなのだ。

 彼の太ももはがっしりしていて枕にするには少し高い。だからきちんと横になって、位置を調整する必要がある。

 ごそごそ。いい位置を探す。ごそごそ。まだ見つからない。ごり…っ。ちょっと痛そうに足が動く。ごめんね。太ももをよしよしする。これで仲直り。

 ぴったりとフィットする位置を見つけて、スレッタはゆっくりと呼吸をする。だんだんと力を抜いていって、体重を彼にいっぱい預けて、そうしたら、ほら、すぐに夢の中だ。

 ───。

 しばらくすると、そうっと、そうっと、誰かが頭を撫でてきた。おっかなびっくり、髪の表面をふわふわと。

 ………もう、もっとしっかり撫でてください!

 心の中で怒っていると、少しずつ撫でる手が強くなる。彼の体温が頭を撫で、彼の体温が髪を梳く。暖かい。暖かくて、とっても幸せ。スレッタは心の中でにんまりした。

 ───ねぇ、起きている?

 彼がそぅっと囁いた。

 ………寝てますよ!だから絶対起きませんよ!

 彼の膝からどけようとする卑劣な罠を危ない所で回避して、力を抜いたままでいる。呼吸だってほら、浅く遅く、眠っているでしょう?

 ───。

 しばらく頭を撫でた後、彼はスレッタの長い髪で遊ぶことにしたようだ。さらさらと髪の一房を手に取って、顔の前に持っていく感覚がする。枝毛でも探しているんだろうか。それはちょっと、恥ずかしい。

 ───ねぇ、本当に、寝ているの?

 また確認する声がする。なんてことだ。自分は完璧に寝ているのに、こんなに聞いてくるなんて…!ドキドキしつつ、ちょっぴりムカムカも湧いてくる。

 ………絶対に、起きないんだからぁ!

 頑張っていると、彼の手が目の前を塞いできた。もう目を閉じているのに、どういうことだろう?

 チュンチュンと鳥さんが鳴いていて、ポカポカと陽が差していて、けれど瞼を照らすお日様が隠されてしまえば、スレッタの世界は真っ暗闇だ。

 スレッタはついついウトウトと微睡んでしまう。目の前を暗くされて、何だか夜のようだった。

 ………んむぅ、眠い…。でも、頑張らなきゃ。

 スレッタが一人で戦っていると、彼の顔が近づいてくる気配がした。近くでジーッとこちらを見て、寝てるか確認するのだろう。

 ひやりとするが、スレッタはほとんど夢の中だ。むにゃむにゃぐぅぐぅ。どうしよう。

 ぽやぽやと働かない頭の中、ピコンと名案を思いつく。

 ………夢の中に逃げ込んでしまえば、きっと寝たふりだったと気付かれない…!

 完全犯罪の予感に、心の中でにやりとする。もう少し膝枕を堪能したかったが、仕方ない。

 そうと決まればぽかぽかのお日様も、さわさわと吹く風も、どちらも同じくさよならだ。今度こそ夢の中に避難しようと、スレッタは意識を落としていく。

 ───スレッタ・マーキュリー、□□■■■…。

 ぼそぼそと、最後に届く彼の声。こめかみに何かが触れていき、ちゅっと小さな音がした。


 今のは何だろう。そう思いながら、うっすらとスレッタは目を開いた。

「…ぅむぅ?」

 起きたばかりで体に力が入らない。でも薄目で様子を伺うと、我が家とも言えるアパートだった。

 室内灯の光に負けて目を閉じながら、夢の内容を反芻する。知らないはずの冬の寒さ。見知らぬ庭での日向ぼっこ。不思議な味のお茶。彼の優しい膝枕。何もかもが未知のものだ。

「スレッタ・マーキュリー、起きたの?」

 案外近くでエランの声が聞こえて、スレッタはびっくりしてしまう。けれど体はピクリとも動かずに、まるで夢の続きのようだった。

 起きてますよ、と答えようにも、体が動かないのではどうしようもない。スレッタは早々に諦めて、大人しく体が動くまで待つことにした。

「…寝ているの?」

 起きてますよ。再び心の中で答えても、当然彼には届かない。

 しばらくジッとしていると、彼の手が頭にそぅっと乗せられた。そのままふんわり。髪を落ち着かせるように撫でられて、逆に落ち着かなくなってしまう。

 彼の体温が頭を撫で、彼の体温が髪を梳く。覚えのある感触に、スレッタは大いに混乱する。

 夢か現か、幻か。


 そうして少しの間だけ、寝たふりは延長されたのだった。






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