春はゆく (2)
UA2※注意事項※
「春はゆく」の2話目。1話目(https://telegra.ph/%E6%98%A5%E3%81%AF%E3%82%86%E3%81%8F-%EF%BC%91-12-18)の注意事項参照。
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次に俺の視界に飛び込んできたのは、青空と俺を覗き込むキャプテンの顔だった。
「__きゃぷ、てん……?」
「目ェ、覚めたか」
「ええっと……?」
混乱する俺をテキパキと診察したキャプテンは、異常なしの言葉と共に頭を叩いてきた。パァンと小気味よい音が響く。
「いってェ……ぅぅ……」
「痛てェで済んでるだけマシだと思え。……変なタイミングで引き返そうとしやがって、危うく体がバラバラになるとこだったんだぞ」
くいと顎で指し示されたところには、押し潰されたように砕けた樽の残骸が転がっていた。あそこが"門"だったりしたのだろうか。自分の肉体があの樽の様になっていたらと思うとゾッとした。
「助けてくれて、ありがとうございます……」
「礼はいいから、今後気をつけろよ。お前の内臓がぶち撒けられてる光景なんざ、もう見たくねェ」
呆れた様に溜息をついたキャプテンに手を引かれて体を起こす。
ヘルメスはすっかり壊れてガラクタになってしまっていた。麦わらのとこの船大工が念入りに分解して海へと投げ捨ててゆく。
「"門"、閉じちゃいましたね」
「フン……清々した。これでやっとまともに寝られる」
「もう。思ってもない癖に、すぐそんな言い方するんだから」
彼の軽口を嗜めながら麦わら主導の宴の準備を眺める。いつもとなにも変わらないその日常が、猛烈に愛おしくて特別なものに感じた。
だからこそ、悔しくて唇を噛み締める。
「気持ち悪りぃ顔だな」
「ひでぇ……」
「事実だ」
「……ねぇ、キャプテン。おれ、あの人ともう少しだけ一緒にいたかった……」
震えた声を漏らした俺の隣に、キャプテンが黙って座った。ほんの少し触れた肩の温もり。あちらのキャプテンを思い出す。
「だってあの人、こっちにいた時も、戦ってた時も……俺達のこと、一度も名前で呼ばなくて。ずるいじゃないですか。最後の最後に呼ぶなんて……!」
俺達だって、いっぱいいろんなことをしたかった。アンタのこと、こっちのアンタと同じ様に大切に思ってるって。愛してるって伝えたかった。
こちらに居た時はトラウマを刺激するからアンタに近づけなくて。戦闘中は下手に前に行くとあちらの世界のドフラミンゴに狙われるから後ろでサポートするしかなくて。アンタが楽しい時も辛い時も、そばにいてやりたかったのに。
あちらの俺達はもういなくて、他の誰かが彼の心の拠り所になった。それは喜ばしいことなのだが、なんだかとても寂しくて。
「もっど……いっしょに、いたがっだよぉ……おれだちも、お゛れも、ッ……だっで……うぅっ」
鼻の奥がツンとして、堪えようと歯を食いしばっても抑えきれなかった嗚咽と共に涙が溢れる。俺を帽子越しに撫でてくれたキャプテンを抱きしめて、わんわん泣き続けた。
「あいじでるよ……おれ、たちッ、あいじでるんだよ、ぎゃぷでん……!」
「……わかってる」
どうしても伝えておきたくて必死な俺の様子に僅かに戸惑った後、ぽんぽんと背中を叩く優しさにまた涙が溢れて留まることを知らない。
「ずっど、いっじょにいでェよぉ!はなれ゛だぐないよぉぉ!!」
「俺もだよ」
「じあわぜにぃっ……!ゔゔぅぅぅぅ〜!!」
「うるせぇなぁ、お前の泣き声は。まったく」
汚ねェ声を出しながら泣く俺の姿に、クルーが一人また一人と集まって来た。俺の様子ともう一人のローさんがいない事に事態を察した者達が同じように泣き出す。側から見たら地獄絵図だ。
「ばかぁ……きゃぷでんのばがぁ……しあわ゛ぜにならねェど、ゆる゛さねぇがら゛ぁ!」
「うぅっ、ローさん……わがってたけどさぁ!さびしいよぉ〜!!」
「うぇぇん、きゃぷてぇん!!ずっどいっじょにいよゔね〜!!」
「ああ、もう!お前ら鬱陶しい!」
口ではそう言いつつ、抱きしめてくれる彼だって本当は同じ気持ちなのをみんな知っている。目尻がほんのり赤くなっていたんだから。
青い空に、俺達の泣き声が吸い込まれて消えてゆく。自由になったあなたへの喜びと胸いっぱいの寂しさに頬を濡らして生きてゆく。
ねぇ、ローさん。
俺達、ずっと一緒だよ。
心はアンタのそばにいるからね。
いつか。また会えた時にでもさ。
アンタに愛してるって言わせてくださいね。
アンタが大切だよって抱きしめさせてくださいね。
俺達が攫っちゃわないくらい、幸せになってくださいね。
アンタの春はここから始まってゆくんだから。
約束だからね、キャプテン。
〆