春はゆく (1)
UA2※注意事項※
「よすが と えにし」系列と同軸です。時間軸はifド撃破後、ヘルメス使って帰るところ。フィーリングで読んでね。
誤字脱字はお友達。
*
『座標固定。接続開始』
何処からともなく鐘の音が響く。
こちらの世界のヘルメスはもうない。俺達の世界のヘルメスも帰還用のこの一回で完全に停止する為、二つの世界が繋がるこの音は永劫の別れの合図とも言える。
数十秒後に"門"が現れた。淡く光るそれはこちらに来る時より一回り小さく展開していて、不規則に揺らぐ。あまり長い間保てないことを表していた。
「またなー!トラ男!!」
「もうあんな変態に捕まっちゃダメだからね!」
「トラ男〜!次会う時には一緒にココア作ろうな〜!」
「またこっちにくるつもりかよ、麦わら達……」
声を張りながら手を振って一人、また一人と元の世界へと戻ってゆく麦わら達にシャチが呆れた様に呟く。数日後に会う友人への別れの様な気軽さに、アイツららしいなとキャプテンが笑った。
元はといえば麦わら達が別世界のローさんを拾ったことから始まった悍ましい化け物退治だったけれど、なんだかんだ笑って終われたのはアイツらの明るさがあったからだと思う。
クルーの誰かが、アイツらならいつかこの世界にまた来れるかもしれない、と呟いた。
「確かに。麦わら達ならやりそう」
「でも、絶対面倒な事件も一緒なんだろうなぁ」
「こっちのキッド海賊団がカマバッカに取り込まれた〜……とか?」
「解決しなくてよさそうで笑った」
「そんな事件なら願ったりだよ、ほんと」
「おい、お前ら!無駄話してんじゃねェ!さっさと帰るぞ!」
「アイアイー!」
「いだだだ」
キャプテンがうだうだ管を巻くクルーを鬼哭で小突いて動かしてゆく。どうしてもしておきたいことがあった俺は、イラついている彼の肩を叩いて呼び止めた。
「あ?なんだ」
「あの、……ちょっと俺、あの人と話したいことがあって。もう少しだけ残ってもいいですか?」
不機嫌そうな榛色の瞳にじっと見つめられる。眉間に寄った皺と引結ばれた口が許可したくないと言う意思を如実に表していたが、俺も引きたくなかった。
数秒睨み合ったのちふいと視線を逸らした彼は、ベポに刀を預けてヘルメスへと歩き出す。
「先、行ってる。さっさと話して帰ってこいよ」
「……ありがとう!」
遠くなってゆく背中に深く頭を下げて、俺は来た道を戻った。
「ローさん」
呼び止めた先、お目当ての人物は小高い丘から"門"を見つめていた。彼の体を覆う包帯は、キャプテンと麦わらのとこのトナカイがせっせこ巻いたものだ。
この戦いの貢献者であり、いちばんの被害者である彼は、穏やかな顔をこちらに向けた。
「どうした。忘れ物か?」
「……まぁ、そんなとこです」
彼の横に立つ。
澄み渡る青空、同じくらい綺麗な海と緑豊かな大地の上でワイワイガヤガヤ騒ぐ仲間の姿が遠くに見える。あの悍ましい天夜叉から取り戻した、自由に溢れたいい景色だった。
「キャプテンから聞きました。こっちに残るって」
「あぁ」
「俺、嫌ですよ。俺たち、貴方とまだ一緒にいたいんです。……ねぇ、一緒に俺たちの世界で暮らしませんか?こっちにいるより安全ですし、きっと楽しいですよ」
「そうだな」
明るい声で胸の内を誤魔化ながら伝えると、彼は小さく頷いた。
「きっと、そうするのが一番いいんだと思う」
「じゃあ、」
「でも、俺はこの世界に残る」
カッと熱くなって、思わず彼の両肩を掴んだ。向き合ったローさんは困った様な顔をしてもう一度、はっきりとこの世界に留まる意思を告げた。
センゴクの話していたことが事実なら、この先、ローさんは世界政府、ビッグマム、カイドウ、黒ひげ……上げたらキリがないほどのビッグネームに追われながら生きることになる。逃げ場はないし、安息の地もない。俺たちも、麦わらもいない。大目付役の力を持ってしても守りきれない、ドフラミンゴの地獄と同じくらいの修羅の道だ。
「どうしてなんですか!こっちに残ったってアンタが傷つくだけだ!俺達に迷惑かけるとかそんなこと思ってるんなら、はっ倒してでも連れて行きますよ!!」
「……そう思う気持ちがねぇわけじゃねェが」
肩を掴んだ手を優しい手つきで解いた彼は、俺がこの世界に居たいと思ったんだと言った。
「俺の愛したものは残ってないし、この世界に居場所なんてないけれど……それでも、愛した人達と旅した海がある。思い出が、あるんだ」
「………それは、」
「それにな」
「ロー」
二人分の声が彼の名前を呼ぶ。振り返った先にいたドレークとベビー5が、ゆっくりとした足取りで俺たちの元へとやってきた。
血塗れのドレークがローさんの肩を抱き、傷だらけのベビー5が左手を握る。繋がれたその手を見て、彼は声を上げて笑った。
「俺を愛してくれる人達がまだこの世界にいる。だから俺は、彼らと生きていこうと思う」
「……ッ、」
愛してくれる人がいるから。
ただそれだけでの理由で、生きていることが辛くなるくらい先の見えない暗闇を歩こうと言うのか。この人は。
「……大丈夫だよ。俺も頑張るから。お前らが連れて行かなくてよかったって思うくらい、幸せになるから」
これまでに聞いたことのない、明るく穏やかで希望に満ちた声に目が潤んでしまって顔がよく見えない。それでもわかる。彼らに向けた表情は、屈託のないあの頃の笑顔だった。
(なら、……きっと。この人はだいじょうぶだ)
「……絶対ですからね」
「あぁ」
「幸せになってなかったらッ、ぶん殴ってやるから覚悟しとけよ……!」
「それは、こわいな」
俺達以外にそれが向くのは嫌だけど。一緒に居られないのが悔しくてたまらないけど。
でも、この人を支えて愛してくれる誰かがいてくれるなら。この人が愛そうと思える人たちがいるなら、もう安心だ。
「……あんまり、怪我しすぎちゃダメですよ。無断で一人旅なんて論外ですから。好き嫌いせずにバランスよく食事を摂って、しっかり寝てください」
鼻を啜って小言を言う俺に、小さく微笑んだ彼の頭を数度撫でた。なんだか俺が宥められている様で癪だったが、幸せそうなのでそのまま受け入れる。
「アンタは一人で無茶するから、周りは心配するんです。もっと他の人を頼ってくださいね」
「ふふ、……わかった。お前達も元気でな」
重い足取りでヘルメスへと向かう。ヘルメスの"門"は人一人がやっと通れるほどの大きさまで縮んでいた。もう、あまり時間はない。乳白色に光るゲートの前で足を止めて向き直る。
シャチ達が切り揃えた黒髪が海風に揺れていた。溢れ出しそうな言葉を飲み込んで、笑顔を作る。どうせ最後なら、覚えててもらえる俺は笑顔がいい。
「キャプテンー!さよなら!」
「……さよなら」
息を吐いて一思いにゲートに飛び込む。衝撃で"門"が大きく歪み、縮小を始めた。
「ペンギン!」
背後で俺の名前を呼ぶ声に振り返る。
「俺は愛してるよ!いままでも、これからもずっと!!」
「お前達を、変わらず愛してる!!」
眩しいくらいの光の中、愛おしそうに笑う姿に思わず手を伸ばした。
ねぇ、ローさん。キャプテン。
俺だって、アンタを_____。
〆