忘却と絶望
※当SSは忘却と覚醒と対になっております※
王下七武海が一角、ドンキホーテ・ドフラミンゴが治める愛と情熱とおもちゃの国、ドレスローザ。
しかしこの日、その中の一つが消え、隠されていた真実が明るみになった。
トラファルガー・ローとウソップ海賊団の大立ち回りによってドフラミンゴの部下であるホビホビの実の能力者シュガーが気絶。
そのことで彼女のかけた呪いは解け、数多のおもちゃが人へと戻っていく。
そしてその中には、ウタにとって何よりも大切な人、モンキー・D・ルフィも含まれていた。
国民の反応は様々だった。
突如思い出した記憶に混乱する者。元に戻れたことに歓喜する者。知人を忘れていたことを嘆く者。
そんな狂乱をよそに、ウタは青ざめた顔で立ち尽くしていた。
「……あ」
彼女の胸の内に渡来するのは、大切な人の記憶。
幼少期から今に至るまでずっと傍らに立ち続けてくれた、半身と言っても過言ではない男の子。
「おい歌姫屋、どうした」
「顔色悪ィぞ、大丈夫か!?チョッパーに診てもらうか!?」
成り行きで行動を共にしていたローとウソップはウタの纏う雰囲気が変わったことに気づき声をかける。
しかしその心配の声は届かない。ウタは心の内で、先までの自分の振る舞いを反芻する。
「あ、あ」
顎が震え、カチカチと歯が鳴る。
足がガク付き、背筋が凍る。
全て合点がいった。
何故、自分が今の今まで逃げ続けてこられたのか。
何故、戦う力のない筈の自分が今に至るまで無事だったのか。
何故、「助けてくれた人たち」のことを欠片も信じることが出来なかったのか。
何故――――――自分の胸の中に、ぽっかり穴が開いたような感覚があったのか。
全部、全部、ルフィが助けてくれたからだ。ルフィのことを忘れていたからだ。
そして己に付きまとっていた、今はどこにいるのかもわからない麦わら帽子をかぶった玩具を思い出す。
事あるごとに己を守るように振舞っていた奇妙なぬいぐるみ。
間違いない。それこそがルフィだったのだ。
そのルフィに何をした?何を言った?
自分は一体……何をしてしまった?
『なんなのアンタ!!汚い人形が!!』
『しつこく纏わりついて……!!邪魔なのよ!!』
『ついてこないで!!』
歯止めが利かない。
髪を掻き毟り、浅く荒い呼吸を繰り返す。
涙があふれ、膝から崩れ折る。
ああ、なんて浅ましいのだろう。そんなことで過ちが消えるはずがないのに。
自分は……愛しい人を否定し、拒絶してしまったのだ。
「あ……ひっ……ひぁっは……いっ……嫌……嫌あああああああああああああああああァァァァァァァァァァァ!!!!!」
もう耐えられない。
ただウタは絶叫する事しかできない。
貴方を忘れてごめんなさい。貴方を拒絶してごめんなさい。
貴方を嫌いになってごめんなさい。
「おいウタ、しっかりしろ!!ルフィの奴なら無事だ!!さっき向こうの方で伸びる腕が見えた!!」
「おれもアイツのことを忘れていたか……おい歌姫屋、こんな所で寝るんじゃねェぞ。お前がそんな様で、麦わら屋が安心できるわけねェだろ」
ウソップはウタを励まし、ローは現状を冷静に分析しての提言を挟む。
しかしそのどちらもウタには届かない。意味がない。
きっとルフィは何一つ気に掛けていないだろう。
玩具となってなお自分のことを案じてくれていたあの幼馴染は、ただ己の幸福を望んでくれるのだろう。そして己を傍においてくれるのだろう。
だからこそ。忘れていたという事実は。その結果拒絶したという事実は。
ウタの心を打ち砕くには十分だった。
「ごめんなさい……」