忘却と覚醒
※当SSは忘却と絶望と対になっております※
王下七武海が一角、ドンキホーテ・ドフラミンゴが治める愛と情熱とおもちゃの国、ドレスローザ。
しかしこの日、その中の一つが消え、隠されていた真実が明るみになった。
トラファルガー・ローとウソップ海賊団の大立ち回りによってドフラミンゴの部下であるホビホビの実の能力者シュガーが気絶。
そのことで彼女のかけた呪いは解け、数多のおもちゃが人へと戻っていく。
そしてその中には、ウタにとって何よりも大切な人、モンキー・D・ルフィも含まれていた。
国民の反応は様々だった。
突如思い出した記憶に混乱する者。元に戻れたことに歓喜する者。知人を忘れていたことを嘆く者。
国中が狂乱に覆われる中、場違いなまでの静けさを伴ってウタは立ち尽くしていた。伏し目がちな顔の表情はよく見えない。
「……トラ男君、ウソップ、確かホビホビの能力者はシュガーって女だったよね」
成り行きで共に行動していたローとウソップに問いかける。
今更な疑問ではあったがローは素直に応じ、ウソップも後に続いた。
「あ?ああ、そうだが……まさか叩きに行くつもりか歌姫屋?今のお前にそんな気骨があるようには見えねェが――――――!?」
「おお!?じゃあ頼むぜ元准将!!あいつともう一度かち合うなんてゴメ――――――!?」
ウソップの言葉は最後まで続かなかった。
ローもまた、ウタの顔を見て戦慄した。
そこにいたのは。
「……許さない」
ドス黒い眼光を放ち、かつてない程の憎悪と憤懣に顔を歪めたウタだった。
全て合点がいった。
何故、自分が今の今まで逃げ続けてこられたのか。
何故、戦う力のない筈の自分が今に至るまで無事だったのか。
何故、「助けてくれた人たち」のことを欠片も信じることが出来なかったのか。
何故――――――自分の胸の中に、ぽっかり穴が開いたような感覚があったのか。
全部、全部、ルフィが助けてくれたからだ。ルフィのことを忘れていたからだ。
美しい思い出も、苦難の日々も、すべてなかったことにされた。されるところだった。
不甲斐なかった。悔しかった。そしてそれ以上に、怒りがあった。
「許さない……許さない……!!よくも私からルフィの記憶を消し去ったな――――――!!よくも私からルフィを奪おうとしたな――――――!!」
感情のもたらす力は馬鹿にならない。例えばスポーツなどの勝負ごとにおいて、心持がパフォーマンスに影響を与えるというのはよくある話だ。
今のウタが正にそれだった。
愛しい人を忘れさせた事。愛しい人を奪った事。
その事実がもたらす怒りの情念が、無くしていた筈の戦う力を呼び起こした――――――のみならず、彼女の中に眠っていた力をも目覚めさせる。
「――――――シュガアアアアアアアアアアア!!!!!」
ボッッ!!
ウタの絶叫をトリガーとして、その周囲に波動が撒き散らされた。
黒い稲妻とも形容できるそれに当てられた周囲の人間の幾何かが倒れていく。
ウソップとローはこの現象を知っている。これは覇者たるものの力だ。彼女との比翼連理たる麦わら帽子の英雄と同じ、そして彼女の父親たる大海賊と同じ力だ。
「こいつは……!!」
「おいおいマジかよ!!ウタ、おめェ覇王色なんか持ってたのか!?」
2人の驚愕の声はウタには聞こえていない。今の彼女を満たすのは、燃え上がるような怒りと黒く輝く闘志。
空間をも歪めていると錯覚させるほどの激情を纏う彼女を見てローとウソップは思う。もしかしたらドフラミンゴは、とんだ化け物を覚醒させてしまったのではないかと。
麦わらのルフィにも並ぶ、恐ろしい怪物の逆鱗に触れてしまったのではないかと。
「楽になれるなんて思うなシュガー!!お前だけは私が引導を渡してやる!!夢でも、現実でも、徹底的に叩き潰してやる!!私からルフィを忘れさせた事、死んでも後悔させてやる!!!!!」
かつての弱弱しい様が嘘のように、ウタは天に向かって叫ぶ。
それは、あの日から打ちひしがれていた歌姫の、復活の狼煙が上がった瞬間だった。