夏の貝殻と海の声
港町の喧騒は遠い。
賑やかな鐘の音と爆竹の音が小さく聞こえる。
今頃大通りでは、色とりどりに彩色され、心を籠めて作られた綺麗な舟が練り歩いている頃だろう。
愛する人と想いを乗せて、温かな色の明かりを灯しながら、大好きだった人達の元気な掛け声とともに、舟はゆっくりとこの海へと向かい始める。
気が付けば、何十年も前になる。私があなたと一緒に通りを歩いた日は。
あなたにとっても私にとっても初めてのお盆だから。特別に出てきてくれないかな、なんて期待していたけれど。あなたは夢にも出てきてくれないまま、最後はひとりで海に還っていった。
一緒に行きたいなって呟いた私に、それはダメだよって言うように、舟の中の写真は優しく笑うばかりだった。
海が大好きだった あなただから。
この浜に来れば、もしかしたら会えるかもしれない。
そんな淡い期待をいだいて、お盆にはこうやって普段は近付くことの無い浜に足を運ぶ。
綺麗な貝殻を拾ったあなたは、海の声がするから耳にあててみろって。
言われた通りに耳にあててみると、たしかに音はするけれど。波の音も神秘的な海の声も私には聞こえなかった。
もう、あなたはウソばっかり!って言って笑った私に、本当だよ! 海の中はこんな風な音がするんだ、声みたいにって。
ちょっとムキになって口を尖らせて。
あなたのそんなところが大好きだった。
最初で最後の贈り物。
海の声はしないけれど、とても綺麗な貝殻だから貰っておくね。そう言ってポケットに仕舞った。
今度はもっと綺麗な宝を探してきてあげると言って笑ったあなたは。
次の年には、海から戻って来なかった。
あなたが大好きだったこの浜だけど。
私から、あなたを攫っていってしまったのもこの浜の波だから。
どうせなら、私も一緒に攫ってくれれば良かったのにね。
あなたは海の大事な宝物を、本当に見つけてしまったのかもしれないね。それで海の神様に怒られちゃったのかな。それとも海の声が聞こえると言うあなたは、乙姫様に気に入られてしまって。それで、帰って来れないのかもしれないね。
盆の海には近寄るな。船幽霊に足を引かれる。だなんて祖母には何度も言われて育ったけれど。
あなたは向こうへ行っても変わらず優しい人なんだろう。
私がこんなにおばあちゃんになってもまだ、連れて行こうとはしてくれない。
ほら、満天の星の下、今年も穏やかな波の夜。月の光が白く照らす水面には、光りの道が出来ている。
この道を辿ってあなたの元に渡れたらいいのに。
波の音はこんなに近いのにな。
あなたの元へはなかなか辿り着けない。
優しいあなたのことだから。
きっと、まだまだ私にこっち側で頑張れって言ってるんだろうね。
あなたがくれた、薄桃色の巻貝を今夜も耳にあててみる。
今年もまだ、海の声は聞こえない。
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