変わらずにあるモノ
https://telegra.ph/100の話-01-28
の続きで二十代後半キャメル
お気に入りのお菓子をソファに座って気分良く食べ終わり、そのまま仕事のアイディアでも出そうとスケッチを広げていると背中から抱き寄せられて首筋に吐息がかかる。それくらいなら何の問題もないが弟の悪癖はそれで終わりじゃないから困っているのだ。
「クロ」
キャメルの言葉に目線を上げる気配はするが行為をやめた試しはない。これだけは何度叱っても直らなかった。
「くすぐったいからだめ」
「痛くないなら問題ねぇ」
「くすぐったいのが嫌だから止めてほしいって話でね。それに汚いし」
ガリ、と歯が皮膚に食い込む感触。
「こら! 人の話をちゃんと聞きなさい」
背後からの明らかに不機嫌そうな気配とこの会話は何度も繰り返されているものだった。
クロには噛み癖がある。
直接会えるまでに一年以上の期間があった時、カロリナの手入れをしている時、私が意識不明で一週間ぶりに起きた時エトセトラエトセトラ。こうして思い出しても共通項が全く分からないがとにかく突然不機嫌になりあちこち噛みついてくる。
行儀が悪いし血が出るまで噛むときもあり衛生的にとても良くない。その度にゲンコツと共に何度も理由を説明して止めなさいと諭していたが結局直ることはなかった。引き剥がすのは簡単だが切れて血が出てしまいクロの口元が真っ赤になり私が悲鳴を上げる事態になったのでそれからやっていない。
初めて噛んできたのが確かちょっと暇潰しをして捕まって脱獄して再会した二日後だから⋯⋯もう十年前? ああ改めて考えると事態は深刻かもしれない。
「それ以上すると怒るよ」
ピタリ、と動きが止まりゆっくり首筋から離れるとわざとらしく舌打ちをしたので腕引っ張ってゲンコツを一つ落としてやった。
「ぐっ⋯⋯! ⋯⋯っ! ──止めただろうが!!」
「やめたのは偉い。でもそもそも噛むのが駄目でしょう」
逃げようとするので無言で隣のスペースを叩くと渋々座ってくる。
「⋯⋯」
「舌打ちしない」
「してねぇ」
「そう。なんで噛むの?」
答えは返ってこない。というか返ってきた事はただの一度もない。
なのでどうしてクロがショコラも物も噛まないのに私にだけにするのか謎のままだ。というかこの癖は何時できたんだろう? 私があのよく分からない研究施設にいた間にできたとしたら。
「もしかしてクロ」
「⋯⋯なんだ」
「誰かに嘘吹き込まれたの? 人を噛むと願い事叶うとか」
そんな事だったらその人を紹介してほしい是非殺してあげたい。
「アホだろ」
「な、なんで?!」
クロはスケッチの中の女性を一瞥するとポツリと呟いた。
「今⋯⋯」
「なに?」
「アニキは誰のだ」
「クロのだけど? 昔言ったじゃない」
「そうだったな」
「うん⋯⋯。⋯⋯うん?」
「⋯⋯」
「⋯⋯え、なに。関係ない話して逃げようとしないで。今はクロのその行儀の悪さについて怒ってるんだよ私は。満足そうな顔して誤魔化そうとしない! 吸血鬼気取りなの? 駄目だよ他人の血なん、噛まない!」
二発目のゲンコツを落として今度噛みがいのある飴を買う決意を固めた。なんとなく結果は見えているけど兄が諦めるわけにはいかないのだ。
『自分の物って誰でも分かるようにしたい? うーん名前を書くとか。えっ名前書くところないの? なに買ったのクロ。まあいいかキズとか印でも良いんじゃないかな。⋯⋯それ服じゃないよね? そう。なら大丈夫!』