加筆まとめ⑭

加筆まとめ⑭

翼無き鷲

目次◀︎

黒腔


 黒腔を駆けるカワキの手には神聖弓、心には殺意だけがあった。準備は万端、気概も十分。やるべき事だけを見据えたカワキの佇まいは凛と研ぎ澄まされていた。

 前を走る一護が斬魄刀を構える————黒腔の終着点だ。虚空に亀裂が走り、眩い光が差し込んで一気に視界が開けた。

 眼下に広がるは模造の空座町、目前にはがら空きの背中——狙うは急所だ。


⦅————仕留める⦆


 カワキが引き金を引く。発射された神聖滅矢は、藍染の首を目掛けて一直線に飛翔した。同時、天鎖斬月から全てを呑み込むように黒い月牙天衝が放たれる————


『「!」』


 青と黒の光が何かに阻まれた。まるで岩に当たった波がその流れを変えるように、光が藍染から逸れていった。

 驚きに呼吸が止まる。渾身の力で放った一撃だった。防御されても、それを上からねじ伏せて殺せる力を込めた一射だった。


『馬鹿な…………』


 ついさっき虚圏で聴いた声が紡ぐ、再会の挨拶。視界を埋め尽くした二色の奔流が風に掻き消える霞のように形を失う。


「————久しぶりだね……」


 途切れた波の隙間から、鳶色の瞳が垣間見えた。


「旅禍の少年達」


 瞬間。

 背筋を這う悪寒に突き動かされるように飛び退さる。視界の端で一護も同じように藍染と距離を開けたのが見えて安心した。

 藍染は斬魄刀を軽く振るって攻撃の残滓を振り払うと、教導する様に言葉を紡ぐ。


「良い攻撃だが場所が良くない。首の後ろは生物の最大の死角だよ。そんな場所に何の防御も施さず戦いに臨むと思うかい?」

『思わないね。予想通りではあるけれど、予想以上だった……って事だ』


 藍染のうなじには縮んでいく盾。急所への対策は予想の範囲内、しかし、その硬度は予想を遥かに超えていた。

 銃を握る手に自然と力が込もる。一護もカワキの隣で斬魄刀を強く握っていた。心の内で己の判断ミスを責める一護に、藍染は「何を考えているか当ててみせようか」と微笑みかけて、一護の心情を語る。


「初撃の判断を誤った。今の一撃は虚化して撃つべきだった。虚化して撃てば一撃で決められた————」


 ぺらぺらと良く口が回る事だ。カワキが眉を顰めて静かに息を吐く。藍染はカワキより一護に関心があるようだった。

 初撃を防がれてしまった以上、このまま藍染と対峙するのはリスクが大きい。藍染の意識が自分に向けられていないうちに、何か手を考えなくてはならない。

 カワキが冷徹に思案する横で、藍染の圧に呑まれた一護の顔色が悪くなっていく。微笑んだ藍染が重い霊圧を発して言った。


「撃ってご覧。その考えが思い上がりだと教えよう」


 見え透いた挑発と慢心だと、鼻で笑って切り捨てるには実感したばかりの力の差が邪魔をした。

 一護が自分の顔を鷲掴むようにして手を掲げ、引き下ろすと白い仮面が顔を覆う。カワキは一護の傍で両者の攻防から正確な実力を推し測ろうと、じっと見守った。


「そうだ。来い」

「月牙……天衝!!!」


「どうした、届いていないぞ」


 一護の背後に現れた藍染に素早く弾丸を叩き込み一護が退避する為の時間を稼ぐ。同時、カワキも飛び退いて距離を開けた。

 虚化した一護の攻撃は回避され、藍染に届くことはなかった————だが、カワキの中にあるのは希望だ。


⦅————今、虚化した一護の月牙天衝を回避した? ……つまり、奴にはもうあの威力を防ぐ手段は無いんじゃないか?⦆


 ————藍染は防御より回避に動いた。

 その事実が、カワキに蜘蛛の糸のように微かな勝算を見せる。

 長々と御託を並べて一護の動揺を誘おうとする藍染に鎌をかけてみることにした。


「……何故そう間合いを取る? 確実に当てたいならば、近付いて撃つべきだ。それとも、近付くことで私の一部でも視界から外れることが怖ろしいか?」

『そちらこそ、“撃ってみろ”なんて誘っておいて逃げるのか? 一護の攻撃を怖れているのは君の方じゃないの?』

「…………言った筈だよ。“思い上がりだと教えよう”、と」


 不愉快そうに藍染が小さく眉を寄せる。口調こそ崩れないものの、声には苛立ちが滲んだ。カワキが無表情の下で推測する。

 ————この反応は当たりか?

 藍染の澄まし顔を僅かでも崩せたことは僥倖だった。ただひとつ誤算だったのは、今の一言で藍染の標的が一護からカワキに移ってしまったことだ。


「間合いが意味を持つのは対等の力を持つ者同士の戦いだけだ。私と君達の間には、間合いなど何の意味も無い」

『………………』


 挑発の言葉を投げかける藍染。これ以上の会話は不要と、カワキは何も言わない。

 心を乱すことはなく、ただ静かに、冷徹に……藍染の次の行動を予想する。

 藍染は自分の力を誇示するような動きが目立っていた。間合いについて語るなら、今度は自分と距離を詰めてくる筈————そう結論を出し、神聖滅矢を撃ち放つ。


「!」


 カワキの予想は的中した。藍染は瞬歩でカワキの目前へ移動する気だったらしい。

 藍染は移動しようとした先に弾丸を撃ち込まれ、すんでのところでそれを弾いた。

 相手の先を読む立ち回り、力の差を理解した上で諦め悪く足掻く姿、そして何よりギラギラと物騒な輝きを宿した蒼い瞳に、強烈な既視感が藍染を襲う。

 尸魂界で感じたソレと同じもの——自分はこの眼を何処かで見たことがある筈だ。


「その眼……やはり何処かで…………」


 記憶を辿ってスッと細められた鳶色の瞳がカワキを捉えた。

 ————滅却師、黒髪に碧眼、生存の為に手段を選ばない戦い方……。

 藍染は脳内でカワキの特徴を並べ、既視感の正体に手を伸ばす。何か。何かある筈だ。数ヶ月、数年、数十年————記憶を辿ると…………見つけた。


「————そうだ。いつだったか、滅却師の一団を現世で見掛けた事がある。もう数十年は前だ。すっかり忘れていたよ」

『……は?』

「昔、私の造った虚に殺された滅却師達が居た。君は——……彼らに良く似ている」


 藍染は記憶の中の滅却師を思い出して、カワキと重ねて見るように目を細める。

 ————兄弟は現世で虚に殺されたのだと聞いた。ただの虚にやられるような弱者ではなかった。

 しかし、藍染が手を回したのであれば、あるいは……。


『………………』


 藍染が見掛けたという滅却師の一団は、自分の兄弟達ではないか。カワキの直感がそう訴えかける。

 対峙する藍染は、言葉にしたことで一気に記憶が鮮明に蘇ったようだった。カワキに当時の話をつらつらと語り聞かせる。


「私は造り出した虚——ホワイトを使って現世で幾つか実験を行っていてね。不運な事に、彼らはその実験の場に居合わせた」


「その時の滅却師達も、ちょうど今の君と同じく迫る死を前に懸命な悪あがきをしていたよ。本当に……君とそっくりだ」


 眉一つ動かさないカワキ。目を細めて、その反応を見る藍染。二人の間に重い沈黙が落ちる。

 ————死んだ兄弟のうち、二人の弟達は自分とは三つ子だ。

 カワキは一つの危険に思い至った。直感が正解だったとして、藍染の頭脳であればカワキの正体に繋がる何かに勘付く可能性がある。

 実際のところどうなのかはわからない。

 だが、カワキは兄弟達の死の真相を探るより、自分の正体が露見し得る話をこの場で続けさせたくはなかった。


『————……何かと思えば思い出話とはね。生憎と、今はそんな話に付き合う暇は無い。会話がしたいなら他を当たる事だ』

「………………」


 カワキが挑発に乗ってくる様子はない。藍染は自分が見た滅却師とカワキには何か関係があるのでは、と考えていたが……。

 ————思い過ごしか?

 興味なさげに切り捨てた少女の顔は嘘を吐いているようには見えない。本当に思うところは何も無いようだ。

 藍染は挑発の方向を変えた。


「そうか……滅却師——君の同族の話だというのに。私はてっきり、君達は何らかの関係があり仇討ちでも目的にしているのかと思っていたが……」

『思い違いだ。死神への復讐なんて、石田くんじゃあるまいし』


 馬鹿馬鹿しいと鼻で笑ってカワキは藍染の言葉を否定する。

 事実、藍染が本当に兄弟の仇であったとしてもカワキに憎悪は無い。復讐などしたところで、自分が得られるものは何も無いのだから。


「……成程。私に向ける銃口に、憎しみは無いと言うのか」


 白けた様子でそう呟いた藍染は、カワキと一護に問い掛けた。


「では一つ訊こう、旅禍の少年達。君達は何の為に私と戦う? 復讐ではないと言うなら、他に私に向ける憎しみがあるか? 何も無い筈だ」


 また御託を並べ立てる気かと、カワキは冷めた目で溜息を吐き、藍染の語りを聞き流す。

 カワキの動機は怨恨ではなく、虚圏へと連れ去られた井上は無事に戻り、仲間達も誰一人として死んでいない。

 藍染はそれを指して、「その中で君達は私を心の底から憎めるか? 不可能だ」と言い切った。


「今の君達は憎しみなど無く、ただ責任感のみで刃を振るっている。そんなものは私には届かない。憎しみ無き戦意は翼無き鷲だ。そんなもので何も護れはしない」

『——————長話にはうんざりだ』


 藍染のペースに呑まれる一護の前に進み出て、カワキは神聖弓の銃口をもたげる。

 カワキがユーハバッハから下された命に「藍染の計画を阻止せよ」などという内容は含まれていない。藍染と戦う理由は一護の護衛の為——他に理由なんてなかった。

 「翼無き鷲に何も護れはしない」と言う藍染の言葉を否定するでも無く、カワキは静かに言葉を紡ぐ。


『私が君と戦う理由は一つ——君が一護の害になるからだ。翼が無くても爪があればそれで十分だろう。御託は不要だ』


 カワキの言葉に続いて、籠手に包まれた大きな手が一護の腕を掴んだ。


「そうだ。呑まれるな、黒崎一護」

「……狛村さん……!」


 ハッと弾かれるように顔を上げた一護。視線の先に居たのは、先に戦場に集まっていた隊長格の一人——狛村だ。

 狛村は一護の傍らに立ち、藍染を見据えながら一護とカワキに言葉を掛ける。


「挑発は奴の専売特許だ。我を失えば命も失うぞ……安心せい。虚圏へ向かった隊長達が真っ先に貴公らを此方へ送った理由は解っておる」


 狛村の言葉に、カワキはこれは好都合だと頷きを返した。

 一護とカワキの周りを、次々と集まって来た黒い影が取り囲む——レプリカの空座町に集結していた隊長達と仮面の軍勢だ。

 二人を護るように立った死神達は、その鋒を藍染へと突き付けて言った。


「貴公らに藍染の始解を見せはせん」

「俺達がてめえらを護って戦ってやる」


***

カワキ…結構な威力で攻撃したのに、防御されてそれなりに動揺。急所に何の対策もしてない訳がないけどこんな硬いと思ってなかった。「ふざけんなよテメー、備えごとぶち殺すつもりで撃ったんだが?」と思ってる。「コイツ兄弟を知っているのでは?」と藍染を警戒。良い感じに護りに入って貰ってるのに、この後は前線から退がって後方支援に回る女。


藍染…カワキに見憶えがあるなと、ずっと考えていて「あっ、あの時の滅却師!」とカワキの兄弟を思い出した。今のところ「数十年前の滅却師」「現役高校生の滅却師・カワキ」が実は兄弟という論理飛躍パズルの正解には辿り着いていない。


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