加筆まとめ⑭

加筆まとめ⑭

限界値

目次◀︎

黒腔


 暗闇の中を駆ける人影が三つ————

 先頭を駆ける橙色の髪の少年——一護の足許に霊子で構築された道が伸びる。

 一護のすぐ後ろを走るのは、黒い死覇装に白い羽織を着た長いみつあみの女性——卯ノ花だ。そして最後尾を黒髪をクリップで留めた少女——カワキが走る。

 カワキは自力で道を構築して滑るように進む事も出来るが、今回は一護が作る道を使って霊圧の消耗を抑える事にした。その結果……。


『…………まさかここを走る事になるとはね……』


 一護が構築した道は虚圏に来た時と同じ——……いいや、あちこちから形を失った破片が舞い散る様は来た時以上の惨状だ。

 目を丸くした卯ノ花が順繰りに道へ視線を動かした後、カワキを振り返る。カワキは無言で首を横に振った。

 ————もう私が先頭を走ろうか……。

 あまりの有り様に、その考えがギリギリまでカワキの頭を巡ったが、結局は霊圧の温存を優先した。最悪、落下してもカワキならどうとでもなる。卯ノ花も自力で対処出来る筈だ。

 時折、冬の地面に張った薄氷が道ゆく人の靴に踏まれて脆く崩れ去るように、道が割れて寸断される。

 その度に飛び石を渡るように途切れた道を飛び移りながら、卯ノ花が「……カワキさん、黒崎さん。一つお訊きしたいのですが……」と話を切り出した。


「まずは黒崎さん……貴方、以前に双殛の丘で藍染惣右介と相対していますね」

「そうだけど……それが?」

「どうでしたか?」


 問い掛ける卯ノ花の顔は真剣そのもの。何かを見極めるような目に、何が訊きたいんだ? と、カワキが眉を寄せて前を走る<四>の字が描かれた背中を見遣る。

 問い掛けられた一護は、双殛の丘の戦いでの惨敗を思い出して盛大に顔を顰めた。


「どうもこうもねえよ。バケモンみたいに強くて手も足も出なかった。向こうは始解もしてねえのに、一方的にやられたよ」


 一護の言葉に卯ノ花が目を細める。その反応に「あぁ、成程」とカワキは胸の内で呟いた。卯ノ花の問い掛けに隠された真意に気が付いたのだ。

 一護からカワキへと目を向けて、卯ノ花が早口で同じ質問をカワキにも訊ねた。


「カワキさん、貴女は? 貴女は双殛の丘で黒崎さんと共に戦う前から、藍染惣右介と戦闘に入っていたと聞いています」

『ああ、その認識で合っている。だけど、始解は見ていないから心配いらないよ』

「!」


 驚いたように目を瞠った卯ノ花。

 同時に一護が「……え?」と口を開け、キョトンとした顔でカワキを振り返る。

 何かおかしな事を言っただろうか? と『うん?』とカワキが首を傾げると卯ノ花は感心したようにカワキに微笑みかけた。


「もうその事にお気付きだったなんて……流石ですね、カワキさん」

「……どういう事だ? 藍染の始解に何かあんのか?」

『————あぁ、そうか。この話、一護は知らないんだったね』

「だから何なんだよ、一体?」


 ————しくじったな。そういえば藍染の斬魄刀の真の能力に関しては、陛下から新たに渡された情報(ダーテン)で知った情報だった。

 卯ノ花の言葉、そして仲間外れにされた子どものように唇を尖らせる一護の様子を見て、カワキはやっと失言に気が付いた。

 だが時間が巻き戻る事はない。一度言葉にしてしまったものは仕方がないのだ。

 幸いにも、卯ノ花はカワキが自力で看破したものと誤解しているらしい。ならば、そう思わせておけば良いと、カワキは開き直って誤解を訂正せず、話を進める。


『藍染惣右介の斬魄刀——鏡花水月の能力に関する話だ』

「ええ。話が早くて助かります」


 頷いた卯ノ花が、困惑を浮かべる一護に視線を合わせた。「今のうちに、お二人にお伝えしておきます」と、心構えを促すかのように言葉を紡ぐ。


「カワキさん、黒崎さん」


「藍染惣右介に対抗できるのは、現時点で現世・尸魂界・虚圏全て含めても、恐らく貴方達二人だけです」


 静かな声で告げられた信じ難い言葉。

 一護は驚愕に染まった表情で「どういう————……」と卯ノ花の顔を凝視した。

 カワキが知る者の中には、藍染惣右介に対抗できるであろう力を持つ者は、自分達の他にも居る。

 だが、それは卯ノ花が知る筈は無い事であり、同時に知る必要も無い事だ。

 告げられた言葉を否定も肯定もせずに、カワキは黙って目だけで続きを促した。


「お教えしましょう。彼の斬魄刀、“鏡花水月”の能力と、その発動条件を————」


◇◇◇


 藍染の能力に関する情報共有を終えて、現世に向かって走る道のりは順調……とは言い難かった。

 何せ道が悪い。カワキに言わせれば正視に耐えない。これが見えざる帝国だったら「基礎から鍛え直せ」と修練場にでも叩き込むところだ。


「………………」


 端からほどけるように崩れていく足場を無言で見遣った卯ノ花が、極めて穏やかな口調で……そして、どこか圧を感じるほど輝くにこやかな笑顔で口を開いた。


「あの……黒崎さん。よろしければ私が前を走りましょうか?」

『それは良い。変わってもらうべきだ』


 カワキは間髪入れずに卯ノ花の後押しをした。無表情ながらその蒼い瞳は「一刻も早く交代するべきだ」と強く語っている。

 しかし、振り返った一護の目には卯ノ花の笑顔も、カワキの視線も、常と変わらぬものに見えたらしい。


「え? イヤ、いいよ。霊圧の消費を心配してくれてるなら大丈夫だか……」

「黒崎さん」


 先程より笑顔を深めた卯ノ花が一護の名を呼んだ。そして再び同じ言葉を発する。


「よろしければ私が前を走りましょうか」

「…………はい……お願いします…………すいませんでした」


 最初から大人しく従っていれば良かったのに……とカワキは呆れの溜息を吐いた。



 先頭を卯ノ花に交代すると、霊子の道は見る間に整えられた。端まで均一に霊子が込められた道は、どこを見ても一箇所たりとも綻びや欠けは見当たらない。

 滑らかに整った表面は走りやすく、落下の心配など無用のものだ。あまりの出来の違いに一護は半目で感嘆の声を上げた。


「うおお………………隊長格の霊圧でやるとこんなキレイな道になんのか……。差がありすぎてさすがにショックだ……」

『何を言っているんだ? 君の場合は霊圧の量は問題じゃない。操作技術の問題だ』

「うっ……」


 連戦で消耗の激しい今でこそ一護の霊圧は卯ノ花と大差無いが、本来の霊圧ならば一護の方が大きく上回っている。

 胡乱なものを見る目付きをしたカワキが一護に「霊圧の量は問題ではない」と指摘すると、卯ノ花もニッコリと笑ってカワキの言葉を肯定した。


「ええ、その通りです。霊圧では、貴方も似たようなものですよ」


 その言葉に、カワキはおや……と軽く眉を上げて瞬いた。どうやら卯ノ花は一護の潜在能力には気が付いていないらしい。

 カワキは敢えて訂正する事なく、卯ノ花を認識を知る為に会話の行く末を見守る。


「見たところ怪我も癒えている様ですし、万全の霊圧であの有様ということは生来、霊圧が雑だから不向きなのでしょう」

「そ……そんなことねーよ! 霊圧が全快してりゃもうちょいイケるって!」

「あらまあ。寝言にしては目が開きすぎですよ」


 確かに、本当に万全の状態だった出発時も酷い道だったが……やはり、卯ノ花は今の一護の状態を“万全”だと勘違いしているようだ。

 特に霊圧を隠していない一護への認識がこれなら、カワキが普段から行なっている霊圧の隠蔽も問題無く通用していると見ていいだろう。

 あの卯ノ花八千流の認識がコレとは拍子抜けだな……と、カワキは些か残念そうに目を細めて口を開いた。


『…………まあ、確かに出発時も酷い状態だったけどね』

「ちょっと! 二人して言うことキツくねえ!? さっきから! つーか、カワキは知ってるだろ!! 寝言でも冗談でもねえって!!」


 一護は自身の死覇装の右袖を指差すと、「見てくれよこれ! 服が右ソデしかねえだろ?」と弁明をし始めた。

 死覇装の状態は霊圧と比例している事、そしてルキア達の救援へ向かう為に霊圧の回復を待たずに天蓋を降りた事……つまり——


「だから、今の俺の霊圧はこんくらいってこと! なっ! 全快なら——……」


 ————そんな馬鹿な。

 目を見開いた卯ノ花は一護の言葉も耳に入らない様子で考えを巡らせた。

 やっと気付いたのかと、カワキは静かに卯ノ花の様子を観察する。


(あの死覇装は、普段と比べると半分も無い。今の霊圧が半分?)


 きょとんとした一護が疑問符を浮かべる前で、卯ノ花の顔色が変わっていく。


(私はその霊圧を“隊長格に匹敵する万全の霊圧”だと錯覚していた————?)


 ふと卯ノ花の脳裏を先程までのカワキの様子が掠めた——カワキは自分の勘違いに気が付いていたのではないか?

 だが、カワキは一護の霊圧に驚く様子は無く、当然の事実として受け入れていた。その事が意味するのは……。


(————まさか彼女の霊圧も……志島家の末裔であるならあるいは————……)


 卯ノ花の中で遠き日の記憶が蘇る。それはカワキと祖を同じくする、かつての仲間の姿。

 確証は無い。だが、試す価値はある。

 足を止めた卯ノ花が「……黒崎さん」と後ろを振り返った。


「やはり前を走って下さい。今から移動を続けながら貴方の霊圧を限界まで回復させます」

「移動……って走りながら? そんなことでき……」

「できます」


 本来の鬼道による治療を例に挙げ、肉体が回復している状態での霊圧の回復など、造作も無い事だと卯ノ花は言う。

 一護の霊圧を回復させる事に異論は無いと、黙って話を聞いていたカワキだったが続く卯ノ花の言葉に目を丸くした。


「……カワキさん、貴女も」

『…………私も?』


 ぱちぱちと瞬きを二つ。思わぬ申し出にカワキが首を傾げる。

 ————気付かれた? いや、今の会話に私の霊圧にまで気付く要素があったか?

 卯ノ花の真意を探るように、長い前髪の下で揺らめく蒼色が卯ノ花を覗き込んだ。


『……万全とまでは言わないけれど、私は一護ほど消耗はしていないよ。自力で治療もした』

「ええ。けれどカワキさん……黒崎さんがそうであるように、貴女が自分で思うより貴女の霊圧は強い……という可能性もあります」

『…………』


 ——これは勘付かれたかもしれない。

 だが、まあ良い。言い逃れ出来ないものじゃない。それに怪しんだとしても卯ノ花はカワキをここで斬る事は無い筈だ。

 斬れば藍染に繰り出す駒が減る。加えて残る駒——一護のパフォーマンスが落ちる事は簡単に想像がつく。

 何にせよ、霊圧を回復させる治療を施すという申し出は悪くない。受けるだけ得と思えた。


『…………そういう事なら、お言葉に甘えようかな』

「ええ。是非そうして下さい。……さあ、カワキさん。黒崎さん。前へ」


 卯ノ花は手を前へ差し出して、カワキと一護を先へ進ませる。


(今の霊圧が本当に限界値では無いのなら——……彼らは本当に、真の切り札になり得るかもしれない——……!)


***

カワキ…ついうっかり本当なら知らない筈の事を知っている反応をしてしまった迂闊なスパイ。「言ってしまったものは仕方ない」して焦らず開き直ったお陰で不審に思われずに済んだ。鉄の表情筋と鋼の精神の持ち主。本来の霊圧は一護並。今は大体その半分くらいだと偽装中。卯ノ花に偽装がバレたかもと思いながらも治して貰えるならお得だなと驚異の図太さを発揮。


卯ノ花…一護の霊圧がこれで半分!? と大変驚いている。カワキについては「いやまさか、この子まで……」という考えもあるが「志島の子だし、ワンチャンまだ上がる可能性ある」と高評価。


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