加筆まとめ②
見えざる帝国の様子現世では日付が変わろうとしている頃、電子音の響く室内に連絡が入った。
『こちら現世に駐在中の志島カワキ。陛下に緊急の報告を』
室内では何人もの人間が機器を操作し、職務に当たっている。その中の一人が応答を返した。
「はっ! 殿下、いかがなさいましたか?」
『”護衛対象“黒崎一護が尸魂界へ侵入予定。目的は“死神”朽木ルキアの救出。護衛として私も同行する』
「はッ…!?」
『集合予定時刻は本日深夜1時。同行の許可を』
通信越しに告げられた言葉に、応答した男が泡を食ったような声を上げた。カワキは男の動揺など気にする様子もなく、報告を続ける。
「な…ッ! 何を仰っているのですか殿下!?」
『血装の使用制限および情報の秘匿に関しては、これまで通りに――報告は以上。許可が降りた場合、折り返しの連絡はしなくていい』
「殿下…!? 殿下!!」
ざわつく室内。折り返しの連絡は不要だと告げる一言を残して通信は途絶えた。
狼狽した男は周囲と顔を見合わせ、それでも職務を全うすべく動いた。その指先がカチリと音を立ててボタンを押す。
***
《き…緊急連絡! 殿下より入電――》
玉座のある部屋に放送が響く。その場に居た者達が何事かと顔を上げた。
《――”護衛対象“黒崎一護が尸魂界に侵入予定とのこと! 殿下が同行の許可をお求めです!》
「何だと…!?」
「…陛下…これは……!」
玉座に座ったユーハバッハが瞠目する。同じく、驚きに目を見開いたハッシュヴァルトが、玉座を仰ぎ見た。
「……詳しく話を訊こう…」
動揺は一瞬。すぐに平静を取り戻した様子のユーハバッハが告げた。その言葉を受けて、ハッシュヴァルトは静かに瞼を閉じる。
すぐに瞼を開くと、その顔は動揺を仕舞い冷静な表情へと変わっていた。
「――了解しました、陛下。すぐに担当の者をここへ!」
「はっ!」
ハッシュヴァルトの指示を受け、カワキからの通信に応答した男が陛下の前へ呼び出されることとなった。
***
突然の呼び出しを受け、緊張に身を固くする男にハッシュヴァルトは鋭い目で問いかけた。
「”護衛対象“黒崎一護の尸魂界侵入にカワキも同行する――…とはどういう事だ」
「は…ッはい! 申し上げます! 殿下からの入電によると、目的は黒崎一護に力を与えた死神の救出とのこと!」
上擦った声で報告内容を伝える男。ユーハバッハは考え込むように手を顔へやり、独り言のような声を上げた。
「死神の救出だと……? 血装も使わぬままで、カワキがそれに同行すると言うのか…?」
その様子をそばに佇んで静かに眺めるハッシュヴァルト。ユーハバッハの言葉に反応して、男が報告を続けた。
「はっ!侵入の際も殿下に課せられた血装の使用制限および情報の秘匿に関しては、これまで通りに行うと仰せです!」
「…何という事だ……」
ユーハバッハは眉を寄せ、絞り出したような声で囁いた。
「…は…? 陛下、今なんと…」
聞き取れなかった男が聞き返す。ユーハバッハはその問いに応えることはなく、何かを思案しているようだった。
ユーハバッハの様子を一瞥し、ハッシュヴァルトが問いを引き継いで尋ねる。
「目的はわかった。侵入はいつ頃の予定だ?」
「じ…時刻は本日深夜1時です!」
「…何…!? あと一時間もないぞ…! お前達は何をしていた!?」
通信を受けてからの報告の遅れを疑った叱責を受け、男の肩が跳ね上がる。男は怖気付いたような顔で、すぐに弁解の言葉を重ねた。
「い…いえ…それは…ッ! わ…我々も、殿下からの報告を受けたのは日付が変わる間際のことでしたので…!」
ハッシュヴァルトはやり場のない怒りをグッと堪えるように口を結ぶと、顔を伏せて拳を額に当てた。
そして、冷静さを取り戻すように長い息を吐いて手を下ろすと、ユーハバッハに判断を仰ぐ。
「いかがなさいますか、陛下」
「……わかった。カワキの同行を許可する」
「――!」
静かに告げられた許可の言葉に、ハッシュヴァルトが目を見開いて凍りついた。
「な…ッ! 血装も無しに護廷十三隊と戦闘になれば、いかに殿下と言えど危険です!」
場は騒然となり、報告を上げた男が信じられないといった表情で言い募る。
「命を落とされる可能性はもちろん、もし捕らえられ、尋問にかけられた殿下が我々のことを話してしまったら……」
「お前はカワキが敗北する、と――父である私を裏切ると……そう言いたいのか?」
静かな言葉に男の顔が恐怖に引き攣る。目を泳がせ、危険を訴えていた声は勢いを弱めた。呼吸が短くなり、冷や汗が止まらない様子で意見を覆す。
「は…っ…あ……そんな、まさか…ッ! そのようなつもりでは……殿下が御身を裏切るなど、ある筈がございません…!」
「では先程の発言は何だ? お前は私の決定に偽りの言葉で異を唱えたのか?」
男の顔から血の気が引いた。言葉にもならない声を上げ、その顔色は蒼白を通り越し白く染まっていく。
ユーハバッハはゆっくりと手を持ち上げ、ただ一言を告げた。
「私は嘘が嫌いだ」
――あとにはただ血溜まりが広がるだけだった。