人でなしの邂逅
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井上のマンション
「きみ、は……そうか……近くに隠れてたんだね。困ったな、君には接触しないよう注意しろって言われてたんだけど……」
——「言われてた」
それはつまり、月島には獅子河原という手下の他に、そう指示を出した仲間がいるという事に他ならない。
——敵は最低でも3人……いや、もっといると思っておいた方がいいな。
苦痛に汗を流しながらも笑みを浮かべた月島が吐いた言葉に、確信は深まった。
「——……聞いてた以上だ」
『……誰に?』
「言うと思うかい?」
『声が出せる間に喋って貰わないと困る』
「ひどいな……人でなしって言われた事はない?」
くぐもった笑い声と一緒に、月島は血を吐いた。
息も絶え絶えで抵抗の気力を見せる月島の首筋にゼーレシュナイダーを当てがう。
夕焼けに照らされた月島のシャツは夕日よりずっと濃い赤色に染まっていた。
『月島……と言ったかな。随分と辛そうだね。這いつくばったまま話をしてくれても構わないけれど……場所を変えようか?』
何を愉快に思ったのか知らないけれど、どこか嬉しそうにクツクツと笑った月島が冗談めかした言葉を口にする。
「……はは、お茶に誘ってくれてるの?」
『素直に話してくれるなら茶くらい出してあげるよ……——静かな檻の中で』
どうも、彼は自分が置かれた状況が理解できていないようだ。
失血のせいで頭が回っていないのか?
この様子では、この場で話していても埒が開かないだろう。拘束して連行しようと考えていると、血塗れで微笑む月島が顔を上げた。
「せっかくのお誘いだけど遠慮しとくよ。この後、予定が入ってるんだ」
『驚いたな——選択権が自分の手にあると思ってる』
「うん。僕にはまだ、選べる事がある」
『……君はもう少し賢いと思っていたよ』
月島が刀を握り直す。この状態で、私を斬って逃げるつもりでいるのなら、愚かだと言わざるを得ない。
ここまで私に尻尾を掴ませなかった手腕から、正確に実力を見極められる相手だと評価していたけれど……違ったらしい。
——語る気がないなら殺していこう。
月島が刀を振るう。私は一撃目を防いで斬り返そうと考えていた。だけど——
「君は自分に向いた攻撃には恐ろしく敏感だ。だから——僕の狙いはこっちだよ」
「……え……」
『——! しまっ……』
狙いは私ではなかった。
井上さんの肩から胸にかけて、深く刀が突き刺さる。
——しくじった……!
致命傷に、月島の捕縛よりも井上さんの治療を優先するか思考の隙が生じる。
その一瞬で、月島が井上さんの身体から刀を引き抜いた。
「それじゃあね。お茶にはまた今度誘ってくれるかい?」
◇◇◇
『井上さん!』
「……うそ……。……斬られてない……」
放心して座り込む井上さんに駆け寄る。
——傷がない。
——何の能力だ? 奴は何を斬った?
私は確かに井上さんが刺されるところを目にしたはずだ。
だけど、斬られたはずの肩は、血の一滴どころかブレザーにほつれすらなかった。
さっき見たものが幻覚だとは思えない。であれば、斬る事で何かしらの効果を発揮する能力を使われたと見るべきか。
私は屈んで井上さんと視線を合わせる。
少しでも現状を把握するため、矢継ぎ早に質問を飛ばした。
『さっき斬られたところ以外に異常は? 何か自覚症状はある?』
「わ……わかんない……。確かに体の中に刃が入ってくる感触があったのに……」
井上さん本人も、自分が何をされたのかわかっていないようだった。
斬られたはずの肩を呆然と押さえる井上さんの状態を、もっと詳しく確認しようとしていると、階段の方から駆けてくる足音が聞こえた。
「井上!!!」
「大丈夫か! 井上!!」
『……一護、茶渡くん』
私と同じように、井上さんの霊圧の揺れを感じ取って駆けつけたのだろう。
やって来た一護と茶渡くんが、座り込む井上さんの様子を不審がって覗き込んだ。
「井上……!?」
「あ! 黒崎くん!? 茶渡くんも!! なんでここに!?」
「なんでって……。チャドが井上の霊圧がおかしいって言ってよ……」
「……大丈夫か?」
我に返ってハッと顔を上げた井上さんには、やはり怪我はない。
困惑した表情の一護と茶渡くんは、事態が把握できていないようだった。
二人は顔を見合わせて、先に着いていた私に助け舟を求めるような視線を向ける。
「尋常な霊圧の揺れじゃなかった……それを感じ取ったからカワキもここに来たんだろう? 一体何があったんだ?」
『それは——』
さっきの出来事をどこまで話そうか。
少し考えながら話そうとした私に、井上さんがわざとらしいくらい大袈裟に驚いたような声を被せた。
「え!? そ……そう!? 何もなかったけどなぁ〜……今、おなか痛くてうずくまってたからそれかなぁ……。ね! カワキちゃん!」
『…………。私も、さっき着いたばかりだけれど、井上さんに外傷がないことは確認できてる』
目を泳がせて笑顔を作った井上さんは、さっきの出来事について、一護達に話す気はないようだった。
井上さんが言及を避けるなら私から語るべきではないだろう。
外傷はない。それが、今ある事実だ。
ひとつ、気になる事と言えば……。
「何もない筈はない……さっきまでここに別の霊圧もあっただろう。あれは誰だ?」
「誰って……、友達だよ? 普通に友達とここで会って……」
茶渡くんの問いかけに答える井上さんの様子が何か妙だ。
「友達と別れた後に、おなか痛くなっちゃって……それだけなの。心配させてごめんね! 何かあったらちゃんと言うから!」
『…………。井上さんには私がついてる。もう日暮れだ、二人は先に帰って』
一護がいる場で詳細を訊ねても、きっと井上さんは答えない。
だから、後から来た二人へ先に帰るように促して私はマンションに残る事にした。
私が井上さんの手を引いて立たせると、肩透かしを食らった顔の一護が、困惑の色を浮かべたまま返事をする。
「お……おう……。じゃあ……帰るな」
「うん! また明日ね!」
『夜道には気をつけて。何かあったらすぐに連絡するように』