淫れてゆがんだ先の終着点 セリカ編-1

淫れてゆがんだ先の終着点 セリカ編-1

労役に勤しむアシタカ

この都市は常に綱渡りで成り立っている。

もしもアビドスに向かわなかったら?ブラックマーケットでトリニティの生徒に出会わなかったら?廃墟で見つけたアンドロイドにTSCをプレイさせなかったら?


そもそも、先生がキヴォトスに来なかったら?


これは、初めの選択肢すら与えられなかった、淫れてゆがんだ先の終着点の物語である。


「はぁ…」


バイト先からの帰り道、渡された明細書を見ながらため息を吐く。

アビドスの借金を返すために毎日バイトに行っているが、利子分を返すのに手いっぱいで元金には全く手が出せていない。

みんなも日々頑張っているが、どうしようもない焦燥感だけがたまっていく。


「はぁ…うん?」


もう一度ため息を吐いたところ、電柱に貼られたチラシが目についた。


「うーん、なになに?ブラックマーケットのバイト?…え、ちょっと、何よこれ…!」


ブラックマーケットでのバイトの募集、その内容というが、その、いかがわしいお店で働くものだった。

布地の少ない服で踊る生徒、透け透けの服で男を誘う生徒、直接見えてはいないが明らかに自分を慰めている生徒、そういった少女たちがそのチラシには載っていた。


「…ありえない、何なのよ!これ!」


おそらく非合法なものだろう。何より、私の体をそういうことに使うのに怒りを感じた。


「ああ、もう。いやなもの見ちゃったな…」


いちいち怒っていても仕方がない。このふざけたチラシを無視して家路につく。

…下の方に書かれていた、高額の報酬に目を背けながら。


「はい788万円ちょうどいただきました。今月もお疲れさまでした」


いつもやってくる、オクトパスバンクの職員に今月分の利子を支払う。

788万、5人で払うのはかなりきつい金額だ。


「アヤネちゃん、元金の方はどんな感じかな」


「…まったく減っていません」


「そっか…そっか…」


5人の間に重い空気が漂う。相変わらず先行きは暗い。

みんなバイトなり、賞金稼ぎなりでお金を集めているがまったく足りないことは分かっている。


「ごめん。仕事があるからもう行くね」


そういってシロコ先輩は重い空気から逃げるように、バイクにまたがり行ってしまった。

他のみんなも、各々やることがあるようでどこかに行ってしまった。


「…」


私が集めてきた金額は、他の4人に比べて少ない。みんなは気にしないとは言ってくれたが、その優しさが余計につらい。


「…はぁ」


こんなところでため息をついていても仕方がない。私もバイトに行こう。


夕方の帰り道、とぼとぼ一人で歩いている。

アビドスからは日に日に人が去っていく。それはつまり、稼げるバイト先がないということだ。

あるのは青色吐息の小さなところか、足元をみて時給の安いところばかりだ。


「はぁ…ん?」


もう何度目かもわからないため息をついた後、電柱に貼られたチラシ…この前見つけたいかがわしいお店の募集を見てしまう。


「…いやいや、ないない」


私がそこで働く姿をイメージして…頭を振る。男の人に媚びる自分というのが想像できない。

無視しよう、そう思い、行こうとして…時給が目に入る。


1時間で、今の私が1日働いて稼げる額、その金額に心が引かれる。


「いやー…でも…」


思い悩んでいたところ、チラシの下の方に『見学だけでも結構です。お電話はこちら』と書いてあった。


「…け、見学だけなら…大丈夫だよね」


…気づけば、私はその番号にかけていた。


すべての始まりはここからだった。


次の日私は1人でブラックマーケットにやって来た。


「えっと…ここよね」


電話で指定された場所は一見すると普通のカフェだった。もっとも、ブラックマーケットで営業しているという時点で、普通ではないのだろうが。

時刻は夜9時、一見すると客はいなそうだった。


「いらっしゃい。注文は?」


店に入ると、店主がそう聞いてきた。ここは合言葉になっていて、確か…


「ぱ、パピヨンを1つお願いします」


「…奥の部屋で出してるよ。入りな」


そう言って奥の扉に通される。部屋とは言ったがそこは地下へと続く階段だった。

その階段を下まで降りると、分厚そうな鉄扉が現れた。


「黒見セリカさんですか」


鉄扉の前に立つと、そう聞かれた。上を見ると、角に監視カメラとスピーカーが設置してあった。


「ええと…はい、そうです」


「お話は伺っています。今開けますね」


ゆっくりと扉が開いていく。どうやら電動式のようで、遠隔で操作しているみたいだ。


「…」


その扉が、一度入ったら抜け出すことのできない、絡め取られたら抜け出せない、地獄のそこのように感じて足がすくむ。


「どうされましたか?どこか体調が悪いのですか?」


再びスピーカーから声がする。なかなか入ろうとしない私を訝しむような口調だ。


「い、いえ…大丈夫です」


ここには見学しに来たのだ。何もここで働くと決めたわけではない。

大丈夫、大丈夫、と心のなかで繰り返し、意を決して前へ進む。何も問題はないはずだ。きっと。


中に入ると、想像していたよりも広い空間が広がっていた。

まず部屋は全体的に薄暗い。いくつかのテーブルとソファーが用意されており、遠目から見ると男女が一緒に座っているように見える。

一方で中央にはステージがあり、その真ん中には一本のポールが天井まで伸びている。当然ステージ周辺は明るい。


また、なんというか想像していたよりも落ち着いた雰囲気だ。こういった店は男女の喧騒が騒がしいイメージがあったのだが。

そんな感じで観察していると、スタッフが近づいてきて声を掛けられる。


「はじめまして!ここの女性キャストのリーダーを務める、ミオといいます」


「ど、どうも。黒見セリカです」


ミオさんはかなり際どいバニースーツを着ており、大きな胸から乳輪がちらりと見える。

また、首にはチョーカー…というよりも金属製の首輪のようなものが付けられ、右腕には紫色の蝶を模したタトゥーが刻まれている。


そして、彼女の纏う雰囲気に気おされる。”そういうこと”に、媚びることに慣れている雰囲気にだ。


「うふふ、緊張してますか?」


「えーと、はい。その、こういうお店に来るのは初めてで」


「大丈夫ですよ~♪ここにいるみんなも最初は慣れていなかったんですけど、しばらく続けているうちに上手になっていきますから」


「あ、あはは…あ、あの、目の下のガーゼは大丈夫ですか?それと右胸のも」


露骨かもしれないが、無理くり話題を変える。実際、見た目が大事なはずなのに2つのガーゼ、それと指摘はしなかったが右腕に包帯をしているのが気にかかる。


「ああ、これですか?この前撃ち合いに巻き込まれちゃって。普段はそんなことはあんまりないので気にしなくても大丈夫ですよ」


「そう、ですか」


誤魔化されたが実際大丈夫なのだろうか。ブラックマーケットに位置している以上、やはり襲撃などもあるのだろうか。


「さ、ここで立ち話ばかりも仕方ないですし、向こうの席に行きましょう。お仕事の話も気になるでしょうし」


「あ…ちょ、ちょっと!」


腕を引かれ、連れていかれる…まあ、実際ここで探り合いをしても進展はないだろうし、やぶさかではない。


けれども、途中で隣を通り過ぎた席。そこには男性が1人で座っていた。

女性キャストが一緒にいるはずなので奇妙に思えたが、


じょぼ♡…ぐぼ♡…じゅぼぼ♡


と水音が聞こえた。よく見ると、キャストが男の足元に跪き、何かを…いや、男のモノを咥えていた。


「…ん♡…ふぉお、ふぇすふぁ?…ふぃもふぃいふぇすふぁ?」


その少女は、惚けた、甘ったるい声で男に自分の仕事ぶりを聞いていた。その表情からは、嫌がっている様子も、義務感でやっている様子も感じられず、ただ心の底から気持ちよさそうだった。


「…」


「ふふ♡気になるのもわかりますけど、そんなにじっくり見るのはマナー違反ですよ♪さぁ、こっちへ」


腕を引かれ、再び連れていかれる…負の感情も正の感情もなく、ただただ衝撃だった。あの少女の表情は。


(私も…ここで働いたらああなっちゃうの…?…いやいや、大丈夫よ。あ、ああいうことをする以外のスタッフも集めてたし、そっちを希望すれば大丈夫よ、うん。大丈夫)


…無理くり心を落ち着かせたから、気付かなかった。気付かないふりをした。私の下腹部に生じた、わずかな熱を。


「さてと、それじゃあお仕事のお話、始めましょうか」


「お、お願いします」


この空間全体を見渡せる席に通され、面談のようなものが始まった。

テーブルにはちょっとした飲み物が出され(流石にお酒は出されていない。ジュースだけだ)、バイトの面接とは思えないリラックスした雰囲気だ。

それでも、さっき見たものが忘れられず、私はガチガチに緊張しているが。


「それで、セリカさんはお金が必要とのことで」


「ええと、はい。そう、なんですけど…ああいうことは抵抗があるというか」


そう言って、チラリと例のテーブルに視線を送る。相変わらず、ソファーに座っているのは男性客だけだ。


「ええ、大丈夫です。ここで働いている子たちはそういう理由の人も多いので…そうですね、電話でもお聞きしたと思いますけど、もう一度このお店のシステムについて、おさらいしましょうか」


一度言葉を区切ると、ミオさんはどこからかともなく2枚の書類を取り出した。表題には雇用契約書と書いてある。


「まずここで働くキャストは3種類に分けられます。それぞれできるサービスが異なりますね。ここは会員制なので、できないサービスを無理強いさせると出禁、最悪の場合だと…まあ、ブラックマーケットの闇に穏便に消えてもらいますね」


「き、消えるって…」


さらりととんでもないワードが出てくる。おそらく、この店に来れるような客は相当な金持ちだろう。それを穏便に消すことができるのは…想像よりもこの店の持つ力というのは大きのかもしれない。


「あはは、そんなに身構えなくても大丈夫ですよ~。実際に消された人なんて、私でも1人しか見たことありませんし」


(逆に1人は居るのね…)


「ここのお店は女の子を大事にしようって方針なんですよ~。お客様を撃ち殺しちゃったら流石に身の安全は保障できませんけど、そこまでいかなければクビになるくらいで済みます」


…一応、その言葉を信じておこう。もし仮にひどい扱いを受けているというのなら、さっきの少女はあんな表情なんてできない…はずだ。


「続けますね。それぞれの役割は首に着けたチョーカーの色によって分けられます」


「チョーカー…ですか」


「ええ。例えば、青色のチョーカーを着けた子たちは、基本的にテーブルを回ってウェイターをしてもらいます」


ちょうど近くを通る子がいたので見てみると、確かに青いチョーカーを着けていた。


「青チョーカーの子たちにできるのは、お触りだけですね。おっぱいを揉んだり、お尻を触るまではセーフですが、アソコに触れるのはルール違反です」


「…やっぱり、ウェイターも、そういうことされちゃうんですか」


「ええもちろん。ここはそういうお店ですから。これがその契約書ですね」


わかってはいたが、それでも抵抗感はある。あるが…契約書に書かれた報酬に目が眩む。


「どうします?サインしちゃいますか?」


「え…いや、そのこれは…えっと…」


じっと契約書を見ていたらそう聞かれる。私を見つめるミオさんの視線は底しれず、心の奥底まで見通しているようだった。


「…ふふ、冗談ですよ♪性急にことを進めても良くないですからね」


そう言って彼女は引き下がる…銃を向けらている訳でもないのにすごい冷や汗が出た。


「次は…そうそう、黄色のチョーカーですね。この子達はウェイターに加えて、お客様からご指名があったら、隣りに座って相手をしてもらいます」


「えーと、相手というのは…」


「お客様とお話したり…求められたらご奉仕をしたり、ですね」


「…ご奉仕というのは」


聞かずともわかっている。けれど、その…確認せずにはいられなかった。


「お客様のモノを咥えたり、手やおっぱいで気持ちよくなっていただいたり…本番以外、いわゆるペッティング、ですね」


「…ッ」


変な言葉が出そうになったのを無理くりこらえる。分かってて聞いているのだが、顔が熱くなるのを感じる。

とっさに視線を外してしまうが、一度聞いてしまったら、いやでも気付いてしまう。さっき通り過ぎたテーブル以外にも、妙に男性客に寄りかかったり、ソファーの下に跪く子の姿を。


「そんなに固くならないでください♪無理くり契約を結ぼうってわけではないですから」


「そ、そうは言われても」


(お、落ち着け黒見セリカ。深呼吸よ、深呼吸)


スーハ―と呼吸を繰り返す…しばらくやっているうちにだんだん熱が冷めてきた。


「落ち着きましたか?」


「は、はい…すいません、取り乱しちゃって」


「大丈夫ですよ。こういうお店に慣れてなくて、説明を聞いてるうちにびっくりしちゃう子は多いですから」


とりあえずここまで話を聞いたが、チョーカーの色はもう一つあるはずだ。しかし、手元には2枚の契約書、それぞれ青チョーカーと黄色チョーカーの分しかない。

その疑問が顔に出ていたのか、ミオさんが説明を再開する。


「最後のチョーカー、赤いチョーカーなんですが…ちょうどいいタイミングですね。彼女の方を見てください」


ミオさんの指し示す方向を見ると、例のテーブルの子が客に連れられどこかへ行くところだった…表情こそ遠目では分からないが、その立ち振る舞いからは興奮が隠し切れなかった。


「あっちの方に扉が見えますよね。あの先は個室がいくつもあって…本番ができるようになっているんです」


「…そ、それはつまり…せ、セックスするってことですか」


「あけすけに言えばそうですね♪」


ここまでくれば、ある意味当たり前ではあるが、やっぱり直接言われると動揺してしまう。


「もちろん、避妊はばっちりなので妊娠する恐れはないので、安心してください。もっとも、契約書をお渡しすることはできないんですけどね」


「そ、そうですか…よかったです」


(…ああ、バカ!なにが”よかったです”よ!)


いくら何でも失礼な物言いだ。幸いミオさんは気にしていないようだが。


「やっぱり、本番は結構リスクがありまして。半年ほど働いてもらってからじゃないと、契約できない決まりになっているんです」


「な、なるほど…」


一応、キヴォトスでは売春行為は犯罪とされている…そこらじゅうで銃撃戦を繰り広げて何を言ってるのだと思うが。

検挙されるリスクを下げるために、見極め期間を設けているのだろう。


「さてと…説明しなきゃいけないのはこれくらいですね」


時計を見るとだいぶいい時間だ。結構長いこと話していたようだ。


「契約書はお渡しするので、働きたくなったらサインを入れて持ってきてください。本日はお疲れ様でした」


「あ、ありがとうございます。そ、その時はよろしくお願いします」


「ええ、もちろん」


どこか妖艶さを湛えた笑みを向けてくる。思わずどぎまぎしてしまうが、書類をまとめて席を立つ。


…受けた衝撃が大きすぎたからか、一つ聞きそびれていた。ミオさんが付けている、黒く分厚い、金属製の首輪の意味を。


帰りも分厚い金属扉をくぐり、店を出る。やっぱり、この扉を出ると安心した。

体を売らせるというのだからかなり危ないところではないかと疑ったが、ルールさえ守れば比較的安全…なのかもしれない。


家に帰り、改めて契約書を眺める。明らかに、私の方が有利な契約になっている。何か裏があるんじゃないかと疑ったが、何度読み返しても、万一を考えあぶり出しを試してみても契約書に書かれている通りだった。


「となると、私の気持ちだけね…」


驚いたことに、チラシに書かれていた時給は青チョーカーのものだった。体を触られることに我慢すれば相当おいしい話だ。


だから…だから、あとは私の気持ちだけだった。


「……」


私は、ペンを手に取った。

書きなれているはずの私の名前は、いつもに比べ乱れていた。


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