一番最初の話-2

一番最初の話-2


 おれとそっくりな男を見つけたとクルー達が言ってきたのは何てことない普通の日のことだった。

 いつも通り記録指針が示す島へ到着し、ポーラタング号の整備をしていたら、必要物資の買い出しをしていたクルー達が息を切らせて戻ってきた。

「だから本当にキャプテンとそっくりだったんです!しかも目があった瞬間、"シャンブルズ"を使って逃げたんです!絶対……ぜったい何かありますって!」

 そう必死に訴えかけるそいつらの身体を"スキャン"で精細する。当然仲間のことは信じちゃいるが、気づかねェうちに幻覚を見せられた可能性は無視できねェ。

 だが、おれの考えとは裏腹に、異常は一つとして見つからなかった。他に可能性があるとするなら能力の影響だが……自分はともかく仲間にかかったそれを解除するのは色々と難しい。それより『おれとそっくりな男』を探してぶちのめす方が効率的だ。

「……わかった。最後に見た場所まで連れていけ」

「アイアイ!」

 いつも通りの掛け声の後、走り出した彼らの後を着いていく。当たり前だが、到着した場所には誰もいなかった。

「ここにおれがいたんだな」

 確かめるように聞くと何度も頷かれる。遮蔽物は多いがポーラタング号がよく見えるそこを見回すと一つ違和感のあるものがあった。

「これは……」

 拾い上げてよく見てみる。なんの変哲もねェ木の枝だ。

 ただ、港という方が近いこの場所に、それが自然と落ちているのは不自然というだけだ。

 だが、もしクルーの言うようにおれとそっくりな男が"シャンブルズ"を使ったのなら……。

「あれ?あの人これと自分を入れ替えたのかな。遠目から見たときは気がつかなかった」

 同じことに気づいたらしく、それを見て目をぱちくりさせた。

 ここから少し離れた所に木はあるが、そこまで"room"を広げたのならおれが気づいていたはずだ。なら他に考えられる可能性は……。

「流木……か?」

「そういえば近くに海岸がありますね。もしかしてそこに?」

「そうだな。今はわからねェが、他よりは可能性がある」

 そう呟き、海岸へ足を進めた。


 近くまで来ると確かにおれと背格好が似ている人が見えた。

 隠れているわけでもなく、ただぼうっと立っていた。それなのに見過ごしてしまいそうになった。

 存在しているのに存在していない。そのままふらりと飛び込んでしまいそうな儚さがあった。

 それに何ともいえない悪寒を感じ、つい無言で近づいて左腕を掴んだ。掴んだそれが自分よりも随分と細いことに内心驚くが、力をゆるめることはしない。

 急に掴んだから向こうも驚いたらしい。目を見開きながらこちらを振り返った。

「ぁ……」

 そして、こちらを見るなり顔を歪ませた。

「すまねェ……」

 口元をわななかせながらたどたどしく呟いていた。

 ……こいつとは初対面だ。何か言われる……ましてや謝られる筋合いはねェ。

 そう思ったが、彼の目線の先に気づいたら何も言えなかった。

「ごめ、ごめんな……」

 彼が見ていたのはおれではなくクルー達だった。

「ごめんなさい……」

 体力が尽きたのか、そのまま倒れてしまった。

 何を思ってそんな顔をしているのか聞きたいところだが、彼をしっかりと見れば最優先でするべきことがあった。

「まずは治療だな……いいな?」

 クルー達は黙ってうなづいた。


 船内で"スキャン"を行うと、気づいたことがあった。それがわかった瞬間、おれは手伝おうとついてきてくれたクルー達を手で制した。

「こいつはおれ一人で治療する。お前らは下がってろ」

「でも」

「この傷はこいつがどんな目にあったか明白にわかっちまう。……お前らにそれを知るのはこいつが話していいと思った後だ」

 クルー達は渋々だが踵を返してくれた。あいつらの手伝いたいという思いも技術もありがたかったが、今回だけはダメだ。

 部屋から出ていったのを確認し、再度"スキャン"を行った。今度は精密に。そして、傷つけた人間の醜悪さに苛立った。本来なら誰の仕業かなんてわからねェはずだが、ご丁寧なことに名前を刻んでいた。

 コラさんのタトゥーに心臓の刺繍……そして何よりあいつらへの謝罪だ。これだけ揃えば何があったのかは明白だ。

 傷の一つ一つに歯噛みをしながら治療を施す。しばらくすると麻酔も切れ、他の世界から来たおれはゆっくりと目を開けた。

「ここがどこかはわかるな。同意を取るべきだったろうが、目の前で倒れたからな。背に腹はかえられねェってやつだ。……安心しろ治療したのはおれだけだ。お前がクルー達に何も言わねェ限り、おれも何も言わねェ」

 疑問に思うことをあらかた言っておく。おれなら懸念することもついでに言ってやると若干安心したような表情を見せた。

「……呆れただろう。全部、おれが弱かったせいだ」

 しばらくの沈黙の後、ポツリと呟いた。その顔には自嘲的な笑みが浮かんでいた。

「呆れるわけねェだろ。あのときおれが勝てたのは運が良かったからだ。そこを勘違いするつもりはねェよ」

 少し考えれば向こうもわかるはずだ。その結論に至らなかった原因は……たった今治療した傷が物語っていた。

 痛覚の神経が多くある場所ばかり傷つけているが、それでいて致命傷には至らない。さらに傷はおれのプライドを折るような形をしていた。

 身体だけ見てもこれだ。どういう扱いを受けていたかは想像に難くない。

「ただ、一つ気になるのはどうやってここに来たかだ。他の世界からやって来るなんて……どんな能力者の仕業だ?」

「……ここに来たのは能力者の影響をじゃねェ。ヘルメスという道具の力だ。確か、古代兵器とか何とか言ってたな。それを持ってセンゴク大目付が助けに来てくれた」

「!」

 その男が助けに来てくれた理由は察せられた。いつ確信を得たのかは謎だが……それは目の前のおれに聞いたところでわからないだろう。

「助けに来た人の名前を聞いても驚かねェんだな。話でもしたのか?」

「……少しだけな」

「……そうか」

 それだけ言うと静かにうつむいた。いつ、どこでかを聞かなかったのは予想がついたからだろう。その人とコラさんとの関係について知っていればそれは容易だ。

「お前は今、治療中の患者だ。少なくとも怪我が治るまではここに居ろ。それからは自由にすればいい。お前の居た世界に戻るのも……ここに居続けるのもな」

 どう言葉を返せばいいかわからなかったから強引に話題を変えれば、向こうはパッと顔を上げた。その顔は驚愕に満ちていた。

「……いいのか?」

「当たり前だ。クルー達もそう望んでいるしな」

 むしろあいつらの方がノリノリだ。麻酔が切れる前、誰が世話をするかであいつらが争っているのが聞こえた。

「おれが増えてそんなに嬉しいか?」

「嬉しいです」

 堪らず聞けば即答された。その後『キャプテンが一番だけどそれはそれとしていつもとは違うパターンも見てみたいというか……いやあの状態は見ていて辛いので早く元気になって欲しいんですけど』とか何とか早口で言っていた。たまにあるよくわからねェことを言っている状態だったが……とにかく結論はおれと同じだった。

「すまねェ……」

 おれの発言からどういう結論に至ったのかは知らねェが、もう一人のおれは顔を伏せていた。



「ひっ、ヴ、あァ――」

 彼が来てからしばらく経つと、彼の問題が浮き彫りになった。

 彼は体だけでなく心も深く傷ついていた。よく悪夢に魘され、フラッシュバックも多発する。

 それに何か言うクルー達は誰もいなかった。当たり前だ。誰が一番苦しんでいるのかくらいおれだって知っている。

 ただ、知っているだけで解決につながるわけじゃない。対処の経験があったとしても所詮は素人の付け焼き刃だ。

 専門の医者に任せるのが一番の正解だが、そんな人間はほぼいない。いたとしても、おれと……懸賞首と瓜二つのこいつのことを頼むのは難しい。通報されるのが目に見えている。

 それに先進的な治療法を研究しているなら、おれ達みたいな海賊と関わらずに真っ当な方法で成果を後世に残して欲しい。おれの勝手なエゴだが、そう思ってしまう。

 次に考えられるのは他の医者に頼ることだが…………これはいくつか問題を解決すればできるかもしれない。患者の同意が必要だし、向こうが了承するかはわからねェ。だが、こちらの方が可能性はある。

 それに、このこと以外にもあそこの知識を借りたいと思っていたことがある。……調度良いタイミングだ。

「……ペンギン。今自由に使える金はいくらある」

「それは帳簿見ないと何とも……何をするおつもりで?」

「まだ確定じゃねェが、麦わら屋に助力を頼みたい」



 麦わら屋の船への連絡は簡単に取れた。同盟を組んだときに電伝虫の番号を交換していたお陰だ。

 クルー達からは当然反対もあった。だが、"ヘルメス"のことについて聞きたいと言うと納得してくれた。あそこには世界有数の考古学者がいるのは一般人でも知っている情報だ。

 クルー達は優秀だ。優秀だからこそ自分達の知識が不十分な領域があることを理解していた。

 あいつは……他の世界から来たおれは、事情を話せばすぐに同意した。……それが自分の意志なのか、言われたことには従わなければならないという強迫観念なのかはわからなかった。

 ともかく、合流のための連絡と同意は取れた。合流自体もナミ屋がベポのビブルカードをまだ持っていたお陰で滞りなくできた。

 あとは向こうに納得してもらうだけだ。


「事情は今話した通りだ。トニー屋とニコ屋の力を借りたい」

「……トラ男がウソをついているとは思えないけど……その、どうしても信じられない。あのとき負けたトラ男がここに来たなんて」

 合流してからすぐ、おれの口から事情を説明した。しばらくの沈黙の後、麦わらの一味の中でも慎重派のナミ屋が口を開いた。彼女がそう思うのももっともだ。おれだって最初は信じられなかった。

「信じられねェのは負けた話か?それともここへ来た話か?はっきり言ってあの戦いはかなり運が良かったから勝てたんだ。負ける可能性も十分……いやそっちの方が高かった。ここへ来れるかについては……ニコ屋なら"ヘルメス"について知っているんじゃないか?」

「……えェ、トラ男君の予想通りよ」

 チラリと目線をやると、静かに頷いた。

「ヘルメスは古代兵器……いえ、移動装置ね。その能力は超一級で他の世界へと渡れる代物だと聞いているわ。かなり有名な上に複数個あるものだから……ある程度の情報網があれば名前を知ることは簡単よ。場所を知るのだって不可能じゃないわ」

「……だそうだ」

 麦わらの一味は驚いていたが、もうおれを疑ってはいなかった。信頼できる仲間の話した内容だ。信じないわけがない。

「それでも疑うってんなら……百聞は一見に如かず。彼自身の姿を見せるのが一番……なんだがな。悪ィがなるべく姿を見せねェようにしてくれ。特に麦わら屋、ゾロ屋、鼻屋、ロボ屋、ニコ屋……お前らは絶対に会うな」

 また混乱と疑念が広まっていくのがわかる。下手なごまかしはあだとなりそうだ。……あまり言いたくはねェが、さすがに理由を言わなきゃ納得してくれねェだろう。

 彼の記憶を見るなんて芸当はできねェ。だが、錯乱したときの発言やあのときの状況、それにあの野郎がよくやる手法を考えれば何が起きたかは予想がつく。

「おそらくだが……あいつはお前らが死んだのを見ている」

 反応を見ればそれだけでどういうことか察してくれたのがわかった。

「わかった。……辛いならおれも会わねェ」

 麦わら屋も同じだ。どこにでも飛び込んでいくバカではあるが、決して鈍いやつではない。……似たような経験があればなおさらだ。

「話が早くて助かる。カルテを見せるからトニー屋だけ来てくれ」

「わかった」

 事情を理解してもらえたなら、次にやることは一つだ。誰にも知られないようにトニー屋だけを別室に呼んだ。

 その後見せたカルテの内容と患者の様子に心優しい医者がどう感じたのかは、言うまでもなかった。



 麦わら達と再度同盟を組んでから数ヶ月は経った。

 おれとしては助力を頼むだけ――情報を提供してもらうだけのつもりだった。だがトニー屋側からせめて快方に向かうまでの間だけでも側で治療したいという要望をおれは断りきれなかった。

 やはりというべきか、トニー屋の出す処方箋はおれの考えたものよりもずっと適切だった。症状だけでなく患者の状態によって材料から変えるそれは負担が少なく、また効果的だった。とはいえ、トニー屋も精神に関わる治療は初めてだった。だからそこはおれと相談しながら試行錯誤することになった。

 専門じゃねェ二人の治療だから全てが最善とは言えねェが自分一人のときよりもいい選択ができたはずだ。彼の精神状態は回復しているように見えた。トニー屋の助力と彼自身の力によるものだ。

 今はクルーの付き添いはあるが外出許可が出せるようになった。部屋どころかベッドの上からすら出られなかった最初の頃から変わっていた。

 だから……そう、油断していた。

「きゃ、キャプテン!」

 彼がクルー達と出かけてから数時間、戻ってきたのはボロボロのクルー達だけだった。

 彼の姿はなかった。

「な……何があった!」

 問いかけながらもおれの頭は嫌な予想を立てていた。"スキャン"をして判明するのは打撲傷や裂傷……どれもこれも知っているものばかりだ。

 おれの身体で受けたものばかりだ。

「ドフラミンゴが、ローさんを……」

 それを聞いたときおれがどんな表情をしているのかわからなかった。


 気づけば治療は終わり、何が起きたのか他のクルーはもちろん麦わら屋達の方にも伝わっていた。

「もう謝るな……これはおれのせいだ」

 まだ謝っている彼らにそう伝える。そう、これはおれのせいだ。向こうが追って来る可能性を考えていなかったおれの想定の甘さがこの事態を引き起こした。

「いや……今さら何を言ったところでどうしようもねェな。あいつを取り戻すことが最優先だ」

 片手で髪を掴み、ため息をつく。相手の居所、強さ問題は色々とあるがその中でも一番大きいものがある。

「だがあいつが連れ去られた場所へ行く方法が、おれ達にはねェ……!」

「ん?でもこっちには来れたんだろ?」

「ドフラミンゴの野郎がここへ来れたのは前に話した"ヘルメス"があったからだ」

「じゃあそのヘルメスってやつを見つければいいんだな!」

「……へ?」

 麦わら屋があっけらかんと言うのでまともな反応らしい反応を返すことができなかった。いや……間違いではない。同じものがあれば向こうへ行けるというのは正しい。

 だが――

「そもそもあるのか?」

「あるわよ」

 そう即答したのはニコ屋だった。

「あちらが使ったのはあちらの世界にある"ヘルメス"よ。私達はこの世界にある"ヘルメス"を見つけて使えばいいの。場所はある程度特定できるわ」

 ニコ屋は優秀な考古学者だ。彼女ができると言うならできるのだろう。

 こうなった以上、選ぶ選択肢は一つだ。

 おれは膝をついて頭を下げた。

「お願いします……力を貸してください」

 もうプライドとかそんなものを考えている場合じゃねェ。これ以上相手に渡すものがないのだから。

 ……あァいや、まだ自分自身は残っているか。果たして何を要求してくるだろうか。

「おう、わかった!ミンゴをぶっ飛ばせばいいんだな!」

 そんな覚悟を決めていたにもかかわらず、向こうは交換条件もなくあっさりと了承してきた。

「……お、お前わかってるのか?今回はカイドウを倒すためじゃねェんだぞ!」

「んー……難しいことはわかんねェけど、おれじゃねェおれが約束をはたせなかったんだろ?なら、おれがそれを代わりにはたすだけだ!」

 同盟はともかく約束なんてしただろうか。……もしかしてあの覇気を取り戻すまでの時間を言っているのだろうか。

「……約束を破ったのはおれの方かもしれねェぞ」

「……だとしてもだ」

 その声色に思わず顔を上げる。麦わら屋はもう笑っていなかった。

「何にせよ、助かる。おれがあと渡せるのはせいぜい三十億くらいなものだからな」

「そんなに持ってるなら…………ってそれ、私達が手に入れられないやつじゃない。やめてよね、そういう冗談」

 ナミ屋の反応におれは何も返さなかった。


 ヘルメスは思っていたよりも早く見つかった。

 ニコ屋が示した場所にあったのは小さな板のような機械を中心に大きな機械が取り付けられているものだった。『こういう類いのものなら一番詳しい』と豪語したロボ屋にそれを見せると、小さなそれを取り出して感嘆の声をあげていた。

「これは……スゴいな。今すぐにでも使えるようになってやがる。……ただ、一度使ったらしばらくは使えねェ。こっちに戻ってくるのは数カ月後になるな」

「すぐにここへ戻れるようにするのはロボ屋の技術でも無理か?」

「アウッ!おれのスゥーパァーな技術に期待してくれるのは嬉しいが……難しい、としか言えねェな。よっぽど短く見積もっても一年はかかる」

 ならこっちの技術班なら……と思ったが、目線をやるだけで首を横に振られてしまった。潜水艦とは構造が全く違うだろうし、当たり前か。

「……わかった。しばらくは戻ってこれねェが、やり残したことはあるか?」

「ねェ!」

 全員が頷くのを見て、ロボ屋から受け取ったヘルメスにスイッチを入れた。





『転送完了しました。――オーバーロードが発生。システムを終了します』

「そういえば、もう一人のトラ男はどうやって見つけるつもりなの?さすがの私も場所がわからないと連れていけないわよ」

「あァ……それについてだが、これを見てくれ」

「……ビブルカード、よね?なんでこんな上下に動いているの?」

「これはおれのビブルカードなんだが、何故かあのおれにも反応するようになっている。あいつがいなくなってからはおれが持つと動かなくなっていたが……やっぱり予想通りだ」

「上に動くということは……空島かァ」

「空……?うなだれているが、そこへ行くにはどんな問題があるんだ?」

「空島は前に行ったことがあるんだけど、全員で到着するにはノックアップストリームを使うしかないのよ。二年前の私でもできたけど……正直に言って、結構滅茶苦茶よ」





「空の上に城たァ豪勢で悪趣味なこった。……おい、帰るぞ。おれ達の船へ」

「……!」

 無茶な方法を使ってたどり着いた場所の先、悪趣味な城の奥にあいつはいた。随分と痛めつけられたのだろう。まるで最初に会ったときに戻ったようだった。

 帰ったらまた治療をしなきゃいけねェな。

 あまりの惨状に舌打ちしそうになるのを抑えながら手を伸ばす。――が、それは届かなかった。

 迫り来る糸の攻撃から瞬時に飛び退くと床に穴が空いたのが見えた。誰がやったのかなんて言うまでもない。

「……どうも、初めまして。うちのがお世話になったようで」

 相手の眉間にシワが入るのが見て取れた。こんな簡単な挑発に乗るとはな。内心そう思いながらも言葉を続ける。

「これから連れて帰りますのでどうかお引き取――!!」

 最後まで言う前にまた攻撃が来る。

「おれのものに手を出して、どうなるかわかってるだろうな」

 我を忘れる程怒っているくせに、その攻撃は正確で、重い。やっぱり相手は強い。

「少なくともあんたのものじゃねェし、そもそも誰のものでもねェよ」

 だけどそんなことはおくびにも出さず不敵に笑う。あいつを自由にしてやるためにやるべきことは一つだ。





 かてなかった


 勝てなかった


 勝てなかった勝てなかった勝てなかった

 辺り一帯は血の海で仲間はバラバラで誰も動いていなくてあいつは目を見開いてそのままへたりこんでそれなのに、それなのにおれは――

 おれはまだ、生きている。


 せめて一矢報いたいのに手足は動かない。

 いやそもそも手足がない。

 手足だったものはあいつの手の中にあった。


 あいつが嗤いながらこちらへやって来る。それからすぐか、あるいはしばらく後か、おれの意識は暗転した。




続き

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