ハナ咲クハル(6)

ハナ咲クハル(6)





──────食べたい。



──────飲みたい。



──────欲しい。



──────砂糖が、欲しい。



「……………っ!!い゙っ、ら、ないって……言ってるでしょっ……!」


 頭をガシガシと掻きむしる。自分の身体が、そんな風に訴えているような気がして。それを振り払うみたいに独り言を吐き捨てる。

 アビドスの砂糖の禁断症状。もう飽きるほど味わって来たそれ。でも、今私を襲っている"これ"は今までのとは訳が違った。

 ここ数日の話。私は、自分から、あの砂糖を────


「はあっ、はあっ、はあっ……!」


 ハナコから砂糖を飲まされ続けて、何日も何日も意識が朦朧としたまま過ごしていた間に、私の身体がよくわからない変化が起こった……らしい。

 頭の中に生まれた妙な感覚が告げてくる。ずっと昔、私が初めて手榴弾に攻撃と回復別々の力を付けられた時と同じ。こんなことができる、そのためにはこうしたら良い、こうする必要がある。そんな風に、力の使い方が直感的に理解できた。


 これを使えば、ハナコを元に戻せるって。


 それを使うために、少しだけハナコから飲まされる砂糖が途絶えた時に。ようやく戻った意識の中で、上手く回らない頭で必死に考えた、精一杯の芝居。


「ゔ、ぅっ、ぅ………」


 縛られた部屋から抜け出すため?

 "あのハナコ"を信用させるため?

 それとも目覚めた力を使うため?


 どんな理由があったにせよ。私は自分の意思で、あの砂糖を飲んだ。そのせいで、歯止めが効かなくなっている。我慢しなきゃ、そう思う気持ちが小さくなっている。なのに、欲求はどんどん大きくなっていく。




 とめられない



 つらい



 くるしい



 たえられない



 わたしは

























「────────は、ぁっ!!」


 息を吸い直す。割れそうな心を拾い集めて、途切れそうな意識を必死に保つ。

 意味はあった。そう、意味はあったんだ、それでハナコは元に戻れたんだから。私が一回折れたくらいでハナコの未来が全部いっぺんに救えるなら安すぎるくらい。

 いや、そもそも我慢する必要なんてないのかも知れない。私が砂糖を拒んでいたのは心を砂糖に囚われて、他の人を砂糖漬けにし始めたり、禁断症状で他の人を傷付けたりするようにならない為だった。自分から手を出した後の私でも、まだ理性はちゃんと残ってる。


 ────本当に?そんなことを考えてる時点でもう手遅れで、飲み続けていたらずるずると引き摺り込まれていって、今度は私が、"あのハナコ"みたいに────


「あ゙、ゔっ、うぅーっ!」


 こめかみあたりをがつがつと殴って思考を止めさせる。細かいことは後でいい。ただでさえ元から馬鹿なのに碌に回らなくなってる頭で考えたって答えなんて出ないんだから。


 今大事なことはひとつだけ。


(私なら治せる。みんなを、助けられる)


 それだけで、充分なんだから。


「うっ……ぅぅ…………」


 ゆっくりと立ち上がって、足をふらつかせながら近づいていく。ようやく元に戻ってくれた、"友達"のそばに。


「こは、る、ちゃん」


 ぐちゃぐちゃになった顔でへたり込んでるハナコを見て、ズキっと胸が痛んだ。砂糖でおかしくなった姿も嫌だった。でも、こんな……絶望したみたいな顔なんて、もっと見たくなかった。


「なんて顔してんのよ、このばか」


 だから。せめて明るく、揶揄うみたいに言ってみる。あの頃みたいに、騒がしく遊んだり話したりしていた時みたいに。


「泣かないで」


 ねえ、ハナコ。そんな顔しないでよ。もう大丈夫だから。もうあんなお砂糖なんていらないから。私が助けるから。だから、泣かないでよ。


 ハナコだけじゃなくて。ハスミ先輩も。正義実現委員会のみんなも。他のトリニティの人も。他の学校の人も。


 私が助けるから。みんな、私が助けるから。


 あんな甘ったるい薬なんていらない。そんなのがなくたって、みんなが笑っていられる様に、私、がんばるから。












 例え、私がどうなったとしても。







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