いざなみ

いざなみ


・ロー×サラダコラさん

https://bbs.animanch.com/board/1559876/のレス155

https://telegra.ph/%E3%81%AF%E3%81%B0%E3%81%8D%E3%82%8A-01-19nの続き

・「↑のあと周囲(おもにスモやん)を振り回しつつなんやかんや2人はくっつきました」というところからスタート

・同スレの165のネタを拾ったもの



大海賊時代において潜水艦の普及率はそこまで高くない。その理由は大きく二つある。

一つは海王類と魚人族の存在。海を庭とする彼らに対して潜水艦の速度や機動力はどうしても劣るため、海中で襲撃を受ければ並みの航行技術では振り切ることは困難である。そんな存在が幅広く分布している世界で安易に潜水艦を採用すれば、下手をすると通常の帆船による航行より危険を伴うものになる。

そしてもう一つは、ごく一部の規格外を除き、どちらの組織においても成り上がるためには悪魔の実の能力者となる必要があることだ。知っての通りどのような驚異的な能力者であっても例外なく水が弱点となるため、船体に穴でも空こうものならほぼ詰みとなる潜水艦とは致命的に相性が悪いのである。本来であれば。

その他、一般的な帆船よりも格段に複雑な構造をしているため整備や操縦の難易度が高いといった理由も重なり、偉大なる航路において潜水艦乗りとして名を馳せている海賊や組織は数えるほどしかいない。余談だが、その筆頭は?と市民に問うて挙がる名前は、昨今とある海賊団に固定されつつある。

そうなると必然、対潜水艦を想定した武器や兵器といったものの需要も増えるはずもない。局所的な需要は売値の高額化を招き、数を揃えるにはそれなりどころではない予算が必要となる。数多の組織の中で最も資源が潤沢である海軍ですら、一部の艦に試験的に導入するに留まっている。件の海賊の台頭を期に充実させたいと模索する上層部にとって課題の一つとなっているという噂である。

さて、こちらは新世界にその名を広めつつある海軍の新鋭たる白猟…スモーカー中将の軍艦、その中にある武器庫である。明かりは今は消えているため薄暗く、小さな窓から差し込む頼りない陽光が室内とそこに並べられているものたちを照らしている。それをざっと見渡して、スモーカーは頭を振った。額には青筋が浮かんでいる。

最新式のソナー。

大小さまざまな爆雷。

高精度の爆雷投射機。

どっかの科学者からやたら熱弁されたが正直よくわからなかった、細長い奇妙な形をした兵器とその発射装置らしきもの。名前はミ…何だったろうか。

すべて対潜装備である。どうみても一介の中将の艦に搭載する範疇を超えている。

おそらくシャレにならない大金が動いたことは容易に想像できたが、寄越してきた相手は「私のポケットマネーからだ気にするな」と好々爺然とした…どこか圧を感じるいい笑顔で言ってのけた。理由を聞いたら「何かあった時のために」らしい。何かとはなにか、と追撃しようとした口は相手から滲み出る覇気によって閉じざるを得なくなった。まだ起こってもいないことを想像して憤るのは勝手だが、己の覇気くらいコントロールしてほしいものである。巻き込まれた数名の部下に若干の憐憫を覚えつつ、スモーカーは心に灯った苛立ちの炎を消そうと試みる。

しかしそれは、この騒ぎの中心…いや原因となった人物の呑気な声に妨害される。


「うわすっご!これ全部最新の対潜装備か?」


文字通り軍事機密の宝庫である部屋に明らかに海兵の服装をしていない人物が入るなど艦によっては即銃殺されても可笑しくはない。それをしないのはスモーカーが顔に似合わず良識的であることと、その人物が海兵の服装を、その象徴たる正義のコートを自分より先に羽織っていたという過去を知っているからである。

とはいえ過去である。今ここにいる人物はすでにそのコートを脱ぎ、曲がりなりにも自分と敵対する立場にいるという現状もよく知っている。それなの追い出さないのは、認めたくないが相手はけして少なくない時間を共有した知己であるからだ。断じて、追い出したら更なる疫病神…というか大仏が乗り込んでくることに尻込みをしているからではない。

ピキピキと震えるこめかみを押さえ、スモーカーは這うような低音で吐き捨てる。


「勝手に入ってくんな部外者」

「あ、ごめん。ドジって迷っちゃってさ。漏れそうなんだけど女子トイレどこ?」

「反対の廊下だくそったれ!!」




「うまァ…たしぎちゃんお茶淹れるの上手だよな~」

「ふふっありがとうございます。ロシナンテさんのおかげで熱すぎず冷めすぎでもないちょうどいい温度というのもわかってきましたし、子どもたちにも好評なんですよ」

「なんか引っかかるけど、まあこのドジが役に立ったなら私も嬉しいよ」


軍艦にはおよそ似つかわしくない華やかな光景である。一般の海兵であれば任務の最中でもつい視線を寄越してしまうものなのだろう。しかし今それを見ることができるのはこの抜群のプロポーションを持つ女性たちへの下心なぞとうに失せてしまっているスモーカーなので空気が不穏になることはない。

———彼の名誉のために言うと別に彼が男としてアレであるというわけではない。何なら、部下であるたしぎはともかくロシナンテへは最初から皆無だったわけではない。そこに至るまでにあった様々な出来事は半ば黒歴史と化し、鎖をぐるぐるに巻き付けて彼の記憶の奥底に沈められている。

話の収拾がつかなくなりそうだという予感に従い、冷めた顔でスモーカーが言い放つ。


「それ飲んだらすぐ帰れ」


笑顔でたしぎと話していたロシナンテが罰の悪い顔で固まった。どこへ、とは言わずとも伝わったようだ。


「えと…それは…ちょっと…」

「…トラファルガーと何かありましたか?」

「たしぎちゃん直球ストレート…!あってるけどさァ!」


そこからロシナンテの口はしばらく沈黙を忘れたらしい。スモーカーは彼女の愚痴を受け止める聞き役に徹さざるを得なかった。いや、半ば流して今後の航路やら部下たちへの指示やらを考えていたので話半分といったところだったが。

ようやく終わったころ、少しだけ涙を滲ませながら長時間のおしゃべりで乾いた喉を潤しているロシナンテと、肩をわなわなと震わせて「許すまじ……トラファルガー!」と叫ぶ部下という構図を見ることになった。


「女の敵とはまさにこのこと!」

「わかってくれるかたしぎちゃん…!スモーカー!」

「いやまったくわからん」


気だるげな返答に女二人の重い視線が突き刺さる。百戦錬磨のスモーカーですら身じろぎする圧だった。


「つまりアンタらのいつもの痴話げんかだろ」

「ちっげェよなに聞いてたんだお前!」

「ほぼ聞いてなかった」

「最低ですよスモーカーさん!」

「そっちが勝手に話し始めたんだろうが…」


もう相手するのも億劫だと言わんばかりに、スモーカー自分の紅茶を飲み干そうとカップを持ち上げる。ぬるくなってしまったそれをすすり、すぐに立ち上がろうとして、


「だからメモを置いて出てきたんだよ!『船降りる!スモーカーの船に行く!』って」


紅茶が気管に盛大に流れた。


「しばらく離れている間にあの大馬鹿明晰頭脳で私の気持ちとかをちゃんと考えてもらわないとな!」

「矛盾してますよロシナンテさん…でも、嬉しいですっ!私の部屋に泊まってくださいね、愚痴とかいっぱい話しちゃってください!」


きゃっきゃと浮かれる女性二人は傍から見ると何とも華やかで和やかだ。

一方、うずくまって咳き込むスモーカーの背中は嫌な汗で湿っていく。

ここしばらくのいやいや巻き込まれてきた騒動でトラファルガーの対ロシナンテへの挙動はスモーカーも把握するところとなった。まず、世間一般で噂される彼奴の策略を支えている明晰な頭脳は、彼女を前にすると回路はバグりストッパーは吹っ飛ぶ。

もう一度彼女の書き置きを確認しよう。

『船降りる!スモーカーの船に行く!』

ロシナンテからすればしばらく友達んち泊まるから!という軽い家出くらいの感覚なのだろう。しかし見方を変えれば……冷静ではない頭では、こう解釈することも可能な文面だ。


『ハートの海賊団を辞してスモーカーの仲間になる』


これはまだ希望を多分に含んだ予測である。あの死の外科医の対ロシナンテバグモードでは、最悪こういう解釈をされかねない。


『ローと別れてスモーカーと付き合う』


根拠のない、あらゆる流れをすべて最悪な方向へ持っていった場合の想定だ。しかし、この世界で生きるうちに培った勘というものは大抵正確である。この場ではまったくありがたくないことだが。

そして、最後の後押しとも言うべき訃報が慌てて入室した部下によって告げられる。



「失礼しますッ!当艦に向かって高速で接近してくる船影あり!特徴からハートの海賊団の海賊船と思われます!」



「うわっもう来たか!」

「簡単に帰っちゃだめですよロシナンテさん!トラファルガーを甘やかすべきではありません!対潜装備で迎撃しながら全速力で離れます!」

「は…ハッ!」

「お手柔らかに頼むなぁ」


自分の意志が介入できないまま状況だけが進んでいく中、スモーカーは思い浮かべる。


凶悪なツラでロシナンテにしがみつきこちらへ中指を立ててきた男。

鬼のような仏の笑顔で対潜装備を押し付けてきた男。

厄介事を抱えて文字通り転がり込んでくる、なのに絶対見捨てることができない女。


今この場において唯一思い通りになる脳内で、3人を武装色でぶっ飛ばす想像をして現実逃避しているスモーカーを労わる者は皆無であった。

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