八雲藍×二ッ岩マミゾウ 試作 令和6年1月15日
ナギサカ「む?」
「おや」
よりによって、九尾の式神と佐渡の大将が人里のど真ん中で鉢合わせを果たしてしまった。普通の人間ならば、こりゃあ合戦の幕開けだと怖気づいて蜘蛛の子を散らすように逃げ帰るところであろうが……。
「冬も深まってきたというのに、雪女がなかなかやって来ないのは異変だと思ってしまうんだが」
「なあに、儂らには大きな尻尾が付いとる。かじかむことがありゃあ人妖ともども抱きつきゃあええわ」
当の妖獣たちは、人間の常識の範疇を抜け出して睦まじくしていたのであった。
だが彼女たちも、妖怪である以前に普通の生き物である以上、もやもやしている事だって無いわけではない。
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「しかしだ、最近は烏天狗のとこの管狐が我が物顔をしてばかりでね……下賤だと自覚してるんだかしてないんだか」
「お前さんとこの化け猫があやつとつるんだ事が未だに無いだけでも御の字じゃろ」
「それはそうだが……橙には自立も必要だからつい必死になってしまうんだ」
「儂は部下の狸たちをほぼ放任しとったからのぉ……そこまでお前さんを解ってあげられんですまんのう」
「そこまで落ち込まないでよね」
「うむうむ……環境の違いはどうにもできんからの……」
使い込んだ瓢箪を片手に胡坐をかきつつ、二ッ岩マミゾウが低めのトーンとともに俯く。
八雲藍は、そんなマミゾウのことを旧き良きライバルだと思いながらも、同じ高級な妖獣仲間として付き合いを続けた。藍は嘗て畜生界において五本の指に入るほどの実力を持ちながら、どういうわけか心が完全に埋められずにいた。それから幾年が過ぎ、これまでに無いくらいのライバルが外から越してきたと知ったときから、藍の心は欣喜雀躍を止めなかった。狐狸の仲という枠に囚われず、マミゾウと純粋に切磋琢磨したかったのだ。
ただ、今は敵意を無くした妖獣達が、か弱い人間が殆ど居なくなった人里の広場で午後の長閑さを牛耳っていた。周りには団子屋を営む玉兎数匹と、驚かす相手が逃げ出したので手をこまぬいている唐傘お化けが1人いるだけだった。
「藍殿……お主って中間管理職とかいうモノと粗同じような立ち位置におるじゃろ?甘んじないといけないとは儂も承知しておるが、たまにゃ覇気を帯びてもらいたいものよ」
「そうは言っても、紫様のお世話がメインになっちゃってるのよ。ただでさえ紫様はこの幻想郷の第一人者として君臨されていらっしゃるからね」
「狭い郷じゃあ、お主もやはり狭苦しいんじゃの……儂が言うても説得力なんてこれっぽっちもないんじゃが」
「化かす才能は貴方が群を抜いてるわよ、マミゾウ」
「化かすというても、今時の人間は賢しさが必要以上に勝っておる。外来人並にの」
「形而上人間を襲い、形而上人間の専門家に退治される……これこそが昔からある幻想郷の掟のようなものだし、難しいわね」
「頭脳である藍殿、お前さんでもお手上げかえ?」
「頭脳とは言うけど、既成のものを検算しているだけよ」
「はぁ……紫殿が積極的だったらええのう」
「お察しの通り冬眠中です……春告精の便りが来るまで暫しお待ちを」
「むむむ」
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「……ちょいといいかしら、そこの古傘さん」
「ひぇっ!?わ、わわわわちきっ!?」
「人間が見てないうちにお悩み相談に協力してくれないかしら。断っても構わないから」
「わち……私が答えられるレベルのやつじゃないですよね絶対!?」
「左様、儂の幻想郷での今後についてちょいと、の」
「うあー……さでずむの再来だぁ……」
半べそをかきながら、嫌々と多々良小傘は狐狸のもとへとやおら近寄っていくのだった。
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「うぐーぅ……」
「よしよし、泣かないの。後で褒美に蒟蒻買ってあげるわよ」
「荷が重すぎる〜……っ」
「申し訳ないのぅ……お主が呆然としてたもんじゃからつい」
「うぁ〜……」
小傘は多少の屈辱を交えたうえで、本気で大泣きする他なかった。
「……私も付喪神とはいえ、妖怪の端くれですし……ほんの少しだけですよ?本当に」
「分かった分かった。はよなんか提案をしてみい」
「け、結論から言うとですね……やっぱり『人間を驚かす』以外に無いと思います!」
「王道というか、常識というか、そういう感じよね」
「そうですねっ、私も妖怪として人間達を驚かせて、そのビビった顔を栄養としてるんで!」
「妖怪って粗そうよね、人間と共存せざるを得ないのよね……人間が居なくなれば存在意義が無くなっちゃうという、ね」
「そーですね。やり切れなくなった妖怪の皆さんってだいたいお寺とか旧地獄とかに行かれるって聞いたんです」
「響子のこともあるし、まあまあ合ってるのう……基礎に立ち返るほか考えられんか……」
「そんな考えあぐねるほどのこと?」
「……も、もういいですか?これから子守の予約があるんですれど〜」
「そう?まあ、有難く呑み込んでおくわね。はいお駄賃」
「うわわ板蒟蒻がたっぷりだ……すみませんでございましたっ」
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「付喪神らしい答えだと思ったんじゃ。人間に使われた経験がある故に、人間のことを一番良く識っている種族じゃと」
「どうなのかしらね。ただ、私達のような獣畜生と違って、付喪神って密着型の妖怪だものね……人間と付き合うには妖怪としての性分を全面に押し出すのが最良の手なのかもね」
「ふむ……藍殿、博麗神社に向かうぞい」
「む?飛んで火に入る夏の蟲になるつもり?どういう思考回路かしら」
「その夏の蟲に儂らがなるんじゃ。初心忘るべからずと、古の人間も遺しておったじゃろ」
「……はいはい、今回限りよ?」
「儂ら、人間どもに必要以上に恐れられ過ぎたと思うんじゃ」
「ちょっとばかり俗になったほうが良いのね?諒解したわ」
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「何してるのよ、2人して。私に化けようが御神酒までは呑ませてやらないからね」
安定した冷ややかな口調で、博麗霊夢は目の前の妖怪と付き合う。
霊夢と対峙するのは、霊夢に本気で化けた藍とマミゾウであった。
「あんたらにしては幼稚な手段に見えるわ」
「そうだろうね。一回だけ、マミゾウの慾望に乗っかってみただけだからね」
「ふぇっふぇっふぇ、十二分に能力を発揮させてみたわい」
しかしながら、藍の化けた霊夢は目つきが狐のそれだし、マミゾウの化けた霊夢は葉っぱの意匠が剥き出しになっていた。
「はぁ……素直に宴会で盃を交わせば済むものをねえ?
あるいは葉っぱじゃないお賽銭を寄越すか、のどちらかよね」
「流石博麗の巫女……ガードが堅いわ」
「十二分に、とは言うたが……おおよそお主と瓜ふたつになりゃあ、お主の寿命が気にかかってしまうじゃろう」
「ドッペルゲンガーのこと?無邪気に信じてるのね、古狸のくせして」
「ふぇっふぇっふぇ、悪かったのう」
「ともあれ、『人間を驚かす』という、妖怪にとっての基礎中の基礎を改めて身を持って感じ取りたいだけなのよ……ご協力お願いできる?」
「儂からも、このとおりじゃよ」
狐狸の巫女たちは、ほぼ完璧な五体投地で本物に庶幾った。
「腰の低さだけは立派よね……それなら、お望みどおり1回だけ」
霊夢は家宝である巨大な陰陽玉を纏い、狐狸の巫女たち目掛けてそれなりの峰打ちレベルの打撃を放った。当然、狐狸たちは長距離を空中散歩せざるを得なかった。
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【陰陽で ドンと突き出す 狐狸の巫女】
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「今更すぎない……?」
「申し訳ないです」
後日、主人の八雲紫に窘められる羽目になった藍。その前にも橙から「藍様、無理はなさらず!」と励ましを受けたばかりだった。
「いくら人間との距離が遠いからって、付喪神の言うことを言葉通りに呑み込んじゃ駄目じゃないの?化け傘の意見も一理あるけれどね、俗に染まりすぎな気がしてならないわ」
「うぅ」
「折角二ッ岩マミゾウっていう、二重の意味で良い悪友が出来たんでしょう?それ相応の驚かしをすれば十分だったはずよ」
「ですね……」
「色々小言はあるけども……藍、化ける才能が残ってただけでも自慢できるんじゃないかしら」
「あ」
「無理にとは言わないわよ。橙だってそう慰めてくれたじゃない。何なら無害なレベルで化けたうえで人里でお遣いしてきても良いんだから」
「な、なるほど」
「鈴仙だっけ?あの子は化けられないし薬売りはああいう格好で仕方ないけども……九尾を隠すだけでも立派な『化け』よ」
「ふむふむ」
「それに、人間らしい姿になっていればある程度好奇心の強い人間は寄り付いてくるはずよ?もうちょっと解きほぐすべく努めなさいな」
「わ、判りました」
「……ふああ、寝足りないわね……」
「すみませんでした、如月さえ影も形もないうちに……おやすみなさいませ」
「春告精を見かけたら……マミゾウも連れてきなさいよ……貴女と尻尾のモフり比べ、させなさいね……zzzz」
藍の心に、僅かながらも桜の花弁が吹きすぎていった。