ビッチ・アンタト・シテエ

ビッチ・アンタト・シテエ


アキが周囲を認識した時、彼は海沿いから何処かのホテルの客室内に移動していた。警戒する彼の耳が開閉音を聞き取った為、アキはそちらに顔を向ける。

「ビッチの悪魔か…?」

「正解です。お久しぶりですね、早川アキ」

バスタオルを体に巻いた美女が浴室から姿を現した。如何にも湯上がりといった様子で、全身がしっとりと濡れている。

駆除に移りたい所だが、アキは現在、武器を携帯していない。

「目的は何だ」

「早川アキ…私と契約しましょう。そうすれば、貴方を向こうに帰してあげます」

ビッチの悪魔はアキの近くにあるベッドに腰を下ろすと、微笑を浮かべて言い放った。

「なぜ俺に求める」

「それは…貴方があの時間、あの場所に現れたからです。現れたのが他の誰かなら、その人物に契約を持ちかけたでしょう」

「対価はなんだ」

「早川アキ。貴方のエロを私に見せてください。そうすれば喪った腕と寿命を、私の力で戻すことが出来ます」

ビッチの悪魔が求めた代償の意味を掴みかね、アキは眉を顰める。

早川アキがその日、帰ってくる事はなかった。デンジはマキマに心当たりを尋ねるが、彼女も見当がつかないようだった。

ちなみに、銃の悪魔は既に討伐されたと同じタイミングでデンジは聞かされた。予定よりも早く出現した銃の悪魔は、公安デビルハンター達によって駆除されたらしい。

ひとまず、アキの捜索願だけ出して、デンジとパワーは彼の帰りを待つ事になった。もし、来月になっても帰ってこなかった場合、殉職者として扱うとマキマはデンジに告げた。

「他所で女でも作ったかもしれんのお」

「何!?冗談じゃねえぞ!」

アキが姿を消して数日が経った。

一人分の空白が少しづつ大きくなり、ぼんやりとした不安がデンジに忍び寄ってくる。

(もし帰ってこなかったら、どこに住むかな)

夜、コンビニでアイスを買って帰る途中、マキマと鉢合わせた。彼女はデンジを自宅に招き入れた。

(あ、そういえば…俺、銃の悪魔倒してない)

マキマの家は大変居心地が良かった。彼女が飼っている犬達とじゃれあいながら、デンジはお茶とティラミスをご馳走になる。

「早川君がいなくなって寂しい?」

「そんな…大丈夫っすよ…。パワーもいるし…」

「そう?早川君はそんなに弱い人じゃないから、絶対2人の元に戻ってくるよ」

マキマの言葉でアキのいなくなった不安が和らぎ、デンジの目から涙が零れる。

デンジの涙を見て、マキマは約束の話を切り出した。

「私に叶えて欲しい事を言ってみて」

デンジはマキマに一晩共に過ごす事を、目を泳がせながら要求した。断られるだろうと思っていたが、彼女はデンジの要求を呑んだ。

それから先のデンジは、まるで熱病に侵されたようだった。ゴムが用意され、マキマの裸身が露わになると、デンジの心臓は滅茶苦茶なリズムを刻み始める。

マキマの導くがままに前戯を済ませ、デンジはマキマの中で絶頂に至った。この夜、デンジが主導権を得ることはなかったが、デンジは満足だった。

デンジが初体験を済ませた翌朝、朝食前にマキマの家のチャイムが鳴った。

「あ…来た来た。さっき、パワーちゃんを家に呼んだんだ。一緒に迎えに行こう」

マキマに言われるがまま、デンジは玄関までついていく。一緒に朝食をとるつもりか、と独り合点するデンジは、パワーに昨晩の事を揶揄われるだろうと、先の展開を想像した。

「デンジ君がドア開けて。

私がパワーちゃん殺すから」


「え?」

マキマの言葉を飲み込めなかったデンジは彼女に先ほどの発言について問うが、マキマはデンジにドアを開けるように促すだけで、質問に答えようとしない。

「大丈夫。私を信じて?」

恐々とドアを開けるデンジは、今日が自分の誕生日である事を思い出した。

「デンジぃ〜…」

「おお…」

ドアを開けると、粘っこい笑みを浮かべたパワーがケーキを浮かべて立っていた。

「ぱん」

ケーキを持っていたパワーの身体が弾け飛んだ。

「じゃあ、朝ご飯にしようか」

パワーの返り血がデンジの頬についている。

家に入ると、マキマは用意した2人分の朝食を並べていく。

「夢?」

「え?」

「え?」

あまりにも脈絡が無さすぎた。

銃の悪魔を倒していないのに、マキマと枕を交わす事ができた。そこはいい。その先の展開は意味がわからない。なぜ、マキマはパワーを殺した?

「マキマさん…なんで外。だって、ユメ…」

「はぁぁぁ……。くくくくく…」

マキマはデンジの顔をじっと眺めると、手で顔を覆って息を吐いた。

直後に顔を覆ったまま笑い始める。顔を上げた彼女はデンジがその場にいないような態度で、一人爆笑している。

「上を脱いで」

彼女は食卓の向かいから、デンジにシャツを脱ぐように命令する。

マキマは己の意図を語り始めた。

デンジが普通の生活をするかわりに、ポチタはデンジに心臓を上げる。この契約を破棄させる為、マキマは最初に、デンジを幸せにする事にした。

仕事を用意し、給金を用意し、家族も用意した。そして、二人で昨晩を共に過ごした。

「そういう幸せをデンジ君の普通にして、それから全部壊すの」

その計画のため、マキマはデンジの過去を調べ上げた。

「デンジ君のお父さん。自殺したんじゃなくて、キミが殺したんでしょ?」

デンジの心の扉が開かれる。散乱するビール缶の中、デンジの父親が頭から血を流して倒れている。

酔った父親に殺されそうになったのだ。しかし、それでは借金が返ってこないから、周りの大人達が自殺で処理してくれた。

「やっと、扉を開けられた…

パワーちゃんを殺すのを手伝って、早川君がいなくなったのに私とエッチして、それで自分の父親も殺して。

そんな人間が普通の生活なんて望んでいいはずがないよね?」

「うん」

マキマは朝食に取り掛かる。少し冷めてしまったが、問題にするほどではない。

テーブルの向かい、床にデンジが横たわっており、彼の分も朝食が用意されている。しかし、彼は全く手をつけようとしない。

夢の中、パワーに送り出されたデンジは岸辺に助けられて、コベニと共に小さな部屋に身を隠した。

部屋の一角を占領するテレビから流れる報道で、自分がチェンソーマンと世間で呼ばれている事を知った彼は、チェンソーマンとなってマキマと対決する事に決める。

心臓からもぎ取ったポチタに囮になってもらい、貰ったパワーの血で作ったチェンソーでマキマに一撃を浴びせた。

そして、マキマの身体を全て食べて一つになる、という奇想によって、デンジはマキマ…支配の悪魔を討伐した。

その後、岸辺が連れてきた次の支配の悪魔である少女、ナユタと共にアキの家に帰宅。

(マジでどうすっかな〜、これから)

デンジが考えていると、来訪を告げるチャイムが鳴った。デンジは一瞬躊躇ったが、アキが帰ってきたのかもしれないと思い切ってドアを開ける。

「誰!?」

「俺だ…それも含めて説明するから、お前も何があったか話せ」

公安の制服を着た黒髪の女が立っていた。女は早川アキと名乗った。身長は低くなっているし、乳房が存在を主張するようにシャツの胸を押し上げているが、顔にはアキの面影がある。

その後、事情聴取などもあってアキは公安の施設に拘留されたが、しばらくすると自宅に戻る許可が出た。そして、3人暮らしが始まった。

「今日は職員連中と飲みにいくから、帰りが遅くなる。ナユタにはあまり、夜更かしさせるなよ」

ビッチの悪魔と契約して女の身体を得てから、アキは警察官や公安デビルハンターなどと飲みに出かける事が増えた。


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