6.fatalcrack

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 南流魂街14区。

 その中でも取り分け人や物の往来が激しい山間部の町を、一台の牛車がガタコトと音を立てて横断した。

 田舎では一生見ることの無い絢爛な装飾に何事かと遠巻きに眺める町民達。その横を、旅装束に身を包んだ九歳ほどの少年が鼻歌交じりに通り過ぎる。


 麗らかな春の木漏れ日の中、肩にかけた荷物を揺らし少年は畦道から山道へ分け入る。そうして辿り着いた人の気配のない川の畔に、少年は首を捻ると辺りを見渡した。

「お〜い!梨子〜!居るかァ!居たら返事しろ〜~!!」

 "梨子"とは、2ヶ月ほど前から少年が気にかけているある少女の名だ。とある事件をきっかけに少女と知り合いになった少年は先月、共に『真央霊術院』の入学試験を受けた。


 合格発表は14日後。今日はそれを確かめるため瀞霊廷に行く旅路の一日目。もし受かればそのまま瀞霊廷へ移住することになるので荷物も多い。

 当然その様な厳しい道程を、幼い少女ひとりで歩ませるわけにもいかず…。

--いやまあ、アイツ・俺が比じゃないくらいには逞しいんだけどな?

 あの少女ならば、百里先の瀞霊廷も十日で踏破してしまえるのではなかろうか。そう思考していた海燕の視界の端に紙らしきものが落ちているのが映る。

 近づいてみるとそれは未だ汚れのない紙で、重石で飛ばされぬよう固定されていた。拾い上げ、中を検める。

『海えんへ

先に瀞霊廷へ行きます』

「はァ!? オイ! どういうつもりだアイツ!」

 この二ヶ月の間に少女の悪戯と猪突猛進っぷりに振り回されてきた少年は、最初こそ尊敬していた気持ちも今では怒りが上回るばかりであった。

「ってかアイツ本当に一人で行けるのか…!? 迷子になってねェだろーな!?」

 とは言っても心底善良な少年が怒る理由は純粋に少女の身を案じていたからなのだが。


「いや、こんなところで時間食ってる場合じゃねェ…。 今ならまだ追いつける…! ──行くか、瀞霊廷へ!」


 かくして少年は一人、瀞霊廷への旅路に出た。その途中、いくら探しても梨子という少女が見つかることは無いとも知らずに───










 瀞霊廷・真央霊術院


 艶やかな黒髪を束ねた少女・都は、真央霊術院前に立てられた掲示板に自身の名前が記されているのを見て喜んでいた。これで来月から晴れて院生である。死神になる第一歩だ。


 同期となる者達の名をひと通り眺めたのち、踵を返したところで一人の少年が目に留まった。自身と同じ背丈の少年は、都が来たときから変わらず掲示板の横を動かぬまま、人々が行き交う通りを疲れた顔で眺めているのだ。

 どうしたのだろうと心配に思った都は生来の世話焼きから少年に声をかけていた。

「こんにちは」

「お、あー、こんにちは!アンタも受かったのか?」

「と、言うことは貴方も?」

「おう! 来月から同期だな! よろしく!」

 先程の沈んだ様子とは打って変わり、硬い表情ながらも快活に受け答える少年に嬉しくなった少女は笑いを零す。

「ふふふっ、宜しくお願いします。楽しい霊術院生活になりそうで嬉しいわ」

 人好きのする少女の笑顔に、少年は少し照れた様子で破顔する。

「ああ! 私ったら…名乗るのを忘れていましたね。───あらためまして、"都"と申します」

 差し出された手を握り返すも、一瞬躊躇いながら少年は己の氏名を名乗る。

「…"志波"海燕。海燕でいい」

 都は聞き馴染みのあるその名に僅かに目を見開き、そうでしたか、と相槌を打つ。そして何事もないかのように穏やかに微笑むと、少年の名を優しい声で紡いだ。

「よろしくお願いします。海燕さん」


 その後、知り合いの少女が行方不明だという海燕の話を聞いた都が思いのほか深刻に受け取り、「宿屋を探して廻る」と言い出したのを切っ掛けに二人は市中を奔走する事となる。

 当初は都の助力によって南門の門番と付近一帯の安宿屋に梨子の特徴が伝えられ順調に情報を集めるも、何故か影も形も見あたらず。悩んだ二人は敷居の高い宿泊施設を訪問しては、その度に捜索への協力を頼んで廻った。

 そして「現在、瀞霊廷に梨子は到着しておらず、おそらくは迷子か行き違い」と海燕が結論を出したところで……とうとう、瀞霊廷の空に帳が降りた。


「悪ぃな都、こんな遅くまで…」

「いいんですよ。梨子さん、はやく見つかると良いですね」

「ああ、今日は本当に助かったよ。ありがとな!」

 都を家の前まで送り届けた海燕は、道中何度目かの感謝を伝える。言葉の軽さに対して真剣な色が含まれた口調に、都は微笑みを浮かべた。

「どういたしまして。お力になれて幸いです。今度は梨子さんも一緒に、霊術院でお会いしましょう」

 そう返す声は優しく、それに応える言葉を探す海燕の表情もまた穏やかなものだった。

「──ありがとう、都」


 夕闇の中、海燕は帰途につく。沈んだ街路を歩きながら深く息を吸い込むと、心を落ち着かせるように長く吐きだした。


「……さて」


 『迷子か行き違い』と結論づけた筈の海燕は、神妙な顔つきで虚空を睨みつける。

 本来ならば有り得ない光景を思い出すのは容易だった。梨子と合流する筈だったその日に、村を訪れていた貴族の牛車。──そこに描かれた、『綱彌代の家紋』を。


「よりによって"五大貴族"…。面倒なことになったぜ…」


 そう呟く声は憂いを帯び、暗い街路に溶け込むように響いた。








「まぁ、だからと言って放置するわけにもいかねェしな」


 そう自身に言い聞かせながら海燕が立ち止まったのは、豪華絢爛な城郭の門前だった。

 海燕の姿を認めた門番達は門の両脇に控えると城内へ客人の来訪を伝えるべく、声を張り上げる。


「志波家嫡男・志波海燕さまの御入城だ!城門を開けよ!!」


 その言葉で、外構えの大門が重厚な音を立てながら開口する。海燕が門の先を見ると何故か、既に来訪者を迎えるべく並び立つ人の群れがあった。

 どうやら自身よりも先に来訪者が居たことを理解した海燕は、そのあまりに大仰な列の間を内心首を傾げつつ突き進んだ。

 そして、屋敷の中へ入る本玄関へ辿り着く直前。玄関の扉を開け放ち男が一人、陽気な声を響かせ姿を現した。


「それじゃNe・梨子ちゃん! 気が変わったら連絡Yo・Ro! ボク等いつでも上で待ってるからSa !」


 男の「梨子」という言葉に海燕はやはりここに居たのか、と苦々しい顔をする。そして次に意識が向いたのは、褐色肌の男が死覇装の上に纏う白い羽織だった。

「…隊長羽織…?」

 護廷十三隊に於いて、たった十三席しかない隊長位に就く者のみが纏うことを許された白羽織。それによく似た意匠の施されたソレを纏う男はしかし、海燕の知るどの隊長とも合致しない容貌をしていた。

(いや、違う。この背の紋様は───、)


「Heyーー !! そこの坊Ya! 今ちゃんボクを呼んだKai!」

「え」

 男は勢いよく海燕の方を振り向くと、掛けたサングラスを陽光に煌めかせ、ハイテンションでそう叫ぶ。

 その瞬間、脇に控えていた男達がサッとスポットライトを白羽織の男に向けて点灯させた。

「うわァッ!?」

 強烈な光を浴び、目を覆う海燕。どこからとも無く大音量の音楽が流れ出し、バシュウッと煙幕が撒き散らされた。

「Soーー!ちゃんボクこそ!ナンバワン ザンパクトー クリエイラァー!! 二枚屋 Oh-Etsu!

Si・Ku・Yo・Ro・でェーーース!!」

 奇抜が過ぎる口上に海燕は目を見張りながらも言葉の意味を理解し、更なる衝撃を受ける。

「"刀神"二枚屋王悦…!?」

「Soー言うキミは! 五大貴族が一家・志波の嫡男坊、志波海燕Da・Ne」

「なぜ王属特務が、瀞霊廷に居られるのですか…!? というか本物…!?」

 王属特務・零番隊。隊士は居らず、構成員は隊長位に就くたった"五人"の死神のみ。しかしその総力は、六千人を超える十三隊の全軍をすら上回ると言われている。

 だが霊王を守護する彼ら零番隊が霊王宮から離れることは滅多に無い。あるとすれば、それは三界に甚大な被害を齎す恐れのある事象が起こった時のみである。

 そんな例外的な存在である零番隊が今、海燕の目の前に立っていた。

「本物かい?とはご愛敬! 五大貴族様の屋敷に乗り込んDe、そんな大ボラ吹く勇者は居ないYoh!」

 男はそう言い、脇に控えた男衆の抱える数十の"刀"から一つを引き抜くと、海燕の目の前に差し出した。

「コレは"浅打"。つまりは己の魂の精髄を写し取る以前の、"最強の斬魄刀"だYo!

今日は『三界の安寧について、瀞霊廷の重鎮方と語り合う』次いでに、ちゃんボクのクリエイトしたこの"浅打"達を新米院生チャン達にプレゼントするっていう仕事があるのSa」

 要するに今期の院生達に配られる予定の"浅打"を「刀神」自らが手渡しに来てくれたという事だ。海燕は慌てて差し出された浅打に手をかける。

 そして、困惑の表情で男を見上げた。何故か男が手を離さないからである。


 グイッと男が近付き、浅打を海燕の胸元に押しつけると抑えた低音で囁いた。


「…大方、お姫様を助けようと急いで乗り込んで来たんだろうケドNe。無策はタダの無謀だYo」


──帰りな。坊Ya。


 グラサン越しに冷えた目で見下ろす男を、海燕は額に汗を垂らしながら睨み上げる。威圧なのだろう、男から流れ出す霊圧が全身を粟立たせた。

「………ご忠告、痛み入ります。…ですが…!それならば尚のこと…帰る訳にはいきません…!!」

 見上げる少年の目差しは実直さを帯び、男の目を射抜く。然し、男はそれに肩を竦めて返した。

「んン〜〜〜〜ソレは一体全体、何が理由だってンDa・i? まァ、志波家の考えるコトなんて聞くまでも無いケドNeェ。

───それが自分のエゴだって、解って行動してるのかい?」

 再度の忠告に海燕は一瞬だけ瞼を伏せ、男を見つめ直す。

「……わかっています。これはただ、自分が後悔しない為だけにしている事です。アイツはきっと…俺に関わるなと言うでしょうし、もし…ヘマをこいて俺が死ねば、アイツを苦しませるだけ苦しませて終わっちまう…!」

「解っているなら何故だい」

「…アイツと"友達"でいると決めたからです。───だから、俺はアイツを一人で、行かせるワケにはいかねえんだ」

 意思の固い瞳を男は暫し見据えた後、浅打からそっと手を放す。

「…そうKai。キミ達は良い仲間を持ったNe」

 そう言いながら横を通り過ぎる男の顔に、僅かな愁いが滲んでいるように思え、海燕は返事に窮した。


「──精々その誇り、大切にするコトだYo。それが刃を振るうコツSa」


 数人の男衆を連れて立ち去って行く背中を、海燕は物寂しげに見送り、自身もまた踵を返して前を見据えた。手に持った浅打を腰側の帯に差し込む。

 そして、魄動が早まるのを感じながら玄関に立った。

 この先に居る者達は、話し合いで解決できるような簡単な相手では決してない。最悪、梨子を連れて尸魂界中を逃げ回る事になるだろう。そうなれば家族にも迷惑をかける。しかし…ここで逃げたならば、それこそ親父達は笑うだろう。

 よって海燕に迷いはなかった。

 扉を引くために手を伸ばす。だがその前に内側から扉が開き、五歳ほどの童女が顔を出した。


「あ〜〜!やっぱり海燕だ!久しぶり!」


 そう言って気の抜ける笑顔を浮かべる童女。その姿は確かに、海燕の探していた友のものだった。

「梨子…!? 無事だったのか! 怪我とかねえだろうな!?」

「怪我はないよ?」

「そうか!良かった!じゃあオマエ、今すぐ帰るぞ!」

「…? どうして?」

 梨子が心底分からないといった様子で首を傾げる。

「どうしてって…オメー」

「…ああ!もしかして心配してくれたの?それなら大丈夫だよ海燕!実はわたしね!


──綱彌代の"養子"に入ることになったの!」


 そう、童女は満面の笑みを湛えながら「だから大丈夫だよ!」と呆ける海燕へと言い放った。


「ぜっ……全ッ然・大丈夫じゃねえ!!!?」


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