ルナ冴(未満)の盛大に何も始まらない闇オクSSが出来たんだけど勿体無い精神で上げとく〜消してたら正気に戻ったんだなと察してほしい
「ちょっとウチの子助けるのに闇のオークション会場に潜入してくれない?」
「断る」
「そう言わないで?ねぇ、冴」
お願い。そう言って首を少し傾げてみせる男に冴は片眉を吊り上げた。
立派な革のソファに足を組んで座る姿は高飛車な女王にも気紛れな猫にも見えて、二人を囲むように侍る花のような少年少女に見劣りせず美しい。
「なんで俺がお前の為にそんなことしなきゃならねぇ?」
肘をついてじとりと睨め付ける冴は目の前の男、ルナに招かれてこの家に足を運んでいた。断ろうと思っていてもあの手この手と先手を打たれ、結局来る羽目になって何度目か。マゾ犬相手にするよりはマシだと考えてからは拒否する数も減ったが、今回ばかりは断固拒否すれば良かったかと顔を顰めた。
「俺の為じゃないよ、この子たちの為」
そう言ってルナが手を招くと一人の少女が冴のすぐ隣に立つ。チラリと視線を向けたその顔には見覚えがあった。いつも二人で手を繋いで冴に似合いそうな花を差してくる片割れの少女。それが今日に限り一人。
「お前……妹はどうした」
問われた少女は俯いて唇を結んだまま白いワンピースの裾を握った。目の前で笑むルナと冒頭の一言、ここまで揃えば誰だって察しがつく。
「……ハァ」
ああ溜め息が出る。
理屈は分かる。家族を奪われて冷静じゃない上に小さくて弱い少女と、前に人身売買から無傷で脱出した実績のある男なら俺だって後者を囮にする。
それに。
今にも泣き出しそうになりながらも強い意志を込めた目で少女が小さく「サエ」と乞う。
大事な下の子が酷い目に遭わされて無いか心配で、本当なら自分が向かいたいだろう気持ちなら、冴にだって分かってしまうので。
「まあそういう事なんだよね。それで冴」
「……いつだ」
「ん?」
「そのクソオークションはいつやんのかって訊いてんだよ」
フン、と鼻を鳴らして言い放たれた言葉にルナは目を見開いた。
「あれ、ホントにいいの?」
「ハッ俺へのお願いなんだろ?高く貸しにしてや──ぅグッ」
話の最中だったが「ありがとサエ!」少女が抱きついてきたのを皮切りに、他の猫たちも嬉しそうに冴に群がって揉みくちゃにされたので結局のところ貸しに出来たのか手応えは無かった。
◇ ◇ ◇
妹の方は物陰に隠れておけと念を押した。どうせこの会場内にルナは来ているだろうし、俺が暴れていればその間に回収くらいは出来る筈。
つまりここで俺がやらなきゃいけないのは、一人出品物が足りないことに気付かせない立ち居振る舞いだ。
「さあさあ皆様方!大変お待たせいたしました!本日も見目麗しい少年少女が選り取り見取りにございます!」
目元だけの仮面を付けた男が、マイクを手に高らかに宣言する。黒一色だった視界は白一色へと変わり、下卑た歓声が光の向こうから上がっている。見世物にされるのはいつだって最悪の気分で無意識に目を細める。
なるべく体は動かさないように、視線だけで周りの様子を伺う。“猫”みたいなヒラヒラした衣装を着せられた奴隷候補たちが、転々と置かれたソファの上で身を寄せて震えている。俺も含め全員が両足に枷をつけられ鎖に繋がれているが、自分で歩かせるためかそこそこ長さが取られていた。身じろげば鈍色の鎖が重く揺れる。
さて、この場における冴といえば有り体に言って世界で一番プリンセスだった。ヒラヒラと靡くハイスプリットドレスにガーターショーツを合わせ、ヘッドドレスと顔を覆う薄手のベールに飾られた人形のような少年。足には枷と細いリボンの編み上げヒールのみで滑らかな生脚が眩しい。赤と金の玉座に一人押し込められ、膝の上や台座に薔薇を散らされた姿は冴だけが気付いてない冴の魅力をこれでもかと押し出していた。因みにこの衣装は前回出品された会場で犬堕ちさせた何処ぞの富豪達からの貢物をルナと吟味した結果である。くそマゾ犬の趣味って似通ってんなぁ、に感想が収束されたのは言うまでもないだろう。
「さて、ご覧頂きましたこちらの商品ですが……皆様気になりますはやはり特上品、でしょう?」
大袈裟な身振りと共に光が絞られ、冴にスポットライトが当てられる。流石に眩くて目を閉じた。コツコツとステージ上を歩いて男が近づいてくる。
「本日の特上品はこの『黒薔薇』。飾るも良し、愛でるも良し、勿論手折るのも良し。さあお披露目致しましょう──」
ぺちゃくちゃ話しながら寄ってきた男が冴のベールに指をかける。
ビュッと風を切る音、遅れてジャラリと重い金属音。マイクが床に落ちる鋭い音が会場に響き、歓談の声は静寂に飲み込まれる。
ステージに花びらが舞っていた。薔薇の玉座に人は無く、ライトからはみ出ない床に男は倒されている。衝撃で仮面が取れた男の顔を客席に見えるよう支えているのは、その背に座る『黒薔薇』の鎖。
「ぐ、うぅ……」
無理やり海老反りにされたうえ、首に鎖が巻き付き引っ張られている男は苦しそうな呻き声を上げる。視線を舞台裏に向けてるのは出てこない黒服に焦れてだろうか。そいつらはもう犬に成り下がってるから来やしないが期待する分は自由だろう。
「顔は下げるな、ちゃんと周りに見せてやれ」
そう耳元で囁いて鎖を引くため片足を開く。締まり過ぎないよう、立てたヒールの靴先に顎を置かせてやってるのは女王様の優しさに他ならない。緩まないよう押さえつけてる、とも言えるが。
会場は変わらず静寂に支配されていて、唯一明かりのあるステージに釘付けのままだ。野次が飛ぶ前に冴はマイクを拾い上げる。
「あー……残念ながらオマエらには俺は勿体ないので買われてやることは出来ません」
商品が話し始めた事にやっと客たちが騒めきだす。紳士ぶった口調で投げられる罵詈雑言を歯牙にもかけず冴は言葉を続ける。
「顔も見せてやること出来ねぇけど、それじゃオマエらがあまりに可哀想なので。一つだけ、売ってやる事にした」
両足を曲げて鎖を引っ張る。男の体が反り返り、近づいた頭を太腿で挟み込んでやる。荒い呼吸を繰り返す男には既に他の犬と同じ好色が見え隠れしていた。
「よし、いい子。もう元気に鳴けるよな?」
ベールの隙間から顔を覗き込むとより一層目が蕩けて、へっへっと舌を出してみせた。指先で舌を摘んでやると、犬は嬉しそうに身体を振るわせる。
他を全て置き去りに行われた新しい犬と女王様のやりとりに、いつしか罵倒も止んでいた。あるのはベルトとリボンが食い込んだ麗しい足で頭を挟まれている男への醜い羨望と『黒薔薇』に全てをめちゃくちゃにされたい仄暗い欲望。
闇を牛耳る大人の社交場で、全てを飲み込み冴は君臨してみせたのだ。
「売るのは俺の足置きになる権利。初めは一億から」
男の腰に挿された躾用の鞭が目に入る。抜き取って、そのまま男の尻に打ち付けた。
「スタート」
犬は吠えて、客席からは札が上がった。
◇ ◇ ◇
「お疲れさま『黒薔薇』」
闇オークションから一匹の子猫を取り返した後日、開口一番そう言われた冴は眉間に皺を寄せた。
「それで呼ぶな」
「いいじゃん、似合ってたよ?」
「やめろ」
すっかり定位置となったソファに背中を預け、淹れたての塩こぶ茶に口をつける。冴しか飲まないそれを常備させてる理由はあまり考えたくない。
「それで?態々チームメイトに根回ししてまでここに来させた理由はなんだ」
「そんな酷い顔しないでよ、お礼なんだから」
「それならサッカーにしろと先日言ったが」
「俺から冴へはそうなんだけど、この子達からのお礼の方だよ」
そう言ってルナは足に寄りかかる少女を撫でる。今回の件で増えた新入り猫の一人だ。
「みんなね、冴にありがとうって言いたがってたから」
「あ?」
みんな?と疑問符を浮かべた冴に横から突っ込んでくる子猫がいた。白いワンピースの幼い少女、件の姉妹の妹である。
「な、んでお前らはそう勢いよく……!」
文句を言い掛ける冴の眼前に花が広がった。花に詳しくない冴でもこれは分かる、ピンク鮮やかな薔薇の束。
「サエ!これ!」
花を掲げる本人の目一杯の笑顔に押され思わず花を受け取る。5本の薔薇のミニブーケは少女が選んだのか、愛らしいリボンが結ばれていて少しだけ気後れしてしまう。ふと周りを見れば誰も彼もが冴を見て温かな笑みを浮かべている。
「貰ってあげてよ。みんなからの気持ちだから」
それと、コレは俺から。立ち上がったルナがブーケの上に一輪の花を置く。
「……お前だけ、性格悪りぃんだよ」
ピンクの上に黒。どう見ても黒薔薇。薔薇担当は俺じゃねぇし、サッカーだけでいいってのに、さっきやめろっつったのに現物が出てきた。クソが。突っ返してやりてぇ。
けど。
膝にしがみついて目を輝かせる少女の「『黒薔薇』のサエ綺麗だったものね!」は悪意ない褒め言葉だし。このブーケが感謝の気持ちなのも間違いなくて。何より満面の笑みで好意をぶつけてくる小さい子に既視感を感じてるのも事実で。
「貰うだけ、貰っといてやる。花の世話なんてできねぇから──「サエ!!」だからお前!」
結局折れるのは毎回冴の方で、その後猫たちに抱きつかれ纏わりつかれることが様式美となっていることにこの場で冴だけが気付いてなかった。