4747某日記

4747某日記

H保守

 ヒナ委員長とシャーレから戻って数日後。ゲヘナは”静か”になりました。絶好調のヒナ委員長がゲヘナで暴れていた規則違反者たちを根こそぎ捕え、反省部屋や牢屋に叩き込んだからです。

 その処理が終わると、私たち風紀委員会所属のアリスのお仕事は一時的に全てなくなりました。

 それがちょうど昨日の、金曜日のこと。

 もちろん次の日は土曜日です。休日祝日に消化しなければいけない仕事がなければ、その日は風紀アリスもお休みになります。風紀アリスにとって、とってもとっても珍しいお休みの日です。

 そういうわけで、久しぶりに”静か”な休日がやってきたのでした。


 ちなみにゲヘナ風紀委員会において、”静か”とは、ヒナ委員長が出撃していない日のことを指します。





 お外は”静か”ですが、しかし量産型アリスだけで出歩くのは危険です。

 ゲヘナでは、というよりキヴォトスでは、正規の手段で金銭を稼ぐ方法が乏しい人及びその他は少なくありません。そんな人たちが1人で歩く量産型アリス、あるいは量産型アリスだけの集団を見かけてしまったら、つい”魔が差して”しまうかもしれないからです。

 私たち量産型アリスにも自衛能力は多少ありますが、一部の戦闘力の高い子を除いて、基本的には1対多になった瞬間に詰みます。1対1でも逃げるのがギリギリなのに、複数人居たらもう無理です。

 多対多も、もちろん無理です。基本的に相手の火力の方が高いので、そもそも戦いになりません。


 そんなわけで。


「こっちっスよ~」


 風紀委員の浦井戸さんが小さな風紀委員会の旗を持って私たちを先導しています。

 せっかくの休日なので、風紀アリスのみんなでスイーツを食べに来たのです。ちょうど浦井戸さんは予定がないそうなので、引率兼護衛を引き受けてくれました。

 1人いるかいないかで全く違うので、浦井戸さんの存在は本当にありがたいです。

 4747号はヒナ委員長も誘おうと思った(ヒナ委員長のことは、みんな大好きです!)のですが、ヒナ委員長は旧校舎に用事があるらしく、しかもそれがヒナ委員長1人でなければいけないそうなのです。ですので今日は別行動になりました。

 本当は、風紀委員会みんなで……みんなで行けたらいいのですが、中々機会がありません。ヒナ委員長に何かそういったイベントをおねだ、ではなく提案したら、許可してくれないでしょうか。


 お目当てのお店は、ゲヘナ学園本校の敷地のすぐ近くにあります。ここは駅までまっすぐ、綺麗に整備された目抜き通りです。登下校する生徒の皆さんのために、たくさんのお店が並んでいます。

 治安もいいです。この辺りに住んでいるアリスによると、2日に一度、タイマンが勃発する程度だそう。爆発で道に穴ができたりはしません。人通りがあるので大事にし難いのでしょう。


「ここッス!自分のオススメッス!」


 そして到着したスイーツショップに、私たちは目を輝かせました。外出が本当に久し振りな上に、甘いものには目がないからです。

 入口にある立て看板に今日のおすすめなどと一緒にカワイイイラストと……美食研究会のシールが。奴らは自分たちが訪れた店にこういった痕跡を残すことがあります。それがない店は、爆破された店です。

 ……ということは、この店は爆破されなかったんですね!?。

 とするとかなり期待できそうです。奴らの舌には期待できます。

 入り口にある黒板的な立て看板とメニュー表をみんなでニコニコ眺め、そしてなんとなく店内に入る雰囲気になったとき。


「んじゃ予約はとってあるので!行くっス!」


 浦井戸さんが張り切って手を挙げて――

 その腕が何かに掴まれました。


「……?」


 浦井戸さんのぽかーんとした視線が、掴まれている自身の腕と、こちらを往復します。

 誰かが漏らした疑問形を皮切りに――浦井戸さんが空中に引っ張られました。


――うわぁぁぁぁあ!?


  そして大きな口(?)に、パクっと食べられました。そして口が左右に、もしゃもしゃ動きました。


「え、Emergency!Emergency!」「巨大パンちゃん!出現です!」「うわーん!せっかくの休日がーーーー!」「風紀委員会に緊急連絡します!」「逃げます逃げましょう!」


 パンちゃん。

 ゲヘナでは8日に一度程度の頻度で出現するよくわからない生物……ナマモノ?です。名状しがたい触手が生えたパンケーキのクリーチャーです。

 最もこの様な巨大な個体が出現するのは珍しく、普段はくるぶしとか膝くらいまでのサイズです。なぜか私たち量産型アリスに寄ってくるので、近づいたところをナタで分割して絞めて捨てています。

 しかしもちろん巨大な個体は……対処不能です!


「しんがりは任せて下さい」


 72号がライフルで襲ってくる触手を迎撃します。

 先ほどパンちゃんは量産型アリスに寄ってくると書きましたが、今回の様な巨大パンちゃんの場合は、量産型アリスを触手で優しく掴んで口(?)の中に運びます。つまり食べられちゃうのです……。

 ちなみに巨大パンちゃんは量産型アリスを1機そうすると満足するのか、しばらく動きを止めます。

 理由はよくわかりません。わかりたくもないですが。

 前に接敵したときはヒナ委員長が一緒に居たので、4747号は掴まれただけでした。しかし今回は護衛は既に食べられて、戦えるのは72号だけ。

 つまりピンチです!


「応答アリ!現着まで15分!」


 無理無理無理無理!無理です!

 この真っすぐな通りでは隠れる場所がなく、距離をとるしかありません。巨大パンちゃんはあの巨体に見合わない速度で動きます。私たちが全力で逃げてもいずれ捕まってしまうでしょう。

 そうならないように72号が時間を稼いでくれていますが、それだって限界があります。

 近くの店舗に逃げ込むのも無理です。いつのまにか全ての店舗が対爆シャッターを下ろしてます。

 食べられたらどうなるか――。想像で冷汗が頬を伝いました。


「……4747号」


 いつの間にか後退しながら攻撃していた72号が、バックステップで射撃しながら隣に着地し、4747号に言いました。


「10秒時間を稼いでください。奥の手を切ります」

「何かあるんですね!!!!!でもそれよくないものじゃないですよね!!!!!」

「……あまり良いものではありません。でも手段を選んでいられません。武器が必要なら私のサブウェ――」

「わかりましたぁー!」


 即断即決。ヒナ委員長のお世話から学んだことです。

 72号は一瞬びっくりしたような顔になって、それから顔を引き締めました。そしてさらに後方へジャンプ。立ち膝の射撃姿勢をとりました。

 4747号はそれを確認した瞬間に急反転、パンちゃんに向かって猛ダッシュします。

 武器なんて持ってないので、こうなったら吶喊です。10秒くらいどうにかしてみせます。


「ヒナ委員長はもっと4747号にお世話させろーーーー!!!!」


 なんか魂の叫びが口から出ましたが気にしてはいけません。

 すごいスピードで向かってくる触手を気合いで避けます。気合い避けです。まず2本避けて――

 あまってそれは無理。2本で壁を作らないでくださ――


「もきゅ!」


 思ったよりも優しく触手に受け止められ、ぐるぐる巻きにされました。

 巨大パンちゃんが動きを止め、4747号をゆっくり口(?)に運びます。

 ――大丈夫。食べるなら途中で離すはず。その瞬間に腕をパージして、その反動で空中で逃げる。これが勝利の方程式!

 そう考えていたのですが、巨大パンちゃんは4747号を口の中まで素早く運び、丁寧に降ろしました。2本の触手が器用に解かれました。そして小さな触手が目の前にやってきて、ぺこりとお辞儀をしました。

 脱出の機会はありませんでした。どうしましょう。


「――4747号!」

「浦井戸さん!?」


 先に食べられていた浦井戸さんがそこにいました。


「よかった!生きていたんですね!」

「まずい。早くこっちへ!」


 浦井戸さんが4747号に手を伸ばします。その手を掴むと、すごい力で引き寄せられ、抱き締められ、押し倒されました。

 何を!?と一瞬思いましたが、視界の端に映ったものが、頭を冷やします。

 浦井戸さんのもう片方の手に握られた起爆装置のグリップ。

 後ろの方にはC4がいくつか置かれていて――

 そして轟音と閃光が、4747号を揺らしました。


 ここまで10秒。


”ありがとうございます”


 アリスネットワークで72号からそんなメッセージが飛んできました。

直後、飛んできたビームが、巨大パンちゃんの上部を焼き切りました。



 結果というか、今回のオチ。


 あれから私たちは、動きを止めたパンちゃんを、駆け付けた風紀委員会や周辺の住民など、みんなで一緒に片付けました。巨大生物は後片付けも大変なんです。パンちゃんの死骸(?)を少しでも放置したら大変なことになります。主に虫とか臭いとか。

 万魔殿からも応援の放水車や軽トラなどが来てくれたので、作業は日が沈む前に終えることができました。ちゃんと帰る前に万魔殿宛の明細を出しておきます。すっごく助かりました。


「うわああああああああああああああああああん休日ううううううううううううう!!!!」


 誰かが叫びました。

 4747号も叫びたいです。


 72号は全身に力が入らないと言っていました。72号のセルフチェックだけでなく、救急医学部の8490号と一緒に行った簡易検査でも問題は見つからず、みんなで首をかしげていました。

 こうなったら4号お姉様だよりです。次来た時にちゃんと見てもらいましょう。

 ちょうど次の月曜日に来るのでそのときに。


 浦井戸さんは、持っていた耐熱装備で無事でした。破片で足とか手をすこし怪我していましたが、これくらいならすぐに治るそうです。この耐久力と回復力はいつも羨ましく思います。

 また誘うので、お休みになったら言って欲しいっス!とのこと。

 次もよろしくお願いします。


 こうして風紀アリスの休日はどっかにいってしまったのでした。


 そしてその日の夜。


「そんなことが」

「はい……」


 4747号は夕飯の時にヒナ委員長に報告しました。

 食事の時にお仕事の話はあまりしたくないのですが、今日はなるべく長時間のセルフチェックをする必要があります。残りの家事を家事を終わらせたらもうギリギリ。 話している時間がないのです。


「それで、ヒナ委員長。できれば、でいいのですが――お休みを貰えないでしょうか」


 4747号はダメ元で言いました。


「問題ないわ」

「……そうですよね。風紀委員会は忙しくて、休んでいる暇なんかない――ってえぇ!?」

「必要なら言ってくれれば。いつでも構わないから」

「ありがとうございます!!!!!」


 こうして風紀アリスはさらなるお休みをゲットしたのでした。

 次こそスイーツに挑みます!




 登場アリスメモ:4747号、72号、その他風紀アリス、

 その他登場人物:ヒナ、浦井戸(オリキャラ。風紀委員)

Report Page