3章④

3章④

善悪反転レインコードss

※3章はこんな雰囲気かなと自分なりのイメージを形にしてみたssです。

※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。

※反転ギヨームの探偵特殊能力を個人的に解釈しています。

※反転セスが保安部によって痛めつけられる描写があります。


※推理っぽい要素を描写していますが、素人が雰囲気を演出する為に捻り出した産物です。

 薄目で読んで頂ければ幸いです。


 アジトの屋上で現場検証をしているユーマの傍へと、ドミニクが近寄ってくる。彼は基本的にギヨームの傍に居るので、ギヨームの同意を経たのだろう。

『デカブツも参加するんだね? ギザ歯ちゃんと担当を綺麗に分けてるもんだと思ってたよ』

 死に神ちゃんのコメントは辛辣だったが、致し方無い側面が強い。

 探偵にあるまじき大前提だが、ドミニクは思考を放棄していると疑われるような人物で、ギヨームとコンビを組んでいるから許されている特例的な存在だ。使用する語彙もほぼワンフレーズに偏っている。

 だが、ハードルが低いフォローになってしまうが、ドミニクは何も考えていない訳では無いのだ。

 ユーマはそう短くない付き合いを経た事で、ドミニクの目線などで何となくだが彼が伝えたい内容を幾許か察せるようになっていた。

「イルーカさんが銃を所持していないのが不自然。そう思うんですね?」

「あァ……」

 銃を愛好するイルーカが、銃を所持していない。周囲を見渡しても、銃は転がっておらず、影も形も見えない。

『そう言えば、銃がどうこうって話をいっぱい振られてたもんねー。なんで持ってないの? って疑問にも思うかぁ』

 イルーカが銃を持っていない事自体は、ユーマも気づいていた。気づいた点が重複しただけで、新たな発見は無かった。

 しかし、ユーマは今一度再考した。


「シャチさん。イルーカさんは、いつも銃を携帯している人なんでしょうか?」

「あ、ああ。いざという時に使えなきゃ意味がねえっつってな」

「手放すような事情があるとしたら、どんな時でしょうか?」

「…想像できねぇな。どんな時でも、絶対に手放さない」

「どんな時でも? それは…持っていたら仲間を怖がらせる恐れがある状況でも?」

「いつ誰が襲ってくるか分からない以上、身内を守る為にも手放せない。それがあいつの自論だった。

 ……敵味方の区別はしっかりしていた。味方を見境なく撃つような危険なヤツだったら、レジスタンスのメンバーには入れてねぇ」

「……そうなんですね」

 シャチに確認を取った。結果、イルーカは普通なら銃を携帯しているはずという証言を得た。

 寧ろ、危機的状況こそ、銃を決して手放さないような人物だと説明された。生前、危険な雰囲気を醸していたイルーカへのフォローも添えながら。

 ……では、なぜ。

 イルーカの死体及びその周辺に彼女が携帯していたと思われる銃が見当たらないのだろうか。

『このヒトが状況証拠通り真犯人で、銃を奪ってあのチビ以外の幹部をジェノサイドしただけだったら、なんじゃそりゃー! ってズッコケしちゃうけどね』

(その可能性は、あるけど……)

 死に神ちゃんが状況証拠から推察できる可能性を述べていた。

 彼女は思った通りの内容を口にしているだけなのだが、シャチ以外の者が犯人かも知れないと推理を飛翔させているユーマに対し、結果的に地面の位置を教える役割を担っていた。

 もしかしたら、見た通り、状況通りかも知れないのだ、と。

 寧ろ、見た通り、状況通りが濃厚なのに、なぜ疑問を抱くのか。その事実をユーマに突きつけ、再考どころか再々考を突きつける。

 違和感はあるのだろうか、と。

(…それって、おかしくない?)

『ん? どこが?』

 やはり、違和感がある。ユーマはそう思った。

(奪って使ったんだとしたら、イルーカさんはシャチさん専用の……左利き用の銃を装備していたことになる)

『左利き専用って言っても、弾丸を装填する時に左手の方がやり易い~ってぐらいの違いでしょ? 撃つ時だけに限れば左右関係ないよね。それに、この女の技量なら逆の手でも何とかなりそうだけど』

(実用面ではそれで済むかも知れないけど、わざわざシャチさんの為の特注品を使う意図が分からないよ)

 イルーカは、この世界でも狙撃の世界大会の選手候補生だった。技量が高いので、利き手とは逆の銃でも扱えそうだ。

 だが、そうでは無い。そうでは無いのだと、ユーマは違和感を無視せず直視する。

『じゃあ、無力化する為に奪ってポイッと捨てたとか? その辺にテキトーに放り投げられたんじゃ、虱潰しでもしないと見つけらんないね』

(……無力化の線は薄いんじゃないかな。信頼されてるから、不意打ちは簡単にできそうな気がする。

 でも、だとすると、イルーカさんが死んだあとに銃を回収したってことになる……)

 犯人がシャチであれ、第三者であれ、その意図は何なのか、現時点では説明を付けられない。

 現時点では、分からない。まだ材料が足りない。下手な考えは休むに似たり。

 そして、休んでいる場合では無い。

(……みんなと合流して、スワロさんの協力を仰ごう)

『あ、そっか。こーいう時に便利だよね、眼鏡ビッチの能力……あ、でも、発言者のメンタル状態に左右されるから、このオッサンをケアしなきゃいけないんだね。うーん、モチベーションが湧かない~』

 死に神ちゃんとの推理に限界が訪れていると自覚し、認め、合流後にスワロに頼ると決め、一旦保留とした。

『気になる所、あれもこれもぜーんぶ解鍵にしとくからね。謎迷宮を使わなかったとしても、魚の小骨みたいにオレ様ちゃんの体の中に残るだけだし』

(え? 意外と不快感があるの?)

『一回ゲップするまで喉がイガイガするかなー』

(あ、自己解決が案外簡単なんだね……)

 それに、時間を徒に消耗していられない。



 ユーマが現場検証を終えた後、ギヨームから「防犯カメラの映像ね、もらっといたから」とさらっと言ってのけられた。

「アジトの金庫は二つとも空っぽだったけど、映像だけは残ってたよ。再生する機材は持ってるし、落ち着ける場所で再生しよ。

 それ以外に収穫がないのが、ホンットに……保安部の行動、スピーディだよねー。テロリスト捕まえようとしながら証拠品をさっさと押収したの? 普段から証拠を隠蔽するのが大前提の動きをしてるの? ないわー。残ってた映像、ロクな情報なさそう」

「……何? 二つ、だと?」

(……え?)

『おっとギザ歯ちゃんから新情報!』

 更に続けて爆弾発言。

 保安部の仕事が、まるで逮捕を目論みながら証拠を押収したように手際が良過ぎるのも、もちろん、引っ掛かるのだが。

 よりにもよって、レジスタンスのリーダーであるシャチが、金庫が二つ存在している事に初耳だと言わんばかりに驚いていた。

「あれ? これ、変なこと言っちゃった?」

 なぜシャチが驚くのか、とギヨームもキョトンとしていた。

「ギ、ギヨームさん。幹部の皆さんが集まる部屋以外にも、金庫があったんですか?」

「あったよ。アジト内をマッピングしてたらね、ついでに見つけたんだよ」

 ユーマの質問に答えながら、ギヨームはシャチの方を観察していた。

「木箱に紛れてたよ。古くてボロボロだったし、鍵も機能してなかったし、椅子代わりに転がしてただけかもねー」

「……そうか。そんなもんがあったんだな」

 ギヨームがシャチの反応を窺っているのは明白だった。

 シャチも察しているのだろう。シャチの知らないという答えは、嘘であれば取り繕っていて、真であれば誠実さを示している。

 それにしても。使われているか怪しいぐらいにボロボロだとしても、シャチの認識外の金庫が存在していたとは……。

(……元居た世界にも、実はあったのかな)

『そうじゃないなら、誰かがひっそり何かを隠してたんだろうね。逆張りで見つかり難いって思ってたのかな?』

 元居た世界でも、知らなかっただけで、実はあったのかも知れない。ただの椅子代わりに利用されていただけの、古ぼけた金庫が。

 だが、そうでは無いのなら。

 誰が、シャチに隠れて、何を仕舞っていたのだろうか。


 ◆


 ユーマ達が、非常階段から降りて立ち去った後。

「いってててて……」

 保安部員の下っ端に扮し、ドミニクが暴れるのに便乗してわざと倒れ伏していたデスヒコは、嵩張っていた他の保安部員の体を退けながら、ゆっくりと起き上がる。

「おーい、起きてるかー?」

「……ああ、起きてるぜ」

 同じく保安部員の下っ端に変装させていた、此度の件の真犯人へとデスヒコは呼びかけた。

 シャチに罪を着せる為の偽装工作を終わらせた後、デスヒコは自らと真犯人に『変装』を施し、敢えて保安部員の下っ端に成りすました。

 その後、駆けつけたユーマ達に……と言うよりも、ドミニクにわざと倒された振りをした。モブらしく、雑兵らしく。

 『変装』を悪用すれば、アジトから逃げる姿を見られずに場をやり過ごせる。ヘルメットで顔を隠した平の保安部員達を隠れ蓑にできる。

 あのギヨームという女は監視カメラの映像の一部を回収していたが、見られたら一発アウトな映像は全て回収もしくは破損済みだ。彼女が唯一回収できた映像には主に非常階段が映っているが、そこには何もない。


 デスヒコの頭の中では、ギヨーム=ホールとドミニク=フルタンクのムーブの解析にリソースを割かれていた。

 ドミニクは見た通り、そして想像した以上の膂力の持ち主だった。

 錆びていたとは言え、壁に張り巡らせていた金属のパイプを、まるでカーテンでも退けるように曲げてしまえた。人体を破壊することなど容易そうだ。

(あの女、ここには一回か二回しか来てねーはずだよな?)

 次にギヨーム=ホール。彼女はドミニクが暴れる傍ら、すばしっこく逃げ果せつつアジト内の部屋を無駄のない進路で一通り回っていた。

 探偵になれなければ、泥棒やスパイを目指すのに相応しい手際の良さだった。

(……)

 犯罪に向いてる、だなんて言い回し。もしくは、それに類する表現。

 かつては、自分が言われて嫌な思いをさせられたのに。

 昔晒されてきた偏見や一方的な風評を現実のものとしている現在の己は、一体何をやっているのだろうかと、漠然ながら罪悪感めいた哲学が脳裏を過ぎりかけた。

 たまにだけど、過ぎる。何度でも、何度でも。

 だから、デスヒコは胸中を鎮め、情緒を一旦リセットする。

 前へ進む為に。



「マジであいつら、シャチの野郎を突き出さずに行っちまったな…」

 真犯人は意外そうに呟いていたが、以前煮え湯を飲まされたデスヒコにとっては憎らしい程に予想通りだった。

 真犯人と協力し、シャチが殺害したようにしか見えない状況を構築したのに、ユーマ達はシャチを真犯人だと鵜呑みにせず、保安部へ突き出す事無く、一旦退避した。

「……超探偵ってのは、ヨミー探偵みたいに諦めの悪い連中ばっかりなのか?」

 真犯人はその立場上、探偵達の真実への探求に怯えざるを得ない。それ故、その呟きに不安が滲んでいた。

 犯罪に傾くような人物ではあるが、大悪党にまで振り切っていない。

 レジスタンスを壊滅させれば、その代わりに金と自由を与える。そんな誘惑に乗ってしまうような人物ではある。

 けれども、その計画に、ヤコウからの鶴の一声により、レジスタンスの卑劣な破壊工作に扮したマルノモン地区の水没が組み込まれた時、顔色を変える程度には常識を捨て切れていない。

 予告を出して警告するより、たくさん死者が出た方がそれっぽいメッセージ性が出るよな。何ならマルノモン地区以外でもやっちゃうか?

 大勢の死を望んで許容したヤコウに、そんな後出しは聞いていないと言わんばかりにドン引きしていた。

 その一方で、中途半端に頭も回るものだから。

 ——仮に計画が白日の下に晒されようものなら、ヤコウが気紛れで追加した罪状もひっくるめた汚名を着せられて、トカゲの尻尾切りで処刑されるのだと理解して、蒼褪めていた。

 差し伸べられたのは悪魔の手で、握り返すのは間違いだったと悩んだかも知れないが、もう遅い。逃がしはしない。絶対に。

 漠然ながら罪悪感めいた哲学はリセット済みだ。そんなものに振り回され、ヤコウを阻害する事はあってはならない。


「世界一賢い機関に所属してる賢い自分達はカッケーとか何とか、プライドが高い上に、真実を暴くことが正義だと思い込んでんだろ」

 デスヒコが毒を吐くように言い捨てた。尤も、以前煮え湯を飲まされた経験がある以上、負け惜しみだと胸中での自虐を更に深めた。

「金を握らせて黙らせる、とかは……できりゃ、とっくにやってるよな」

「できねーよ。だから、面倒だが、やり合うしかねぇ」

 デスヒコはやれやれと肩を竦める。

 ヨミーとの関係が急激に悪化し、拗れた経緯を思えば、超探偵達との敵対は当然の帰結だ。

 約一名は金の力を評価し、活用する人物だが、ではそいつならば賄賂で懐柔できるかと言えば——安過ぎる、と突っぱねられて終わった。

 小遣い稼ぎで保安部の情報を売る下っ端と金で交渉するような男だからと突いてみたが、そういった三流だけを目利きする審美眼に優れていた故、見事に失敗したものだ。

「……ワケが分かんねぇ連中だな」

「そーだな」

 真犯人は腐すように言い捨てた。デスヒコは特に同情せず、雑に相槌を打った。


 ◆


 ドーヤ地区から逃亡を図っている真っ只中、ギヨームがアジト屋内のマッピングを短時間で終わらせられた理屈が判明した。

 探偵特殊能力『地形察知』。

 建造物の中で使えば建造物内の構造が、外で使えば一定の範囲内の地理を把握できる。

 探偵事務所が沈められる間際にもギヨームは使っていたが、能力の応用で破損状況を把握する為だった。同じ場所で連続して使用できないのが弱点なので、潜水艦内で走り回って誤魔化す事で計三回使用したそうだ。

 ちょっとなら誤魔化しが利くのか……とユーマは内心で少し驚いた。

「イメージはゲームのマップだよ!」

『あ。分かり易い。建造物の『内』か『外』かで判明する範囲が変わるのって、そーゆーイメージね』

「昔ね、無理矢理デスゲームに参加させられた時なんだけどー! どっかの島じゃなくてデッカイ建物の中の箱庭なんだって分かったこともあるんだよ!」

『えっ!? ギザ歯ちゃんってハッピートロピカルなデスゲーム生存者!? どこの金持ちがパロディやろうと思ったんだろ、世界は広ーい!』

 ユーマの知らない物騒なパロディネタで死に神ちゃんは盛り上がっていた。まるでギヨームとの会話が成立しているかの如く、ノリが良い。

 兎にも角にも。

 ギヨームがシャチと同じぐらい、時にシャチよりも道に詳しい素振りを見せるのは、走りながら能力を積極的に使っているからだった。

「あ! アジトの中で使ったのは二回目に来た時だからね!」

「お、おう、そうか」

 シャチからの心証を気に掛けているのか、一回目の時じゃないからね、とギヨームは念押しをしていた。




 ——とまぁ、幸先は良かったのだが。

「あの不健康な猫背のワカメ頭が上空から見下ろしてて、これ達を包囲したんでしょッ! 正直に吐けッ! 吐けーッ!!」

「我々に説明する義務はない」

 ギヨームの能力の弱点は、人間や動物といった生命が対象外である事だった。

 通れる逃げ道を辿っていたら、家屋の屋根の上で、ハララ=ナイトメアが率いる保安部員達に囲まれたという、まるで自ら罠に嵌まったような状況にギヨームは頭を抱えて絶叫していた。

「無駄な抵抗はやめ、そのテロリストを差し出せ。そうすれば、お前達もこの男も解放してやる」

「しかもセスが捕まってる! 何でー!? これ達とは別件でしょ!? セスはその辺をうろついてただけの一般超探偵でしょー!!」

「超探偵を一般とは言わん。それに、この男が、手段こそ不明だがお前達の連絡の要だというのは分かっている」

「知らない! これは何も知らないー!!」

「第一、テロリストを匿うなら同罪だ。我々には貴様らを尋問する権利があるが、貴様らには黙秘権はないぞ」

 緊迫としていたが、ギヨームはギャンギャンと騒いでいた。ギヨームだから仕方ない、というある種の空気の醸成に成功していた。

 だが、それで状況が改善する訳でも無かった。

 保安部員の一人が、セスを後ろ手で縛って拘束していた。セスなりに抵抗したのだろう、レインコートはヨレヨレだし制服も一部破れていたり泥水を吸って汚れていた。

 即決しがちなギヨームにしては、ドミニクをけしかけず騒ぎ続けているのは、倒す事はできてもこちら側が何人やられるか分からないしセスを助けるのが間に合うのか不明だし……と彼女なりに悩んでいるのだろう。


 そして一方、ユーマはと言えば、ギヨーム達とは違う意味で焦っていた。

 保安部員達の包囲網から少し外れるような位置で、フブキが息を切らしながら佇んでいたからだ。

『は、箱入りビッチ……!』

 死に神ちゃんは顔どころか全身を真っ青にしていた。

(時を戻す能力……。フブキさんの体に負担は掛かるけど、負担の範囲内なら何度でもやり直せる……)

『きっとホントなら、根暗アグレッシブといい感じに連絡が取れて、逃亡に成功できたんだよ! オレ様ちゃん達はより不利な状況で、この包囲網を突破しなきゃいけないってコト!?』

 フブキが呼吸を整えるべく立ち尽くしているのは、時を戻す能力を何度も使い、体力を消費したからだ。

 その事を、ユーマは分かる。

 だが、分かった所で、時の逆流はフブキ本人以外には知覚できない。

『こ、これ以上、不利な状況にならない為にも……! あの箱入りビッチ本体を倒す! 手込めにしちゃえばこっちのもの!』

(暴力的だよ!! それにどうやって近づくんだよ!? もっと、こう、密室ならともかく、距離が遠過ぎるよ! 保安部の人達が壁みたいに立ち塞がってるし……!)

『ほげぇえええ! 箱入りビッチが輪の外側に配置されてるのって、ひょっとして、わざと……!?』

 弱点を挙げるならば、フブキを気絶させてしまえば、その間は能力を使わせずに済む。

 だが、実際にできるかどうかはまた別の話である。



『——聞こえますか?』

(セ、セスさん!?)

『……三人とも、応答が可能な状態ですね』

 囚われているセスから『テレパシー』が飛ばされる。近距離での密談だった。

 複数同時に『テレパシー』で繋がっている弊害で、最多で一度に三人分の“声”を受信する事になるからか、セスの“声”は多少ささくれ立っていた。

『脳が疲れるので、復唱はしませんよ…』

 セスは、ヨミー側で起こった経緯を端的に説明してくれた。

 ユーマの予言めいた推測は当たった事。マルノモン地区での避難誘導は無事に終わった事。現在は一旦、緊急用の集合場所で待機している事。

 それから、セスはこう付け加える。

『……私とスパンクは懐疑的でしたがね。ヨミー様と、それからスワロが、ユーマの言葉を信じました』

(スワロさんも…?)

『…エーテルア女学院に、爆弾が設置されていたと言っていました』

(……!)

『偶然発見したそうです。時限式で、まだタイマーすら起動していなかったのもあって、対処は容易かったようですが…………ギヨーム。私の脳の容量を考えてください…』

 マルノモン地区での死者数は0。その報せは喜ばしい。

 だが、スワロが偶然にも事前に解決したという、エーテルア女学院へのテロ未遂にユーマは絶句させられた。

 ——元居た世界で、ただの監視カメラだと騙されていたユーマはカナイ区中に自ら時限式の爆弾を置き回ったのだが。その内の一ヵ所が、エーテルア女学院だった。

(ば、爆弾が……もう、置かれてる……?)

『えっ? ……え? 監視カメラを設置する依頼、受けてないよね?』

(受けて、ない。……っ、けど、もうセットされてる!)

『ここを突破したら、できるだけ早く解除しに行かなきゃ駄目じゃん! まだ起動してないのかな、してても残り三十分とか余裕あるかなー!?』

 ぶわっと嫌な汗が出る。

 マルノモン地区の件でさえ、人命が助かったから良いものの、事が落ち着けば改めて説明を求められるだろう。

 例え正解でも、根拠が無ければ、一体どこで情報を得たのかと不信感が膨らみかねない。事と次第では内通を疑われかねない、抜いたらタダでは済まない伝家の宝刀だ。

 偶然を装って、どうにか各地に立ち寄れないものだろうか。

 ……いや。順序が違う。今は、その事で悩んでいる場合では無い。

 まずは、この局面を突破してからだ。


『幹部殺しが潔白でも、カナイ区への既遂・未遂含めたテロ活動に関与している可能性があり、我々が共犯扱いされる危険性があるんですがね…』

 レジスタンスのアジトで何があったのか。それも含め、なぜシャチが同行しているのか、事情を伝えれば、セスから躊躇うような返信が届いた。

『……まぁ。励むのは、私ではなく、あなた達ですしね。

 どうぞ、この場をせいぜい頑張って切り抜けてください。私は、事件が解決するまで、保安部の方々の世話になっています』

(セ、セスさん……!)

『私をダシにした人質交換には応じないこと。それよりも、真実の究明を優先してください。……これで、その男が犯人だったら、恨みますよ』

 躊躇いながらも、諦めたような肯定が返ってきたのだが。

 それは献身では無く、自暴自棄だった。

 自分が人質になっているからユーマ達の、特に状況を打開し得るドミニクの動きが停滞していると自覚している所為で、セスは捨て鉢だった。

 命乞いを諦めているのは、自陣営の不利益になっている事への負い目や恐れの方が上回っているからだ。


『…ユーマ。あなたは、分かってくれますよね?』

(…………、お断りします)

 だが、セスの自暴自棄な諦念など、例え察せられ分かろうとも、ユーマからすれば知った事では無かった。

『…ドミニクに頼り過ぎるのは、どうかと思いますがね。私を助けようとするのは、リスクがあるのでは?』

(……ボクは、“論理性が欠落した推測”をしました。そのボクに、合理的だから受け入れろ、なんて説得が通じると思っているんですか?)

『…開き直りとは、頂けませんね。事が落ち着いて次第、是非とも言及されるべき、あなたの不可解な推論……逆手に取ろうとするんですか? あなたの心臓、毛が生えてますね…。

 ……あぁ…ギヨーム……私の脳の容量に、配慮して欲しいんですがね……』

 ユーマにはギヨームやドミニクの“声”は聞こえないが、二人の考えはセスの戸惑い、苛立つような態度から察せられた。

 ならば、ユーマのやるべき事は容易い。自分の言いたい事を言って、二人に便乗するだけなのだから。

(多数決、1対3になっているようですね。セスさん、時間がありませんよ)

『……あなた達。ずいぶんと仲良く、意見を揃えて…都合のいい時に、都合のいい理屈を、捏ねてくれますね…』

 セスの自暴自棄は、取り返しが付く範疇だった。多数がやめろと制止すれば、仕方なく踵を返してくれる程度には、諦念はまだ浅かった。

『この場で、私も含め、全員で逃げる。それで、よろしいんですね?

 ……はぁ。この決断の是非については、後ほど、ヨミー様にお伺いを立てましょうか…』


 ◆


 別行動をしていたユーマ達と合流するべく、セスが先んじて迎えに来ていた。

 出し抜かれて合流を果たされ、逃亡を図られたが、フブキは自身の能力で時を遡り、振り出しに戻した。

 その後、ハララと情報を共有し、セスを早々に捕縛。人質にして、ユーマ達と対峙する事に成功した。


 だが、不可解な事が起きた。

 突如、セスを拘束していた保安部員が、錯乱しながらセスを突き飛ばした。

 わざわざ地上へと落下するように意図された、突発的ながら殺意が込められていた。

 目の前で命が無造作に扱われた瞬間、フブキは咄嗟に時を巻き戻した。それは彼女に根差す善性によるもの。


 人外じみた強力な能力とは裏腹に備わる、フブキの『弱点』。

 ヤコウの暗殺を防ぐという点では如何無く活用できるが、ヤコウの所業に加担するという点では弱体化する、そのアンバランスさ。

 ……保安部の幹部達は、迂闊には触れようとしない。ヤコウでさえも、打算込みだとしても、だ。

 本来の善性から懸け離れた所業を成すのであれば、この程度の矛盾や破綻が生じて然るべきなのだ。

 寧ろ。敵に回らないだけでも御の字なのに、味方で在ろうと尽くしてくれているのだから。


 閑話休題。

 それはそれとして。

 フブキは、目の前で起きた、無計画で衝動的だと思わしき凶行に驚愕し、時を巻き戻した。

「な、何をなさるんですかっ!?」

「え? フ、フブキ様……?」

 時が進めば、半狂乱に陥りながらセス=バロウズを突き落とす保安部員へと、フブキは困惑した面持ちで詰め寄る。

「こ、この方に、何か恨みがあるんですか!? 突き落としたい……と、思う程に!」

「な、何の話ですか!?」

 詰め寄られた保安部員の方こそ、そんなフブキの行動に困惑させられていた。

 何なら、セスもぽかんとしていたし、ユーマ達だって黙り込んでいた。各自情緒の差異はあるかも知れないが、それでも。

 一拍置いて事態を把握したハララは、ユーマ達との睨み合いを止める訳にはいかないながら口出しをする。

「……人質を突き落とされたら、本末転倒だな。交渉にならない」

「ち、違いますハララ様! そんなことはしません!」

「では、彼女が突然おかしなことを叫び始めたとでも?」

「そ、そんな! じ、自分は、そんなこと……!」

 傍からは、フブキの言いがかりにも満たない疑念にハララが加担する、その保安部員の立場からすれば窮地極まる劣勢だった。

「——ひ、っ、い、いい、うわぁあああああっ!!」

「え、えぇっ!?」

 だが、次の瞬間、発狂したように暴れ始めたのは、別の保安部員だった。

 フブキは驚き、戸惑い、思考のリソースが大幅に割かれた。急に錯乱する者が、時を戻す前とは異なった事に。

 展開が、変わった事に。




 もう一度、時を巻き戻した。

 そうしたら、また別の保安部員が急にセスを襲った。同じ展開が、加害者を移り替え、繰り返されてしまった。

「フブキ、充分だ。リカバリーは利く」

「ハ、ハララさん……すみません、力が及ばず……」

 フブキの顔色を見て、これ以上は——理論上は可能でも、フブキの身体に支障を来すとハララは判断を下した。

 冷たくも強かな実用的な意味においても、気絶させて長時間ダウンさせるよりも、適当な所で止めて休憩させた方が良い。


 ユーマ達は、既に逃走済み。

 人質が居なくなるや否や、ドミニクが暴れ出し、包囲網を強制的に突破。

 その道すがら、道路の上でぐったりと伏していたセスを回収していった。

「あ、あの方は、保安部とよく衝突していたのでしょうか?」

「……いや。あの男と直接やり合ったなんて、身に覚えはないし、誰からも聞いていない」

 フブキは、巻き戻された時間の中で知り得た事を、特にセスに対する加害者が毎度変わった不可解な事実を、ハララに赤裸々に伝えた。

「本社まで連れて行ったら、脳波計で確証を得るつもりだったが……恐らく、ほぼ確定情報と扱って良さそうだな」

「確定、情報?」

 ハララは、この時間軸でセスを突き落とした張本人である保安部員を一瞥する。

「お、お前、大丈夫か? なんで、急に、あんなことを…」

「あ……頭の中に……こ、“声”……急に、声、が……っ」

 その保安部員は、その場で尻餅を付きながら、ぜぇぜぇと荒く息をしている。本人なりに錯乱を自覚し、呼吸を整えようと必死だった。

 痛々しいまでに、真剣に心の平穏を取り戻そうとしていた。藁にも縋る思いで、しがみつくように。


「『テレパシー』。厳密な精度は不明だが、それがセス=バロウズの探偵特殊能力だと見なして良さそうだな」

 ハララはそう結論付けた。


 ◆


『逃亡成功ーッ!!!』

 フブキが関与する場で逃げ果せられた事に、死に神ちゃんのテンションは上がっていた。

 なぜ、逃げる事ができたのか。その理由にユーマは推測を立てていた。

(いざ使おうって時に使えないのが一番困るから、常にある程度の余裕を持たせてるんだと思う…!

 それに、たぶん、ボクらがヨミー所長と合流した方が好都合だって打算もある!)

『あ! ナルホド! 全員を堂々とテロリスト扱いする気ってワケね! つまりは事態が実は改善してないんだね! 寧ろマイナスだーッ!!!』

 結論。実はあんまり助かっていない。

 これから、ヨミー達を巻き込んだ上で更に過酷な状況に陥る事だろう。その未来をいち早く察し、ユーマは震える拳を握り締めた。


 回収されたセスはぐったりとしていた。二階に相当する高さから落ちたのだ。打ち所次第では命に関わるし、そうで無くても体を酷く傷めつけている。

「ちゃんと、生きて、ます、よ…」

 なお、打ち所は幸いにも良い方だった。とは言え、流石に走れる状態では無いので、ギヨームに大人しく背負われていた。

 ドミニクはいざという時の戦闘要員。シャチは幹部殺しや既遂・未遂ひっくるめたテロに関与している疑いがある。ユーマにセスを背負わせるのは、腕力的な意味で荷が重い。

 そういう訳で、ギヨームと相成っていた。

「喋れるなら元気元気、四捨五入で絶好調! なんか食べる? 氷砂糖でも用意して、口に突っ込んじゃおうか!? セスって砂糖の塊とか砂糖水とか好きだよねー!」

「…それよりも…医学的な処置を優先してください…」

 ゲームの食べ物系回復アイテムみたいなノリで言われても…とセスはげんなりと溜息を零した。

「な、なぁ、お前さん。セスって言ったか。急に突き飛ばされたが、あいつの恨みを買ってたのか?」

「……さぁ。私には、彼から恨まれる謂れは、皆目、見当もつきませんね」

「んー、まぁ、過ぎたコトだし! それより急ご!」

(ろ、露骨に誤魔化してる……ッ!)

『毒電波を一方的に注入してパニック状態に陥らせたなんて言えないよねー』

(セスさんの“声”にはそんなの付与されないから! ただの“声”だから!)

 あの時、セスはとある保安部員から突き飛ばされたのだが、そのカラクリはセス自身の探偵特殊能力によるもの。

 『テレパシー』で、そいつの頭に一方的に“声”を送りまくったのだ。

 洗脳めいた作用が一切無い、ただの“声”に過ぎないので、意図して恐怖を煽り立てて誤解を誘発させ、人質の立場から強引に脱却した。洗脳ができないからこそ、乱暴な手段にならざるを得なかった。

 その際。フブキは最低でも一回は時を戻したようで、彼女は前の時間軸でセスを突き飛ばした保安部員に詰め寄り、“これから”セスを突き落とす動機について直接尋ねていた。

 セスは肝が冷えただろうが、咄嗟の機転で対象を別人へと変え、賭けを続行した。

 フブキの体力を懸念してか、最終的にその作戦は通った。


 事前に知られていたり、対象の精神が全く怯えず健全だったならば、通用しなかった一か八かの賭けだったが——不意打ちで、有象無象の一般保安部員に使用したので、上手くいった。

 今後、姑息な小細工は二度と使えない。特に幹部達には逆効果となるだろう。

 以上のカラクリをシャチに素直に打ち明ける程、セスは素直でも親切でも無い。ギヨームやユーマだって、流石にそこまで純朴では無い。




(終了)

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