3章②

3章②

善悪反転レインコードss

※3章はこんな雰囲気かなと自分なりのイメージを形にしてみたssです。

※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。


※マルノモン地区水没(保安部による緊急避難ナシ)での悲劇を防ぐべくユーマ含め探偵達が凄く頑張ります。みんなならできるという前提で形にしています。

※反転フブキは状況的に辛いだろうなと思って描写している所があります。



 車に乗せられ、ドーヤ地区のレジスタンスのアジトへと到着した。誘拐でも拉致でも無い、平和な進行だった。

 リーダーや幹部達が集う部屋に通される。レジスタンスとの関係の構築は早々から上々で良好だった。あのヨミーと一緒に活動しているという実績は、レジスタンスの心象に大きく寄与していた。

「ド、ドミニクさんって…対戦車砲、ご興味があります…?」

「あァ……?」

 特にイルーカは、飲食店での件を目撃した事で好感度が鰻登りらしい。

 尤も、店内からずっと見ていた訳では無くて。探偵を訪ねるべくイカルディと共に捜索していたら、ハララの攻撃を背に受けながらユーマ達を抱えて遁走していたドミニクの姿が目に焼き付いたものだから。

 以上の経緯で印象強く残ったのがドミニクだった為に、イルーカはドミニクへと積極的に絡んでいた。

「アタシ、今度の誕生日には対戦車砲が手に入る予定でして。ま、的になってくれませんか? あなたなら、長い間、耐えられそうですし」

「あァ……!?」

「ペイント弾で鮮やかにしてあげますよ。す、好きな色とか、あります?」

「あ、あァ……」

「そーいうの、依頼の話が纏まってから、また今度ってことにしていい?」

(と、とうとうギヨームさんが助け舟を出したよ…)

『銃が大好きな危ない女から急接近されてガチで困惑してるね、デカブツ。根っこは平和路線なのかな? サイボーグ手術を受けたっぽい見た目してるのにねー』

 なお、イルーカが口にする話題が銃関連で物騒なものばかりなので、温厚なドミニクは困惑しっ放しなのだが。

 他の幹部達も、あのイルーカがまさかナンパしているのか? え? と言わんばかりに怖いもの見たさで凝視していた。ナンパだとしても内容が物騒過ぎるのだが。


「待たせたな。オレがレジスタンスのリーダー、シャチだ」

「これはギヨーム。こっちがドミニク。あっちが探偵見習いのユーマ」

 シャチから挨拶された。こちら側の代表として主に対応するのはギヨームだった。

「どんな依頼内容でも、ヨミー様にお話を一旦お持ち帰りするからね。これ達、ヨミー様の部下だもん。報告は挟むよ」

「構わねぇ。そこら辺の流れは、お前さん達のやり方に任せる」

「金にうるさい成金ハゲが居るからどんぶり勘定できないからねー」

「ん? あそこは元よりなぁなぁにはしねぇだろ?」

「今はヨミー様が相手でもキッチリカッチリ請求して着実に貯金を削る成金ハゲが経理担当してるから」

「……マジか。もっと厳しくなってるのか? 万が一足りない時はツケでも通じるか?」

「通じるよー」

「…分かった。引き受けてくれるなら、何とかする」

 その後、シャチの口から説明された依頼の内容は、元居た世界と同じくカナイ区中への監視カメラの設置だった。理由も同じ。

 不正の証拠を集め、告発する。一つや二つなら揉み消されても、数が多過ぎれば流石に見て見ぬ振りはできまい、と。

 シャチの訴えは痛切だった。

 成功する確信を抱けず、けれども何かを成さずには居られない。何も叫べずに黙って沈む事なんてできない。

(話を一旦持ち帰るなら、猶予が……いや。だとしても、ヨミー所長の気質的に断ったりは……)

『監視カメラを受け取ったら、手癖が悪いんですーって言い訳して中身を開けちゃう? そのあと、探偵達みーんなを巻き込んで解決編ってな具合にさ』

(それは……アリ、かもね)

『もし爆弾じゃなくて真っ当な監視カメラだったら、ご主人様が謝ればヨシ!』

(…そうだね)

 シャチの説明を聞く傍ら、ユーマは元居た世界通りのパターンだった場合の対策を考えていた。

「もし引き受けてくれるなら、このカナイ区に纏わる情報も提供する」

「情報?」

「お前さん達超探偵がカナイ区に来たのは、ヨミー探偵を助ける為……なんてロマンティックな理由じゃねぇのは察してる」

『ここに居るのが眼鏡ビッチだったら心情的にすっごい複雑だったろうねー』

「他に何か、あるんだろう? 世界探偵機構がわざわざ派遣するだけの理由が。恐らくだが——」

「あ、待って待って」

 シャチが言おうとした情報は、ホムンクルス関連だろう。元居た世界でもカナイ区最大の秘密だと噂されていた。

 だが、ギヨームが寸前で待ったを掛けた。どうした、とシャチが訝る。

「成金ハゲに情報料として売ってゲットしたお金を依頼料に回した方がお得だよ」

「おい待て。理屈は分かるが、なんだ? その金の流れは」

「あのハゲのせいで損得勘定が二等辺三角形並みに鋭角になっちゃったからねー。あ、ちなみにユーマは成金ハゲから100万シエン以上の借金をしてるよ。ね? ユーマ」

「え? は、はい。クギ男事件の時に色々と助けて頂きまして、その謝礼という扱いで……」

「ってなカンジで、あのハゲは平等に容赦しないよー」

「……ずいぶん、しっかりとした経理担当なんだな」

 探偵事務所の部外者であるシャチは最大限好意的に表現したが、ギヨーム経由で判明するスパンクの実情に少し引いていた。間違ってはいないのだが、感情的に思う所が出てきてしまうのだった。





 ユーマ達が雑居ビルの屋上へと戻った頃には、遅ればせながらヨミーも到着していた。

 屋上ではヨミー一人だけが待機していた。留守番を任されていたセスは、ヨミーが集合場所に現れた事を他の超探偵へと連絡するべく現在進行形でカナイ区を駆け回っている。

 通信機器を使うと保安部に盗聴される危険性があるとは言え(何なら間違いなくされるとヨミーは断言した)、セスは実に体よく扱われている。

 ユーマ達が戻ってきた時点で既に発っていたのでユーマ達とはすれ違う破目になったが、あの飲食店の付近で聞き込みをすれば事情を察してユーマ達を探す無駄な時間を費やさずに済むだろう。

「ギヨーム。オレは悲しいぜ? あの時逃げ道を作ったオメーを労ってやりたかったのに、それどころじゃなくなった」

「ぐ、ぐぅ……ヨミー様……」

 とりあえず。早速だが。

 ヨミー所長、御無事で良かったです……等と喜んでいられる状況では無かった。最初の数分で感動の再会の雰囲気は終わってしまった。

「あ、ァ、あァ……」

「…ドミニク。オメーは関係ないんだがなァ。一緒に怒られようとするのは、どうかと思うんだがなァ」

 ヨミーは、一緒に怒られようとするドミニクの甘さに目くじらを立てるが、それがドミニクの判断ならと止めようともしなかった。

 レジスタンスからの依頼だけでなく、カマサキ地区でのアルバイトの顛末も、ギヨームは律儀に報告した。

 ヨミーは依頼について結論を出す前に、アルバイトの顛末に突っ込んでいた。板チョコを齧っているので雰囲気が若干マイルドになっている気が……いや、残念ながらなっていない。割とマジで怒った目付きを相殺できていない。

 笑えない場面だと理解しているギヨームは礼儀正しく背筋を伸ばしていた。ドミニクもついでに緊張していた。

「スワロからユーマを守れって頼まれたんだよな? なのになんで、クソ不味い飯を食わせやがってとユーマの悪評が保安部に轟いてやがんだ?」

「う、うぅ…す、すいません」

「オメーがやりゃ良かったんだよ。タバスコを瓶ごと使えば不味くできるだろうが」

(あ、保安部に喧嘩を売ったこと自体はオッケーなんだ…)

『ご主人様のことを案じて怒ってる……! ヘルスマイルならぬディストピア探偵事務所でしょって軽い気持ちでディスってごめんね!』

(それについての謝る対象はスパンクさんとスワロさんとセスさんだからね!?)

 板チョコの最後の欠片をもぐもぐと咀嚼しながら、ヨミーはカナイ区のニュースを拾うべくラジオを操作していた。

「ま、オレからは以上だ。残りはスワロに任せる」

「う、うぇえ……スワロからも言われるの?」

「一番言いてぇのはあいつだぞ。オレが言ったのは、所長としての義務の分だけだ」

『いや保安部への嫌がらせ上等な部分は私情でしょ』

「それに、このことばっかに構ってる場合でもねぇしな。レジスタンスからの依頼についてだが——」


《アマテラス社保安部から、緊急ニュースをお伝えします》


「——あ?」

 波長が合った途端、聞き捨てならない言葉が場に響いた。ヨミーはすぐさま音量を上げ、場に居る全員に聞こえるようにした。

《……はい! わたくし、アマテラス社保安部テロリスト対策班班長のフブキ=クロックフォードと申します》

(……! フブキさん…)

 ニュースキャスターに代わって喋り始めたのは、フブキ=クロックフォード。人の好さそうな、のんびりとした声だった。

 けれども、彼女とて悪名高い保安部の幹部の一員なのだ。

《ええと……ドーヤ地区に潜伏している、テロリスト達の所在が判明しました……だ、そうです。顔写真を順に映します》

 たどたどしい言い方だ。恐らくカンニングペーパーを読みながら、なのだろう。ラジオなので声しか分からないが、実際の映像でカンニングペーパーを持っている姿をありありと想像できる。

 元居た世界のフブキと同じなら、の話だが。

《カナイ区の秩序を思うのであれば、是非、お見かけした際は通報をお願いします。……以上、です》

『ん-……、あれ? 元居た世界とニュースの内容が違うね』

(元居た世界だと、マルノモン地区の水没とボクへの指名手配って内容だった。でも、このニュースは、保安部がレジスタンスを積極的に捕らえようとしているって内容だ……)

『また事件の中身が変わってるじゃん!!』

(……)

 その通りだ。確かに、事件の中身が変わっている。

 ——そして、このギリギリのタイミングになって。やっとユーマの危機感が疼いた。分水嶺に立たされているのでは、と。

(……マルノモン地区は、どうなるんだろう)

『え? ……この状況は、保安部がレジスタンスをガチで逮捕しようとしてるワケだから……犯人が仮に変わってても、共犯者が増えてても、水没させるどころじゃなくなるんじゃないの?』

(……)

『……えーっと。ご主人様。“何となく”ってのは言語化できない理論的な閃きだから、理由を説明できなくても……言わなきゃって思ったなら天然ストレートに言ってもいいかもね』

 ユーマが黙考する脇で、事態は容赦なく時を刻む。残念ながら、時はユーマを待ってくれない。それ故の助言を死に神ちゃんなりにこなしていた。

 予言めいた発言は、訳が分からなさ過ぎると忌避されよう。論理を重視する探偵相手には、尚の事。

 ……けれども。そうは言ってられない、と思ったのであれば。


「オメーら。指示を出すぞ」

 ユーマが黙り込んでいる傍らで、ヨミーは決断を下していた。

 レジスタンスの錚々たるメンバーの、事実上の一斉検挙。きな臭さを嗅ぎ取っていた。

「ギヨーム、ドミニク、ユーマ。レジスタンスのアジトにとんぼ返りしろ。状況を確認してこい」

「オッケー牧場!」

「あァ……」

「…ヨミー様! ただいま戻りました! ……あぁ、あなた達、ここに居たんですか…じゃあもういいですよ…」

「ようセス。他の連中はここに集まるよな?」

「…は、はい。集まります」

「そいつらが持ってくる情報も加味して、今後を要検討しねぇとな」

 状況は刻一刻と進む。

 ヨミーからの指示にギヨームとドミニクは頷いた。ちょうど戻ってきてエレベーターから飛び出してきたセスは息を切らしつつ、ヨミーからの確認に応じていた。

 今にもギヨームが、早く早く! とユーマの腕を引いて、そのままドーヤ地区へととんぼ返りを目指そうとする。

「ヨ、ヨミー所長!」

 その、手前で。

「い、今から、根拠のないことを言うんですけど、き、聞いてくれませんかっ!?」

『ご主人様……魚雷の時と同じパターンだね。オレ様ちゃんはいつだって味方だからね……』

 説得できる材料はないが、言うしかない。突飛過ぎる故に正気を疑われ、今後の活動に支障を来しかねないとしても。頭の中で、エマージェンシーコールが鳴り響いて仕方ないから。

 切羽詰まったユーマは、破れかぶれになって叫んだ。


 ◆


 顔色を変えながら、びっしょりと汗を掻きながら、拳に力を入れながら。

 そんなユーマの姿にヨミー達は釘付けになった。似たような様子を、探偵事務所が沈められる三日前にも見たからだ。

 魚雷を撃ち込まれるから急いで退避してください、と縋るように必死に叫んでいた時の姿と酷似していた。否、それそのものだった。

「……分かった。言え」

「あ、雨水発電所が、爆発で故障して……排水が機能しなくなって、マルノモン地区が水没する……かも、知れま、せん……」

 ヨミーに促され、ユーマが述べた内容は、保安部の報復で探偵事務所に魚雷を撃ち込まれるという前回の内容を上回って突飛だった。

 なぜ、そうなるのか。証拠がないという前置きがあっても、にべもなく切り捨てたくなるような、滅茶苦茶な訴えだった。

 存在しない点と点を繋げた線があって、そこに面があるのだと説明された所で、理解に苦しむ。理解の取っ掛かり自体、見えないのだから。

 ……魚雷の件はタイムラグを経て真実になったのだが。魚雷の件を踏まえてもなお、許容しかねる。

 やはり、ユーマの精神は、本来なら療養するべき状態に在るのではあるまいか。

 保安部と敵対する事もそうだが、自らが謎を解く度に犯人が突然死する事にも病みかけているのではあるまいか。

 そんな不安が、大なり小なり、ユーマ以外の全員に過っていた。

「ほ、保安部の方々が、避難するようにとアナウンスすれば、だ、誰も死なないんですけど……」

 ——葛藤はある。懸念もある。けれども、それらを抑えて、ユーマから返答を望まれているヨミーは、望まれている通りに返答を下す。

「する訳がねぇだろ」

「……ヨミー所長?」

「今のヤコウが、カナイ区の住民を助ける為にアナウンスする訳がねぇんだよ……ッ!」

 何の証拠が無くても、説明が無くても、論理的に不成立だろうとも、ユーマの発言を大前提として、信じた上で、答えた。

「何としてでも、マルノモンの連中を避難させねぇとな。オレの名前を使って、どうにかアナウンスできりゃ何とかなるか? ……するしかねぇな」

 ヨミーのあまりの物分かりの良さに、順序をすっ飛ばし過ぎた理解力に、ユーマは驚いたように息を詰めかける。

 ユーマだけでは無い。周囲の者達——ギヨームも、ドミニクも、セスも、本気なのかと驚いていた。


「…ヨミー様。失礼ながら意見を申し上げます。こ、根拠がありません」

 流石に度が過ぎているのではないかと。故に、ヨミーの判断を確かめに掛かったのは、セスだった。

 セスからの疑問に、ヨミーは自嘲するように鼻で笑った。

「セス。ユーマは、オレさえ気づかないような違和感を嗅ぎ取って、魚雷の件を当ててみせたんだぞ。だがオレは、オレ達は誰も気づかず、その晩に何もなかったからとユーマの懸念を切り捨て、自業自得の憂き目に遭った」

「そ、その件で、心を搔き乱され…判断を誤られている可能性を、私は提示します…」

「……この状況でディスカッションをご所望か? 余裕のつもりか、テメェ。舐めてんのか?」

 ヨミーは不機嫌そうに凄んでいた。そんな時間は無いのだが、とありったけの怒りを滲ませていた。

 その怒りは、つい先程まで叱られていたギヨームとドミニクが、先程のアレは可愛らしいものだったと身構える程には大きかった。

「あ、誤った判断の下で動けば……取り返しが、付きません。ですので、無駄なディスカッションでは、ありません……」

 だが、セスは怯みそうになりながら踏み留まった。動揺したように視線は揺れ動いたが、それでも。

 セスは、ヨミーを上司として慕っている。だが、妄信の域には達しておらず。ヨミーとて妄信を強要せず、疑問があるなら口にせよと望む上司である故に。

 だから、セスは出来得る限り客観的な視点から、ヨミーの決断は短絡的で感情的で、何より、何の根拠も無いのだと——ユーマの言葉という証拠以外何も無いのだと突き付けていた。

「あの時は、保安部の報復という、薄くとも納得できる根拠がありました。ですが、今回は違います。な、なぜ、雨水発電所が故障し……マルノモン地区が水没だなんて……ユ、ユーマ。何を起点とした推理なのか、答えなさい」

「そ、れは……お答え、できません。ただ、そうとしか言えないんです」

「…あ、あのですね! 根拠のない流言は控えなさい!」

「セスぅ?」

 ユーマに根拠の有無を尋ねたセスは、そのいい加減な返答に声を荒げかけた。

 けれども、それにストップを掛けるのは、やはり、ヨミーな訳で。

「ユーマはマルノモン地区を気にしてたっつったよな?」

「そ、それは…そう、ですが…」

「じゃあ、根拠ならあるじゃねぇか」

「私の思う根拠とは、ユーマの言動そのものではなく、ユーマがなぜ気にしているのかという点なのですが…? それを説明できないのであれば、根拠とは呼べないのでは…?」

「根拠とかガタガタ抜かした結果が、命懸けの水泳だったんだが?」

「で、ですから。その件で心を搔き乱され、今回、判断を誤られている可能性を…」

「セス」

「っ……」

 堂々巡りで議論になっていないんですが…? と言いたげなセスに、ヨミーは威圧するように語りかける。

 客観的には、俯瞰的には、セスの忠告の方が正しいのに。

「確かに天文学的な確率だろうよ。落雷で死ぬとビビるぐれぇに滅茶苦茶だ。——オレは、それが怖いって話を、ずっとしてるんだよ」

 その正しさでは処理できなかった不運が、客観性や俯瞰性を上回った現実が、確かにあっただろう、と捻じ伏せる。

 生憎と、ヨミーは最初からそのつもりだった。

 既に決断し、決定事項としているものだから。ディスカッションを所望されても、実際には応じる気なんてサラサラ無くて。最後には論破し尽くして協力させるつもりで居た。

「オレ達だから生き延びられたが、一般人だったら死にかねなかった。何百人、何千人もの母数になりゃ、絶対に死人が出るんだが?」

「……な、何も起きなければ…流言により人々を惑わせたとして、逮捕されますよ。真実だと仮定しても、タイムラグがあった場合、嘘吐きだと扱われますよ…?」

「いきなりアナウンスしねぇよ。まずは雨水発電所自体を調査する。続きはその時に考える。いいよな?」

「…………わ、分かりました」

「ディスカッション終了だ、解散! ギヨーム達のやることに変わりはねぇ、オレとセスは途中でスワロ達と合流しながらマルノモン地区に行く!」

 結局、ディスカッションとは名ばかりで、その実態は兎に角ユーマの言葉を信じて動くというヨミーの意思表明だった。


 ◆ ◆ ◆


 保安部の本部、控室にて。

 フブキは椅子に座ったっきり、項垂れていた。

 マルノモン地区が水没すると分かっていながら——数多の水死体が浮かぶ未来を分かっていながら、時を遡って誰一人助けられないこの状況は、フブキの心を蝕んでいた。

 だから。思考を止めて、ぼんやりと時を無為に過ごしていた。

 ヤコウの為にと働くべく、本来の自らの気質を完全に無視した行動を取っている故に。その矛盾で、動けなくなっていた。

 暫くが経過すれば、思考を動かせるようになる。記憶だって曖昧になって、知らぬ間にマルノモン地区で惨事が起きたなんて……と自らを誤魔化せるようになる。

 そうなるまでの間、フブキは椅子に座りっ放しである。

 同室には、『幽体離脱』によって意識を手放しているヴィヴィアの肉体も伏していた。

 形式的には、フブキが無防備なヴィヴィアを守っている事になっている。一応は、ではあるのだが。


 これより、保安部との取引に応じたレジスタンスの幹部によるテロ——とは名ばかりの大量殺人が始まる。

 雨水発電所が爆破され、排水の機能が停止し、マルノモン地区は水没し、多くの人々が訳も分からずに溺死する。

 保安部は、素知らぬ顔でレジスタンスのテロ活動だと発表して大々的に貶める。その後、何も知らないリーダーを逮捕する。


 ……これは、本当に微々たる差異だけれども。

 緊急ニュースは、本来の計画では、マルノモン地区の水没という取り返しの付かない事態に陥った後に放映される予定だった。

 しかし、対テロリスト班の班長であるフブキの精神面を考慮し、順序を逆にした。

 フブキが動ける内に、フブキの姿を、声を、カナイ区中に放映させる事で、保安部はその件に何の加担もしておらず真面目に職務に励んでいるのだと空々しくもアピールする為に。

 他の者に代わりを任せれば、マルノモン地区水没後でも臨時ニュースを流せた。だが、それはそれでフブキはその間何をしていたのかと重箱の隅を楊枝で穿る余地が生じる。

 それが取っ掛かりになって、探偵に謎を解かれたら——保安部に被害は出ないけれど、探偵達を調子付かせるのは腹立たしいので、順序を逆にした。


 …………まさか。

 順序が逆になった程度で。

 ハララ達どころか、この世界の誰も気づきようの無い違和感の所為で。

 ユーマ=ココヘッドが、破れかぶれの一手を打っただなんて。

 予測できる訳が、無かった。



 ぱちり、とヴィヴィアは瞼を開く。ゆっくりと起き上がり、座り込んでいるフブキの肩をゆさゆさと揺らした。

「……フブキくん」

「……」

 普段、ヴィヴィアはこんな真似をしない。ヤコウの助けになるべく自己矛盾を消化しているフブキを無理矢理起こすような真似なんて、しない。

 それなのに敢えて実行するのは、異常事態が発生したからだ。

「誰も、死ななかったよ」

「…………、ぇ?」

 だれも、しななかった。誰も、死ななかった。

 ヴィヴィアから放たれた言葉を十数秒のラグを経て理解し、フブキの瞳に光が戻る。驚いて何度も瞬きをして、困惑の表情でヴィヴィアを見上げた。

「結果だけを言うよ。探偵達がマルノモン地区のみんなに避難を呼びかけたんだ」

「……ど、どうやって? も、もしや、テレビ局を乗っ取られたのですか!?」

「そんな風に派手な電波ジャックじゃなかったね。マルノモン地区の各施設の放送設備を勝手に使ってたよ。途中からは、それを聞いて避難を開始した人が自ら積極的に広めていた」

「ど、どの施設にも、都合良くあったんですか?」

「今じゃすっかり意義が下火になったけど、一昔前はどこも火災訓練をやってたっけね。設備の設置も、訓練も、義務だったからね」

「そもそも、皆さん、信じたんですか? 保安部からは何の連絡も来ていないと、デマだと疑った方は……?」

「…こっちも、妨害したんだけどね」

 フブキの疑問に、ヴィヴィアは一つずつ丁寧に答える。表情だけは柔らかく偽りながら。

「ヨミー本人が、ヨミーだと名乗って、保安部は守ってくれないから自己責任で何とかしろと啖呵を切るのって……凄い効果があるんだなぁ、って思ったよ……」

 後ろに回した手を拳にしながら。爪が肌に食い込み血が滲む程に、固く握り締めながら。

「そのあと、本当に水没しちゃったから、無駄な混乱を招いたって理由で逮捕できない。……ふふ。ちょっと、上手くいかなかったね」

 どちらが勝っても負けても、自分達には痛くも痒くもないゲームが始まる予定だった。『お祭り騒ぎ』に巻き込まれ、大勢が死ぬ予定だった。

 それなのに。

 情報が限られているはずの探偵側が、保安部を超える動きをしてきた。

 なぜ、そんな動きが事前にできたのかと、不可解極まりなかった。

 だが、だからと言って呆気に取られてばかりでも居られない。出鼻を挫かれようが、まだアドバンテージはこちら側にある。

 ——幹部殺しの濡れ衣で、レジスタンスのリーダーを捕縛する。寧ろ、本題はそちらだ。レジスタンスの壊滅だ。そのついでに、大規模過ぎる味付けをしようとしたに過ぎないのだから。


「そ、そう、なのですね……」

「……」

 フブキは安堵したように、胸の前でぎゅっと両手を握った。

 ヴィヴィアはそれを確かに目にしながら、見て見ぬ振りをした。


「ドーヤ地区の方は、ハララくんとデスヒコくんが頑張ってるはずだけど……嫌な予感がするよ」

 主にマルノモン地区を監視していたヴィヴィアは、フブキに事の顛末を伝えるべく一旦肉体に戻ってきた。

 再び『幽体離脱』をして、今度はドーヤ地区の様子を窺うつもりだ。

「ハ、ハララさん達はきっと大丈……」

「私はね。まだ、ユーマ=ココヘッドを見てないんだ」

「……それは…」

 どういう意味なのか。フブキの言葉はそこまで続かず、途切れた。

 ——ユーマは、ドーヤ地区方面に向かったと推測される。同じく見かけなかったギヨーム=ホールやドミニク=フルタンクも、恐らくは。

 これまでのユーマ=ココヘッドの活躍を思えば、ハララも、デスヒコも、苦戦を強いられている事だろう。

(…………私が、ちゃんと、始末できなかったばかりに……部長から処断される覚悟でやっておいて、向こうの欠員はゼロ……)

 ヴィヴィアは臍を噛みたくなる心地だった。

 探偵事務所を探偵達ごと沈めるように独断を下しておきながら、成果はゼロ。誰も死んでいなかった。

 本命はユーマだったが、ユーマ以外の誰かが脱落してくれていれば、少しは楽になっただろうに。敵として苦々しく奥歯を噛んだ。




(終了)

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