3章①
善悪反転レインコードss※3章はこんな雰囲気かなと自分なりのイメージを形にしてみたssです。
※キャラ付けや関係性などは筆者個人の妄想に基づいています。また、独自の補完があったりします。
※テレパシーとは無制限だと便利過ぎて色々と不味いのでは…?
という考えから反転セスの探偵特殊能力『テレパシー』をナーフして解釈しています。
※魚雷の件は反転ヴィヴィアがユーマの排除を目論んでの独断という設定ですが、そうとは知らない探偵側が持ち得る情報で推理する描写があります。
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ヨミー所長が指定した緊急時の集合場所——かつてヨミーが事務所を構えていた雑居ビルの屋上には、ユーマを含めて探偵事務所の面々が揃っていた。
……ヨミー以外は。
「……スワロ。約束の時間は過ぎました」
セスは先程から自身が着用する腕時計を凝視し、刻一刻と進む秒針を眺めていた。
そして、来るべき時が過ぎてしまったので、拡声器を使ってスワロに届くようにと喋った。拡声器のおかげで、結果としてその場に居る全員にも伝わった。
「あなたは、明文化こそされていませんが、実質的には副所長の立ち位置。ヨミー様に代わり、指揮をお願いします」
セスはすらすらと述べ、スワロに指示を仰いで従う体制の下準備を整えた。
投げられた言葉のバトンをスワロは受け取った。
「ヨミー様はとても目立つ御方。もし死体になっていれば、保安部に容易に発見される。そして保安部は、意気揚々とその訃報をカナイ区中に放送し、私達を挑発するはずよ」
(そんな、こと…………するん、だね。この世界の、みんなは……)
『そーだよ。…それなのに、事情があるかもって甘い考えを捨てられないのが、ご主人様なんだよ』
ユーマの胸中で感情が複雑にせめぎ合うが、言語化を抑えるだけの冷静さと俯瞰があった。
そんなユーマの心情を以心伝心で察知した死に神ちゃんは容赦なくツッコミを入れた。呆れるように、諭すように、あるいは見守るように。
「生きたまま捕らえられている場合でも、保安部の方から私達への動きがあるはず。
……だから。何の便りも無いのは、無事の証だと見なすこと。
故に、私達は動かねばならない。ヨミー様と合流された時、『所長が不在だった為に動けず、何の進捗もありません』と情けない報告をするような事態を避けねばならないわ」
ヨミーが不在という不穏な要素がありながら、けれども、当のヨミーが万が一に備えていたマニュアルの内の一つに則り、スワロは指示を出していた。
組織的な連携だった。ヨミーがスワロを全面的に信頼しているからこそ可能だった。前段階の流れから察するに、セスもスワロと同じくマニュアルを教えられ、いざという時に頼まれていた側に位置していたのだろう。
そして、そうでは無い者達は、省かれたと腐す事も無く、これからの行動指針の前提として許容する姿勢を示していた。
「各自、潜伏をしながら、これまで通り活動に精を出すように。以上よ」
シンプルだったが、それは、スワロ以外の者達への乱暴ながら信頼への顕れだ。
基本方針は定めるから、あとは臨機応変に何とかしろ。無能だと行き当たりばったりになるがオメーらなら柔軟に対応できる——なんてヨミーの声が聞こえてきそうだった。
その程度の想像ができるぐらいには、付き合いもそこそこに至っている。
『事前にマニュアルを残しておくことで、恋人だからって自分への捜索に時間を割かれるのを防いだんだろうね。乙女心的には眼鏡ビッチがちょっと不憫だね』
なお、ユーマを愛すると言って憚らない死に神ちゃんは、勝手ながら恋人視点を持ち出し、仕事としては正しいんだけどさぁ……等と微妙な反応を示していた。
「……つまりは、事務所が吹き飛ばされようが、所長が不在になろうが、今までと変わらず活動しろ、と?」
「ええ。そうなるわね」
スワロからの指示に、スパンクは確認がてら質問をした。その質問もまた、マニュアルの理解を噛み砕くのに役立っていた。
「動画関連の機材や映像媒体は死守したけど、所持金はスッカラカンになったから、バイトしていい? カマサキ地区のどっかのお店でドミニクと一緒にやろうと思ってるよー」
「あら、そう。許容範囲内よ」
その流れに便乗するように、ギヨームも発言した。
「フン。キャッシュに入れておけば良かったものを。貴様の落ち度だぞ」
「キャッシュが必要になるほどお金を動かしてんの、アンタとアンタにたかられてるヨミー様ぐらいだし」
「所長については、ツケで済ましたくないからとその都度支払ってるだけだ」
スパンクからの横槍にギヨームはムッと唇を尖らせながら反論していた。
「……ん? 待って待って、キャッシュを現金化する為にノコノコとマルノモン地区に行ったりするの? これ達が生きてたらきっと誰かがお金を卸しに来るって予想してる保安部が待ち受けてたりしないの?」
「今はまだ行かないぞ。……それに、保安部と言えども、カナイ区の経済の心臓であるマルノモン地区でこそ勝手には動けんはずだ。金の価値に疎いか、破滅思想でも持ち合わせていない限りはな」
「あ、そう? じゃあいいや」
一応は心配しているらしい。心配無用だと分かるや否や、あっさりと流してしまったが。
アマテラス社を牛耳り、裏金を献上される立場でありながら、金に疎いだなんて事はあり得ない。
破滅思想は、可能性としては存在するけど、まず無いだろうという程度に過ぎず——まだ後の展開を未だ知らぬ、この時点ではそのように納得されていた。
(マルノモン地区……)
『事前に何とかしたいなら、そこを希望するのもアリかもね。雨水発電所だっけ? そこに仕掛けられてる爆弾をササッと何とかしちゃうとか。他の超探偵が行くなら、その人に色々と言って任せてもいいかも』
(……元居た世界じゃ、事態に気づいた時にはもう爆発してたっけ。この世界で、フブキさんの時を戻す力も無しに、一発勝負、か……)
『あっ、ご主人様がなんかチャレンジングなこと言ってる』
イカルディの大規模な銀行強盗により、マルノモン地区が水没する——その知識があるユーマでさえ、多少ばかり呑気だった。
元居た世界でのイカルディは、シャチを撃ち殺したが、多くの一般人を犠牲にするのは躊躇い、保安部に匿名で通報してマルノモン地区の住民を避難させていたものだから。
——この時点では、その認識からまだ完全には抜け出せずに居た。
「……我々が討論するべきは、どこで主に活動するか、では? そして、その情報を共有するべきかと」
指示の確認とも雑談とも付かぬ冗長なやり取りに、セスがとうとう口を出した。スパンクとギヨームのやり取りは完全に無駄とも言い難いのだが、セスは少々苛立っていた。
ああだこうだ。かくかくしかじか。
仲間内の連絡網の要であるセスだけは、この雑居ビルの屋上で待機。もしもヨミーが遅れて現れた場合、すかさず連絡を取る事。
その点だけは満場一致で真っ先に決まり、セスは「留守番……ですか」と不機嫌そうに愚痴る。
「ヨミー様の命によりカナイ区中を駆け回ってきたおかげで…体力が、特に持続力が、養われたと思うんですがね…」
「その体力を、ヨミー様と一番に合流された時に活かしてくれると嬉しいのだけれど」
「…………分かりました」
なお、スワロからの駄目押しで妥協したので、本気で不満がってはいなかったはずだ。たぶん。
『天然ストレートからのパシリ扱いのおかげで体力がつきましたって自己紹介、虚しくないのかなー』
(た、探偵は足で情報を拾うものだし…)
『一番引きこもりができそうな陰キャ眼鏡が一番走り回ってんじゃん。今後は八割根暗アグレッシブ、二割陰キャ眼鏡呼ばわりぐらいのバランスで行こっかな』
セスは自分だって動けるのに……と不満を洩らしたが、実はその通りだったりする。インドア系っぽい見た目とは裏腹に、その言葉は真実だ。何なら、そこら辺のアウトドア系よりも動ける。
このカナイ区に訪れてからというもの、有事では現場を最も走り回ってきた結果である。
『テレパシー』とは如何にも夢がありそうな異能だが、セスの場合、字面から読み取れるイメージよりも能力がショボい(※なお、ショボい云々は死に神ちゃんの評価である)。
街中の人々の心を無造作に読み取る事はできない。敵である保安部の思考を読み取って捜査を短縮する、なんて夢とは名ばかりのあくどい手法も不可能。
範囲内なら誰にでも送信できるが、返信や受信も望むとなれば知り合いとしか——セスと念話をする気のある相手としかできないし、やり取りできる内容もその時に連想している思考のみに限定される。
そしてその範囲とて、意外と狭い。
改めて結論を纏めよう。
セスが自らの能力を活かして連絡網として機能する為には、自らを中継地点としながら、連絡したい相手を範囲内に収めるべく、セス自身が動き回らねばならなかったのだ。そうして体力が付き足腰も鍛えられたのだった。
(もしセスさんの能力が人の心を好き勝手に読めるものだったら、今頃ボクの秘密もとっくにバレて大騒動になってるだろうね…)
『夢が無いおかげでご主人様とオレ様ちゃんが実質二周目なのがバレてないのが複雑だなー。
……ってか、人の価値も分かる『鑑定』の金ピカと言い、嘘を見抜ける『尋問』の眼鏡ビッチと言い、なんかこう心臓に悪い能力ばっかだね。ヘルスマイルならぬディストピア探偵事務所じゃーん。ギザ歯ちゃんやデカブツの能力まで心臓に悪かったらヤだなー』
(ディストピア呼びは失礼極まるよ…!!)
閑話休題。
「セスが留守番なのは確定? じゃあさ、はい! ヨミー様が帰ってきたら渡しといて!」
「……食糧ですか?」
「そ。市販品の板チョコ。カップスープとかカップラーメンとかだとお湯が要るしー、チョコなら冷めてても美味しいでしょー?」
「…分かりました。渡します。……ただ、一つ質問があります。あなたは先程、所持金がないのでアルバイトをしたいと言っていませんでしたか?」
「ポッケに小銭ぐらい入ってたよー。で、使い切っちゃった」
ギヨームは集合場所に来る前にと、どこかの店で安売りされていた菓子類を購入していたようだ。万が一の食糧に成り得るので、無駄とは言い難い寄り道である。
「あ、こっちはセスの分。羊羹だよ」
「……半額の割引シールの上に、更に半額の割引シールが貼られていますね。そして賞味期限は今日、と」
「ポッケの有り金で買える範囲はこんなもんだしー! 期限内だからセーフセーフ!」
「…はぁ。そうですか」
ギヨームがセスに板チョコや羊羹が入った白いビニール袋を手渡し、小気味よく笑ってる。一人で待機する事となったセスへの仲間意識に基づいている。
一方、セスは袋から出さずとも垣間見える半額の割引シールをじぃっと見下ろし、仕方なさそうに相槌を打っていた。
「私はエーテルア女学院の方に向かうわ。あの件の憂さ晴らしで探偵事務所が沈められたと推測される以上、あそこでも憂さ晴らしが起きているかどうか確認しないと」
ギヨームがセスに食料を渡している傍らで、スワロは進行を取っていた。
「私は…カマサキ地区の骨董屋にでも行くか。あそこの店主は、少し情報通な所があるしな」
「あの、スパンクさん。マルノモン地区は、そのあと…ですか?」
「ん? いや。危険は少ないだろうと予測しているが、一応はほとぼりが冷めてから金を卸しに行く。……貴様、マルノモン地区が気になるのか?」
「ええと……」
ユーマはマルノモン地区に向かう可能性が最も高いスパンクに確認を取った。行くにしてもタイムラグが生じそうだ。
ならば、自分が行くべきか。敢えてレジスタンスと接触するべくドーヤ地区に、という路線もあるが……。
「ユーマ。あなたはギヨームとドミニクと一緒に行動なさい」
「え?」
ユーマが迷っていたら、スワロから突如そのように命じられた。これまで各々が自由に希望を出していた真っ只中で、セスの時よりも圧が強かった。
「あなたは特に保安部からマークされている。最低でも誰かと一緒に居るべきよ」
「それは……そう、ですね」
『目を付けられることしかやってないもんねー。オレ様ちゃんのぶっキルがすっごく効いてるねー』
反論できず、ユーマは頷くしか無かった。
この世界では、謎迷宮を攻略した結果による真犯人の死亡は、元居た世界よりもかなり早い段階から疑念を持たれている。死に神ちゃんの存在を感知するヴィヴィアが保安部に所属しているのもあるが、探偵事務所の側も証拠こそないが偶然でもないと認識している。
保安部から最大の危険人物としてマークされても当然だし、探偵達から忌避されないだけ温情的だ。それどころか、探偵達はユーマを案じてくれている。文句が出る余地などありはしなかった。
「二人も、それでいいかしら」
「いいよー!」
「あァ……」
「よ、よろしくお願いします」
ギヨームとドミニクもあっさりと快諾してくれた。ますます逃げ道が塞がれた。
駄々を捏ねるという方法もなくはないが、下手な会社よりも組織的に理路整然と展開が進む中で、ユーマ一人が子供っぽく我が儘で癇癪を起こすというのは、羞恥心が甚く刺激されかねない。
(こ、ここは、敢えて暴れるべき…なのかな…? 恥を捨てて…)
『いや、やめとこ。人としての信頼を失っちゃったら、カナイ区の外へ出てけーってなるんじゃない?』
(そ、そこまで!?)
『たぶんだけど、みんな内心じゃ天然ストレートが不在だから気が立ってるよ? まぁ生きてると思うけどねって前向きなスタンスだけど、それでもね? そんな中でご主人様がオギャってみ? ケツをぶっ叩いてでも追い出したくなるよ』
(う、うぅ……わ、分かったよ……)
どうするべきかと思案したが、死に神ちゃんからの一定のリアリティラインを突いた説得も相俟って、今後の活動に支障を来しては元も子も無いのだと冷静になった。
その後、二人の超探偵と共に、カマサキ地区の場末の飲食店でアルバイト兼情報収集に勤しむ事になったのだが。
勤務開始から数時間後には、保安部のハララ=ナイトメアから必死に逃げ果せる事態に陥っていた。
「ボ、ボクは、指定された調味料しか使ってません!」
「こんな状況でッ! 嘘を吐く余裕があるのかッ!!」
ギヨームがウェイター、ユーマが皿洗い、ドミニクが倉庫で荷物を運んでいた時、保安部部長のヤコウが来店してきた。これ見よがしにハララを護衛として引き連れながら。
咄嗟に厨房へと引っ込んだギヨームは、そのままアルバイトを放り出して逃げる——のでは無く、この機に仕返しをしようと提案し、ユーマを巻き込んだ。
ユーマにチャーハンを作らせ、それをヤコウとハララに食べさせたのだ。究極的に不味いと知っていながら、である。
店長も店員達も誰が料理を作るんだとか責任を取るんだとかで揉めていたものだから、と言うか全員逃げたがっていたものだから、アルバイト一日目のユーマが料理するとギヨームが勝手に立候補しても誰も止めなかった。
そうして現在に至るのだった。
「ゴーゴードミニク! バイトなんてかなぐり捨ててこれ達を連れて逃げて!」
「……あァ!」
『ここで交戦しないんだ!? 意外と冷静…!』
(本当に冷静ならアルバイト中に喧嘩売ってないよ!!)
ユーマとギヨームがドミニクの両腕に抱かれながら、ドミニクの逃げ足と主に背中側の防御力を信じるという、体当たりにも程がある逃亡だった。
だが、ドミニク自身の基礎体力自体が凄まじかったので実行できたのだった。肉体の大きさの差とは、それ自体が時に暴力と成り得る。
人はクマには勝てない。人がクマを蹴っても、弾力のある岩を蹴ったような絶望的な感触しか残らず、攻撃が実際には通じないのだという逸話が、不意に脳裏に過った。
ハララは執念の限りを尽くして、追いかけてくる——かと思いきや、途中で苦々しそうに引き返した。守るべきヤコウを置き去りにするのは職務から完全に違反する為だろう。
「ギ、ギヨームさん。さっきの挑発にどんな意味があったんですか!?」
「ヘルスマイル探偵事務所総出の対保安部プレゼント」
「現在潜伏している真っ只中ですよね!?」
「これ達が非日常に片足突っ込んでるのに、あのクソダサパーマ野郎は日常を謳歌してるって思ったら凄いムカついて…」
『ご主人様を守るって名目が吹き飛んでんじゃん! どうなってんだよ眼鏡ビッチの采配!』
(た、たぶん、有事の時には、ギヨームさんが咄嗟の判断を下して、ドミニクさんが対応するって算段だったと思うよ。
潜水艦が沈められそうな時、魚雷で大破されるのを待つよりマシって理屈で潜水艦に大きな穴を開けたし…ボクらはそこから泳いで脱出したし…いやボクは途中で気絶して結局マコトに保護されたけど、みんな生きてるし……ヨミー所長も生きてるはずだし……)
『あれって冷静な判断だったの? このポンコツっぷりを見ると、前日にジョ〇ョでも読んでテンション上がってただけじゃないの疑惑があるんだけど』
(ヨ、ヨミー所長も対応してたよ)
『反対する時間もなかったから、さも名案っぽく対応するしかなかったんじゃ?』
(ふ、振れ幅が……振れ幅が大きいだけだから……)
『フォローが苦しくなってきてる~』
気持ちは分からなくも無いが、だからと言って本当に保安部への仕返しを実行するのかと。今回のギヨームの行動の問題点はそこである。
この件でギヨームは後にスワロやヨミーから叱られるのだが、今はまだその時では無い。
「いくら調べても毒物を検出できないんだから、ユーマが捕まることはないと思うよー?」
「そりゃ、そうでしょうけど! そうであって欲しいですけど!」
『ご主人様と保安部の溝が更に深まったね』
(あの時死に神ちゃんもノリノリだったこと、ボクは忘れないからね!?)
金欠だからと勤しんでいたアルバイトは一日目でオジャンになったのだった。金より大事なものがあるなんて名言があるけど、それを用いるには不適切な状況である。
保安部への仕返しの件はカマサキ地区どころかカナイ区中に爆発的に広がるだろうし、第二のアルバイト先は推定ながら絶望的だ。
「と、とりあえず、集合場所に一旦戻って、セスさんに状況を……その、誰が伝えます? ボ、ボクが説明した方がいいですかね?」
「これがこのチームの責任者っぽいポジションだから、これが言っとくよ?」
「そ、そうですか…(大丈夫なのか…!?)」
一応は責任者の自覚があったらしいが、ギヨームに任せて大丈夫なのか。セスは最後まで事情を聴いてくれるだろうが、かなり不機嫌にさせそうな予感がする。自分も加担したのだから連帯責任になるのだろうか。押しに弱く結局手を貸した自分は仕方ないとして、せめてドミニクは連帯責任の輪から外して欲しい。
って言うか、ボクがオギャったらみんなの顰蹙を買うって我慢した矢先に何だこれ。ギヨームさんは許されてボクは許されないのか。ボクだと洒落にならないってのか。
『普段オギャってない人がオギャると洒落にならないんだって』
(……そういうものなの?)
そんな風にユーマがつらつらと考えていた、そんな折だった。
「なぁ、お前ら。探偵……で、合ってるよな?」
「……!」
ユーマは驚いた。保安部と揉め事を起こした自分達を遠巻きに眺めるのでは無く、わざわざ近寄って話しかけるような二人組が顕れた事に。
そして何より、その二人組の顔に見覚えがあった。
(こ、この人達は……この人は……!)
『……この世界のこいつは、どーなってんだろうね』
ドーヤ地区を拠点とするレジスタンスの幹部。長髪を束ねた、陰鬱そうな雰囲気を纏う女性は、イルーカ。そして、その隣の、ニット帽を被った細身の男は——イカルディ。
元居た世界で、マルノモン地区の水没という手段で銀行強盗を目論んだ犯人。その撹乱の為にとユーマを計画に組み込み、レジスタンスのリーダーであるシャチを殺害し、保安部に匿名の立場から様々な通報をしていた人物。
尤も、この世界におけるクギ男の事件と言い、エーテルア女学院の件と言い、元居た世界と犯人が変わっていた経験を思えば、イカルディだけを疑うのは合理性に欠ける。
性格だって、もしかしたら違うかも知れない。
『仲良しレジスタンスだったら、事件なんてそもそも起こんないねー』
ぽりぽりと腹を掻くような仕草は、血みどろの殺人事件を愛好する性質故、事件が起こらない平和な可能性に退屈している所為だった。
それが本来の性質である事を思えば、血みどろを愛するが故に言動が不穏であれどユーマに寄り添おうとする彼女の態度は、かなりユーマに譲歩してくれている。
『ってか、今回は無理矢理車に乗せて誘拐しないんだ? デカブツが居るから無理って判断したかな?』
話を戻そう。
元居た世界では、ユーマは川に浮かぶ潜水艦の残骸に途方に暮れていた所をイルーカとシャチの二人に拉致された。
しかし、この世界ではどうやら勝手が違うようだ。至って普通に話しかけられた。
「…どうしましたか? イカルディ」
「……なぁ。他のヤツを探さねぇ? ヨミー探偵本人とは言わねぇよ? 他の超探偵をさ、その……こいつらでいいのか?」
「保安部に、中指を立てる気概がある……ふふふ、素敵じゃないですか。ヨミー探偵と一緒に活動してるだけはあります……」
「マ、マジかよ…」
どうやら先程の一部始終を目撃されていたようで、イカルディがドン引きしている。用が無ければ関わり合いになりたくもなさそうだった。
一方、イルーカの好感度は上がったらしい。世の中、何がどうバタフライエフェクトするのか、時に未知数である。
「アンタ達、誰ー?」
「ア、アタシ達……ヘルスマイル探偵事務所に依頼をしに来た者達です」
何事かとギヨームが対応に乗り出す。
まだ相手を見計らっている段階なのだろう。イルーカはレジスタンスとは明かさなかった。
「た…探偵に依頼したくて、河川敷まで行ったんですけど……残骸ばかり浮かんでて、人っ子一人居なくて、困ってたんです」
「へー、そう。全員生きてるよ」
「なら、早く教えてくださいよ。こっちは、依頼したくて…あっちこっち、探してたんですから」
「……依頼、ですか?」
「そうですよ。…な、何です。警戒しないでください。アタシ達の、どこが怪しいって言うんですか」
「おい、ちょっと落ち着けよ」
ユーマが警戒を滲ませたものだから、イルーカはムッとして目を吊り上げる。見兼ねたイカルディがイルーカを宥めていた。
ユーマが警戒しているのは、依頼を迂闊に受けて良いのかと逡巡していた為だ。
居た世界では、保安部の悪行を告発する為にカナイ区に監視カメラを仕掛けて欲しいと依頼された。しかし、それは実は爆弾で、ユーマはカナイ区中に爆弾を仕掛けて回ったテロリストとして指名手配される破目になった。
ユーマの脳内で警鐘が鳴る。この世界では事情が変わっているかも知れないが、変わっていなかった場合を想定して安請け合いは避けるべきだ。
「これ達は今ツンケンしてるんだよねー。保安部とギッスギスのバッチバチの敵対中でさー」
そんな折、ギヨームが不意にそんな事を言い出した。
「ご存知の通り、探偵事務所を木っ端微塵にされちゃったし。さっきもイライラしちゃってー、保安部部長のクソダサパーマ野郎にイタズラしちゃったし。
……つるんでるだけで爆殺されるかも知んないけど、それでも依頼するの?」
ユーマの態度が刺々しいのは事情があるからと説明し、自分も同じ理由で苛立っているとも述べて、その上で依頼人の意思を確認する(厳密には、ユーマの件は実は理由が違うのだが……)。
このフォロー力をあの飲食店で活かしてくれたら良かったのに、とユーマは不満ながら状況を見守っていた。
「ふ、ふふふ。刺激的ですね。嫌いじゃないですよ…」
「……もう察しがついてると思うけどよ。オレ達はレジスタンスだ。だから、そういう態度はレジスタンスとしちゃ歓迎するぜ」
イルーカは少しばかり楽しそうに笑っていた。一方、シャチは引き気味ながら、彼なりに大丈夫だと判定を下せたのか、自分達の素性を打ち明けてきた。
(終了)