黒國
黒名が國神をオカズにしてオナニーする話だよ〜〜オカズにしないといけないので國神の優しさで脱いでもらったよ〜〜バサ、と乾いた音が立ち、空気がざわりと揺れる。
「……すごいな」黒名は目の前の巨体にアホみたいな感想を口にする。……『すごい』、それしか言いようがないのだ。それ以外のぴったりな言葉を宛がおうと思うと気恥ずかしくて躊躇われてしまう。美しいとか、似合う賛美の言葉はたくさん思いつくけれど、黒名は口に出せない。
目の前の巨人、__國神錬介はその言葉を振り払うように手を顔の前で振り、
「さっさと終わらせるぞ」とだけ言った。長い前髪の奥の瞳はぼんやり虚ろで、何を思っているかさっぱり分からない。__怒ってる姿は見たことないが、怒らせたくはない。黒名は素直に賛同した。
「そうだな」國神から目をふっと背け、自身のスウェットのズボンに手を掛ける。
……手を掛けて、
「……」
思わず手を止めた。ちらりと視線を這わせて覗いたのは観衆の方。
……皆が、こっちを。見てる、見てる……
黒名は唾を呑み込んだ。どこからともなく湧いて出た冷や汗が首筋を垂れ落ちるのを感じる。
ネスと裸でハグした時も、閃堂のを扱いたときも、"こちら"へ注がれてきた視線。けれど、今回のそれはさっきまでとは明らかに量が違っている。……ネスとのときは、ネスと半分こだった。閃堂のときは、ほとんど閃堂が引き受けてくれていた。
今は、自分一身に注がれているのだ。
やりずらい、と口の中で呟く。國神を先に脱がせなければよかった。身長差が酷いから本気にする者がいるとは思わないが、多少はあのギリシャ彫刻のような身体と比べられてしまうだろう。
黒名はスウェットのゴム部分に掛けていた親指をさらに内側に引っ掛けた。ゆっくりストリップショーするくらいなら、一気に脱いでしまった方が恥ずくなさそうだ。
柔らかい素材のスウェットとパンツは、黒名の葛藤とは裏腹にするりと簡単に降りた。
「んぇ、……」黒名は驚いて小さく声を漏らす。
國神のと比べるとだいたい3分の1ほどしかない小さな黒名の"それ"が、柔く起き上がっていたのだった。
この部屋の魔術だろうか。先程からセックスで男役をやることになった奴らが何故か男相手に勃つのが疑問だったが、不思議な力によるものだったのかもしれない。
……とりあえず、幸いだ。後は好きに擦ればいい。
黒名は座った。國神にも座るように促す。國神は相変わらず虚ろな目でこちらを見ていた。何となく哀憐の感情が浮かんでいるのを感じる。小さな"黒名"への憐憫か、同類に対する哀しみか。
國神は黒名以上に、いくらかの修羅場を経験してきていた。
「……」黒名は一度深呼吸をして、國神を見つめた。そしてハンドルを手にする。
浅く熱を持ったそれが、空気を読んでるのか読んでないのか先走りを垂らした。
*
汗が床に落ちる。
「っ……」黒名は歯を食い締めて、必死に短針を擦る。撫でる。触れる。しかし、射精感と脈動が強くなることは無い。気持ちよくもない。むしろ若干痛いほどになっている。擦りすぎだ。
「すまん、……」
黒名は垂れた頭の先にいる相手へ謝罪を口走る。目の前の彫刻はぴくりとも動かない。散々な経験をした先で、もうこれくらいのことではへこたれないような諦めがその身から薫っていた。
もう一度、すまん、と言って黒名は顔を上げた。筋骨隆々、背の低い黒名では到底到達することの出来ない肉体の高み……それは性的な興奮と言うより男としての憧れを催させるもので、感嘆の息が漏れる。同時に、この『お題』の難しさを痛感した。
……無理だ。コイツで抜くことなんて、出来るわけが無い。しかも寝食を共にする知り合いが居合わせているこの状況で。
いや、別に、見られているからといって脳内を覗かれている訳ではないので、頭の中でエロいことを考えて扱けばあっという間なのだろう。
けれどそれは、当該のエロいことが考えつけば、の話だ。
生憎黒名は童貞、しかも未成年である。規則とかモラルに関しては人並みに真面目でもあった。
つまりは、誰かとそういう関係になったことも、怪しい動画を開いたこともないということだ。……そもそもの話、オナニー自体ほとんどしない。雪宮ほどの強い思い入れはないにしろ、黒名もまぁまぁサッカー馬鹿の人生を送ってきたのだ。
そんな黒名が男を相手に、しかも周りに見られている中でオナニーなんて出来るはずがなかった。
周りを盗み見る。命令が下されてから既に15分程が経過していて、飽き始めているようではある。ちらほら雑談を交わすように視線を交差させる者もいる。……しかし、多数の目は未だに黒名を見つめ続けていた。早くしろと、急かされているようにも感じた。
黒名は焦りか疲れかとにかく垂れてくる額の汗を拭って再び課題に対峙した。下へ下へ集中した熱は、膨らむ様子はない。自分の機嫌を取るのが、これほど難しいとは。今までの__例えばネスと裸で抱き合うとか__課題で感じた羞恥とは違う、物理的な不可能性に頭が痛くなってくる。単純で、単純だからこそどうにもならない壁だ。
皆はいつもどうやってるんだろう。以前乙夜はどうやってただろう。何となく白頭を探すが、なかなか見つからない……いや、いた。体育座りで頭を抱え、塞ぎ込んでいる。女好きを自称する彼のことだ、プライドを傷付けられた凹みは大きそうだ。
一度手を離す。すまん、と誰に言うでもなく漏らす。そのまま國神の顔へ視線を持ち上げる……と、國神とついに目が合った。
「……大丈夫か?」
十数分ぶりに声を出したからか少し掠れていたが、概ねそう言うように國神の唇は動いた。
「……だぃ、」じょうぶとは言えなかった。どん詰まりだ。
黒名の様子を受けて、國神はちらりと虚空を見た。どこを見ているかは分からない。でも、多分、『俺たちに1番強くしつこく向けられている視線』の方、だ。
「これ、握っとけ」
「……わかった」言われるがまま芯を握る。國神は頷くように顎を若干引いてから立ち上がって、黒名の斜め前に移動した。
ねちっこい視線が、ふいといなくなる。
「くに、」がみ?言葉の含んだ口を大きな手が抑えた。
「黙ってろ」
__次の瞬間、國神の大きな手が、黒名の手を覆った。
え。
何を、と驚きを口にする前に國神の手は動いた。
「ぅぁ、!?」
脳が!と?でいっぱいになる。目がチカチカする。え、え、なんで。
__さっきよりも、いや…………今までやってきたどんなときよりも気持ちいい。
手の中が先程の比にならないレベルで濡れてきている。心臓の鼓動が早まる。
「ゃ、あっ、」
すごい。これ、ヤバい。ヤバい。
慣れている、と言っては失礼だろうか。それくらい國神の手は補助線のように迷いなく、好い場所へ当たるように黒名の手を導いていた。
強すぎず、早過ぎず、けれど緩急をつけて。黒名の手を抱え込んだ大きな手は、黒名に的確に吐精を促してくる。
頭が回らなくなる。出したい、出したい。周りの視線も、脳へ辿り着く前にすっかりぼやけて気にならなくなっていた。この行為が提示された条件を満たしているかももうどうでもよかった。
「っ〜〜〜!!」
本能的に噛み締めた嬌声が脳内に響く。
と、同時に。
ぱたぱたと白い雫が2人の足元を濡らした。
「「……」」2人は顔を見合わせる。瞳の交錯による静かな会話は、お互いを労うようでもあったし、相手への非礼を詫び合うようでもあった。
ピロン。どこからともなくミッション達成を知らせる電子音が響いた。