黎明RI リスタートライン(Chapter1)

黎明RI リスタートライン(Chapter1)

名無しの気ぶり🦊


一目で引き付けられた!

強くて、奇麗で、かっこいい…!!

同じウマ娘として、あんな風に走る事が出来たら……!!

あんなウマ娘になりたい!

何年か前にテレビで見たテイオーさんの走りに憧れた。それが今のあたしの原点で夢にも繋がるもの。


────でも、叶わなかった



負けた

負けた

ただただクラシックで負けた


遠かった………

ドゥラメンテさんのあの背中は、あたしじゃ届かないほど遠かった。


あたしはテイオーさんやトレーナーさんみたいなキラキラしてカッコいいスターには…なれないんだって

打ちのめされた。


ダービーの後なんてトレーナーさんやチームの皆さんに言ったか、当時から自分でも覚えてない

暴言を吐いたわけではないと思うけど


『両足の橈骨遠位端骨折で全治六か月』

『年内の出走は絶望との事です……』


『6戦4勝2着2回という圧倒的な戦績で…』

(ぁ、あっ)


…でもそれから2ヶ月近く経って季節は7月、時期は中旬前半。ドゥラメンテさんは両足の橈骨遠位端骨折から菊花賞にはどうやっても参戦できず、あたしはそれにさえ惑わされ、結果ダービーのこともあってか、その間にどんなトレーニングでも何をやってもどこか消化不良で。身体に異常こそなかったけど気持ちは、心は沈み込んだままだった。

そしてこれが皆に気づかれないわけもなくて。


今はそんなあたしを気にしてくれたのか、トレーナーさんがゴン助ちゃんに乗せてくれて海辺をツーリングしている。いつもなら風物詩として好きな夏の日差しも、どこか煩わしく感じていた。


「…あたし、どうしたらいいんでしょうトレーナーさん…」

「…おっ見えてきたぞ」


「わあ…綺麗!」


けど海が見えると、そんなことを一度まるで忘れて思わずそう叫んでた。酷く落ち込んでても刺さる何かを感じたからかも。


「海や山、大自然はいい、景色と向かい合うとふと自分の現状への本音が込み上げてくる。昔からそうだ」

「? トレーナーさんってたまにお爺ちゃんみたいなこと言いますよね」


「まあそうだな、企業秘密だが」

「何ですかそれ…」


こんなときだからか普段はあり得ないけど口がちょっと悪くなっちゃう。嫌だなぁ…でもなんだろう、確かに今の自分の本音をなんだか言いたくなってきちゃう。


「…あたし、頑張ったんです」

「ああ」


「楽しく走りたい・テイオーさんやトレーナーさん、ダイヤちゃんやクラさんみたいなその生き様で世界の中心にいられる人になりたい・同時にあたしをここまで育ててくれた皆さんに恩返しもしたい、みたいな」

「そんな気持ちでずっとずっと、でも中途半端な向き合いかたはしないようにアスリートとして頑張ってきたつもりでした」


するとつらつらと意識せずとも湧き立つ本音。海のおかげかトレーナーさん相手だからか、どっちもかな…


「でも憧れに近づくための舞台で二度とも勝てず、そもそもあたしの知り合いの人以外からはそこまで期待もされてなくて」

「あたし、何を間違えちゃったんだろう」

「何を勘違いしたから夢を無くしちゃったんだろう」


「何より」

「────ドゥラメンテさんが出ないなら皐月賞もダービーも勝てたんじゃないかって、菊花賞にも出ないでほしいなって」

「この間、あの子が出ないことが決まってからは出ないでくれて良かったって考えさえ…」

「そんな、そんな情けない気持ちばかり今日まで何度も浮かんできて…ッ!」


「…自分で自分に悔しく、て、馬鹿だなぁってっグズッ!」

「ごめんなさい…ごめん、なさい!」

「夢を叶えられないし皆の努力に応えられなくて、大好きなトレーナーさんに何も恩返しもできなくって、ただ落ち込むばっかりでぇ…」 


「そんなあたしなんかがカッコよくてキラキラしたスターにはなれないんだって!」

「そんなことも分かってなくって!」


「ほんと…ほんと、何やってるんだろぉっ…グスッ」


「最低だ──あたし」


「…これからアスリートとしてどうしたら、どうしたらいいんだろう…もう分かんない、です」



あはは、言っちゃった。恥ずかしいことだけど迷惑ではなかった、よね

…どうでもいいか、あたしが情けないのは事実なんだし…グスッ


「なら答えは出てると思うぞ」

「………えっ?」


「ただまあ、その前に少し昔話だ」

「むかし、ばなしですか?」


「…まだ誰にも話したことはないんだけどな、俺にも夢や願いみたいなものはあるんだ。実は」

「トレーナーさんの、ゆめ…」


「ああ──母さんにまた会う。それが俺の夢」


お母さん…あれ?


「でもトレーナーさんって確か」

「ああ、いるぞ。だから打ち明けるが今の両親は育ての親であって肉親じゃない」


「ですよね、でもお母さんにまた会う…ですか。なんかトレーナーさんらしくない願いというか」

「だろ? 実のところ今のお前みたいなふうに考えたことが何度もある。なんなら叶えたくても叶わない状況に何度も陥ったりもな」


! トレーナーさんもあたしと同じ?


「…なんか他人事じゃない気がしてきましたね」

「おっ、いいな♪ 話を戻すが結局のところ諦めが悪くてな、俺は。最終的にまた理屈を変えて、形を変えてあの手この手でずっと同じ夢を追いかけてる」


『私のことは忘れて…それが幸せよ』


「それだけ譲れないし忘れられないんだ。どこかお前に似たあの人が」

「俺なりに再会する、追いつくという夢が」


「周りに笑われても、ふざけるなと言い返してやれるくらいには」


あたしに似た、誰か。そんな人を一途に再会したい一心で、追いつきたい一心で追いかける…あれ、それって


「テイオーさんに憧れた、追いつきたいって思ってるあたしも似たようなもの…?」


「ふっ、やっと気づいたか」


「でも…あたしに夢を形を変えて、できるんでしょうか?」

「無敗のダービーウマ娘に、テイオーさんみたいになりたくて、でも力足らずで叶えられなかったあたしに…」


「できるさ、だってお前はテイオーじゃない」


あの人、じゃない?

どういうこと?


「ええと、つまり…」

「難しく考えるな」


「でも…」

「すまん、ちょっとややこしいか…

お前にできることがあいつに必ずしもできるわけじゃない、ただ皆の、周りの誰かの期待は背負える」

「たとえ今のお前が嫌うお前自身が弱くて、ズルくて、カッコ悪くても」

「これがヒントだな」


今のあたしにできて、テイオーさんにできない…あれ?なんだろう、何か思いつきそうな…あっ


「…テイオーさんや他の誰かはできなかったけど、まだあたしならできること、それを誰かの思いを背負って果たしていくことはそのたびにテイオーさんやその誰かに追いついたその証…夢を違う形で叶えていくってことですか?」


「…そうだ!」

「わぷっ⁉︎」


「と、トレーナーさん⁉︎」

「っとああすまん、昔の癖でな。教え子が答えを見つけるのを見てるとハグして褒めたがってた時期の」


と、突然だなぁ…でも今なら悪くないかも。答えを見つけた、今のあたしなら。


「なんかアメリカンな感じですね…でも、ありがとうございます!」

「…迷いは晴れたか?」


「はいあたし、なんだか分かりました。憧れに追いつくってことは必ずしも憧れになりきるってことじゃない」

「憧れが、他の誰かができなかったことをあたしなりに成し遂げる、それも立派な、きっとこの先のあたしの夢になるって!」

「あたしのためじゃなく誰かのために叶えるなら、なおのこと!」


「…強いな、お前は」

「?そうですか?」


「ああ…そして似てる、俺に」

「さっきのことが、ですか?」


「いや内面の話だ。ずっと思ってたんだ」

「お前は勝ちたいって意思が実は人一倍強い。自分の思いを譲れない、何がなんでも願いを叶えたい、何回だって何度だって夢のためなら他の誰にも負けたくないって、諦めるなんてできないってそんなことを常日頃内心で思ってるだろうってな」


「あっ…」


その言葉にふっと気づく。

…そうか、周りをお助けしたいとか誰かを超えたいとか誰かに追いつきたいとか誰かのために何かを成したいっていうのもそうだけど、何よりその根底にあるもの。


ああ、あたしはレースに限らず勝ちたいってずっと思ってるんだ。自分が大切にする何かの幸せを諦めたくない、そしてそれは他の誰のどんな何かにも劣るものじゃないと信じてるんだ…だからきっと、こうやっていられてる。


「…こそばゆいですね♪ でも」

「…ああ」


「勝ちたい、です」

「この先レースでもなんでも負けることもあるかもしれない。また打ちのめされるかもしれない」

「でも、誰かを助けたい、誰かの期待に応えたい。誰かのできなかったことを果たしたい気持ちはもう変わらない」

「だから勝つたびに負けるたびに生まれる甘えや言い訳を飲み込んで、何度だって何回だって、そうやってあたしらしく、誰かのために誰かの支えとして困難に打ち勝ちたい、頑張っていきたい」


「もうあたしは、そういう生き物なんですね」

「でも、それでいいんですよね…」

「いやいいんだって、そう思えます!」


なんだか、すっきりしたな。


「ああ…」

(…頃合いだな)


「お前ら、出てきていいぞ」

「えっ?」


「もー待ちくたびれたよう」

「何を言いますの、大事な話し合いしてたでしょうに」


「キタちゃん、成長したね…」

「急に泣き出してどうした小児科医」


「感動したよぉ…!!」

「いや、あんたが感じ入ってどうすんのさ」


「…眩しいな、つくづく」

「大先生、感傷に浸るお年頃?」


「あっえっえっ、えええええええ〜〜〜〜!!????」


どうやら、あたしとトレーナーさんの会話はいつからか筒抜けだったらしい。

先に言ってほしかったよぉ〜


「じゃ、じゃあ皆さん途中から…?」

「そうだよー、と言ってもさっきからだけどね」


「よ、良かったの、かな?」

「そうだよ、でもキタちゃん」


「はい?」

「さっきのあれ、本当?」


「…はい、もう見つけました。だからトレーナーさんやテイオーさん、マックイーンさん、チケゾーさんにタイシンさん、トレーナーの皆さんにも改めて言います…」

「キタ…」


なんだか皆が聞いていたこともわりとすぐに飲み込めた。それに、もうあの決意を言うことに迷いはないもん


「あたしは、かつてのテイオーさんみたいにはなれません」

「キタちゃん…」


「でも、なれなくってもいいんです」

「弱くて、ズルくて、カッコ悪い」


「ただ自分の願いは譲れないから、そのためならどんな困難にだって勝ってみせたい」

「それがあたしだから!」


「スターになれなくても、キラキラできなくても! この時代の主人公じゃなくっても!! 」

「もがいて!あがいて!!」


「そうやって誰かを助けたい、誰かの期待に応えたい。誰かのできなかったことを果たしたい気持ちはもう変わらないんです!!」


「…そして、そんなあたしの願いを叶えるためにも」

「────勝ちたい、です」

「ッ、これからまた頑張りますので、びしびしご指導のほど、よろしくお願いします!!!!」


「「「「「「「任せとけ(任せて・任せてくださいな)!」」」」」」


「皆さん…ありがとうございます!」


「じゃあキタ、差し当たってはまずは菊花賞だな」

「はい!」


そうだ、これからまた頑張ろう

今ならきっと頑張れる


そう思える、今のあたしなら!


「…ここからがあたしのぉ、ハイライトだぁああああ!!!!」


最後に海にそう決意表明として叫んだのだった

ここからはあたしのサプライズムーブだ、そう示すために


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