麦わら帽子のヒーロー
海軍本部には、様々な人物がいる。
彼らはこの大航海時代にあって市民を守る盾であり、力無き者を守護する矛先である。
そんな海軍において、先日、不祥事が起こった。なんと、海軍が海賊に買収され市民の窮状を見て見ぬ振りしていたというのだ。
その主犯は海軍本部ではなく支部の大佐であるが、そんなことは市民には関係ない。『海軍が海賊に買収されていた』という事実が世間に与えた衝撃は凄まじいものであった。
不幸中の幸いだったのは、それを暴いたのが本部の海兵であり、しかも最近話題の二人が中心であったことだ。故郷への休暇中に複数の海賊を捕縛、或いは撃破していた二人は既にニュースになっていたところである。その彼らが休暇中における最後の事件として起こしたのがこの一件である。ちなみに何人かが頭を抱え、何人かは爆笑していた。
この事件については最終的に動ける数名の部下が合流し、かつて偉大なる航路で名を上げた海賊アーロンの撃破と逮捕、そしてそのアーロンに買収されていた海軍支部の摘発を同時に行うことで収束を見た。
当初、海軍としては隠蔽も考えていた案件だ。海賊に海軍が買収、それも支部とはいえ大佐の階級にある者がとなれば海軍への信頼が失墜する。しかし、口止めをする前に“新聞王”の手によって全世界に報道されてしまったのだ。
そうなれば、海軍としては功労者たちを労う方向に進んだ方がまだ傷が浅い。幸いなことに、この事件を解決したのは同じ海軍の人間、それも新世代の二人だ。ならば、少しでも印象が良くなるようにと二人には勲章の授与と昇格を。合流し、協力した部下数名にも同じく勲章の授与と昇格の決定がすぐに決められた。
その場には何人かの民間協力者……賞金稼ぎや村民もおり、彼らにも勲章が贈られることとなった。しかし、勲章の授与が行われるマリンフォードは遠い。故に村民たち今回の件を受けて海兵となることを決めた一人の少女を代表として式典を行うことになったのだ。後に、海軍からは復興のための物資や資金が提供されることになっている。
欺瞞ではある。八年間も苦しんだ者たちへ報いるとすれば、あまりにも足りないものが多過ぎる。
だが、彼らはそれを受け入れた。自分たちを、彼らが信じた少女を救ってくれた英雄たちが栄誉を得るのであれば。
明日から、笑顔で過ごせるのであればと。
そして、今日。
月始めの入隊式に合わせて、件の表彰についても行われる予定となっていたマリンフォードはいつもより賑やかになっていた。
「ちょっとルフィ、まさかその格好で行くつもり?」
「ん、何かおかしいか?」
「あのね、今日は普段と違って物凄く厳粛な場なの。いつもみたいにベストと短パンにコートを羽織っただけなんて、許されるわけないでしょ」
海軍本部の一室。今回の式典における主役の一人であるモンキー・D・ルフィは彼の幼馴染であるウタから注意を受けていた。
いつも通りの格好で今日の式に出ようとしたルフィを見に来てよかったとウタは思う。世の中にはTPOというものがあるのだ。ウタ自身、今日はいつもの格好ではなく正義のコートの下にはきっちりとしたスーツを着ている。
海軍においては伍長以上になれば私服を着ることが許される。だが、それにも当たり前だが限度というものがあるし、TPOを考えてか私服という名のスーツを着る海兵も非常に多い。
ルフィはいつもベストに短パンのスタイルだ。コートがなければ海軍とわからない彼のその服装についてはウタも奔放な彼らしくていいとは思っている。だが、それとこれとは別なのもまた事実である。
「えー、面倒くせぇなぁ」
「私たちの部下も四人、勲章と昇格があるんだよ? ナミだって今日が入隊日なんだから。私たちがしっかりしないでどうするの」
全く、とウタは腰に手を当てて面倒臭がる幼馴染を嗜める。
無関係ならば……いやそれでも良くはないが、今回はアーロンとの戦いにおいて駆けつけてくれた部下とココヤシ村で自分達を見て海軍に入ることを決めた少女、ナミの入隊式もあるのだ。ちゃんとした格好をするのも上司の役目である。センゴクもそう言っていた。
「ガープさんみたいな白いスーツがあるじゃない。ほら」
ルフィの部屋のクローゼットを開け、ウタは言う。これはガープがルフィが少尉とな理、“海軍将校”と呼ばれる立場になった時に送ったものだ。『わしとお揃いじゃ』と言いながら、ウタにも渡している。
まあ、“海軍将校”となれば正義のコートの着用を許される立場だ。彼としても嬉しかったのだろう。その後、歴代記録に残る勢いで昇格しているので感覚が狂うが、本来正義のコートの着用が許される立場になるだけで大事件なのだ。
「じいちゃんと同じかー……」
嫌い、というわけではないが正直思うところがあるのはウタが見ていてもわかる。愛情はあるのだ。出力の仕方がおかしいだけで。
……いや、強い海兵にするためと言ってジャングルに放り出すのはどうなのだ。ウタ自身も巻き込まれたし。
「でもそれ以外に礼服ないでしょ」
「うーん……しょうがねぇか……」
諦めたように息を吐くと、着替え始める。
「じゃあ、私は先に行くから遅れないようにね」
流石に着替え中にまで部屋にいてはいけないだろう。もう二人とも子供じゃないのだ。
「おう、着替えたら行くよ」
「うん。だけど、いい?」
部屋を出る前に、ルフィに対して念を押しておく。
「絶対に遅刻しないこと」
おう、とルフィは笑って応じる。
その姿に少し不安を覚えながらも、ウタは部屋を出た。
ただまあ、彼女は失念していた。
この幼馴染に、『予定通り』などという概念が存在しないことを。
◇◇◇
スーツに着替え、コートを羽織ったルフィは部屋を出た。いつもと違う格好に違和感を覚えながら街へと出ていく。ここから、式のある場所まではそう遠くない。遅刻はないはずだ。
「うーん、やっぱりこの格好は息苦しいなァ」
じいちゃんはよくこんな格好をいつもしてるなー、などと呟きながら麦わら帽子をかぶる。スーツに正義のコート。そこへ麦わら帽子というアンバランスな組み合わせだというのに、どうしてか随分と様になっていた。
マリンフォードは海軍本部がある場所なだけはあり、市民も海兵の姿には慣れたものだ。加盟国だと正義のコートを着ていると威圧感があるのか遠巻きにされることもあるのだが、マリンフォードではそうならない。
往来の真ん中を歩いていくルフィ。その彼が、とあるものを見つけた。
泣いている、一人の少女だ。まだ五、六歳程度だろうか。道の端で目を多いながら泣いている。
その姿を見つけると、ルフィは何の躊躇もなく歩み寄った。少女の側にしゃがみ込むと、どうした、と声をかける。
「なんで泣いてるんだ?」
「……おかあ、さん、が……」
嗚咽を漏らしながら言う少女に、ルフィは逸れたのか、と問う。少女が頷いた。
「よし、じゃあおれが一緒に探すよ。もしかしたら本部のとこに届が出てるかも知れねぇし、近くにいるかもしれねぇ」
な、と笑いかけると、少女はようやく顔を上げた。こくりと、小さく頷く。
その泣き腫らした姿に、ルフィは幼き頃の幼馴染の姿が重なって見えた。
◇◇◇
海軍本部や支部では、月初めに辞令式を始めとした式典を行う。新規入隊の受け入れは随時行なっており、それは月の途中からも受け入れている。だが、随時行なっていては効率が悪いため次の月の初めにまとめて行うのだ。昇格の辞令についても同じである。
これは支部でも同じで、一種の儀式とも呼べるものだ。都合上異動の辞令を異動先の支部の長から受けることも多いが、そもそも目的はこの儀式を経て自覚を持たせるためである。それを達成できれば多少のことは無視できる。
だが今回は、いつもとは事情が違った。入隊式及び辞令については基本的にそのタイミングで動ける中将の誰かが行うようになっている。元帥が行えれば一番いいのだが、センゴク元帥は多忙だし三大将も同じく多忙である。だが今回は、海軍のイメージに関わること故にセンゴク元帥が辞令式に出てきていた。
「……中佐……大佐? あの、少佐……中佐は?」
「一応、この式が終わるまでは昇格前の階級で大丈夫。……ルフィは……来る、はずなんだけど」
現在行われているのは入隊式だ。一人ずつ名前を呼ばれ、元帥の前に立つとマリンコードと制服を渡される。とはいえ、新規入隊の者たちは既に真新しい制服を着ている。故に、これは形式的な側面が大きい。
ウタと、今ウタに話しかけてきた彼女の部下である女性海兵は離れた場所に立って式の経過を見守っていた。二人の出番はこの後だ。入隊式が終わった後に階級の低い方から順に勲章の授与と昇格が言い渡される。
ちなみにこの女性海兵は今回の昇格で少尉となるため、晴れて“海軍将校”である。そのため、正義のコートを受け取る立場でもあった。
「……一緒に来られなかったので?」
「ルフィがいつものベストと短パンで出ようとしてたから、着替えるように言ったんだけど……」
「ああ……」
アーロンパークの一件で駆けつけてくれた、付き合いがそれなりに長い女性海兵はその言葉に納得した。彼女もルフィならそうするだろうな、と理解している。
「ゴホン」
近くに立っていた人物……海軍本部中将、モモンガが咳をしてこちらにジロリと視線を送ってくると、二人は慌てて姿勢を正した。ウタにしてみると、ルフィと一緒に指導を受けた相手だ。その経験からどうしても背筋が伸びてしまう。
そして、ウタは改めて入隊式の様子をみる。待機中のナミがチラリとこちらを見、笑顔を浮かべた。こちらも笑顔を返す。
彼女はこの後、ウタとルフィの部隊に配属されることになっている。また、今回の入隊者たちの代表として宣誓を行う役目も負っていた。
だがそれはそれとして、心配がある。
(ルフィ、何かトラブルに巻き込まれてないといいけど)
あの男は良くも悪くも何かを呼び寄せる。妙なことに巻き込まれていないといいが、とウタは思った。
◇◇◇
「うーん、いねぇなァ」
しばらく少女の手を引いて歩いていたルフィが、頭を掻きながらそんなことぼやくようにして呟いた。声を上げて周囲を歩いてきたが、見つからないのだ。
向こうも探してんのかな、と呟くルフィ。行き違っているのかもしれない。
ちなみに少女はルフィが買い与えた綿飴を左手で持ち、ルフィの右手を持ちながら歩いている。綿飴を見てじっとルフィを見つめる少女に彼が買い与えたのだ。割と図太いな、と思ったとかいないとか。
「本部に預けた方がいいのか?」
ちなみに彼の頭からは完全に予定というか目的がすっぽ抜けている。
「しょうがねぇ。ちょっと歩くけど、向こうの建物まで行こう。もしかしたらそっちで待ってるかもしれねぇし」
「……うん」
少女が頷くのを見て、ルフィは歩き出す。その彼の耳に、怒鳴り声が届いた。
「金を出せ!」
少し離れた場所の店で、一人の男が銃を構えて露天の店主を脅している。あー、とルフィはその光景を見て息を吐いた。
「すまねぇ、ちょっと待っててくれ」
◇◇◇
「民衆がか弱いことは罪ではない。そのために我らがいる」
元帥の演説が響き、記者たちの写真撮影の音が響き渡る。
「強靭な悪が海にあるならば、我々が全力で駆逐せねばならん。最後に問おう。その覚悟はあるか?」
「はい!」
新兵たちの代表として元帥の前に立っていたナミが大声で応じ、海軍式の敬礼を返す。その瞬間、無数の撮影の音が鳴った。
今回の不祥事の被害者でもある彼女とその村は、しかし、海兵に救われたことで海軍への入隊を決めた。この事実は海軍のイメージの回復に非常に有効だ。ナミもそれはわかった上で、今回のこの宣誓の立場を受けた。
まあ、ちゃっかりしているのはそれを交渉材料に自分をウタとルフィの部隊に配属することを認めさせたという点だ。これについては海軍側もメリットの方が多いため受け入れられ、今に至る。
「諸君らの健闘が、市民を守る新たなる力となることを期待する」
センゴクが海軍式の敬礼と共にそう告げる。ナミの背後にいる大勢の新兵たちもまた、敬礼を返した。
そして、周囲の参加者から拍手が送られる。新兵たちの入隊式はこれで終わりだ。
(いくらなんでも遅過ぎる)
だが、麦わら帽子の彼は来ない。
刻一刻と、彼の出番は近付いている。
◇◇◇
「……店も焼けてしまって、金もなくて……すみません……!」
ルフィが取り押さえた男は、正義のコートを着たルフィを見て観念したらしい。地面に正座し、頭を地面にこすりつけながら言う。
ルフィは被害者である店主と共にその光景を見ていた。なるほど、と言ったのは店主だ。
「そういえば、近くの島が海賊に襲われたとは聞いたな。海賊は海軍が捕縛したが、島にはそれなりの被害が出たと」
「はい……一時的にここに避難しているんですが、財産も何もかも、一緒に焼けてしまって」
申し訳ない、と男は頭を下げ続ける。
「妻と、今年二歳になる息子がいて……! 申し訳ありません……!」
「まあ、ここで強盗なんてしようとするぐらいだから相当追い詰められてたんだろうけどなァ」
腕を組み、ルフィは言う。ちなみに少女は近くで綿飴を食べていた。かなり図太い。
「一応、あー……何だっけ? やる前の」
「未遂?」
「それだ! それで捕まえないといけねぇんだけど……」
店主の方を見る。彼は肩を竦めた。
「私に被害はないし、ちょっと絡まれただけだ。私としては何も」
「揉めただけ、ってことか?」
「私の視点からはすれば」
頷く店主。それを見ると、じゃあ、とルフィは笑った。
「おれの早とちりだな。いやー、すまねぇ」
あっはっは、と笑うルフィ。男が顔を上げると、いいんですか、と彼は言った。
「私は、許されないことをしようとしたのに」
「いいよ、おっちゃんもそう言ってるしな。おれの勘違いだ」
笑うルフィ。その彼に、男はもう一度頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
その姿に、しかし、と声を上げたのは店主だ。
「問題は解決していないだろう。どうするつもりだ?」
「それは……」
言い淀む男。んー、とルフィは首を傾げた。
「店って、何の店をしてたんだ?」
「え、ええと、大衆食堂と言うべきでしょうか。安くて量の多い食事を提供していて……」
「おっさんコックだったのか!」
「そ、そんな大層なものでは」
両手を体の前で左右に振る男。その男を見て、そうだ、とルフィは声を上げた。
「じゃあよ、海軍に入らねぇか?」
「か、海軍にですか? いや、自分は戦うのは……」
「違う違う。食堂のおばちゃんが人手不足って言ってたんだよ。……あのさ、電伝虫あるか?」
「あるにはあるが」
「ちょっと貸してくれ」
言いつつ、電伝虫を操作して番号を入力するルフィ。基本的に番号なんて覚えていない彼だが、海軍の食堂についてはいつも掛けるせいで覚えている数少ない番号だった。
数回の呼び出し音の後、相手が出る。
『はいはい、こちら海軍食堂』
「おばちゃん。おれだ」
『あら、ルフィちゃんじゃないか。どうしたんだい? まだ昼食には随分早いけど、何か注文?』
それこそ入隊当時から彼を知る人物であるため、ルフィをちゃん付けで呼んでくる食堂の主がいつもの調子で言う。その彼女に対し、ルフィは言葉を続けた。
「昼飯は今日も食いに行くけど、そうじゃねぇんだ。前に人手不足って言ってただろ? 今もそうか?」
『そりゃあもう、人手はいくらでも欲しいよ。とはいえ格式高いレストランでもないからね、中々来ないんだよ』
「じゃあ好都合だ。実はさ、働くとこを探してるコックがいるんだ」
えっ、と成り行きを見守っていた男が声を上げた。電話の向こうにいる人物が、ふむ、と声を上げる。
『そのコックは何を作れるんだい?』
「おっさんは何が作れるんだ?」
笑顔のまま話を振るルフィ。男は即座に答えた。
「和洋中なんでもできます! やります! やってみせます!」
必死の叫びだった。ルフィちゃん、と女性が言う。
『ちょっと代わってもらえるかい?』
「おう。ほら、おっさん」
ルフィは何の躊躇もなく電伝虫の受話器を渡す。男はそれを受け取ると、ルフィに何度も頭を下げながら会話を始めた。
その背を見つめて笑顔を浮かべるルフィ。店主が驚いた様子で言葉を紡いだ。
「あんた、変わってるな」
「ししし、よく言われる」
「少なくともおれが知る海兵に、あんたのような奴はいない」
ふっ、と小さく笑顔を浮かべる店主。ルフィは言葉を紡いだ。
「もう一人いるぞ。多分、ウタも同じようにしたと思う」
「それが本当なら。……海軍も、思っている以上に捨てたもんでもないようだ」
含みのある言葉だった。ルフィが言葉を紡ごうとすると、ずっと黙っていた少女が突如叫び声を上げた。
「お母さん!」
「ああ、よかった! 心配したのよ!」
見ると、息を切らしてこちらに若い女性が走り寄ってきた。その女性はそのまま少女を抱き上げると、力いっぱい抱き締める。
「あのお兄ちゃんに買ってもらった」
棒だけになった綿飴を見せ、少女は言う。母親はルフィを見ると、慌てた様子で言葉を紡いだ。
「申し訳ありません! あの、お代は……!」
「ししし、いいよ。良かった良かった」
少女に笑いかけるルフィ。少女もまた、ありがとう、と彼に言葉を紡いだ。
頷くルフィ。そういえば何かを忘れているような、と思ったが、思い出せない。何だったかなーと首を傾げる彼に、不意に近くに来た青年が声をかけた。
「あの、海軍の方ですよね……?」
忘れ去られた目的は、彼が不在のままに進んでいる。
◇◇◇
本気でまずい、とウタは思い始めた。何せ側のモモンガが『まだ来ないのか』とこちらに聞こえるように呟くくらいだ。厳格な彼がこんなことを言うくらいの異常事態ということである。
その問いに対しては、いやー、と視線を逸らして誤魔化すしかなかった。背中に嫌な汗が噴き出すように流れ出している。
今行われているのは勲章の授与だ。階級が低い者から順に行われているそれは勲章の授与が終わると、そのまま昇格の者がその場で辞令を受ける。ウタの部下である女性海兵も順番待ちの待機中だ。
ただ、今回は民間協力者として賞金稼ぎが三名参加している。先にそちらの勲章授与が先だ。
東の海であの“鷹の目のミホーク”と戦い、敗れこそしたものの彼に認められた剣豪“海賊狩り”ロロノア・ゾロ。そして彼を慕う賞金稼ぎユニット、ヨサクとジョニーである。
特にゾロはアーロン一味の幹部を一人討ち取っている。アーロンといえば“タイヨウの海賊団”の一員として一時は七千万を超える賞金を掛けられた海賊だ。その幹部を民間の一賞金稼ぎが討ち取り、しかもミホークに認められるほどだというのだから衝撃である。
「悪の討伐、その協力に感謝する」
三人へと勲章を手渡し、センゴクが海軍式の敬礼を返す。中心に立っていたゾロが、不適な笑みを浮かべた。
「おれもそれで返した方がいいのか?」
勲章を手で弄びながら言うゾロ。海兵たちのピリつく気配が周囲に漂う。
だが手を下ろしたセンゴクが軽く手を振ってそれを制した。
「いや、キミらは民間人だ。これは私たちの流儀であるというだけに過ぎない。……この流儀に従う立場になると言うのであれば、大いに歓迎するが」
ざわめきが広がった。センゴク元帥、直々の勧誘である。ヒュウ、という口笛の音を響かせたのは会場の端にいるアホウドリ……モルガンズか。
「将来有望、そして実力のある若者は大歓迎だ」
「そう言ってくれるのは嬉しいがな。おれに宮仕えは無理だ」
「まあ、そうだろうな」
あっさりと引き下がるセンゴク。その様子に逆にゾロが少し驚いていると、何、と彼は言葉を紡いだ。
「長年多くの人間を見ていると、何となくわかるのだ。キミは人の下につくような人間ではないのだろう。もしキミが従う者がいるとするなら……それは、どれほど雄大な器の持ち主なのだろうな」
一部の者は、彼が何を言いたいかを感じていた。
生まれついての才能、“覇王色の覇気”。海軍においてはセンゴクぐらいしか持たぬその力の片鱗を感じ取ったのだろう。
会場の視線がゾロに集中する。へっ、と彼は笑った。
「何、おれは海賊ってわけじゃねぇ。そのうちまた、あんたたちに結果的にせよ協力する場面はあるさ」
「そうだな。敵対することにならないことを祈ろう。……ヨサクとジョニー、と言ったな。キミらはどうだ?」
話を振られた賞金稼ぎユニットは一度顔を見合わせた。その上で、苦笑する。
「あっしらをそこまで評価してもらえるのは嬉しいが……こう見えて、今の生活が気に入ってるもんで」
「紙一重の縁があれば、海兵になってたこともありえたでしょうが」
腕を組み、片方の手を顎に当てつつ言う二人。そうか、とセンゴクが頷いた。
「キミたちのような者がいるなら、我々もまた覚悟を新たにできる。……礼を言う。此度は、誠に感謝する」
改めて、センゴクが敬礼をした。それに合わせて、周囲の海兵たちも全員彼らに向かって敬礼を行う。
立ち会いの民間人たちからは、万雷の拍手が降り注いだ。
ウタも拍手をしながら、しかし、心は違うことを考えている。
(何やってるのルフィ!)
麦わら帽子は、まだ見えない。
ちなみに、余談であるが。
後に開かれた立食パーティにおいて、『海軍に入れば私を含め海軍の剣士たちと訓練で刃を交える機会ができるぞ』とモモンガに言われ、本気で悩んだ様子のゾロがいたとかいなかったとか。
◇◇◇
声をかけてきたのは、線の細そうな青年だった。どこか疲れた様子の彼に対し、ルフィはどうしたんだ、と声をかける。
「えっと、その、人を探しておりまして」
「人探し?」
「兄ちゃん、海軍は行方不明者の捜索はするだろうが人探しは別だぞ」
店主が言うが、その通りである。事故や海賊の襲撃による被害者の捜索や救助といったことは海軍の役割だが、人探しは領分を外れている。
「いえ実は、姉が海軍に入隊していると聞きまして……」
「へぇ、そうなのか」
「実は私、エレジアから来たのですが……姉は両親と音楽性の違いで大喧嘩をして飛び出してしまったんです。その後しばらくして海兵になったとだけ連絡があったのですが……」
疲れた様子の青年は、誰かに聞いて欲しかったのだろう。思わずと言った調子でそんな風に話す。その話に反応したのは店主だ。
「エレジアとは、また遠いところから来たな」
「知ってるのかおっちゃん?」
「音楽の国として名高い国だ。てことは兄ちゃん、あんたも音楽家か?」
「はい。一応、楽器は一通り。得意なのはピアノですが」
その言葉に、へぇ、とルフィは感心した声を上げる。
「ウタなら行ってみたいって言いそうだな、音楽の国。おれも音楽は好きだし」
「ウタ、ってあの“歌姫”ですか?」
「おう。おれの幼馴染でよ。おれ、あいつの歌が好きなんだ」
ししし、と笑うルフィを見てしかし、周囲の者たちがギョッとする。かの“歌姫”の幼馴染であり、麦わら帽子の海兵……それは、“英雄”の孫にしていくつもの事件を解決している海軍のルーキーの名だ。
「あんた、とんでもない海兵だったんだな」
店主が驚いた様子で言う。つい最近も、東の海の一件で連日新聞に名前が載っていた海兵だ。そんな人物がこんなところで迷子を保護したり職探しの協力をしているなんて予想できるわけがない。
「そんなことねぇよ。で、写真とかあるのか?」
「は、はい。えっと、二年前のものなんですが」
鞄を漁り、写真を探す青年。それを待っているルフィに、今度は先程の男が声をかけてきた。
「ありがとうございます! この後面接して採用するかを決めると! 本当にありがとうございます!」
何度も何度も、涙ぐみながら頭を下げる男性。ルフィは常のように笑顔だ。
「ししし、いいよ。食堂でいっぱい食べれたらそれでいい」
「はい! 勿論です! 採用してもらえたなら全力で働きます!」
「まあ、面接次第だが頑張りな兄ちゃん。嫁さんと子供もいるんだ」
「ありがとうございます! 本当に、本当に……!」
「泣くのはまだだろうに」
呆れた店主の言葉に、ルフィも笑った。
そして、ようやく写真を見つけたらしい青年がそれを提示してくる。
「あの、この写真に写っているのが姉なのですが……」
「しかし兄ちゃん、海兵なんてとんでもない数がいるんだぞ。流石に」
「うちの部隊にいる奴じゃねぇか」
「えっ」
店主と青年が同時にルフィを見る。彼が手に持っている写真には、バイオリンを弾く女性の姿が写っている。服装もあって雰囲気は違うが、彼女は確かにルフィの部隊にいる女性だ。しかも、それなりに長い付き合いである。
「本当ですか!?」
「おう。楽器を弾くのが上手くてな〜。ウタの曲の演奏もしてくれてるんだよ」
「姉は、音楽を、続けているんですか?」
何かを確認するように言う青年。おう、とルフィは笑った。
「おれは音楽の細かいことはわかんねぇけどよ。他の奴らに教えたり、ウタと一緒に曲を考えたり楽しそうだぞ」
日常の光景を思い出し、微笑むように笑うルフィ。青年は、どこか安心したような表情を浮かべた。
「しかも今日、昇格するんだ。だから……今……」
そこで、ルフィの脳裏にようやく……ようやく、彼の今日の予定が思い出された。
「ヤベェ!! おれ今日辞令式に出るんだった!!」
「「「ええっ!?」」
まずい、とルフィは叫ぶ。そして青年を見ると、その体に右手を巻きつけた。
「えっ、う、腕!? 腕が!?」
「折角だし一緒に行こう! じゃあおれもう行くよ!」
そして左側の腕を伸ばし、遠くの建物の屋根を掴む。
「おれはゴムゴムの実を食べたゴム人間だからな!」
何の説明にもなっていない言葉を青年に告げると、ルフィが弾かれたように地面から宙へとその体を跳び上がらせた。
まるでロケットのように飛んでいくその姿を見て、残された者たちは唖然としている。
お騒がせな英雄が、市内の空を駆けていく。